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『とうさん、やだよ』

目の前の人にしがみつく。

泣きじゃくり、わめきたて、必死で引き止める。

自我が芽生えてからこのかた、我侭など一度も言った事はなかった。

常にいい子で、勤勉で、真面目である様に振舞ってきた。

それを辛いと感じた事はなかったし、むしろ性に合っているとさえ思っている。

『おねがい、つれていかないで』

才を持つと自覚し、その上で自身を鍛え上げる。

決して油断せず、決して隙を見せない。

完璧を信じていたわけではないが、そういう幻想はあった。

そう在りたかったし、そう在るように努めてきた。

わたしは根本からそういう存在なのだ。

だから、こんな我侭は生涯で一度だけ。

『さくらを―――』

わたしは、魔術師なのだから。























――――――――<昼前>――――――――





























縁側を歩きながら、横目で空を見る。
灰色の雲を広げた空は、今にも雨を降らしそうな程だ。
陰々滅々とした気分を正確に表現されたようで、妙なイラつきを感じた。

・・・全く、それもこれもあの素人魔術師の所為だ。

「簡単に熱くなって・・・現状の戦力差くらい把握しなさいよね、馬鹿」

誰もいない空に向かって、愚痴を零す。
そうだ、今という時に冷静にならないで、いつなればいいと言うのか。

現状で戦えるサーヴァントは三人。
セイバー、アーチャー、ランサー。
その全員が負傷している今、動く事は愚考としか言い様がない。
なにしろ相手には同等か、それ以上の戦力が存在する筈なのだから。

だからそう、今は動いてはならない。

――――例え、その決断で誰が犠牲になろうとも。

鈍い痛みを感じて、足を止める。
手の平に爪痕が深く残り、血が流れ出していた。

「参ったな、癖になってるかも」

血を拭き取りながら、自分の部屋へと向かう。

これが初めての傷という訳ではない。
あれはそう、間桐の家に偵察に行った時に―――――

「うっ・・・!」

不意に熱いものが喉を込み上げる。
咄嗟に口を押さえ、それを吐き出す前に無理やり嚥下した。

落ち着いたときには、焼け付いたように喉がチリチリと痛んでしまった。

・・・ああ、『ソレ』は関係ない。
それを考えたところで、現状打開ができる訳ではない。

わたしは勝利者にならなければならないのだ。
例え聖杯が手に入らなくても、この戦いで勝ち残らなければならない。

だからそう、あの地下室、、、、、で何が行われたかなんて考える必要はないのだ。




――――そうしてまた、大切な人がいなくなってしまったとしても。




・・・わたしは魔術師だ。
もし彼女が助けられるとしても、それに気をとられて隙を見せるなんてしてはいけない。
わたしが死ぬという事は、遠坂という魔術師の家系を絶やす事になるのだ。

わたしは死ねないし、それが許される立場でもないのだから。









「随分と顔色が悪いわね、お嬢さん」

光が届かない廊下の影に、滲み出るような紫がいた。
それはゆっくりと歩き出すと、辛うじて口元が見える程度のローブを薄い光に晒す。

「まだ怪我も治りきっていないようだし、私が診てあげましょうか?」

薄い笑みすら浮かべて紡がれる言葉は、蜜のように甘い誘惑を持っていた。

女の正体はサーヴァント・キャスター。
柳洞寺にて街から精気を集めていた魔女だ。

「遠慮するわ。
 アンタに看病してもらうくらいなら、バーサーカーに背中を預けた方がまだ安心できる」

正直な思いを込めて、言う。
だがそれを皮肉を聞いたキャスターといえば、憤る訳でもなく変わらず笑みを浮かべている。

その理由に、考えずとも気づいてしまう。

つまりは、相手も同じようにわたしを見ているのだろう。
互いに根底からの魔術師である故に、同種を受け入れない。
そもそも、自らを世俗から隔離し、他人に気を許さない閉鎖的な気質が魔術師の姿だからだ。

「それで、何の用かしら。
 まさか本当にわたしの看病をするつもりできたわけ?」

「あら、お望みならしない事もないわよ。
 何しろもう何人もの患者を看た訳ですしね」

ギルガメッシュにボロボロにされて此処に戻った時、死に掛けていたわたし達を治療したのはキャスターだ。
個人個人で応急手当はしていたものの、動けるようになったのは彼女がいたからという事は否定できない。

