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町は耳に痛いほどの静寂に包まれている。

冬木の名に相応しい寒さの中で、音と言えば俺達の足音くらいだ。

人も、虫も、恐ろしい程に営みを隠している。

進化と共に切り払った筈の闇が、この一瞬だけ原初の時に戻らされた様に。

「・・・・・・」

歩みが止まる。

目的の地は樹海に埋もれ、その頂は毒々しい光を放つ。

誰もが、その山を見上げながら気づいていた。




――――どうあっても、これが最後の戦いになると。























――――――――<終局へと至り、新たな道導みちしるべへ>――――――――





























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「魔力の胎動・・・いえ、混沌と言うべきでしょうか」

「確かに――――思ったよりもやばい状況ね。
 これ以上放って置いたら、協会が動き出す所の騒ぎじゃ済まないわね」

セイバーの言葉に、遠坂が焦りを含んだ声で同意する。

柳洞寺は、もはや異界と変わっていた。
元々がお寺なだけあって優れた霊地ではある筈だが、今やこの地から清涼なモノなど欠片も感じさせない。
いや、優秀な魔術師であれば、微かにそういったモノも読み取れるかもしれない。

「霊気、邪気。
 そして小源に大源。
 その地にはその場所に相応しい力や流れが在るものだが・・・
 いや、こうなると混沌というより混乱という表現が正しいかもしれんな」

アーチャーの言葉を証明するように、上から生臭い瘴気と同時に、砂漠の様な乾いた風が流れてきた。

これは聖杯が崩壊しかけている影響か、それとも街や人々から吸い上げた魔力が原因なのか。
判断はつかないが、もはや何が起こるか分からない危険な地である事だけは理解した。

・・・今ならば、引き返す事も可能なのだろうが。

「行こう。桜が心配だ」

被害をこれ以上広める訳にもいかないし、なによりも桜を放って置く事はできない。
俺は誰の了解も取らず、正門に続く階段へと足を向ける。

「ああ、悪いがオレは此処で別行動だ」

ここに来て変わることの無い調子の声が、再び足を引きとめる。

「どういう事よ?」

「どうも何も、オレがここに来た目的は元から一つだ。
 何しろ自分の事だからな。
 他人に任せるわけにはいかねえだろ」

遠坂の問いにも、ランサーの飄々とした態度は変わらない。
考えてみれば、この男が自分のスタイルを崩した所など俺は見たことがなかったが。

「あのねえ、確かに貴方達は敵のサーヴァントと戦ってもらう事になるけど、わざわざ自分から離れる事はないでしょう。
 ここはちゃんと隊列を考えて、敵の動きを警戒しながら進むのが常套手段じゃない。
 離れるのは、後からで構わないでしょ」

「どの道分かれるんだから、後も先も関係ねえだろ。
 大体ダンゴ状態で挟み撃ちにでも合ったら面倒くせえじゃねえか」

「そうなっても対処できるようにするのが隊列ってもんでしょうが。
 一人で動いてアンタが倒されでもされたら、ただでさえ危うい戦力バランスが崩れてこっちが困るんだから」

遠坂とランサーの言い合いが始まる。
敵地の目の前でこれをやってるのだから、図太い神経をしているとしか思えない。

「?」

騒がしい二人の後ろで、セイバーが微動だにせず立ち尽くしている。
その位置はここに辿り着いた場所から、少しも変わっていない。
顔は山を見上げたまま動かず、ただひたすらに頂を睨み付ける。

視線を辿ろうとし、同じように俺も顔を上げて、



――― ッザン。



茂る黒々とした木々の中から、青い残光を目撃する。

それは一瞬だけ空中に停滞するように動きを止めると、風を切る音と共にその手の赤い槍を放った。

「セイ―――!!」

名を呼ぶ暇もない。
槍の飛翔する先には、変わらず山を見上げるセイバーの姿。

今からでは、投影も間に合わないっ・・・!




――― ッギン!!




軌道を変えた槍が、クルクルと回転しながら飛んでいく。
現れた青い影は余す事無くそれを掴むと、四肢の全体で衝撃を受け止めるように地に降り立つ。

「グ・・・ゥゥ」

獣の様な唸り声。
いや、声だけではない。
見開かれた瞳、犬歯をむき出しにして引き絞られた口、そして一回り膨れ上がったように見える筋肉。
そこには他に例えようの無い、猛獣の姿があった。

