夢を見ていた。




争いが起こっている。
何十、何百もの人が剣を掲げて、それを振るう。
そのたびに血飛沫が空を舞い、大地を赤色へと染めていった。

丘が死体で埋まるほどの戦い。
いや、それは戦争や戦いと言えるものではない。
何故ならば、次々と作られていく死体は、たった一人の少女が成したモノだからだ。

一方的な殺し合いは、戦いではなく殺戮である。

・・・・・・少女は大地以上に、その体を返り血で染めていく。
美しい蒼き衣や、輝かしい筈の銀の鎧は見る影もなく、どす黒い赤へと変わっていった。
だというのに、少女の殺戮は止まらない。

天賦と研磨で美しいまでに極められた剣技。
それが、あっさりと何百という人々の命を刈取っていく。
敗北など有り得ぬと、まるで神と約束されたような、あっけない勝利。
永遠に続く、戦場と言う名の地獄。




壊れたテレビの様な、酷いノイズが入る。




現れたのは、先程と同じ少女。
彼女は誰も居ない丘に一人佇み、地へと剣をつき立て、ただ彼方を見つめていた。

威風堂々とした佇まい。
何もない大地に一人存在するその風景は、限りなく空虚でいて、泣きたいほどに偉大だった。

・・・見知っているのに、見た事のない寂しそうな表情を頭に焼き付ける。
もし、自らが地獄に落ちたとしても、この姿だけは鮮明に思い返すことができるだろうと―――――――



















そうして、夢から覚めた。

「・・・・う」

目覚めたというのに、視界は暗闇で染まっている。
それも狭い密室の中で得られるようなものではなく、重厚で広大な黒。
それで自分が何処にいるかを思い出した。

「目が覚めましたか?」

少し堅苦しいと思えるような、静かな声。
それは先程まで死闘を果たした相手ではなく、夢に見た少女の姿だ。

「ああ・・・」

目覚めは最悪だ。
寝ていた、もとい正確には気絶していたからか。体の傷はある程度癒えたようだが、疲労は別だ。
特に、酷使しすぎた筋肉は痛みどころか、感覚さえ無くなっている。
一応動くようではあるのが不幸中の幸いと言えよう。

だが、そんな体調でも安堵はあった。

もしかしたら二度と会えないと思ったセイバーが、目の前にいるのだから。

「セイバー、大丈夫か?」

「・・・それを貴方が聞くのですか。
 全く、私にはシロウの方がよっぽど重症に見えますが」

呆れたような、どこか優しい言葉で溜息をつかれる。
確かに、見る限りはセイバーに傷はない。
彼女を覆っていた銀の甲冑は姿を消しているが、それは魔力を使い果たしたが為だろうか。

「他の皆は、どうしたんだ?」

周りを見渡すが、あるのは荒れた大地と深い闇ばかり。
彼等は、まだ戦っているのだろうか。

「アーチャーとジャグラーは先に行きました。
 私は見ていませんが、ランサーも既に先行しているようです」

「ジャグラーも来たのか」

あれだけ辛そうだったってのに、無茶をするものだ。
だが、今は少しでも人が集まってくれるのは助かる。
桜を助けられる確率を上げるには、少しでも人が多いほうがいい。
俺だって、その為にライダーの足を、

「・・・まて、ここにライダーがいなかったか?」

そうだ、今ここには俺とセイバーしかいない。
そもそも彼女が俺を殺していないのも謎だ。
令呪で殺せなかったのが理由だとしたら、いつ目覚めるか判らない俺を放って置く筈はない。

彼女はここにいなくてはおかしい。
いや、ここにいてくれなくてはならなかったのだ。

「ライダーは先程までここにいました。
 最初は警戒しましたが、戦う意志はないようでしたので戦闘はしていません」

ライダーが令呪で縛られている限り、この場を動く事はできない。
動けるとしたら、強引に魔力で逆らうか、令呪が切れたという事に他ならない。
魔力は宝具で消費しただろうから、前者はない。
では、令呪が切れたとして、それがなぜ切れたのか。

