「・・・っは・・・はっ、は」

酸素が足りない。
新鮮な酸素を、氷の用に冷え切った空気を取り込まなければ、この加熱した心臓が爆発してしまう。

「はっ・・・はあ―――!」


ギャリンッ―――――!


っ・・・・!
もっとだ。
腕が、上がらない。
呼吸を繰り返して、血液に酸素を送れ。
この一瞬だけならば、破裂したって構わないから。



ッヅン――――――バシャアアン!




「っ投、影トレース―――――開始オン!」

残り、二回・・・・!



















代行者。

教会の意向を受け、その罰を下す狂信的な使徒。
彼等は決定的に「普通ではないもの」を否定する。

それは悪魔であり、吸血鬼であり、人でありながらヒトではない、魔術師さえ含んでいる。

魔術とは、過去へと向かって奇跡を為すもの。
教会にとって聖人以外がそれを行うのは許しがたい悪行であって、時には『実力的に浄化』する。

そう、それを為すのが代行者であり、目の前の男の正体である。

だが、

「・・・っ、何が代行者だってんだ。
 教会の人間が魔術なんか使っていいのかよ、この似非神父!」

投擲された剣が、地面に突き刺さって軽くへこんでいる。
普通に投げただけではまずはこうならない。

「勘違いしているようだが、この黒鍵の投擲に魔術の類は一切使ってはいない。
 埋葬機関秘伝の投擲法でな、あくまで技能の範囲に―――過ぎん!」

足を止めずに、話す口すら開いたまま投擲。
それはまさに目にも止まらぬ速さ。
俺には避ける事も受けることもできぬ、高速の一撃。

「っ―――!」

それを、防ぐ。

如何に鋭い切っ先であれ、重い一撃であれ、この剣は止めることができる。
黒と白の夫婦剣、干将莫耶と、あの激戦を生き抜いたアーチャーの剣技ならば。
なにしろ全力ではなかったとはいえ、ライダーからの猛攻からも耐え切ったのだ。
ならば強靭な肉体を持つ代行者が相手であれ、止められぬ道理はない。

だが、

「ギッ・・・・!」

歯の間から声が漏れる。
ピシリ、という小さい音と共に、左腕から激痛が走る。
折れたのか、それともただのヒビか。

肉体の限界。
如何にアーチャーの剣技を模倣しようが、体は衛宮士郎のままなのだ。
自分の分を超えた稼動は、坂から転げ落ちるように崩壊を導く。

歯が砕けるくらい食いしばり、痛みに耐える。
痛みなら何度も耐えてきた。
ここで伏せる程、この体も心も軟弱ではない。


だが、その一瞬の隙が命取りになる。


軽く、息を吐く音。
ただそれだけで、言峰の姿は目の前まで迫っていた。

間隙なく、振るわれる剣。
剣そのものは細く、だが刀身は妙に太い。
バランスと、言峰の戦い方からして、これは投擲専用の武器であり、斬る為に作られたものではない。


――――ッヅィン!


だというのに、それはとんでもなく重い一撃だった。

大きく弾かれる腕。
だが、まだ片腕が生きている。

「くぁっ!」

鋭い痛みを飲み込んで、袈裟懸けに剣を振り下ろす。

それは、何も無い空を切り裂いた。







一瞬の浮遊感の後に、地面の上を面白いほどにごろごろと転がっていく。
地面を叩き、足を振ってなんとか立ち直す。

「は・・・っ、ごぷ!」

口から血液を吐き出す。
どす黒い血が、大地と干将莫耶を濡らす。
そして、剣はガラス細工が割れたような音を残して、再び砕け散った。

意識が朦朧としている。
気を失いそうになり、蹴り飛ばされた腹の痛みで意識を取り戻す。
そう、蹴り飛ばされたのだ。
あの近距離で振り下ろした剣を避けて。

下がった訳でも、後ろに廻られた訳でもない。
あいつは姿勢を下げるだけで、剣の範囲から逃れたのだ。
膝元まで、地面にこすれそうな程にあの巨体を折りたたんで。
そして、そんな無茶な態勢から放たれた一撃で、こちらの内臓はのきなみ壊された。

サーヴァント達のような、肉体能力からして人外という訳ではない。
あれはただ単純に、肉体を鍛え上げ、洗練された技術。
人一人を殺すだけならば、十分すぎるほどの力だ。
何しろ現に、俺自身が殺されようとしている。

「は、がふっ・・・ぅおぶっ」

もう血なんだか食べたものなんだか判らないものが、止まらず口から出て行く。
気持ちが悪い。
血液不足のせいか、頭がくらくらする。
腕は軋み、足は震えている。
だがそれでも、この心だけはまだ折れてはいない。

