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「悠久の時が過ぎ、ついにこの場所へと辿り着いた」

耳障りな哄笑を無視し、前へと駆ける。
目の前には無数に踊る影の触手。
わたしという魔力の塊を食らおうと蠢きだす。

「長く生き過ぎた肉体はとうに腐り、骨は溶け、犠牲を払い蓄えた英知は朽ちてゆく」

四つの影が、ごく単純な動きで前から迫り来る。
わたしは速度を落とすまでも無く、体を捻ってその隙間に身を投じた。

「如何なる外法を用いようとも、限界は目の前。
 どうしようもない終末が、このワシの身を食らおうとしておる」

左右からの挟み撃ち。
足を止めれば今しがた避けた触手の餌食となってしまう。
やはり速度を緩める事無く、逆に加速してその間を駆け抜けた。

「だが、ワシはまだ死ぬ訳にはいかぬ。
 例え同胞達が土と化そうが、我が身が蛆と堕ちようが・・・
 ワシの、マキリの五百年を掛けた願いは果たさねばならぬ!」

聖杯に近づくにつれ、目に見えて影の姿が増える。
影には大した知性はないのか、ただ直線的に動くだけなので脅威は感じなかった。
だが、どうしようもない程に数だけが多い。

「そして、その悲願は今! ここに叶おうとしておる!」

体勢を沈める。
腰の高さまで跳ねる。
上から迫るもの、地を這うものを避ける。
一度も立ち止まらずに動き続け、網目の中を通り抜ける。

「聖杯は成る! 我等が悲願、宿願が、ここに成ろうとしておる!
 そう、永遠不滅なる肉体と魂――――それが今、この手に奇跡を授けんと!」

影の海へと辿り着く、その直前。

視界の全てが、混沌とした闇色に染まった。












「―――――っ!」

制動と同時に後ろへ跳び、バク転を繰り返してその場から離れる。
こんな派手な回避方法は、特撮ヒーローぐらいしかやらないと思っていたが・・・
突発的な方向転換に使いやすく、さらに相手から捕捉されにくいという点で中々に使える。

だが、それも結局は後退でしかなく、またしても前進は妨げられてしまった。

「っはぁ・・・はぁ・・・」

肩で息をしながら、肺の中に酸素をかき集める。
もう何度挑んだかは分からないが、一度として桜の元へ辿り着く事はできなかった。

「・・・ほう、まだ生きておったか、小娘」

戯けた事を叫んでいた老魔術師が、意識を此方に向ける。
もはや奴にとって、わたしには蚊ほどの興味すらないのだろう。
目の前にあるのは、聖杯という偽りの到達点のみ。

「よく言えたものね。
 単純なものとはいえ、肉体が無い者がコレだけの量を操るだなんて正気とは思えないわ」

桜を中心にして伸びる、影の触手。
それは他人の魔力や生気を奪う、吸収の魔術だ。
ただ漂う影の海とは異なり、近づけば襲ってくるし、触れればただではすまない。
一瞬のうちに生気を吸われて、干物になってしまうだろう。

だが、いかに単純な魔術であれこの量は半端ではなかった。
数十を超える影の触手の制御。
相手が五百を超える妖怪だとしても、それは自殺行為に他ならない。
しかも、本人といえば桜に寄生するが為に体を失っているというのに。

「カカ、何か勘違いをしているようじゃの。
 これはワシが操っている訳でも、ワシの魔術という訳でもない」

老人の声はあくまで悦楽に浸っている。
そこには分を超えた魔術に対する反動など、欠片も感じることはなかった。

「ましてや、聖杯のものでもない。
 いや、聖杯に意志などない。
 そもそもこのような魔術を組む機能など、持たせてはおらぬ」

「・・・馬鹿言うんじゃないわよ。
 これが桜が自分でやっている事だって言うわけ?」

「そのとおり。
 だが、間違いでもある。
 今の桜は、溺れた者が我武者羅に手を空でかいている様なものよ。
 故に、この吸収も本人の意思ではなく、ただ本能で手を伸ばしているに過ぎん」

ただ苦しいから、手を伸ばしている。
今のわたしの様に、酸素が足りなくて苦しいから、呼吸をしようとしているだけ。
それはつまり、この影の触手が桜の助けを求める声という事になる。
ただ求めているのが酸素ではなく、宙にある大源や、人の生気であるだけだ。

