「ぐぬ・・・っ!」
影から影へ、闇から闇へと沈み込む。
深い漆黒で染まった衣は、それだけで身体をその内に隠す。
だが、確認する事すら難しい暗殺者の姿を、狙撃者の眼は途切れる事無く追い続ける。
―― ドドドッ!
放たれた矢から紙一重で身を躱す。
射撃は回数を追う毎に鋭く、正確に彼を追い詰めていた。
その事実を感じてか、アサシンの中で焦りが生じ始める。
放たれる矢の軌跡から相手の方向程度なら掴める。
だがしかし、未だに相手の姿すら確認できていないという事が焦りの要因の一つなっていた。
耳元で唸る轟音と共に、腕に鋭い痛みが走った。
ついに体を掠り始めた攻撃に、アサシンは形振り構わずにその場から駆ける。
相手の位置を掴んで反撃を行うどころではないと、退却を選んだのだ。
「――――!?」
唐突に視界が開ける。
そこは森の中では珍しい、木々が避けるように出来た広場へと出たのだ。
「しまっ、」
自分が逃げていたのではなく、ここに誘い込まれた事を直感的に悟る。
木の葉が激しく音を鳴らす。
音の発生源である頭上を見上げれば、逆光で黒くはためく外套が移った。
後悔の言葉すら紡ぐ暇はなく、アサシンは逃げようの無い強襲を受けた。
――――――――<立つは黄金の路>――――――――
「・・・全く、思ったとおりの難敵だわ、これ」
鬱蒼とした木々の中を歩きながら、遠坂が呟く。
街から離れた郊外にして、アインツベルンの森。
曰く、この森に入れば二度と外の光を見る事は叶わないとか。
遠坂の呟きも正しい。
森に入り込んでから二時間は経とうとしているが、自分がどれ程進んだのかさえ分からない。
向かっている方向どころか、振り向いてもどの道を歩いてきたかさえ怪しいくらいなのだ。
「セイバー、貴方の方で何か感じられない?」
「・・・私には地形把握のスキルはありませんので。
少なくとも周囲に彼女の気配は感じられません」
「同じく、だ。
逆に妙な気配があるせいで、まともな判断もできねえがな」
申し訳なさそうにセイバーが言い、ランサーがその続きを繋げた。
草木は茂り、森は深く、視界の奥は朝靄のような霧に包まれている。
これでは周囲を把握するどころではない。
そして点々と残されている生き物の痕跡は、危険な野生動物を匂わせる。
こちらには猛獣以上の猛者達がいるので恐れる事はないが、無駄な争いは避けて通る必要がある。
行軍は遅々として進まず、未だ俺達はイリヤを見つけられずにいた。
ザンッ
木の葉が強く擦れる音と共に、頭上から赤い衣を纏った男が降り立つ。
アーチャーはその鷹の目を利用し、周囲の把握をするために一人動いていたのだ。
「随分と遅かったわね。
どうだった、イリヤかアインツベルンの城は見つかった?」
「結果から言えばそれは叶わなかった。
この森は言わば生きた結界だ。
限りなく自然現象に近い魔術は行く道を惑わし、五感を鈍らせる」
例え空から見下ろしたとしても、霧は森を覆って全容を現す事はない。
鷹の目を持ったアーチャーだとしても、例外に漏れないようだ。
「が、行くべき方向に検討はついた」
「魔力の痕跡でも見つけたの?」
「そうではない。
この森は霧に覆われて先は見えぬが、それはあくまで奥にある物を隠すためだけのものだ。
逆に言えば、霧の濃い方へと行けば目的の場所はそこにある」
人は物を隠そうとすればするほど、それを人目につかないようにと覆い隠す。
だからこそ深い霧の奥にある筈だ、とアーチャーは言っているのだ。
だが、遠坂はあまり気乗りはしていない。
「確かに言っていることは正しいと思うけど・・・
それはどこまで信用できるのかしら」
「私の推理だけでは信憑性はないだろうが、根拠は別にもある。
向かう先は君の言う古い地図と同じだ。
一つでは足りないが、二つあれば多少は信じられよう」
アーチャーの言葉に、遠坂は黙考し始める。
だがそう時間は食わずに結論を出したのか、諦めたようにため息をついた。
「現状それ以外に材料はないものね。
分かった、それで行きましょう」
アーチャーを先頭に、セイバーとランサーを後ろに付けて、再び進み始める。
道案内と前からの敵を対処するのがアーチャーの役目で、後ろの警戒をセイバーとランサーがする事になっている。
一応俺達はその間で支援という名目にはなっているが、この三人の実力から考えると俺達は保護されている立場だ。
「ですから、私の能力では相手との距離が近くでもない限り無理だと・・・」
「いやいや隠すなって。
お前に鋭い探知能力があるのは一目でバレてんだぞ」
「なら聞きますが、私の何をしてその結論が出たのですか?」
「言うまでもねえ、そのクセ毛だ!
