稲妻が奔る。
赤き電光が幾度も煌き、その度に激しい硬質音が撃ち響く。
衝撃は体を貫き、猛威と殺意を持って獲物を奪わんと牙を剥く。
それらを弾き返し、体ごと翻して脇を取る。
相手にとっては槍を突き出した直後。
どうしようも無い隙を突くべく、眉間、首筋、心臓の急所全てを一瞬で貫く。
瞬く時もない。
穂先に存在した筈の姿は消え、代わり脇から粗暴な殺意が押し寄せた。
「――――っ!」
槍の勢いに乗り、体を前へと流す。
後方で唸る三つの風。
それは図らずとも眉間、首筋、心臓があった位置を貫いていた。
息を付く間もなく、再び殺意が追いすがる。
攻撃に通常ある筈の"引き"や"溜め"が酷く少ない事に、我ながら舌を巻く。
地を踏みつけ、それを軸に振り返る。
その勢いに乗るように、片手で掴んだ槍を薙ぎ払った。
相手の攻め込みに重ねた故、回避は困難になる。
だがそれも、縦という死角を除いた話。
視線の下、つまりは足元で影が動く。
姿勢を深く沈め、槍を避けながら懐に攻め込まれた。
此方は薙ぎ払いの勢いで体を開き、急所を晒した状態。
貫いてくれと言わんばかりの姿だが、こうなる事は予想の内だ。
「ふっ!」
地を蹴り、跳躍する。
如何に槍が長かろうと、低い姿勢では上にまでその手を伸ばす事はできない。
浩々とした月明かりに照らされ、眼下に青き背中が映る。
跳躍の頂点を待たず、構えた槍を突き落とす。
死角外からの一撃。
もはや横に飛ぶ事もできず、駆け抜けるにも間に合わない。
相手の姿がさらに沈みこむ。
もはや顎を擦る程に地に伏し、速度を上げる。
避けられぬ筈の一撃は、デタラメの様な動きで難なく避けられてしまった。
「・・・・ちっ」
地に突き刺さった槍を引き抜き、相手を睨み付ける。
駆け抜けた勢いがあったせいか、二人の間合いは離れ、かなりの距離が出来ている。
だがそれも、俺たちには在って無いも同然。
一歩。
ただ一度だけでも地を蹴れば、この間合いを埋める事ができる。
その動きを、目の前の男も確実にできる筈だった。
穂先を下段に下げ、足を開いて地をどっしりと踏みつける。
武器には構え方がそれぞれにあり、基本的なモノから流派ごとに独特のモノもある。
そして同じ流派で同じ型であろうとも、人が違えば細部に異なりができる。
それは動きにも反映され、その人物の癖として出る。
だが、目の前の男はその全てが同じ。
赤き魔槍、青い衣、髪。
姿形が同じであるだけでなく、その構えまでもが相似している。
まるで鏡を見ているような気分になるが、ならば左右が逆であってしかるべきだ。
鏡という考えをすると、目の前の現実がさらに奇妙に思えてきた。
ただ一つ違うのは、胸の部分にある黒い点・・・・いや、汚れというべきか?