「もし救いたいとでも思うのであれば、その身ごと生気を捧げるがよい。
 少しでも楽にしてやるのが、姉の優しさではないのか、ん?」

「・・・言ってなさい。
 直ぐにでもその回る口ごと塵にしてやるから」

「カ、カカカッ! ならばやるがいい!
 桜の体ごと、ワシの存在ごと消し飛ばすがよいわ!」

狂人の哄笑が上がる。
それが妹を手にかける事などできないという高括りなのか、影の触手の突破が不可能という自信なのか。
どちらにしても、実際にこうして何もできていないのは事実だった。

・・・いや、実の所突破するだけならばできない事もない。

如何に数がおおいと言えど、所詮は一工程と大差ない魔術。
懐に隠した大量の宝石を用いれば、難なく蹴散らす事はできる。
だが、それを行う事はできない。
ただでさえ困難などころか奇跡的な事に挑もうとしているのに、ここで無駄な消費をしてはさらに可能性が減る。
・・・そして、アーチャーの気遣いすら無駄になってしまう。

過程はどうあれ、最後の為に魔力は温存しておかなければならない。
だがそれも、ここを突破できねば結局は無駄になる。
幸い、間桐臓硯に正常な判断力は失われている。
今のうちならば、隙を突く事も可能か。

いや、だが・・・

「―――――あ」

思考の中にノイズが紛れる。
搾り出された様な声が、響いた。
それはわたしの声でもなければ、老人のものでもない。

ガク。

ガクガクガクガクガクガクガクガクッ!

「―――ああ―――あああああ!」

ピクリとも動かなかった桜の体が、激しく揺さぶられている様に痙攣する。
白目を向いた目からは涙が流れ、口からは涎が垂れる。
元から白かった表情は、見る見るうちに青ざめていく。
誰が見るまでもなく、正常な状態ではない。

「ほう、ようやく来たようだの。
 これは・・・セイバーか。
 先程のランサーとあわせて、コレで三つ目か」

何て分けの分からない事を耳にした。
主語の無い、一見意味不明な言葉。

だが、それにどうしようもない不安を感じてしまうのは何故か。

「来た・・・?」

もちろん、周りにはサーヴァントの姿などない。

「む? お主未だ聖杯のシステムを理解しておらぬのか。
 桜の糧となるお主には今際の言葉として教えておくのもよいか」

憐憫すら含まれた、落ち着いた声。
普段ならば苛つきすら覚える調子ではあるのだが・・・。
桜の状態といい、臓硯の言葉の意味といい、今のわたしには余裕というものがない。

「七人の聖杯によって選ばれたマスター、そして彼等が召喚したサーヴァント。
 彼等の中で最後まで勝ち残った勝者が聖杯を手にし、如何なる願いも叶えられる・・・
 そんなものは本来のシステムの付属品に過ぎん。
 この巨大なシステムの目的は、外界への『門』を開く為のもの。
 そして、それは敗れたサーヴァント、つまりは英霊の魂をもって可能とする」

百年に一度の聖杯戦争。
地脈を枯らさないように魔力を集め、英霊をサーヴァントという姿で召喚する。
その奇跡を持って聖杯の力を知らしめ、願望機を得られるとマスターを釣り上げる。

つまりはそういう事だ。
聖杯戦争も、願いを叶える聖杯すらも、全ては英霊の魂を集める為の方便でしかないのだ。

「その魂が三つ。
 そして、じきに残る三つも桜の体へと集まるであろう。
 その時こそ! この究極とも言える魔術は完成し、聖杯は真の姿を現す!
 五百年を費やした成果が形を成し、永遠不滅の生を得られるのよ!」

「・・・じゃあなに。
 セイバー達が、アンタ等のサーヴァントに殺されたとで言うわけ」

わたしの乾いた声に、臓硯は不愉快な笑いを止める。
だが、すぐさま哄笑を上げ始めると、再び憐憫を篭めた声で語りだす。

「サーヴァントに情でも移したか!
 では問うが、誰が御主等のサーヴァント、、、、、、、、、、でなくてはならぬと口を開いた?」

「――――!?」

それは、つまり。

「そうよ! 英霊の魂であれば、それが誰であろうと差異はない!
 新たに現れたサーヴァントであれ、例外はなくて当然であろう。
 それこそ、例え同じクラスの英霊であれ聖杯は完成する!」

