一陣の疾風が駆ける。
青銀の残光が一筋の線を作り、暗黒に彩られた先を切り開く。


――― 一閃。


舞が如く極まったその一撃は、華麗なる姿と相反して驚愕たりえる威力を内に持つ。
例え最強の名を持つ盾であろうとも、それの前には無残な残骸を晒さん程に。

攻めるは、夜に滲み込むかの様な黒き剣士。

迫る一陣の風。
ただそれを瞳だけで確認すると、手にした剣を無造作に振るう。


爆発が起きた。


「くっ!」

風が乱れ、落ち葉のように軽く弾かれるセイバー。
崩れた体勢を空で無理やり捻り、手を地につけて急静止をかける。
足が地に着くと同時に、爆ぜるかの様な跳躍。
風の如き軽捷な身のこなしで、流星が如く美しい弧を描いての突進。

だが、美しきその剣技とは裏腹に、セイバーの表情には焦りが浮かんでいた。


死角へと入り込み、背面を取って切りつける。
しかし同じように目だけでそれを追っていた黒き剣士は、その一撃を事無げもなく弾き返した。
勢いを殺しきれず、再び大きく吹き飛ばされるセイバー。

その様を上空から見ていたのならば、地に叩きつけたボールを思い浮かべるだろう。
地面から弾かれ、頂点まで高く舞い上がってから、再び地へと降りて弾かれる。

セイバーは攻めるたびに疲弊している。
確かに、黒き剣士にも剣を受けるたびに消耗はある。
だが、まるで根を張ったように大地に泰然と佇む者と、攻める度に弾かれる者では決定的に差があった。

魔力供給がなく、幾度の戦闘でその力を減らし続けたセイバー。
それに対して、剣士には無限に近い供給がある。

弾かれると分かりつつも、一撃離脱をする他に道は無い。
足を止めて打ち合えば、即座にセイバーは膝を地に付けることになるからだ。


「――――っ」


速度を上げる。
もはや常人には彼女の残像すら掴むことができない程に。
そして放たれる、渾身の一撃。

剣戟の間に花火の様な爆光が生まれ、フツと音が消える。

あれだけの力を込めた一撃すら弾かれ、紙切れの如くセイバーが吹き飛ばされる。
そしてそれを追うかの様に、


――――  ォォォォォォォン!!


重低音と共に振動が大地を揺らした。















「くっ・・・ぅ」

無様に倒れている体を起こし、剣を杖にして立ち上がる。
一度も剣を身に受けていないというのに、余波だけで身体は傷ついていた。

あれが騎士の中の王にして、セイバーのサーヴァント。
――― その名は高き、アーサー・ペンドラゴン。
数々の英雄足りえる騎士達を従え、いつの日にか現世に蘇るとされる最強の騎士。

制限のある自身と比べ、そのどちらが伝説に近いかは言うまでも無い。
いや、あの渦巻く凶暴な魔力は、生前のそれを軽く越えている。
少なくとも、ただ破壊力でいうのならばアレは限りなく究極に近い。

真正面から崩せる者がいるとすれば、あの英雄王か、あるいは・・・

「どうした、まだ余力は残していよう」

思考の間に入り込むノイズ。
濁り、光を無くした瞳が、此方を冷たく見下ろしていた。

「・・・っ」

身体に鞭打ち、無理やりに立ち上がる。
痛んだ身体からはところどころから悲鳴が上がったが、構っている余裕はない。

「そうだ、それでいい。
 力を残した内に死んでもらっては困る。
 お前には底が尽きるまで、打ち合ってもらわねばならないのだから」

抑揚の無い、静かな言葉。
ただその内には、隠しようも無い、いや、隠そうともしない激情がある。

「・・・一つ問う。
 お前が、私に剣を向ける理由は何だ。
 その身体に満ちた毒に、ただ全てを委ねているとでも言うのか」

「・・・・・」

まるで私の言葉が鍵であったかのように、重圧が高まる。
今迄感じていたものが、勘違いであったことを悟った。
つまりは、隠そうともしていなかったのではなく、ただ抑えきれずに溢れていただけ。

「・・・この身体が何であるかわかるか」

長い沈黙の後、黒い剣士は意外な事に語りだした。

「聖杯の泥を浴びたか」

本来ならば無色の力である聖杯。
たった一度の間違いにより、その全てを殺戮に方向付けられた兵器。
そこから溢れる魔力が、エーテルの塊であるサーヴァントに何をもたらすかを私は理解している。

だが、その毒に犯されたであろう者の言葉は、少しばかり違う答えを答えた。

「違う、私は泥を浴びたのではなく、アレに飲まれた存在、、、、、、だ」

アレに飲まれた・・・?
それではまるで聖杯が自分の意思で動いているようではないか。

「馬鹿な。確かに聖杯の中には何かがいる事は知っている。
 だが、そうであってもアレは聖杯に過ぎない。
 誰かが何かを願わん限り、ただの魔力の塊でしかない筈だ」

少なくとも、私の世界にあった聖杯には、自身で動き出す事はなかった。
ただ意思らしきものと言えば、自身を召還しようとする生存本能のみ。
アレはただその過程で毒を振りまく、それだけの存在である筈なのだから。