相手の気配に反応して方向を導き出す探知機なんだろ?」
「面白い冗談ですね、ランサー。
ところで斬首と唐竹割りのどちらがお好みですか?」
後ろは随分と賑やかだ。
ランサーは暇さえあればセイバーや遠坂をからかって遊んでいる。
「懲りないわねえ、アイツ。
士郎、そろそろ止めに行かないとセイバーの堪忍袋の尾が切れそうよ?」
「そうだな」
返事だけ返して、黙々と歩を進める。
悪いが考える事が多くてそこまでかかわっていられない。
もしランサーがバッサリと斬られても、自業自得として諦めてもらおう。
「・・・衛宮くん、貴方どうしたのよ。
家を出てからずっと上の空じゃない」
「・・・・・」
遠坂の心配―――というよりどこか怒り気味な声で、思わず歩く足が止まる。
再び歩き出し、少し間を置いてから口を開いた。
「遠坂、聞きたい事があるんだ」
「なによ、改まって」
「遠坂に姉妹がいたって本当か」
「―――っ!」
藪から棒だったようで、目の色が驚愕へと変わる。
答えを聞くまでも無く、その反応だけで真実である事を確かめられた。
少しの間だけ沈黙が流れ、遠坂は罰が悪そうに口を開く。
「誰に・・・って聞くまでもないか」
「言峰に聞いた。
間桐の家は後継を作るために、遠坂の家から養子を貰ったって」
俺の言葉に、遠坂の表情が険しくなっていく。
「あの似非神父・・・!」と顔を押さえて毒づいた。
「じゃあやっぱり・・・」
「ええ、もう隠していても意味は無いから言うけど、桜はわたしの妹よ。
魔術師の家系は血筋をより濃くするために、跡取りは一人だけなの。
子供がもう一人いたとしたら、その子は魔術と無縁に過ごすか養子に出される」
「その養子が桜ってことか」
「ええ。
間桐の血は衰退していたから、外部から魔術師を迎え入れるしかなかったのよ。
その時に白羽の矢が立ったのが縁のある遠坂ってわけ」
そして魔術回路がない慎二に代わり、桜が跡継ぎとなる。
遠坂が妙に桜を気にしていると思っていたが、ようやく理由が明らかになった。
これだけで十分驚愕な事実だが、今問題になっているのはそれだけではない。
「遠坂、ジャグラーとギルガメッシュが言った事を覚えてるか?」
聖杯が人間であるかの様な言葉。
そしてギルガメッシュが言った『今の聖杯』と『本物』という二つの単語。
「どういう事か理解できてる訳じゃないけど、あいつらの言う事をまともに受けるならイリヤは聖杯って事だろ。
でもイリヤはずっと家にいた。
だとしたら聖杯戦争のシステムに影響を与えた聖杯って言うのは・・・」
「・・・・・」
遠坂も同じ事を考えていたのか、険しい表情を浮かべる。
間桐の家へ養子に貰われたという桜。
そして間桐臓硯という老人の下にあるであろう聖杯。
全く別の事柄と受け取ることもできなくはないが、どうしても無関係だとは思えない。
もし想像が正しければ桜は――――
ズゥゥウン
「―――なんだ?」
はるか遠くから、地響きのような音が響いた。
例えるならば、巨人が大地を踏み鳴らしたかのような・・・
「凛、戦闘が起こっている」
「戦闘って・・・まさかイリヤが敵に出会ったって事?」
「微かにだが、剣戟が聞こえる。
バーサーカーとまともに切り結べるサーヴァントなど数が知れている。
セイバーか、あるいは・・・」
ドオォォォ・・・
遠雷を思い起こさせる音響。
そうイメージすると、ますます神々の鉄槌じみてきた。
「っ―――急ごう!」
「・・・・・・正直バーサーカー同士の戦いなんて巻き込まれたくないんだけど。
ここまで来たんだから戻るわけにも行かないわよね」
俺と遠坂の言葉を聞き、三人のサーヴァントが前へと走り出す。
それを追うように、俺達も全力で駆け出した。