投、影トレース―――――開始オン

ギチリという固着音に、干将莫耶が手の中に姿を表す。

「――――ぎぃ、い!」

脳を貫く、体中の痛みを忘れさせるほどの痛撃。

限界が近い。
どんなに甘く見積もっても、投影回数は残り一回。
それ以上はもうどうやっても持たない。

「投影魔術に、経験憑依。
 なるほど、まぐれでこの聖杯戦争を生き抜いたという訳ではないようだな」

煽てとも嘲りとも取れない声が、朗々と響き渡る。

何故一気に攻め立てないのか。
ここまで圧倒的な力の差を見せているというのに、言峰は悠々と歩いている。
アレは獲物を前に舌なめずりするような、甘い男ではない。
殺すならば、是非も無く殺す。
それこそが主の救いとでも言うように、あいつは人の命を絶てる筈だ。

だとすれば、俺を生かす理由は一つ。

「ほう、あちらも中々に盛り上がっているな。
 聞こえたか? 今のは女の悲鳴だ。
 セイバーか、それとも凛か聖杯か。
 まだ生き残っているだけ善戦と言えようが、そう経たんうちに醜い死骸を晒すことになろう」

心底愉しそうに、人の苦しみを哂う。

身震いがする。
なによりも、その姿を神々しいとさえ思えてしまったことに。

邪悪ではない。
恐ろしい程の純粋な、狂気だ。

「・・・いいぞ、よい色に染まってきたな、衛宮士郎」

ニタリとした笑みが、張り付く。

そう、この男が俺を生かす理由は、ただ一つだ。

俺自身を痛めつけ、這いずる姿を見たいが為に、ではない。
誰かが傷付き、それを助けられずに苦しむ俺を、愉しんでいる。
それが事の終結よりも、聖杯よりも、重要だというように。

短い沈黙の後に、再び剣が放たれる。

「くっ――――ぁ!」

意識を無理やり引き戻し、すんでのところで弾き返す。
体中が軋みあがり、腕が紫色にはれ上がり始めている。

耐え、痛みを集中に使い、次の一撃に構える。
・・・確かに、力の差は歴然だ。
例え俺の体調が万全だとしても、生き残るので精一杯だろう。

だが、このまま負ける訳にはいかない。
俺が死ぬだけならまだいい。
その後には、セイバーも、遠坂も、桜も、イリヤも、ここまで生き残った皆がいるのだから。

喉からせり上がってきた血反吐を飲み込み、視界を狭める。

言峰は指の間で剣を挟み、まるで扇の様に開いた奇妙な持ち方をする。
片手に三本、合わせて六本。
腕を垂らして剣を下げ、放つときは掬い上げるように、時には複数本同時に投擲する。

弾いた数は合計五本。

言峰は投擲する度に地に落ちた剣を回収していたが、うち四本は破壊した。
何しろ此方はアーチャーの剣。
魔術で強化したものが相手だろうが、根本的な頑丈さが違う。

そして今、言峰が手にする剣は五本。
懐から新たな剣が引き出される事もない。

勝機は、ここにしかない――――!

「む?」

言峰の表情が小さく歪む。
それもそうだろう。
今の今迄、俺は殆ど防戦一方だった。
最初の方こそ攻め込んでいたが、数回としないうちに足を止めざるを得なかった。
何しろ身体能力だけでなく、戦闘経験が違う。
如何に此方が全力で駆けようとも、小さな体捌きだけで距離を取られる。
そしてヘタに動こうものなら、手痛い反撃が待っているのだ。

だが、もう無駄だと理解している筈の疾走を、今また繰り返す。
相手の目からは、自爆覚悟の特攻か、ただのヤケクソ程度にしか映らないだろう。
現に、言峰は構えることもせずに、ゆったりと待っている。
その油断を、その隙を、突かないわけにはいかない。

「ああ!」

疾走の勢いを残したまま、腕を振り下ろす。
それを、言峰は奇妙に思っただろう。
何しろ後一歩、剣が届くには間合いが足りないのだから。

「ぬ―――!?」

だがその空振りに、始めて相手の顔に驚愕を貼り付ける。

高鳴る剣戟、劈く破砕音。
空振りと見せかけた、干将の投擲。
それは相手の手から二つの剣を奪い、破壊する。

「―――っぐ・・・ぁあ!」

貫くような痛みに耐えて、残り一歩を踏み出し、変色した腕を振り下ろす。

今の奇襲で、言峰の態勢は崩れている。
初めて作り得た、最大の好機!