「ですがつい先程、弾かれたようにこの場から離れました。
 事情はわかりません、が・・・ただ事ではないかと」

来た道の逆、大聖杯と至る先を見る。
明かりも何もない、闇に沈むだけの空間。
その先には遠坂と、桜が―――

「っ・・・!」

「シロウ!」

体を引きずって進みだした俺を、セイバーが支える。

「表面の傷は塞がったとはいえ、貴方の体は全快しているわけではありません!
 焦る気持ちはわかります。ですが、今は少しでも、」

「もう、十分に休んだ。
 行かせてくれ。
 こんな所で寝てる場合じゃ、ないんだ」

彼女は悲痛の表情のまま、俺が進むのを支えてくれた。

嫌な予感がする。
いや、予感ではなく、予測される事態が背筋を凍らせていく。

―――令呪が切れたとして、何故そうなったのか。

脳裏に浮かぶ考えを意識的に否定して、目にする限りは信じないと、足を進めた。














そして辿り着いたのは、広大な世界。
在るだけで圧倒されるその空間は、無数の気配が入り混じった異空間になっている。
邪気や瘴気の様な負の気配。
その中に、他に入り混じる事なく純粋な聖気が嗅ぎ取れた。

その、あまりの落差に吐き気を催す。

「・・・っ」

セイバーに肩から手を離し、鈍足ながら自らの足で進む。
目前には世界の中心に居座る、小山のような丘がある。
その上には、微かながら幾つかの影が見えていた。

影は、ここからは5つしか見えない。

アーチャー、ランサー、ジャグラーの三人。
ここに戻った筈のライダーと、先に行った遠坂。
そして、囚われている筈の――――

考えてはいけない。
欠落している誰かが■だなんて、間違っても考えてはならない。
じゃないと、この足は止まってしまいそうだった。

・・・焦りで逸る気持ちと、辿り着く事の恐れという対立した感情が体の中を渦巻く。
体のどこかがまだ壊れているのか、一歩進むたびに脂汗が噴出してきた。
痛くはない。だが、背筋だけがどうしようもなく凍てついていく。
永遠にも思える距離を、実際は5分に満たなかったであろう場所まで歩き、辿り着く。




その先には、胸に一本の棒を生やした、ダレカの死体が――――




「あ・・・」

心臓を直で握り締められたかのような、強い痛みがした。
気が狂いそうになり、意識が白く失われかけていく。
そのまま倒れてしまえば楽だというのに、痛みが視覚をはっきりとさせてしまう。

「さ・・・くら?」

倒れている少女の名前―――いや、少女であったものへの名前を呼ぶ。
反応は返ってこない。
ああ、きっと声が小さくて届かなかったのだろう。
だけど喉がカラカラで、もうこれ以上大きい声は出せそうもない。

「・・・・・・い」

もう少し近づけば。
後もう少しだけ近づけば、届くはずだ。

「・・・・・・おい・・・ず」

進まない足をどうにか動かす。
もう少し近づけばこの声は届いて、桜はいつもの笑顔で返事をしてくれる筈だ。
だというのに、近づけば近づくほど、得られるのはどうしようもない現実。

「・・・・・・おい、坊主」

胸を貫いている棒が、短剣だと判別できてしまう。
少女の口から小さく流れている血が、取り返しのつかないものだと分かってしまう。
失ったのだと、真実を突きつけられるたびに自分の中の何かが壊れてゆく。

足だけが、止まらない。
何の意志もなく、ただ足だけが動いて、認めたくない事実を明確にしていき―――

「―――がっ!」

視界がブレて、気付けば少女から遠く離れていた。

「ランサー! 何を!」

「人の話を聞かねえ坊主が悪いんだろうが。
 ったく、情けない面しやがって」

頬が、熱い。
その痛みと、尻餅をついている自分に気付き、ランサーに殴られたと理解した。

「坊主、オマエの気持ちも分からんでもないがな、元々助かる確信の元で動いてた訳じゃあねえだろう。
 ここに生きて辿り着いた時点で、やるべきことはやっている。
 胸を張りさえすれ、そんな顔を見せるもんじゃねえぞ」