だが、だからと言ってキャスターを信用できるかは別の話だ。

「・・・冗談の分からない小娘ね。
 思っている通り、私は貴方に用はないわ。
 ジャグラーが貴方を呼んでいるわよ」

「ジャグラーが?」

彼女の容態は治るどころか、少しずつ悪化している。
下手に動く事はできない筈なのだが。

「あとは無視するなり好きな様にしなさい」

本当にただ伝えるだけだったのか、それだけ言って去っていく魔女。
馴れ合いなど必要ない、目的だけをこなす魔術師の姿。

それが余りに正しき魔術師の姿である故か、口に出した言葉は自分でも分からないものだった。

「キャスター、貴方の願いは何?」

正確には何だったのか、という事になる。
聖杯戦争に参加するものなら、押し並べて存在する筈の願望。

そして彼女が魔術師だと言うのならば、目的は『』に至る事に他ならない。

「・・・・・・」

簡単に答えられる筈の問いは返されない。
キャスターは何も言わず、背を向けて去っていく。

そして無表情の中にあった困惑は、僅かながらも人間を感じさせた。





「凛?」

ジャグラーが寝ている部屋から出てきたのは、金色の髪をした少女だった。

「セイバー、もう動いて大丈夫なの?」

「はい、これでもサーヴァントですので。
 呪いがかけられた傷でもない限り、そう問題ではありません」

そう言って穏やかに微笑まれる。
その笑顔を見て、ささくれ立っていた気持ちが少しだけ楽になった。

ふと、彼女が何か小さな物を握っている事に気づく。

「・・・それは?」

鈍く輝く宝石。
血のような斑のあるそれは、そのままブラッドストーンと呼ばれる物だ。
ただわたしが知っているものよりも、その色が濃緑色というよりも真紅に近い。

「これはあの騎士に対する為の武器です。
 二つの内の一つですが、これで少なくとも並ぶ事はできる」

思いつめた表情で、その手の宝石を握り締める。
視線の先にいる相手は、彼女が相対したという黒き剣士の姿か。

「そういえば貴方もジャグラーに用が?」

「ええ、わたしは呼ばれて来たんだけど・・・」

開いているドアから中を覗き込む。
そこには、長い黒髪を背に流した女が、ベットから上半身だけを起こしている。

「セイバー、悪いけど」

「はい、では私は失礼します」

彼女の言葉を聞き、セイバーはわたしに会釈すると廊下へと出て行く。
その姿が角で見えなくなってから、わたしは部屋の中へと入った。




「そこに座りなさい」

此方を見ようともせず、ベットの隣にある椅子を勧められる。
たぶん彼女を看ているときにキャスターが使い、先程までセイバーが座っていた物だろう。

言われたままに座る。
仄かにだが、温もりが残っていた。

「・・・・・」

沈黙が続く。
ジャグラーはわたしが部屋に入った時から、わたしを見る所か目蓋を開こうともしない。

耳鳴りが聞こえる程の静けさに耐え切れず、こちらから口を開く事にした。

「悪いんだけど、話があるなら手短にしてくれないかしら。
 夜に備えて用意しておく物があるから、そう暇じゃないのよね」

意識していなかったが、少しばかりトゲのある口調になった。
それを聞いてか、ゆっくりと彼女の目蓋が開かれる。

その瞳は、昏く揺らいで―――

「貴方は・・・間桐桜をどうするつもり?」

「――――!」

意識の隅に押しのけた筈の話を持ち出され、硬直する。
考えたくない・・・いや、考える必要のない事を、何故ここで聞かれなくてはならないのか。

「貴方には関係、」

「そうね、わたしには関係の無い話よ。
 そもそも英霊は死んだ存在だから、現世に関わるのが間違っている。
 ・・・でも貴方には、重要な問題でしょう」

「・・・っ」

魔術師と在ろうとした心が揺らぐ。

駄目だ。
わたしはそんな事ではいけない。

「・・・さして重要な事じゃないわ。
 わたしは冬木を管理する魔術師として、聖杯戦争のマスターとして、敵を倒すのが当面の問題。
 桜がただの傀儡で、助けられるのならそうするつもりだけど」

心を鋼に、決意を鉄にする。
そう、わたしは魔術師として、

「だけどもし、あの子が目的の障害、敵として現れたのなら・・・排除する」

それがわたしの役目。
根源を目指す魔術師として、疑問は持ってはならない事柄。

だが目の前の『至った』魔術師は、それを聞いてただ悲しそうにする。

「間桐桜は黒き聖杯。
 偽りと言えど、彼女のキャパシティならば後一日くらいは自我を保てる。
 貴方が彼女の下へと辿り着いた時、まだ生きている事だけは保障するわ」

思ってもいなかった言葉に、内心で驚愕する。
それと同時に、暗雲としていた気持ちに大きな安堵が差し込む。
そうだ、助けられるのならばそうであった方がいいに決まっている。
ならば後は如何に敵を倒すか、それだけに専念する事ができる。