「ぐ、ぬっ!」

言峰の唸り声に、二度目の破砕音。
剣は相手の体を切り裂くことなく、再び剣を砕く。
残りは、二本。
だが、今ので最大の好機は失われた。

ただの一息で離される間合い。
剣の届く範囲ではないし、先程のような奇襲は二度とは通じない。
もうこの体では、一度の好機を作ることすらできない。

そう、この瞬間を除いて。

「もう――― 一発!」

風を鳴らし、飛翔する一刀。
白き短刀、陰剣莫耶。
二度目にして、最後の投擲だ。

言峰の表情が、驚愕に染まる。
浅い弧を描きながら、莫耶は心臓へと疾り―――何度目かの破砕音と共に、闇の中へと飛び去った。

「―――――っ!」

「どうやら万策尽きたようだな、衛宮士郎!」

莫耶は体を貫くことはできず、剣を一つだけ道連れにする事しかできなかった。
残る一本の剣を構え、迫る言峰。

対して此方は無手。
二刀とも投擲し、もはや体もボロボロな俺に反撃の術はない。
残り一回と診断した投影の限界数も、集中する間がなければ新たに作り出す事もできない。

絶体絶命。
全力で、全てを賭け、捨て身で挑んだとしても、なお一歩届かない。



そう思わせる事が、最初にして、最後の賭けだった。




甲高い、累計五度目となる、鋼の破砕音。
言峰の表情が、今迄で一番の驚愕に染まる。

俺の手には、陽剣干将。
新たに投影した訳ではない。
投擲後にあった一瞬の交錯で、干将は闇にまぎれて戻ってきたのだ。

夫婦剣、干将莫耶。
その性質は二つで一つであるということ。
片方を無くしたとしても、片方が残る限り必ず帰還する。

自暴自棄にも取れる、無茶な特攻。
自分の武器を手放す事にもなる、リスクが大きい投擲。
そして、全てを出し尽くした証明になる、無手。
その全てが、この一瞬、相手の油断を誘い、欺く為の行為。
一度でも失敗していれば、相手の手には剣が残り、返り討ちの可能性が多い賭け。
だが、成功した。
綱渡り並みの不安定さを持っていたが、向こう岸まで渡り行くことができた。

干将を肩越しに構え、突き入れる。
狙いを着けるは心の臓。
容赦などする気も、余裕もない。
形振りを構わず剣を突き出し――――













――――それは、嫌な感触と共に、体を貫いた。

零れ出る吐血。
背中から崩れ落ちる体。
血を濡らすどす黒い血液。

そして、体からは一本の剣が生えている。

「がっ・・・は」

血液が逆流し、口から止め処なく血が溢れ出ている。
無理もない。
一本の剣が、どてっぱらを見事に貫いているのだから。

心臓を狙った剣は、それを貫くことはなかった。
必死になっていて判らなかったが、結果として剣は心臓ではなく腹を貫いている。
何故だろうか。

「は、・・・ごぶ、は」

俺は勝負に勝った。
言峰の剣は全て破壊し、干将を間違いなく、心臓へと狙って突き出した。
だというのに、おかしい、何故だろうか。

「あ・・・あ、あああああ!」

焼け爛れるように、熱くなる体。
流れ出るように、冷たくなっていく肉体。

何故だろうか?

何故、この俺の腹に剣なんかが刺さっているのだろうか・・・?












『いやはや、中々に驚かされたぞ、衛宮士郎』

慈悲はなく、哀れみもない。
垣間見えるのは小さな悦び。
子供が悪戯を成功させたような、純粋な悪意。
それが、燃え落ちる意識の中に浴びせられる。

『この黒鍵を破壊し、私の虚をついたのは賞賛に値する。
 だが、如何にお前が策略を凝らそうが、力を得ようが、私に届くには足りなかった。
 なるほど、確かに力の差は埋めてきたな。
 命を対価にしたような、形振り構わぬ疾走ではあったが・・・
 所詮、お前の考えた駆け引き程度では児戯に等しい』

ズルリ、と腹から何かが抜き取られる。
涙と、真っ赤に染まった意識のせいでよくは見えない。
血液がポンプシャワーのように吹き出ているような気がしたが、目を引くのはそれではない。
十本目の、言峰の剣。

『限界に近付き、お前が何かを仕掛けてくるのは読めていたからな。
 一つだけ出さずに隠しておいたのだが、よもやこう簡単に騙されるとは。
 やはりお前はできそこないだ。
 教会に凛と現れたお前を見て、切嗣の再来を喜んだものだが・・・
 所詮は使い物にならぬ、できそこないの贋作だ』