――ゥゥゥウン
「今のは・・・かなり近かったんじゃないか!?」
走り続けた疲れで息切れが始まった頃になって、大地を揺らす振動を感じ取る。
遠坂は何らかの魔術を使っているのか、かなりの距離を走ってきたというのにそう疲れは見えていなかった。
「・・・そうね。
このペースならもう数分もしないうちに―――」
その言葉が言い終わるかという時に、頭上から風を切る音を聞き取る。
ヒュン、という小さい音は、真っ直ぐに遠坂へと降りてきて――――
―― ッィィイン!!
甲高い硬質音によって弾かれた。
「シロウ、下がってください!」
セイバーが足を止め、これ以上前へと出ないようにと俺を手で制す。
見れば、いつの間にか武装したアーチャーが遠坂を抱えて下がっていた。
ドス、という小さい音がする。
視界の端には、遠坂を狙った一本の剣が地に突き刺さっていた。
「ほう、これは―――」
進んでいた方向から聞きなれた男の声がした。
気づけばセイバーとランサーも同じように武装し、目の前の睨み付けている。
空気が冷たく張り詰めていく。
足音と共に聞こえる音が、声の主が鎧で武装していることを告げていた。
「まさか一日のうちに二度も会う事になろうとは。
よほど我が恋しいと見えるな、セイバー」
その声は威厳と傲慢さに満ち、内には遠慮など一欠けも存在しない。
周囲から生き物の気配が消える。
今ここに存在している男を、恐れて逃げ出したのだ。
その中で、木々の闇さえモノともせずに金色の騎士が現れ出た。
「―――ギルガメッシュ」
セイバーが零れ出るように男の名を口にする。
表情は硬く、余裕がない。
「何故ここに、と聞くまでもないな。
聖杯を奪いに現れたか」
「奪うも何も、聖杯は既に我の物だ。
それは我が手にしようと決めた瞬間から決定している」
つごう三人ものサーヴァントから敵意を受けているというのに、ギルガメッシュはあくまでも自然体だ。
武装どころか警戒する様子も無く、ただセイバーの姿だけを瞳に納めている。
「ちょっと待ってくれ。
お前がサーヴァントなら聖杯が欲しいのは当然だろうけど、イリヤはもう家の家族なんだ。
悪いけど諦めて――――」
―― ッヒュン ッギャリン!
「っ!?」
空を切る音に少しズレて、激しい金属音が響いた。
ギルガメッシュが身動き一つせずに放った武器を、セイバーが叩き落したのだ。
余りのことに絶句していると、初めて俺へと視線が移された。
「今はセイバーと話している。
我の許可なくして口を開くな、雑種」
ぞくり、と背筋が凍る。
金色の鎧といい初めて見る姿ではあったが、そんな事は問題ではなかった。
俺を人間とすら認識していないようなその瞳。
ここで初めて、俺はギルガメッシュがサーヴァントであると言うことを自覚した。
「貴様・・・!」
セイバーの姿勢が低く沈む。
放たれていた気配も、攻撃の警戒ではなく攻め込むものへと変わっていた。
「ほう、戦うつもりか。
我もなかなかに忙しいのでな、おまえとの戦いは後の楽しみとするつもりであったが・・・」
ギルガメッシュの口元が笑みに歪む。
俺達の姿を見回して―――視線が止まる。
「ほう・・・」
低くした声と共に目を細める。
凝視する先には、おなじみの双刀を構えたアーチャーの姿がある。
そして何故か俺を一瞥した後、小さな含み笑いを漏らした。
「くっ、なるほど。
セイバー以外はまとめて掃討するつもりであったが、興が乗った」
片腕が無造作に上がる。
何故かその姿は、多人数を一人で統括する指揮者を彷彿とさせた。
「よいぞ、我の前で踊る事を許そう!」
目の錯覚か、ギルガメッシュの背後が歪む。
そこから複数の棒の様なものが先端を現して――――
― ズ ギギギギギギギギィン!