もっともな意見だ。
そもそも、助けられるどころか自分の命が残っているかさえ怪しい戦いだったのだ。
こうして生き残っている事を誇りさえしても、卑下する必要はない。

だが、そんなものは、何の価値もない。
誇りや、勝利など、そんなものの為に戦っていたのではないのだから。

「・・・重症だな、こりゃあ」

溜息をつきながら、ランサーが俺へと近づいてくる。
腰を落とし、子供を諭すような視線をこちらへと向けると、静かに言葉を続けた。

「泣くのも絶望するのも構わないがな、そいつは今するもんじゃねえぞ。
 もう一度よく見てみろ。現状を、自分の目でな」

これ以上、何を見ろというのだろうか。

桜は・・・もう、笑う事はない。
どんな事をしても、帰ってはこないのだ。
俺では、助けたい人を救う事はできないという事実を、突きつけられるだけなのに。

促されて、視線だけを上げた。

アーチャーとジャグラーが、少し離れた場所で立っている。
神妙な面持ちで、内にあるであろう気持ちを図ることはできない。

ライダーがいた。
あいかわらず、マスクで表情はつかめない。
だが、悲しんでいる。
怒りや、憎しみではなく、悲しみだけが彼女を覆っていた。

そして、遠坂が――――

「・・・遠坂?」

横たわる桜に、跪いた遠坂がいる。
その姿は、悲しみのあまりに崩れ落ちたようにもみえた。

だが・・・・・・瞳は、絶望に彩られてはいない。
あるのは、強く、ただ純粋にその姿を映し出す、




――――決意。





















血管破裂による内出血の部位を把握。
傷ついた内臓の状態を確認・・・・・・ほぼ全てに裂傷や炎症が有り。
脳を除いた、体中の器官、停止。

重症を軽く超えた、死体直前の状態。

アゾットを突き刺した直後に、限定範囲でその魔力を爆発した結果がこれだ。
例えるなら、体の中で釘入りの爆弾を爆発させたようなものだ。
爆発自体は小規模なものの、そんな事をされれば死んでしまう。
悪ければ即死、よくても苦しんだ後に死ぬ。
どちらが不幸かなど考えてもしょうがない話しだ。

体の器官を巣くっていたであろう刻印虫の反応は、無い。
なにしろ体の中身をあれだけズタズタにしたのだ。
これで桜は臓硯の呪縛から解放される。
そう、その生を代償に。

「・・・・・・」

胸に突き刺したアゾットを見つめる。
短剣は背までは貫かず、心臓の辺りで突き刺さったまま止まっている。
血は、全くと言っていいほどでなかった。
まるで溢れ出す炭酸水を留める蓋の様に、血液は少しずつしか流れ出ない。

頭痛が、する。

後悔と、悲しみと、怒りと、苦しみと、絶望と・・・
様々なものがわたしの体を貫き、視界を歪ませてゆく。




―――わたしは、桜を剣で、刺した。




奥歯がガタガタと震える。
何が魔術師だ。
わたしは結局、肉親を殺す覚悟など持ち合わせてはいなかった。
今すぐここから逃げ出したいという気持ちで、足が震えているではないか。
魔術師らしくと、生きていた今迄のわたしが、あまりに馬鹿らしく思えてくる。




遠坂という名も、何百年とかけた魔術師の栄光も、することは、ただ妹を殺す事だけか。




倒れこんでしまいたい。
桜にすがり付いて、永遠と泣きじゃくればどれだけ楽になれるだろうか。
そうしていつか泣き止めば、桜の死も受け止められるだろう。








「冗談じゃ、ないわよ」

舌を噛み切って、奥歯の震えを止める。
宝石を握り締めて、体中の力を取り戻す。
鉄の味や、手のひらから滴り落ちる血で、意識を強く固める。

そう、誰が受け入れてなんてやるものか。
絶望だってしない。
後悔なぞするものか。
そんなものに屈するのは、わたしの趣味じゃない。

桜は、絶対に生き残る。
世界中の人間が死ぬと判断しようが、わたしがそれを覆す。
わたしは、わたしが、ここに桜を助けに来たのだから。




「―――――Anfangセット

体中の魔術回路を起動し、全精力を使い込むつもりでそれを魔力を回転させる。
懐から、ありったけの宝石を詰め込んだ袋を取り出し、大地へばら撒く。
その全てを溶かして、魔法陣を刻み込んだ。