ギチリ、頭が、ギリ、痛む。
首が体という振り子を支え、その重さに耐え切れずにギリギリと悲鳴を上げている。
鷲掴みにされた頭も、痛みと壊れ行く過程を宣告していた。
なにしろ、人一人を片手で持ち上げる程の握力だ、この後に想像するのは割れた卵。

『だが、ここ十年退屈を、一時とはいえ愉しませたのもお前という存在だ。
 褒美をやるぞ、衛宮士郎。
 お前には、切嗣と同じ末路を与えてやろう』

ぼんやりとしか聞こえない言葉の中に、聞き逃せない何かを聞き取る。
赤から引き戻された意識は、問いかけを口に与えようと動き、



「―――“この世、全ての悪(アンリ マユ)”―――」




意識が、闇の中に、墜ちた。

















――■せ













道端にゴミをポイ捨てしている奴の腕を折る。 電車の中で電話をしている相手の耳を引きちぎる。 カンニングしている目を抉り出す。 人を殴った手を握りつぶす。 虫を踏んだ足を切り刻む。 通りすがりにブツカッタ肩を叩き潰す。 盗みを働く指から爪を引き剥がす。 道を塞ぐ集団の背骨を砕き割る。 陰口を叩く口を引き裂く。 詐欺を為す頭から髪をこそぎ落とす。 強姦を犯すソレを切り落とす。













――■ロ■













金を拾った者の頚動脈を切る。 占いで良い結果を得られた者の首を絞める。 生活に不自由がない者を轢く。 試験で満点を得られた者の突き落とす。 昇進できた者に火をつける。 恵まれた容姿を得たものを深海に沈める。 友人が多い者の血液を抜き取る。 よい女を連れた者の体を切り刻む。 勝利を得た者を殴り倒す。













――こロ■













幸せそうな家族を、街中を颯爽と歩く女を、力強く駆ける男を、 純真に泣く赤子を、親に玩具をねだる子供を、子を連れて歩く母親を、 家族のために働く父親を、生きる気力を無くした中年を、余生を楽しむお年寄りを、 笑う者を泣く者を悲しむ者を喜ぶ者を怒る者を叫ぶ者を寝る者を歩く者を皆ミンナ みんなミんなみんなミンなミンナスベテ――――――――――!!!!!














「あ、ああ、あああああああああああああああああ!!!」







絶叫を上げる。
だけど声が出ない、喉がない。
聞こえない、耳がない。
何も見えない、目がない。

憎い、何もかもが憎い、欲しい、お前だけが持っているだなんて許せない、奪いたい。
ならばためらう事はない、その嫉妬も憎悪も悲哀も苦痛も狂気も殺意も全てすべてスべてスベテ――――!!!











――――コロセ!













その全てを認める。
我は全ての悪性を容認者
この世にある限りの、全ての悪を体現しせし者。



それが、この泥の正体。
人の罪を現す、悪魔の王にして、呪いの塊。



こんなもの、一秒だって、一瞬だって耐えられない。
何故ならその全てが人間なら抱く悪心。
嫉妬や恨み、ちょっとした悪戯心も誰もが一度は絶対に抱くもの。
だからこそ、これは余りにも人間に馴染み過ぎる、、、、、、、、、

だから、こんなものには耐えられない助けて。
人間であればある痛い、程、自分の悪意を抑えられなくなる。
苦しいそれは自分自身も例外でなく、ただ在るだけでその止めてくれ、存在を死にたくない、否定される。

体中が熱い。
■ね。業火で燃えるような暑さなのに、■ね、まるで神経の一本一本を丁寧にじりじり焼かれているよう■ね。
脳みそに異物が■ね、入り込み。肉の変わりに悪意だけを練り混ぜられているような■ね感覚。
体中から湧き上がる殺意と、自らに対する嫌悪が、木霊する―――――











――――死ね!














・・・それでも、意識を保ってられたのは言峰の一言のせいだ。
これが切嗣を蝕み、殺したものだとしたら、俺が同じもので殺されるわけにはいかない。
激しい怒りが辛うじて理性を残し、だからこその殺意が俺を殺そうと蝕む。

だんだんと、意識が、削れて行く。
失われていくのでは―――なく、怒りが、嫉妬が、悪意が、体を、塗りつぶしていく。
ここで倒れ――――にはいかない。
俺は言峰を■して、皆を■し―――違う、あれ、違う。
違うのに、そんなことを望んで戦った訳じゃないのに。
俺は、そもそも――――誰を守ろうとしたんだっけ?