それはつまり、間桐臓硯は味方のサーヴァントでさえ道具として利用していたという事。
わたし達の全員が勝ち残ろうと、聖杯は完成してしまうという事だった。

そして、英霊と呼ばれる程の魂をただの人間に容れるという事は――――

「う―――あ。あ、ああ――」

顔から流れ出ていた液体に、赤色が混じり始める。
その様は、容易く崩壊を想像させた。

「桜!」

駆ける。

彼女の周りで蠢いていた影は、ここにきて四方八方へと動き回って。
それはさながら、溺れた人間が助けを求めて暴れる様に。

予測できない動きは危険だが、逆に狙われないのならば突破できる可能性はある。
分け目も降らず、乱れ髪が如く暴れまわる影の間を駆け抜ける。

どうしても超えられなかった、影の海まで辿り着く。
勢いを緩めず、その中に一歩を踏み入れようとした時、

――――激しい痛みと共に、右肩からその先を持って行かれた、、、、、、、















「っづ――!!」

痛みに耐えかね、その場に転がり込む。

右腕は、肩に付いていた。
左手で掴んでいるから勘違いではない。
だが、右腕はまるで焼けたように熱く煮え、痛みと喪失感だけを肉体に伝えていた。

影の触手はわたしを捕らえるのではなく、ただ左肩から先までを『通過』した。
物理的に触れられる事のないその触手は、ただそこにあった精気だけを食らい、通り過ぎていったのだ。

まずい、と思う時には手遅れだった。

わたしという魔力の塊を見つけ、デタラメに動き回っていた触手全てが此方に迫る。
前後左右、もはや避ける道は無い。
死を覚悟する暇すらなく、無数の影が目の前に迫り、




――― ザンッ!




ブオンッ、という空気の音と、何かを切り裂くような音を耳にした。

「ひゃっ!」

へたり込んでいた体が、何かに引っ張り上げられる。
確認する暇も無く浮遊感を感じ、ものすごい勢いで景色が後ろへと流れる。
再び地面に降ろされ、呆然と見上げた先には見知った顔があった。

「ラ、ンサー?」

「よう」

つい少し前に見たときと変わらず、軽薄な笑みを浮かべたのは青い槍兵だった。

気づけば、わたしのいる場所は最初の場所に戻っている。
彼が影の触手をその赤い槍で払い、わたしを小脇に抱えて引き戻したのだ。
まさに、間一髪のタイミングで。

「どうにも決着が付いたって訳じゃあなさそうだな」

「・・・ええ、むしろ悪化するばかりよ。
 とりあえず降ろして」

そこで初めて気づいたように、まるで小荷物でも下ろす様に手を離された。

たった一足の跳躍だと言うのに、既にこの場所は触手の範囲外。
安全地帯ではあるが・・・結局はまたふりだしに戻っている。

「今の礼とか皆の状況とか、悪いけどそういう事は後回し。
 ランサー、あそこまでの“道”は作れる?」

未だ痙攣する桜を指差す。
時間も、余裕もない。
チャンスが出来たのだから、ふいにしてはならない。

「・・・できねえ事もないが。どうする気だ」

ランサーの表情が引き締まる。

彼とて、伝説に語られる英雄の一人だ。
わたしの右腕や、身の心配をしている訳ではない。
戦場では誰もが平等だと割り切れている。

だが、いやだからこそ警戒しているのか。
この空間に満ち溢れた呪い、そしてサーヴァントであるが故に超えられない影の海。
その恐ろしさを、彼は一瞬で見抜いている。

「説明する時間もないわ。
 お願い、たった一瞬で構わない」

そこで彼を見て気づく。
左腕が奇妙に垂れ下がり、肩の辺りが鮮血に染まっている。

「アンタ、それ・・・?」

「ん? ああ、切られて消えた。
 しょうがねえから相手の腕を繋いでみた。
 まあじきに動く、気にするな」

いや、いう程簡単な事態ではないが・・・
確かにサーヴァントであれば接着も可能かもしれない。

「ま、それよりこっちの方だ。
 依頼の内容は少々厳しいが、一回だけの制限付きならできるだろう。
 流石に腕一本もって行かれたんでそれ以上の魔力は残っちゃいねえからな」

赤い魔槍が歪む。
つまり、彼の宝具でこの道を作り出すという事か。

「だが、生憎オレはジャグラーのサーヴァントでな。
 嬢ちゃんの頼みを聞く立場じゃない訳だ」

「・・・・・・・」

「だからこそ義務も義理もないワケだが。
 一つだけオレの提案を受けるってんなら話しは別だな」

「何よ。もったいぶらずにさっさと言いなさい」

時間も、余裕も無いのだ。
それこそ裸踊りだとしても受けられる。

だが、ランサーの出した提案はそれ以上に不可解で突然だった。

「簡単な事だ。
 これが終わったら、オレとデートしな」





・・・・・・・・・・・・・・





「は?」

「逢引だ、逢引。
 ガキじゃねえんだから分かってんだろ?」

「わ、分かってるわよ。
 ただ何だってデートなんだかが分からないのよ」

「なに、いい女を一日自由に出来るんだ。
 男にとってそれ以上の条件なんて無いだろう?」

そう言って微笑を浮かべるランサー。

突拍子も無い話だった為か、肩の力が少しばかり抜ける。
それを見越したランサーの提案だったのか、それとも本気だったのか。
どちらにせよこの男には借りができてしまった。

