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影の国の魔槍、ゲイボルク。
その伝承には様々な逸話がある。

曰く、足で投擲する呪いの槍。

曰く、貫いた瞬間千の棘がその身を襲う魔槍。

曰く、放った瞬間幾つもの鏃が飛ぶ不可避の槍。

諸説様々ではあり、その内容に収束はない。
だが、多様に語られる伝承の中に、ただ一つ、必ず記されている一文がある。

『心臓を穿つ』

それは赤枝の騎士、クー・フーリンの技量ではない。

放てば、必ず心臓を穿つ槍。
それは発動した直後、心臓を貫くという結果の後に、槍を放つという過程を導く因果逆転の呪い。
結果の後に過程があるのだから、いかにして槍を放とうが槍は必ず心臓を貫く。
避ける事も、防ぐこともできない、回避不能の絶対宝具。

これこそが、ゲイボルクが魔槍足りえんとする、真の力である。










そう、ゲイボルクは心臓を穿つ、不可避の槍だ。











肉を、骨を突き破る感触。
赤き魔槍はその役を果たし、その胸を貫いていた。
誰が見ようとも、これが戦いの結末である。

―――だが、それはある前提があっての事だった。

「・・・っ!」

表情を変え、槍を引き抜いてランサーが後退する。
それはただ下がった訳ではない、逃げる様な跳躍だった。




気づいたのは、宝具を放った直後。
『心臓を貫く』という結果を持った槍は、その過程を埋めるべく心臓へと疾駆する。
故に、放った方向が如何なる向きであれ、物理法則を無視して槍は軌跡を変えるのだ。

だが、今まさに放った槍は、何の動きも見せずにただ過程を流れた。

いつもならば発動と共にある奇妙な手ごたえも、この時には全く感じられなかった。
呪いはただ吐き出され、ただ彼が突き出す方向へと進行した。
そして結果、ゲイボルクは違える事無く相手の胸を貫いたのだ。





「貴様・・・」

そう、ゲイボルクは宝具として発動し、確かに相手の心臓を貫いた。

この魔槍で貫かれた心臓は決して治る事はない。
気づいたときには、その胸に槍を貫かれ、絶命する。
まさに、一撃必殺の名に相応しい、対人最強の宝具。

―――だが、そこにあるべきものが無ければ結果は存在しない。

「俺に会う前に・・・いや、最初からか。
 ――――心臓を奪われていたな」

そう、いかに心臓を必ず穿つ槍であっても、心臓がないのであればそもそも意味が無い。

胸にある、赤黒い汚れ。
それは胸を抉られ、心臓を奪われた事を示唆していたのだ。

ゲイボルクを持つ、英雄クー・フーリンが誰に心臓を奪われたのか。
心臓という核無しに、何故サーヴァントが動くことができるのか。
無くした知性は、それに一体どんな関係があるのか。

謎は尽きないが、もはやそれどころではなくなってしまった。

ボタボタと、何かが地に流れ落ちていく。
それは広がりながら染み込み、赤黒い色彩を塗りこんでいく。

左腕が、あるべき所に無かった。

「ち・・・洒落になんねえな」

治癒のルーンを刻み、血止めだけでも進めていく。
だが、腕一本切り落とされた傷はそうそうに癒えることはない。
そもそも、これで腕が生えるわけでもなかった。
もはや傷ではなく、これは消失なのだ。

いや、この程度で済んで僥倖といえるかもしれない。

通常、恐るべき呪いを持つこの槍で貫かれれば、その相手は絶命を余儀なくされる。
それはまるで千の鏃がその身の内で破裂したが如く、心の臓は悉く刻まれる。

だからこそ、敵を貫いた直後には、どうしようもない隙ができる。
何しろ避けることも、防ぐこともできない上に、貫けば絶命を余儀なくされるのだから。
耐えることはできない、その次はない、そうが故に勝利の確信という絶対的な隙がある。

だが、跳躍の直後、槍の名を明かしたと同時に、警告が走った。

『死ぬ』

それは自らの危険を訴える、本能からの言葉。
故に、ゲイボルクが相手の胸を貫いた直後、離脱に全ての力を注いだ。
そうでなければ、切り落とされたのは首であったであろう。

だが、その代償は余りに大きい。

腕一つ。
彼は、例え両の腕が切り落とされようが戦える技量がある。
地を駆ける足があれば、蹴りだけで相手を死に至らしめる事もできる。
そしてその足で、槍を扱う事すらできなくもない。

だが、それでも力が落ちる事は否めない。
相手が並みの兵であろうものなら、例え数十と相手しようが負ける筈も無い。
だが、千の戦いを生き抜いた英霊、何より今迄互角に切り結んだ自分が相手なのだから、その差は隠すこともできない。