心の中が、黒色に染まる。
誰に対するか忘れかけていたが、抱いた敗北感でさえ、やつらは嬉しそうに一つになる。
もう、体のどの部分を見ても黒くない場所なんてないだろう。
頭も、手も、足も、胴体も、心――――――











清涼な風が流れた。
随分昔のようでいて、ごく最近に感じたもの。
冷たく、静謐で、神々しいまでの月明かり。

たとえ、いかなる時を過ごそうが忘れる事はない。
たとえ、いかなる場所に行こうが消える事はない。

そう、

『その姿ならば、たとえ地獄に落ちようと、鮮明に思い出すことができるだろう』


















「がは、ぶは、はっ」

口の中に固まりかけていた血を吐き出して、荒い呼吸で空気を吸い込む。
砂埃が喉にひっかかり、盛大に咳き込んだが、まるで何年かぶりに息をしたかのように新鮮だった。

「何?」

背を向けて今まさにこの場を去ろうとしていた男が、振り向く。
視界が真っ白で、殆ど何も見えない状態ではあったが、それは意外そうな顔をしていた。

「お前ごときが、アレに耐え切るか・・・?
 いや、思えば私の中に在るのは残りカスにも等しい。
 極大の呪いとはいえ、人一人犯す事すら困難だったか」

だがその驚きも一瞬。
男は、余裕を持って此方へと歩き始める。

「お前の父親と同じ末路を与えたのは、私なりの慈悲のつもりだったのだが。
 それを拒むのならば仕方あるまい。
 神父として、お前の首ごと罪を洗い流してやろう」

そう言って、男は俺の血で塗れた剣を構える。

その時には、もう相手の声など聞いていなかった。





材料も、造形も、経験も、全てを頭から排除して、作る。





俺の体はボロボロだ。
片腕はピクリとも動かず、よろつきながらなんとか立ち上がれたものの、一歩も動けない。
魔力があっても、頭の中は先程のでぐちゃぐちゃ。
こんな状態では、そこらの剣を一本作ることすらできない。





ただ、その情景だけを見つめ続ける。力強く、尊く、しかし何故か悲しい思いを抱かせる姿を。





もはや怒りなどない。
敵意も、なにもかも、この体が壊されても折れずにいた心さえも食われてしまった。
だから戦いなんてできない。





想いを、紡ぐ。皆がその姿を見て、感じたであろう想いを。疑心と、不安と、だが何よりも信じたその想いを。





俺にできる事は、戦うことでも、剣を作ることでも、ない。

ただ・・・そう、この想いを、カタチにすることだけが、俺にできる唯一の事だから。






「―――――」






誰にも届かない、俺にすら聞こえない、小さなつぶやき。

手には、重みすらまだ得ることのない、だが何よりも尊き黄金の剣。

それは、まるで吸い込まれるように、疾走した。
















それは幻想の剣らしく、まるで手ごたえはなかった。

「――――――」

言峰の表情には、何の感情も浮かんでいない。
驚きも、怒りもせずに、ただ胸を貫く剣を見つめている。

「ふん、黒鍵を紙キレの同然に切り落とすか。
 形すら為していないものがよくやったものだ」

言峰からは、血の一つも流れていない。
それが剣の力なのか、その肉体には血液なんてもうないのか、もうそんな事はどうだっていいが。

「それにしても親子揃って心臓を貫くとはな。
 前言撤回しよう、お前はどうしようもなく切嗣の息子だ」

っ―――流石に、意識が遠のいて来た。
今までのような苦痛からの断絶ではなく、疲労からの心地よい意識の消失。
もう立っているどころか、目や耳さえ虚ろと薄まっていく。

「このまま死ぬのでは、余りにつまらん。
 だからこそ衛宮士郎、勝利したお前に敬意を込めて、一つ忠告を残してやろう」

だというのに、やっぱりこいつの声は頭にガンガンと割り込んでいく。
きっと、寝ていたとしてもこいつの言葉だけは頭に残ってしまうだろう。

「お前は近い将来、自らの闇に直面する。
 その理想は破綻しているからこそ、必ずお前に報いを返す。
 それが、助けた者の罵声と不義なのか、自らの無力を見せ付けられるのか、自身を裏切る事による罰か。
 あるいは、その全てか。
 惜しいな、その末路さえ見れれば、もしかすると私は―――」

消え行く意識の中で、辛うじてそれを聞き取ってしまう。







くそ――――何が、忠告だ。殆ど呪いじゃねえか。

最後の最後まで、俺は言峰綺礼という男に悪態をついて、白い世界に意識を落とした。






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