手元に生まれる鋼の感触。
その存在を否定する事なく、肯定する。
脳裏をよぎるのはアーチャーの双剣。
それを根底まで鑑定し、末端まで再現する。
「―――投影、
開始(」
体内で加速する魔術回路。
それは体中を駆け巡り、手の平の仮想を現実にする。
アーチャーは、投影を完璧にするには俺自身に打ち勝たねばならないと言った。
邪魔なものは外ではなく、内にある常識や枠決めに他ならないと。
ならば自分自身ですら騙しきってみせる。
手に在る不確かな剣。
それに自己流の工程である八節の全てを叩き込む。
まずは、創造に置ける根本的な考えを判断し――――
「―――仮定終了(。是、即無也(」
近づいてきた足音に反応して、中断する。
「やはり、此方でしたか」
振り向けば、金砂の髪をした少女が月明かりに照らされて佇んでいる。
「セイバー、もう歩き回って平気なのか?」
「はい、シロウこそ無理をしていませんか?」
「あ・・・・ああ、俺は平気だ」
中に入ってくるセイバーに、目を奪われてしまう。
儚い光に照らされた少女は、その実、幻想を共につれた人間だ。
思えば、俺にとっての聖杯戦争の始まりも、彼女との出会いも、全てここから始まったんだった。
「隣に座ってもよろしいですか?」
「ああ、少し汚れてるけど・・・」
特に気にならないのか、セイバーは床に腰を下ろす。
用事があって来た訳ではないのか、何を語るでもなく、彼女は土蔵の中を見回す。
俺は手持ち無沙汰になってしまい、妙に落ち着かない気分になってしまった。
神話級の美女がいるのだから当たり前なのだろうが、今はそんな事を言っている時期ではないというのに。
・・・それで思い出してしまった。
聖杯戦争が終わるという事は、サーヴァント達も・・・?
「こうしていると、召喚された時を思い出しますね」
不意に、セイバーが呟く。
その表情は懐かしそうで、少し前の筈なのに何年も昔の事のように見える。
そう長い時間は経たずに、寂しげにしていた瞳が引き締まる。
戦いに挑む者の、決意に満ちた表情だ。
「シロウ、聖杯戦争の終わりは近い。
今夜の戦いは壮絶を極め、誰を失うか分からないものになるでしょう」
戦いの厳しさを語る言葉。
だがその中に、引け目などを感じさせない覇気がある。
「その最後となる戦いに挑む前に、ここまでを共にしてくれた貴方に、語らなければならない事があります。
私の宝具と、私の真名。そして第四回聖杯戦争の真実と、その時のマスター」
俺の知らない事を、彼女は語ろうとしている。
その真意は俺を認めての事なのか、語れなくなる前に全てを話しておく為なのか―――
「・・・その話を聞き、貴方が今迄黙っていた事を許していただけるか、私には分かりません。
ですがもし、最後まで話を聞き、まだ信用をしていただけるなら。
―――最後に一つだけ、私の我侭を聞いていただけないでしょうか」
――――――――<夜>――――――――
目に痛い程に、煌々と輝く月光。
欠けた月はなお高く、激しく下界を照らしあげる。
「少しは暗雲としてくれた方が、動きやすいんだがねえ」
痛む胸を押さえながら、大して意味の無い愚痴を空に投げる。
胸の傷は未だ完璧には治らない。
ただ貫かれただけならば、こうは長引かなかっただろう。
傷そのものより、残っている呪いの残滓が問題だった。
―――まさかこの俺がゲイボルクで貫かれるとは。
屋根上に背を預けながら、愛槍を軽く振る。
影の国でコイツを手にしてからというもの、誰よりもこの槍を理解していたつもりでいた。
だがなるほど、貫かれた覚えだけは無かった。
傷自体は塞げはしたが、抉るような痛みは未だ消える事はない。
不幸中の幸いは、あれが宝具として使用されたものではなかった事。
故に辛うじて心臓を避ける事ができ、傷自体も比較的簡単に塞ぐ事ができた。
逆に、宝具として使われたわけでもないのに、傷は治しきる事はできない。
これが必殺の魔槍ゲイボルク。
ただ在るだけで強烈な呪いを持つ、自他共に認める最強の槍だ。
「あの野郎にゃあ、同じ思いを味あわせねえとな」
自然に口の端が笑いに歪む。
好みとしてはセイバーの様な接近戦を主とした相手が望ましいが、カリをそのままにして置くのは性に合わない。
どの道、相容れない敵だ。
いずれ殺しあう事になる。
だが、その前にもう一人倒すべき相手がいる。
誰と戦っても負けるわけにはいかないが、自分自身に負けるなどあってはならない。
「・・・にしてもやる事がねえな」
空を見上げれば、変わらず輝く月の姿。
位置からして、戦いの時まで後少しの時間がある。
その時になるまでは体を癒す為と、おとなしくしていたのだが――――
「?」
気配を感じて、屋根から下を覗き見る。
そこには、あまり見覚えの無い姿が庭にあった。
「確か、あの野郎は・・・」
誰であるかを頭の中で確認して、よい暇つぶしを見つけたことを理解する。
手にした槍を後ろに背負い、軽く跳ねて庭へと降りた。
「よう」
俺の声に反応し、男が首を動かす。
泰然と構え、どこか無機質な表情をしている。
名は覚えていないが、確かキャスターのマスターだ。
「アンタも月見かい?