―――だがその淡い希望は、ジャグラーの言葉で一瞬の内に崩された。

「だけど間桐桜は助けられない」

彼女の口調は変わらない。
冷たく、ただ現実を突きつけるように発せられる。

「そ、そんなのはやってみなければ分からないわよ。
 間桐臓硯や敵のサーヴァントが幾ら侮れない相手だって言っても、絶望的って程じゃあない」

「そうね、臓硯程度の小物なら貴方一人でも倒せるでしょう。
 サーヴァントが相手と言っても、それは此方も同じ事。
 戦力的に言えば、多少の不利はあっても互角に持ち込める程度ね」

「だったらっ」

「そうじゃない、敵を打倒できるかできないか、そういう問題じゃないのよ。
 貴方が間桐の家へ行った時、あの場所を見た筈。
 それなら、あそこで何が行われてきたか想像がつくわね」

「っ!?」

間桐の家の地下。
それは魔術師の家ならば当然存在する、工房にして修練場。

だが違う、あそこはわたしの知っている様な用途に作られていない。
あれはただ閉じ込め、嬲り、育成する為だけに作られた養蟲場だ。

「・・・間桐臓硯は、その身を蟲へと変えた妖怪。
 そしてその家の魔術師である間桐桜には、多数の刻印虫を植えつけられている」

あの地を這い蠢いていた虫共が桜の体内にいる。
虫唾が走る程度の話ではない。
ただ純粋に――――殺意が沸く。

「虫は長年の間に彼女の体内を侵食し、定着している。
 一度その主が命令すれば・・・魔力はおろか肉すら食われて死に至る」

つまりは聖杯を壊し、桜をそこから開放したとしても――――

「間桐臓硯がいる限り、彼女にはどの道助かる道はない」






目の前が真っ暗になった。

例え助からないと分かっていても、一抹の望みさえあれば縋っている事はできた。
心のどこかでまだ何とかなると考えこんでいた思いさえ、否定されてしまった。

桜は・・・あの子は、もう。








「一つだけ。間桐臓硯から、彼女を開放する方法があるわ」

急速に視界が元に戻る。

「本当に!?」

「刻印虫は、魔力回路と融合して全身に行き渡っている。
 だけど体の中でどうしても侵食できない場所があるわ」

ジャグラーが語りながら、腕を動かす。
指を一本だけ立て、指し示した先は―――頭。

「脳には刻印虫は渡れない。
 いえ、渡る事はできるけど、そうしてしまえば脳を破壊して、ただの廃人か人形ができあがるだけ。
 それをしてしまっているのならば、間桐桜という人間が今まで生きている証明にならない」

今迄の桜を見る限り、そんな事はありえない。
わたしが接してきた少女は、紛れもなく一人の人間だったのだから。

「だから、彼女を臓硯の呪縛から解き放つ方法は一つ」

頭を指差していた手を下ろし、胸元・・・心臓のある位置で開き、

「頭以外を、壊せばいい」

震えている腕に力を入れ、架空の何かを握りつぶした。






「――――え?」

よく聞こえなかった。
もう一度、ちゃんと分かりやすい言葉で言ってもらわなければ、聞き取れない。

「今の彼女は大聖杯の補助部品として動かされている。
 本来の機能である聖杯と機能していれば魔力干渉は難しいでしょうけど、今なら何の抵抗も無い筈よ」

駄目だ、やはり理解できない。
目の前にいる女はきっとわたしの知らない言語を使ってしゃべっているのだろう。

「それでも大聖杯に囚われている以上、外界からの攻撃は難しいでしょうね。
 するのなら物理的に体を壊すか、何かを突き刺すかして、中から壊すのが最良でしょうね」

だと言うのに、どうすればいいかだけは分かってしまった。
単純で、実に簡単な事だ。

間桐桜を―――妹を、殺せと言ったのだ。





「ふざけ―――!」

ふざけるな、とは口に出せなかった。

結局はそう、最初と変わらない。
助けられるかもしれなかった人が、完璧に助けられなくなっただけ。
もとよりその覚悟はあったのだ、むしろあやふやだったものが確かになって迷いが無くなる。

魔術師として、正しい道が得られたわけだ。

「ありがとう。
 参考になる情報は貰ったし、もう部屋に戻るわ」

椅子を静かに引き、立ち上がる。

これからは敵を排除する為だけに思考を費やせばいい。
わたしは遠坂凛で、間桐臓硯の下にいる女はその跡継ぎ。
元々、わたしには妹などいなかったのだから。

「魔術師として、敵を排除する・・・」

部屋から出る為にドアを開けた直後、独り言が聞こえた。
振り返らずに部屋から出て、ドアを閉める。

「だとしたら、遠坂凛は何の為に―――」

閉まりきる前にそんな言葉を聞く。












魔術師であるわたしは、その目的の為に障害を排除する。

だとしたら、遠坂凛わたしはいったい何のために戦うのだろうか?






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