「・・・・・・」

語る必要は無いと、彼女は口を紡ぐ。
いや、それはあの剣士ですら口に出す事を躊躇うような事が、起こりえたという事か。

門の向こうから現れた、同じでありながら別の姿を持つサーヴァント達。

いったい、その向こうでは何があったのか・・・

「聖杯を身に受ける過程など、もはやどうでもよい。問題は結果だ」

闇色をした剣が、主の気に呼応するかのように鈍く輝く。
黒き剣士は、他には何の興味も無いと、ただ私だけを睨みつける。

「金の髪は色素を失い、肌からは血を奪われ、誇りを持った武具は醜く染まった。
 意思や尊厳すらも塗りつぶされて、私に残ったのは――――ただの色あせた記憶」

吐く息は黒く、その言葉は呪いに他ならない。
それは一体、どこへ向けられたものか。

「分かるか、セイバー。
 何も知らないというのに、誠意を見せてくれた少年を目の前にしても、できる事は一つ。
 ただ相手を憎しみ、殺意を向けて破壊衝動をぶつけるだけ」

どんな苦しみか。
それは前にキャスターの傀儡になりかけた私ですら、理解できないもの。
体の自由を奪われても、意思で対することができた私に対し、その意思さえ剥奪された者の思い。

「もうなにもできない。
 王としての尊厳も、人に抱いた好意も、全てが殺意に塗りつぶされてしまった」

淡々と語られる苦行。
それを悲しむこともできない自分を、嘆くこともできない。
そう、そんな自由は奪われてしまったのだから。

「私に残されたのは、憎み、殺すことだけ。
 だが、誰を憎めばいい? 私をこんな身体にした少女か、助けてくれなかった少年か。
 ・・・・いや、彼らでさえ被害者ではないのか。
 だとしたら、私が恨めるのはただ一人しかいない」

黒く、禍々しい剣の切っ先が、私を指す。
膨らみ続けている激情。
それを言葉にするとしたら、ただ一つ、

「これはただの嫉妬だ。
 私が堕ちてしまったというのに、清いままでいるお前を妬んでいる。
 得るものなど、無くても構わない。
 ・・・・何故ならば、この行為は八つ当たりに過ぎないからだ」

―――― 殺意。













「お前には、絶望を抱いて死んでもらう。
 足掻き、自分の無力さを理解してもらわなくてはならない。
 そうすれば、憎むことしかできないこの体も、満たされるだろう」

そう言って黒き剣士は、再び死神の鎌を構える。
私だけではこの相手には勝てないのだから、その表現はあながち間違えてはいない。

ただ違うのは、死神であれば殺意なんてきっと持たないであろうという事だけ。

「・・・・・」

軋む体に鞭を打ち、剣を構える。
それを握る手に、力を篭めた。

「それが、私を殺す理由か」

「ああ、元より細かい理由など考える機能は残されていない。
 私はただ破壊衝動に従い、憎しみを向ける対象を壊すだけだ」

「そうか」

息を吸う。
冷たい空気が、加熱した肺を満たす。

「ならば迷うべくもない」

この敵を打倒すると、決意を固めた。

“セイバー”が現れた時、私は恐怖した。
コレは、今の私を否定しに来た過去の私ではないかと。




私でない王を選ばせる為に、聖杯を求めた。
国を滅ぼしてしまった私ではなく、もっとふさわしい者を選定する為に。
それが間違いであれ王であった、最後の役目だと思っていた。

それを彼は、彼等は否定した。
たとえその道が間違っていたとしても、その貫こうとした思いは誇っていいものだと。

その誇りは、確かに心の内にある。
あの少年が、道を崩さず英霊へと至ったときに、それは確信となって私に根付いた。
だから、過去の修正など、もう望むことは無い。



      そして、私はどうすればいいのか分からなくなった



どうすればいいのか、どこに行けばいいのか、道を見失ってしまった。
理想郷に戻る事はできても、この迷いを抱えたまま帰る事などできなかった。

だから、求めた。
彼と歩み、彼の隣に立つ事を。
そしてその先に、きっと私が求めた答えがある筈だと。

だが、それには一つの疑念があった。

――― それはただ、彼が欲しいという、欲望ではないのか?




だから、恐れた。
私の選ぼうとした道が、間違いであり、それを断罪する者が現れたのではないかと。
この希望が、過去の自分に対する裏切りで、王としての責任放棄なのではないかと。




しかし、アレは憎しみに彩られた虜囚。
ただ過去を恨み、何かを妬むだけの自分。
それはきっと、私の内にも少しだけあった感情。

・・・ならば、どうしてそれに負けられるというのか。

「ぬ・・・?」

死人の様な白い肌が、小さい歪みを作る。
私が懐から何かを取り出した為だろう。

それは前の第五回聖杯戦争が終わり、彼女が用意した一つの宝石。
私の血液、魔力を少しずつ篭める事で、いざという時の為に作り出した魔力塊。

口元に運び、飲み込む。

「ふぅぅぅぅ・・・」

じわり、と体中に染み渡る魔力。
それは私というタンクを満たす程ではないが、一度だけのチャンスを与えてくれる物だ。

「お前が、私を殺すというのならば、好きにするがいい」

不可視の剣が、僅かながら黄金色の光を漏らす。
今夜、一度として流れることの無かった風が、静かに吹き始める。

「ならば、お前の・・・いや、私の暗い情念を受け止め、それを打倒してみせよう」

淡い光を放つ剣を、正眼に構える。
その先には、形は変わろうとも、紛れも無い私自身の姿。

「私の決意が、その憎しみで染められるか――――?」


渦巻く、一陣の風。


笛が如く、金色の風の音が歌いだした――――






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