どういう意味があるのかは分からないが、そこだけが異なっている箇所だ。
砂利を踏み蹴る音が、二つ同時に巻き起こる。
互いに突き出される、必殺の槍。
点と点は交錯し、目的は成らずにただ火花を散らす。
加速する激突。
喉を貫かんと、腕を切り裂かんと、足を抉り取ろうと、ただ相手の速度を超えるべく、加速する。
もはや常人には避ける所か、槍を目視する事すらできない程に。
回転が上がり、歯止めを無くし、終わりの見えない連撃が続く。
槍を避けられる事も、受けられる事も、驚くに値しない。
その様な強者など、生前にも数多く相対した。
しかし、
槍の先端同士が打ち合う
など、如何なる戦場でも見ることは叶わなかった。
針に糸を通す所の話ではない。
同じ姿勢、同じ体捌き、同じ軌道で放たれた一撃であるからこそ叶う異状。
一度や二度ならば偶然で済ませられるが、ここぞと放った一撃全てがそうであるのだ。
確信する。
間違いなく、目の前の男は自分である事を。
初めに槍を受けた時は、それこそただの獣と相違なかった。
早く鋭い。が、ただそれだけ。
後先を考えない全力の一撃は厄介ではあるが、そう困難なものではない。
だがしかし、幾度か槍を振るい、獣がこちら強敵であると認識した後は、
その全てが急変した。
『狩り』をしていた相貌は形を変え、ただ闇雲に振るわれていた槍は洗練される。
そう、獣は見紛う事無く、一人の英霊として姿を現したのだ。
話し合いが通用するような知性は持ち合わせていない様だが、放つ一撃は確実に影の国の槍術。
本能だけで動いていた様な相手が、俺と同じレベルで槍を振るう。
となると俺の槍は、頭ではなく体で覚えこんでいるという事になってしまう。
まあ、あれだけのスパルタ教育を受けたのだから、そうであってもなんの不思議はなかったが。
ともかく、例え自分の体であっても組み易いとさえ思っていた相手は、確かな技術を持った槍兵へと姿を現した。
そしてなにより、自分と同じ動きであるせいか非常にやりにくい。
互いの動きを知っているからこそか、次の手が読めて思うように技が振るえないのだ。
「せいっ!」
「―――ギッ」
点と点が合わさり、渾身の一撃が相殺され、再び間合いを開ける。
手に痺れが残っていた。
穂先同士の衝突であるせいか、どこか手に響く衝撃がシャープだ。
下手に長引かせると、どうなるか分からない不安がある。
「っ―――こっちの方もやべえな」
ズキリと痛む胸を押さえ、八つ当たり気味にぼやく。
治りきっていない傷は、もう一つの不安要素。
跳躍する。
ただし、前ではなく後ろへと。
獣は追ってこない。
ただ警戒心だけを押し出し、此方を凝視しながら槍を構えなおしている。
・・・ああ、それが命取りだ。
「食らえ」
大気の魔力が渦を巻き、それを手にした槍が貪り尽くす。
あまりの魔力の胎動に、視界が押しつぶされたかのように歪み始める程に。
――――宝具。
どの様な相手であろうと、その心臓に槍が穿たれるという結果を強制する因果の槍。
これを前にして躱す事はできず、防ぐこともできない。
そう、それが例えその槍の持ち主であろうとも。
「・・・?」
獣の表情が変わる。
それは追い詰められた物ではなく、獣らしからぬ嘲りが含まれた笑みだ。
この槍の恐ろしさは、身体で覚えている筈だが・・・・何か策でもあるというのか。
「いや」
頭を振る。
この槍が回避不能である事は、誰よりも本人が知っている。
どのような策があろうとも、止める事ができないからこそ宝具足りえるのだから。
構えは解かない。
ただ今はこの一閃に全てを乗せて、貫くのみだ。
「――――その心臓、」
深く沈みこみ、
「貰い受ける―――!」
標的へと水平に跳躍した。
高速で流れる景色。
それらを全て無視し、相手までの間を秒を掛けずに埋める。
獣の身体が目の前に迫った。
その胸の部分、まるで血の様に赤黒い部分に狙いを定め、言霊を発する。
「刺し穿つ(――――」
警告が走る。
今、何かを見落としたのではないかと。
だが、もはや放った槍は止まるべくもない。
何しろ、例え所有者であれ止める事の出来ない槍なのだから。
「――――死棘の槍(」
走る魔槍。
それは役目を果たさんと空を滑り、その存在を知らしめんと対象へと迫る。
肉と骨を突き穿つ感触。
誤る事無く、手にした槍は獣の胸を貫いていた。
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