数え切れない程の甲高い音が響き渡った。
「んなっ!?」
それは誰の驚きだったか。
同じように叫びだしたい気持ちだったが、その声も無数の金属音でかき消されてしまうだろう。
ギルガメッシュの合図と共に打ち出された物、それは無数の剣であった。
いや、中には槍や槌、手裏剣や棒、一目には武器と呼べるのか分からない物すら存在していた。
それらが何十という数で同時に放たれているのだから、驚くのも当然だ。
「何よこれ!」
剣戟の中に紛れ込むように遠坂の声が聞こえた。
俺達はサーヴァント三人が振るう武器によって、辛うじて脅威にさらされずにいた。
剣を撃つ、という事実だけでも十分に驚いているが、注目する場所はそこだけではない。
その放たれている武器の一つ一つが問題なのだ。
「あれってデュランダル!?
隣のはローエングリンに・・・ブルトガング!?」
そう、古今東西の名剣、魔剣と呼ばれる武器、俗な言い方をすれば『伝説の武器』が雨の様に放たれているのだ。
英雄に付き物である武器、サーヴァントにとっての唯一である筈の宝具を一人の男が所有している。
あまりに奇怪で、信じられないことだ。
「うそ・・・これって全部」
「本物です!
彼は世界の財を手にした英雄王。
伝説となる宝具の原型を所有しているのです!」
紀元前の都市国家ウルクを治めていた、半神半人の王。
彼の者は神々ですら恐れる完璧なる超越者で、あらゆる財をその手中に収めていたという。
「っ・・・どうしろってんだ!」
セイバーに弾かれて軌道を変えた剣が、耳元を通り過ぎる。
サーヴァントの正体が分かれば、高名な程にその手の内が分かる。
武器や戦い方、はては弱点すら伝承から読み解くことができるのだ。
だがしかし、ギルガメッシュという英雄に弱点らしい弱点なんて俺は知らない。
エンキドゥという唯一拮抗できた人物はいたらしいが、それが現状で役に立つとは思えない。
全ての財を持つサーヴァントに、どうやって戦えというのか・・・!
「いつまでそうしているつもりだ、アーチャー。
我が直々に手を下しているのだ。
ならば全てを曝け出すのが礼儀であろう!」
激しい爆音の中でギルガメッシュの声が紛れることなく届く。
敵などいないであろうサーヴァントは、何故かアーチャーの存在を気にしている。
剣の雨の中で辛うじて見える赤い騎士は、自らのマスターを守りながら歯を食いしばっていた。
「ぬ?」
昂然とした態度をしていたギルガメッシュが、僅かながら表情を変えた。
一人のサーヴァントが動き出したことに気づいたのだ。
セイバーは俺を守る為に足を止めて剣を弾いているので、動くことができない。
同じようにアーチャーも遠坂を守っている。
そしてこの中で、唯一なんの制限もなく戦える男がいた。
青き残像を残し、赤き魔槍が次々と剣の雨から道を作る。
ランサーは迫りくる脅威を時には躱し、時には弾きながら遅いながらも前進していた。
前進しながら襲い来る武器に対処する。
人外の能力を持つサーヴァントは、それ故に活路を作り上げていた。
「小ざかしい狗が」
初めてギルガメッシュの表情が笑い以外で歪む。
余程不快なのか、放つ剣の量を増やしてランサーへと降り注いだ。
が、サーヴァント中1〜2を誇る速度は伊達ではない。
もはや俺の目には止まらぬ程の領域に達したランサーは、加速して一息に距離を詰める。