「っとまあ、どの道こうなる訳だ。
 あちらさんも十分やる気みてえだしな、後は勝手にやらせてもらうぜ」

そして姿だけならば同じである男が、やはり変わらない口調でそう言った。

見れば、ランサーは既に槍を構えている。
先程の投擲も、その槍で弾き返した様だ。

「ヒハッ!」

空気を吐き出すような声と共に、『獣』が階段を駆け上がる。
それを追い、ランサーも地を蹴って跳躍した。




「・・・申し訳ありませんが、私も此処で分かれます」

混沌とした空気を打ち払う様な、清涼な音。
セイバーは確かな声でそう言うと、歩を進めて階段へと足をかけた。

槍が降ろうとも視線を外さなかった先には、柳洞寺へ続く唯一の入り口である正門。
そしてその下に、あの黒き剣士が待ち構えていた。

「シロウ、私心で護衛の任を解く事をお許しください」

「俺のことは気にしないでくれ。セイバーは自分の思うように動いてくれていい」

「はい」

俺の返事に満足そうに頷くと、表情を引き締めて剣を握る。

「では、御武運を」

最後に一瞬だけ振り向いて笑みを浮かべると、彼女は疾風の様に去っていた。

遠坂があからさまなため息をつく。
結局はバラバラになってしまったのだから、しょうがないのかもしれない。

「・・・全く、どいつもこいつも。
 時間も無いし、行くわよ」

残った俺たちはそれに頷き、先へ進むべく歩き出す。











階段を離れて、道無き夜の山の中を歩み行く。
木々をかきわけて進んではいるが、こう鬱蒼としていると入り口が見つかるかどうか不安がある。

ジャグラーとキャスターが言うには、柳洞寺の裏手、山の中腹あたりにそれは存在するという話だった。
彼女等二人がいれば簡単に見つけられるのだろうが・・・
生憎ジャグラーの容態は回復せず、行動不能。
キャスターに至っては柳洞寺から逃げてきた時点で魔力の底が尽きていたようで、そもそも存在の維持に精一杯。

あの二人がいるといないでは色々と違うのだろう。
だが、もはや戦いが聖杯を得る為でない以上、無理してつき合わすわけにもいかない。

「? どうしたのよ、アーチャー」

前を歩いているアーチャーの足が止まる。
一点を見つめているその表情は、先程のセイバーを彷彿とさせた。

少し横にずれて、視線の先を見る。
月明かりがあるといえど、ここは鬱蒼とした木々に囲まれている。
周囲は暗く、見えるのは変わらず木々と岩肌くらいのものだ。

・・・いや、岩と岩の隙間に、何か別の影が見える。
俺たちが辿り着くのを待っていたのか。
男は辛うじて差し込む月明かりに面を晒す。

鋼の様な肉体に、赤き外套。

「シロウ、アンタが見たって言うアーチャーは」

「ああ、間違いなくこいつだ」

俺の知るアーチャーと、まるで鏡合わせの様に同じ姿。

だが、やけに黒ずんだ肌と、色が抜けたように真っ白な髪。
そして何よりもこの違和感。
隣にいる男とは違う、この男は敵だと、体中の細胞が警告を上げている。

先日、俺とセイバーの前に現れ、対峙した男に間違いなかった。

「地下空洞への道はここだ。
 まったく、計画性が足りないな。
 そう寄り道が多いと、月どころか運すら落ちそうなものだが」

「・・・確かにアーチャーね。
 皮肉っぷりが少し増してるみたいだけど」

遠坂がどこかやりにくそうな表情で言う。
その躊躇いは、やはりパートナーと余りに似た存在であるからか。


――― ギンッ!


鋼の音と共に、敵の騎士が離れる。
見れば、アーチャーの手にはいつの間にか短剣が現れていた。
相手を凝視しながら前進し、空へと弾かれたもう片方の短剣を掴み取る。

「凛」

「わかってるわよ。戦うんでしょう、アンタも」

遠坂がその後に続き、岩の隙間へ入り込む。
そこは一見行き止まりのように見えたが、伸ばした遠坂の手は何の抵抗も無くすり抜けていく。

「じゃ、先に行くけど、終わったら早く追いついてきなさいよ」

「ああ」

何気ない言葉で、一生の別れになるかも知れない会話をする。
平然としているように見えたが、辛うじて見える表情は小さく歪んでいた。

「・・・一つ言っておくけど。
 わたしの承知無しに、勝手に消えたりしないでよね」

「それは命令かね?」

「―――ええ、そうよ」

不機嫌そうにそう言うと、遠坂は返事も聞かずに岩の向こうへとすり抜けて行ってしまった。
俺も後を追うべく、岩の縁に手をかける。

ク、と引きつるような笑い声に、振り返る。

「了解したよ、マイ・マスター」

もはや聞こえない筈の相手にそう言うと、アーチャーは堪え切れなかった様に小さい笑みを浮かべた。

それを見て、俺も岩の中へと沈み込む。




視界が闇に染まり、背後で鋼が甲高く打ち鳴らされた。






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