まあ、落ち着いて見ようにも空気がざわついてそれ所じゃねえがな」
人が話しかけているというのに、男は返事どころか反応一つ返さない。
キャスターの性質は知っている。
警戒心が強く、人を信用しない性格だ。
さらに陰気で陰険な女だから、サーヴァントとマスターの関係など認められないと思っていた。
となると、マスターになれる人物は限られている。
キャスターの魔術で傀儡とされるか、令呪で有無も言わせず従わせる様な人間か。
前者が一番可能性が高いと考えていたが、魔術で操られている痕跡や様子はない。
かといい、後者の様な男にも見えない。
・・・?
そこで気づく。
この男の魔力は一般人と大差が無い事に。
「アンタ正規のマスターじゃねえな?
いや、それどころか魔術師ですらない」
「・・・その通りだ」
表情の無い顔に相応しい、淡々とした声で返事をする。
なるほど、キャスターが人間から精気を集めていた理由の断片が掴めた。
魔力供給が期待できないのなら、別から集めるのが魔術師のやり方だ。
性に合う話ではないが、戦に赴く以上は当然の方法だと言える。
しかし、そうなるとキャスターが何故この男を選んだのかが理解できない。
考えにくい話だが、目的が同じで、意気投合でもしたのだろうか。
「じゃあアンタは聖杯戦争になんで参加したんだ?
勝ち残って何か願いでも叶えるつもりだったのか」
「いや、聖杯などには興味はない。
ただ私は、あれがそう願ったからマスターになっただけに過ぎん」
「あん?」
拍子が抜ける。
願いが無いというのは分かる。
ようは別段、叶えて貰うような願いがないというだけだ。
転がり込む奇跡ではなく、自らの力で手に入れたモノ以外に興味の持てない人間はいくらでもいる。
だがこの男はそれだけでなく、マスターでさえ自分の意思でならなかったというのだ。
「じゃあアンタは強制されてマスターになったのか」
「それも違う。
私は彼女の望みを聞き、それを自分自身の意思で受けただけだ」
自分の望みではなく、相手が望んだからそれに答えた。
なんの疑問も抱かず、ただそのままに受け止めて。
欲を持つサーヴァントに、ただ機構のようにそれに従うマスター。
その逆転した関係は、いったいどの様にしてできたのか。
珍しく、人の内情というものに興味を持った。
「キャスターが新しい人物と契約した理由ってのは、聞いてるのか」
「いや」
やはり。
俺が前マスターの諜報活動をしていた時、キャスターとも相対した。
柳洞寺にキャスターが移動する前の話だから、その頃は召喚者と契約していたのだろう。
個人的には楽しめない相手だったため、軽く戦った後に逃げ帰るのを追いもしなかった。
その時、俺はマスターを見てはいない。
姿を出す事もできない腰抜けがマスターだったのだろうが・・・
キャスターが逃げた時に、先々にその痕跡を残していたのを覚えている。
あの策謀が好きそうな女が、そう簡単に尻尾を掴ませるとは思えない。
となると結論は一つ。
あの女は仕向け様としたのだ、自分のマスターを殺させる為に。
・・・もちろん俺は追いはしていない。
そんな事に付き合わされる気はなかったからだ。
だと言うのに、キャスターは新しいマスターと契約している。
「おい、あの女はたぶんよ」
邪魔になった、いや、最初から疎ましかったとでも思っていた自分の主人を排除するために。
「殺してるぜ、前のマスター」
「・・・・・」
男の表情は変わらない。
「大して知ってる訳じゃねえが、あれはそういう女だ。
アンタも自分の命が惜しいなら気をつけた方がいいんじゃないか」
かなりの確信を持って、推論を口に出す。
別にこの男を心配している訳ではない。
ただ興味があった。
ああいう女にそこまで自身を委ねるなど、どういう意思で動いているのかが。
陰湿で歪んだ性格で、策謀に長けた女を生前よく見ただけに、というのもあるかもしれない。
そしてその男の答えは、
「構わん」
変わらない、キャスターを肯定する言葉であった。
「彼女がそう望むのであれば、私はそうしよう」
「・・・わからねえな。
なんでそこまであの女に入れ込むんだか」
本心からの問いに、男が躊躇いを見せる。
機械的に動いていた分、そこで初めて人間くささを感じた。
「・・・私は生ける屍だ。
生きる意味など得られないと考えていた中で、彼女は一つの例外と言える。
言葉で説明出来る程に私も理解はしていないが、私がキャスターに何かを見出しているのは確かだ」
・・・・・理解できない話だった。
生きている以上、屍になるには死ぬしかないというのに。
少なくとも俺には、体のどこかが動く限り生き抜ける自身がある。
「ま、どーでもいいわな」
男に背を向けて、離れる。
ふと、思い出した事があって振り向く。
「よう、アンタも暇なら少し付き合わねえか?」
背負っていた槍を構える。
元はと言えば、この男から『武器』を感じたからこそ、話しかけたのだ。
「・・・悪いが私にはおまえを満足させる程の技量は無い」
変わらず、淡々と事実を告げる口。
戦えばどちらが勝つなど考えるまでもないが、そんな事には興味はない。
この男から感じた、妙な感触の正体を確かめたかったのだが・・・
しょうがない。
戦いを楽しめない相手に挑んだ所で、おもしろくないのは確かだ。
・・・殺し合いとなれば、また別の話なのだろうが。
それにどの道、この後に少なくとも退屈はしない相手と戦う事になる。
槍を収めて、再び屋根へと戻った。
気づけば、月は動いていた。
「―――時間だな」
日付が変わる。
濃くなり始めた戦の臭いを肌に感じ、深い笑みを浮かべた。
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