「殺(った!」
そしてついに剣の雨を抜け、心臓へとその槍を定める。
吸い込まれるように胸へと向かっていく赤き魔槍。
ギルガメッシュはその窮地にも惑わず、
「無礼者が」
槍が胸を貫いた。
それはその勢いのままに相手を吹き飛ばし、大地へと叩きつける。
青き騎士(の血が広がっていった。
「ランサー!?」
遠坂の悲痛な声が響く。
だが剣の雨には慈悲が無いのか、もはやぴくりとも動かないその体へと降り注ぎ、
「っぐぁ!」
一瞬前までランサーの体があった大地を貫いた。
「冗談じゃねえってのっ――――ずっ!」
ランサーが悪態をつきながら胸の槍を抜く。
胸から大量の血液が流れ出し、口から霧のような血が吐き出された。
引き抜いたゲイボルク(を投げ返すと、それは所有者の意思に従ってか陽炎と消えた。
戦慄する。
全ての原型を持つということが、どういうことか今更ながら理解した。
例え呼び出したサーヴァントが唯一無二の宝具を持っていたとしても、それと同じものをアイツは持っているのだ・・・!
「ふん、蛮族の分際で我に触れようとすることがそもそも間違いよ」
不愉快極まりないという表情をしながら、黄金のサーヴァントは休み無く剣を放つ。
ランサーは生きているとはいえ、もはや限界だ。
セイバーやアーチャーでさえ、今はなんとかなっているといえいずれ底が見えてくる。
俺がアーチャーの武器を投影しようが、あれらを弾き返す技量がない。
遠坂の宝石ならば届くかもしれないが、あれだけの財を持つサーヴァントの鎧がただの鉄板である筈もない。
「くっ」
セイバーの焦り声がした。
彼女も限界が近い事を理解しているのだろう。
「アーチャー! 私が宝具で活路を開きます!
貴方はシロウと凛を・・・」
「待て! 君が宝具を撃った所で―――」
激しい金属音でもうマトモに機能していない耳が、ピンと張り詰めた空気で痛んだ。
絶対的なサーヴァントを目の前にしても感じられぬ程の、絶望的な悪寒。
―― それは武器というにはオカシナ形状をした、出所の掴めない"剣"であった。
剣の雨で作られた爆圧をものともせず、この場に在る空気全てを巻き込まんばかりに荒れ狂う。
「起きよ、エア。
出番には早いが、つまらぬ役者は塵にせねばならぬ」
円柱の形をした三つ刀身が、削岩機の様に回転する。
それは風を食らいながら巨大な嵐を生み出す―――!
アーチャーの表情が青ざめる。
遠坂の体を抱えると、剣の雨を縫ってこちらへと駆け出した。
「セイバー! 凛を任せる!」
そういって俺へと遠坂を投げつける。
驚きながらもなんとか遠坂を抱きとめると、アーチャーは文句を言わせる暇もなく俺達の前へと出た。
「ちょっと、アーチャーなにしてるのよ!?」
アーチャーはあろう事か剣を捨て、無手のまま片腕を前に掲げる。
I am the bone of my sword.
誰にも聞き取れない小さな声で、何かが呟かれた。
何本かの剣がアーチャーの体を貫いていったが、体勢が変わるどころか微動だにすることはなかった。
「天地乖離す開闢の星」(
暴風が、いや、台風が渦を巻いて迫る。
それは自らの武器をも巻き込みながら、俺達へと迫り――――
光に包まれる直前に、その遠き背中を見た。
ォオ
オ
オ
オ
オ
オン!