桜の体を囲うように、小さな円環を作る。

純粋な魔力に満たされた結界。
それは矮小ながら、神々がいた時代と張り合える程の密度を作り出している。
これなら、わたしに実現可能である限り、ほぼ全ての魔術を試行する事が可能だ。

―――血流の一時固定、欠損部分の再構成、擬似回路の複製。

桜の肌に手をあて、壊れた部分を解析して治療する。
見つかる限り全ての血管、神経を繋げ、作り、癒す。
それを限りなく慎重に、繊細に続けて、少しずつ治していく。
だが、

「・・・・・・っ!」

鷲掴みされたかのような、急激な痛みがが脳をしめつける。

思った以上に、強大な魔力を循環させる結界の維持と、細部に及ぶ人体の再生に、負荷があった。
原因は、まったく動かない右腕にある。
これのせいで、結界と治療の同時進行は思った以上の負荷を呼んでいる。
手や指は、魔術に限った事ではなく、人にとって非常に重要なものだ。
陣を描くにせよ、魔力を流すにせよ、指が一つあるとないとでは大幅な差が出てしまう。


このままでは、危ない。


「く・・・ぅぅ」

結界を解除すれば、治療の成功率は極端に下がる。
だが、治療を遅くらしてしまっては、桜の体が持たない。

・・・限界を超えた作業量が、体中の魔力回路に悲鳴を上げさせる。
回路が焼きついても、構わない。
二度と魔術ができなくなろうとも、これだけは止める事はできないのだ。

「―――!」

急激に、片目が見えなくなる。
痛みで開けない目蓋の裏には、暗闇ではなく真っ白な世界が広がっていた。

不安が体を襲ってきた。
瞳が見えなくなったのが一瞬の事なのか、それとも一生の喪失なのか、そんな事はどうでもよい。

ただ、このままでは成し得ないだろうという、冷静な推測が、吐きたくなるほどに。

「あ・・・っきらめる、もんですか!」

必死に虚勢を吐き、魔力を流し込む。
だが、魔術を試行するたびに、体のどこかが失われていく。
だが、たとえこのまま自らが破滅するまで続けたとしても―――


「馬鹿ね、結界を固着させれば少しは楽でしょうに」


聞こえにくくなった耳が、誰かの声に反応する。
そこには、士郎の家で寝ている筈のジャグラーがいた。

「ああ、言わないでも判るわよ。
 大地に固着させちゃえば制御はしなくていいけど、その分だけ体に浸透しにくい。
 だからってその差は対して大きくもないでしょうに。
 少しでも確率を上げるため? 本当に不器用で、馬鹿ね」

そう言って彼女は、なにをするでもなく桜の横に跪く。

桜を助けるのを手伝う、という様子はない。
ただそこにいる。

それは、自分を押さえつけて、何かを待っているかのようだった。

「・・・ジャグラー?」

彼女は、視線を変えようとはしない。
ただわたしを見て、わたしの言葉を待っている。
自ら動いてはならないと、動くには、言葉が必要だと。

「――――――お願い、ジャグラー」

彼女が自分のしたいようにしない理由は、わたしには判らない。
だが、わたしの口は気付けばそう開いていた。

ジャグラーの手が、大地に伸びる。
小さく、短い呟きが鳴り、それが呪文だと気付いた時には全てが一転していた。

体の負荷が減り、瞳も光を取り戻し始めていた。
ほんの一瞬、ただの一工程に満たない魔術で、結界の制御を根こそぎ持っていかれた。
やはり、恐ろしいまでの技量。
速く、それでいて限りなく精確な魔術操作。

だが、結界を肩代わりした彼女はみるみると肌を青白く染めていく。
存在が希薄と薄れてゆき、白すら消えて透明へと成り始める。
元々彼女は動く事すらできないから、ここに来なかったのだ。
それが、消滅に犯されながらも桜を助けてくれている。