そして何より、

「・・・ここに来て宝具か。
 は、慎重なこって」

獣が構える槍が、周囲の魔力を貪り食らう。
繊細さはないが―――それは凶暴的に力を集め、自らを限界にまで高める。

心臓を穿つ、赤き魔槍ゲイボルク。
それが今日再び、獣の手から放たれようとしている。

「・・・・・」

槍を下ろし、構えを解く。

なにしろ、どうしようもないのだ。
あの獣はゲイボルクの名を開放する事はできないだろうが、それでも呪いの槍は心臓を穿つ。

少し離れた場所に目をやる。
そこには体から切り落とされた腕が、大気へと薄れていくのが見えた。

そう、もはや片腕を失った時点で、大した抵抗はできない。
ゲイボルクをもう一度くらい放つ事はできても、意味がないのは立証済み。

今できることは、成す術も無くあの槍を受け入れるのみ。




―――だが、それと自らの敗北を受け入れる事とは、別の事だ。




「・・・ったく、しょうがねえな」

全身の力を抜いて、ただ直立する。
ただ相手を見る瞳だけに、全てを集中して。






大気から粗雑に魔力を食らい続けていた槍が、その食事を終える。
呪いは成就し、固定化した力は赤い螺旋を生み出す。
赤く、ドクドクと脈打つ内臓を、心なる臓物を差し出せと、猛り狂う。

槍の叫びに従う様に、獣は爆ぜるが如く跳躍した。








――――誰よりも理解している。
      アレを避ける術は無い。






獣が雄たけびを上げる。
勝利を得る喜びか、獲物を狩る歓喜の声か。






――――誰よりも存知している。
      アレを防ぐ事は不可能だと。






疾が如く駆け抜け、神速を超えてその間を埋める。
喜びに満ちた相貌が、迫り来た。






――――故に抵抗は無意味。
      できるのは、ただの一瞬も目を逸らさず、この胸を穿つ槍を待つ。






■■■■ゲイ――――」
声にならない言霊が紡がれ、呪いが膨れ上がる。





――――勝機などはない。
      だからこそ、やるべき事も一つ。






「――――■■■■ボルク
視界が、ブレた。




―― ズ





衝撃は、小さく訪れた。
そして、

「悪いな」

顔を笑みへと歪ませる間を与えず、その首を切り落とした。




















ドサリ、と首が落ちる音がする。
自分の首は繋がっているとはいえ、自分と同じ顔をした生首など見ようとも思わなかった。

目の前には、間抜けのように血を噴出している誰かの体。

「ま、流石に自分に負けるわけにはいかないんでな。
 相打ちじゃあ格好はつかねえだろうが、それよかマシだろ」

その言葉で初めて首を失ったと気づいた様に、グラリと死体は崩れ、倒れる。

勝利した訳ではない。
胸に槍を生やした自分もまた、敗北したのだから。

「ったく、本当に洒落にもならんな」

一気に槍を引き抜く。
同時に血液が大量に噴出したが、腕の事もあるし今更だろう。

・・・・ゲイボルクを放った直後。
その隙があったからこそ、窮地に陥った。
そしてそれは、同じ姿、同じ存在である相手にも、違う事なくある。
決してその槍を躱す事はできないが、決して反撃も躱す事はできない。

問題があるとすれば、そのタイミングだ。
因果の逆転をしえるゲイボルク、それが胸を穿つ瞬間など誰も知ることはできない。
いるとすれば、唯一無二の親友か、異国で育った息子か。
そして、昨日この胸を貫かれた自身だった。




これで、サーヴァント・ランサーの聖杯戦争は閉幕。
荼毘に付すまでもなく、大気に混じり潔く消え行こう。




「の、つもりだったんだが・・・」

胸の穴が焼けるように痛みを訴える。
残り少ない魔力を集め、癒しのルーンをなんとかして刻み込んだ。
痛みは和らぎ、傷跡は鈍足だが塞がっていく。

心臓は、辛うじて貫かれる事なく、自身は今だ現界を許されていた。

「あの女、一体何者なんだか」

胸に赤い燐光が輝き、それが闇に沈み込むように消えていく。
思い出されるのは、奇しくもこの場所で契約された、一つの呪いまじない




『告げる。
 汝この契約の下、我が許可無くして戦による死を禁ずる―――!』





ただそれだけの、強制力など無い筈のコマンドスペル。
その呪が今の今まで残っていたのだけでも驚きだが、それがゲイボルクの呪いに隙を作り出すなど、予想だにしえない。

結局の所、最後には自分の力だけではなく、横槍で決着をつけてしまったわけだ。

「・・・まあ、いいさ。
 生き残っちまったんだったらやる事もあるだろうしな」

不満を切り捨て、先の戦いに思考を切り替える。




冷静に考えた結果、血を流しすぎてどの道動けない。
とにもかくにも、体が動くようになるまで、少しばかりの休息と洒落込もう。






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