「分かった、成功報酬よ」

「よっしゃ。
 じゃあ少し下がってろ」

安請け合いをし、ランサーが嬉しそうに頷いた。
まあ、保護者アーチャーとかが付いてくるかもしれないというのは心の中に留めて置いた。

「放ったらすぐ走れ」

ランサーが何をするかは深く聞かず、ただ頷いて心の準備をする。
左手にしたアゾットを、強く握る。




赤い魔槍が、獰猛な魔力を帯びる。
ランサーの体が地に這う程に沈むと、あろう事か縦に跳躍した。





突き穿つゲイ――――」






その跳躍が頂点に辿り着くと同時に、手にした槍を構えた。
投擲。





「――――死翔の槍ボルク!!!」






放たれた言葉に呼応するが如く、手から離れた魔槍が奔る!

魔力の塊であるソレを、食らわんと影の触手が伸びる。
だが、放たれた槍は向かう先全ての障害を薙ぎ払い、ただ目的に向かい疾駆する。


その後には、神話が如く割れた道が作られた。


「っ!」

駆ける。
振り返らずに、もはや警戒や躊躇すら捨てて全力で走り抜ける。
いかに切り開かれたといえど、元を断たない限りすぐさま道は影に沈んでしまう。
なりふりなど構ってはいられない。
足にある限りの力を篭めて、この一瞬で突破する!


―――― ズンッ!


投擲された槍が爆発を起こす。

さすがは必中の槍を持つサーヴァント。
槍は桜の少し前。
爆風の影響がギリギリ届かない地に、それは突き刺さった。

心の中で彼に感謝する。
後は、わたし次第だ。

「―――く!」

だが、予想外の事態が起こった。
思った以上に、影の戻りが早い。
影の海ならば問題はないが、中で蠢く触手は無視できない。
跳躍するにしても・・・遠すぎる。
こんな距離では宝石を使ってしまっては桜を巻き込むし、いまさら魔力の無駄遣いなど論外だ。

影の海から触手が顔を出し始める。
悩んでる暇は無い。

「つあっ!」

足を踏みきり、跳ぶ。
高さではなく、距離を求めた跳躍。
助走がかなりついているからかなりの距離は稼げるが・・・
それでも、まだ桜までは距離があった。

落ちてしまう。

覚悟を決めた。
例え足を食われたとしても、構わずもう一度跳ぶしかない。
吸われきる前に足が動かせるか疑問だが、今更他の選択肢はない。
眼下を見下ろして、歯を食いしばり――――直後、両脇を何かが通り過ぎた。


―――― ズッ!


それは大地に突き刺さり、わたしにもう一度足場を与えた。

黒と白の双剣。
誰がやったのかを、考えるまでもなかった。

柄の部分を踏み、もう一度跳躍を果たす。
それで足から嫌な音がしたが、意識的に無視した。

左手にしたアゾットを構える。
冷たい硬質感が、握った手に返ってきた。

少女の姿がぐんぐんと近づく。
老人の絶叫が響く。
そしてふと、上がった彼女の顔を視界に納めて、





――――――頭が真っ白になってしまった。





わたしは、今、何をしようとしているのか?
この手にした剣を、どうしようとしているのか?

彼女を、桜を、





この手にした剣でどうしようというのか?





怒りも、引き締めていた気持ちも忘れて、冷静になってしまう。

ああ、無理だ。
そんな事は決してできない。

だって、桜はわたしの大好きな妹なのだから。






力を抜く。
ああ、もうどうでもいいやと、剣を握る手を緩める。

このまま地に落ちて、魔力どころか精気の全てを奪われるだろう。
死んでしまう事になるだろうが、それも構わない。
桜が少しでも楽になるのだったら、それで本望だ。

その虚脱感の中、耳元を通り過ぎる風に、小さな音が紛れ込む。



「・・・ねえ・・・さ・・?」



それで、全ての力を取り戻した。



剣を腰だめに構える。
目を逸らさず、目標を凝視した。

剣を、前へと突き出した。


――― ズブ


手に返ってくる、肉を貫く嫌な感触。
狙いは違える事無く、桜の心臓を貫いていた。

乾いていて動かない唇を、破れるのを構わずに開き、叫ぶ。


「“läßt”―――!」




魔力を篭め、その名に乗せて、開放した。






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