理由は判らない。
だが、その事に礼を言う余裕はない。
彼女への感謝を心にして、再び目の前の桜へと集中した。













そして、全ての宝石と、体にあった全ての魔力を消費しても、桜は目覚めないでいた。

体の機能は、ほぼ全て治した。
血管の一本一本、臓器の一つ一つ、その全てを治し、作り直した。
だが、それでも治せない場所が一つだけある。




――――胸の中心。心の臓があるべき所に、細い剣が突き立っている。




これで、終わりだ。
そもそもわたしには治癒魔術なんてものは専門外。
それを家からある限り持ち出した宝石で後押しして、力ずくでなんとかしていただけなのだから。
そしてそれも、既に尽き果ててしまった。

ここがわたしの限界だった。
これ以上は、わたしではどうしようもない。
そう、わたしでは。

「・・・・・・」

懐から、あるものを取り出す。
それは今までと同じ、宝石。
いや、同じではない。
その赤い宝石、、、、は、百年もの時間を費やした、最強無比の切り札。

聖杯戦争の切り札に持ち出し、今のわたし十年分の魔力を秘める、最後の宝石。
そして、父さんが唯一わたしに、わたしの為に遺してくれた、大切なもの。
不器用だったけど、大切で、大好きだった父さんが、

「ありがとう」

何の迷いもなく、ただ桜を助けられる可能性に感謝して、それを解き放った。
























夢を、見ていた。
まどろみのような優しいものではなく、ただただ辛く、苦しい夢。

間桐の家、魔術の修行。
外の世界を歩くことすら、私にとっては苦痛以外の何者でもなかった。

・・・・・・痛い、苦しい。
でも、助けを呼ぶことができない。
助けの呼び方だなんて、随分前に忘れてしまった。

だから、私は考えるのを止める。
痛みも、苦しみも、考えなければ何も感じなくなれる。
今迄ずっと、私はそうやって生きてきた。



だというのに、今の私は、思考を止める事はできない。

想うのは、思い出とも言えない様な、ちっぽけな出来事。
もう何の関係も無い筈の、遠坂先輩と歩いた、夜の道。

ただ、送ってもらって、飲み物を奢ってもらっただけ。
大して会話もしてないし、別段特別なことでもない。

それでも――――嬉しかった。

いつも私を見てくれていた。
学校では、さり気なく私を気に掛けてくれていた。

でも、あんなことは初めてだった。

私と一緒に歩いてくれた。
私にプレゼントをくれた。

遠坂先輩が、いや、姉さんが、私と一緒に居てくれた。
それがどうしようもなく嬉しくて、どうしようもなく悲しかった。

だって、私が、姉さんを姉と呼べなくなってから、初めての事だったのだから。




「・・・・ら」




夢の中に、誰かの声が響いた。
聞くたびに悲しくなって、聞くたびに嬉しかった、誰かの声。




「・・・・くらっ」




冷たいものが、頬に落ちてくる。
冷たいのに、温かい、何か。




「・・・・さくらっ」




必死に、私を呼ぶ声。
それはとても疎ましくて、悲しくて、大好きな―――――




















「さくらっ」

ゆっくりと、目が覚めた。

「・・・・・・?」

寝起きだからか、胡乱とした頭は状況をうまく掴むことができない。
何故だろうか、いつも寝起きが良いはずの体は、いまいち鈍くて動かしにくい。

「さくらっ」

耳がはっきりしてくる。
ぼやけていた視界が、少しずつクリアになっていった。

そこには、大粒の涙を瞳に抱えた、

「姉・・・さん?」

「っ! さ、さくらぁ!」

まだあまり感覚の無い体を、姉さんにしっかりと抱きしめられる。
ちょっと痛いくらいに強く私を抱きしめた腕は、怖いことでもあったように震えていた。












何が起こったのか、よくわからない。

それでも、私を必死に呼ぶ声だとか、涙でたまに痙攣する背中だとか、温かい姉さんの体だとか・・・
それらを体で感じて、私はよくわからないまま、涙を流した。






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