激しい耳鳴りのような音と共に、麻痺した聴覚が戻る。
一瞬気を失っていたのか。
体中が悲鳴を上げて、痛みが急速に意識を取り戻させる。
光で潰れたかと思ったが、何よりも早く戻ったのは視界だった。
未だ耳鳴りのする耳をわずらわしく思いながら、目を開く。
はじめに視界に入ったのは、悠然と立つ黄金のサーヴァント。
そして見るも無残になった、赤い騎士の姿だった。
「アー・・・っ!」
立ち上がろうとして、激痛で動けなくなる。
見れば、自分の体も傷だらけで地面に倒れこんでいた。
近くには遠坂とセイバー、少しはなれてランサーの姿もある。
俺の体が盾になったのか、遠坂の傷は俺達に比べれば軽いものの重傷には違いない。
もはや誰の目にも勝敗は明らかであった。
「ほう、何人か殺すつもりであったが・・・
なるほど、直前に盾でも敷いたか」
黄金のサーヴァントは傷ひとつ無く笑う。
その手には一振りの剣があった。
「手を抜いたとはいえ、あれから生き残るとは大したものだ。
だがもうよい。
我は十分に楽しんだ」
その剣がアーチャーの首へと当てられる。
処刑者はその首を落とさんと振りかぶり、
「しょせんは贋作者(。
これが貴様の限界であったか」
躊躇無く剣を振り落とし――――触れるやいなか、というところでそれを止めた。
「む―――何用だ」
殺そうとしたアーチャーには最早興味がないように虚空を見ると、独り言を口にする。
どうやら誰かと話しているようだが、その相手は俺に見えることはない。
何らかの魔術かなにかで遠くにいる誰かと会話している―――?
「ほう、手に入ったか。
ならば急ぎ戻ろう」
そう言って会話を止めると、ギルガメッシュは何事もなかったかの用にあっさりと去っていった。
「っー・・・」
「遠坂、大丈夫か」
「・・・・・・大丈夫に見えたらあんたの目は節穴よ」
ボロボロになりながらも、遠坂が立ち上がって口を開く。
少なくともそれだけ悪態をつけるのであれば命の心配はなさそうだ。
「シロウ、凛、御無事ですか」
俺達の前にいたセイバーがヨロヨロと立ち上がる。
いかに頑丈な鎧をしていても、あれを前には大した効果を得られなかったらしい。
「くそ、惨敗だな、こりゃあ」
同じような状態のランサーも口を開く。
体中の傷も問題だが、この男の場合胸の穴の方が問題だろう。
「その傷、大丈夫なのか?」
なにせゲイボルクに貫かれたのだ。
今こうして生きているのが不思議でしょうがない。
「ああ、心臓にはあたっちゃあいねえしな。
宝具として呪いを引き出したわけじゃなく、ただ投げつけただけだったてのが不幸中の幸いだな」
なにやら文字を体に描いて傷を治し始めるランサー。
ゆっくりではあったが、少しずつ胸の傷は埋まっていく。
ドサリ、と背後で音がした。
片腕を掲げたまま立ち尽くしていたアーチャーが、倒れこんだのである。
「アーチャー!」
遠坂が駆け寄る。
一番前であれを受けたというのに、アーチャーは奇跡的に五体満足の状態だ。
もはや魔力全てを使い果たし、体中に負った傷は致死量と言ってもいい程の血液を流してはいるが。
「・・・ぐぬ」
遠坂の魔術が発動する前に、アーチャーは危なげに立ち上がる。
隣にいる遠坂を確認し、全員の無事を確認すると、何ということか安堵のため息をついた。
「馬鹿! あんた何他人の心配してるのよっ!」
「む、それは身を張って皆を守った男に酷な一言ではないか」
さすがサーヴァントというべきか。
あんな状態でありながらも、アーチャーにはまだ余裕があるらしい。
「それにしても・・・見事にやられたな」
「いえ、あの男を前にして誰も死ななかっただけで僥倖と言えるでしょう」
アーチャーの苦い顔に、セイバーがフォローをする。
たしかに、あの中で誰一人死ななかったのは奇跡としかいいようがない。
ギルガメッシュの存在はもちろん、あの正体不明な剣はそれ程までに脅威だ。
「それよりもアイツがなんでわたし達に止めをささなかったのかよ」
遠坂がアーチャーを支えながら言った。
ギルガメッシュの目的は一つ。
聖杯を手にすることだ。
手に入った、と言ったのだからもう・・・
「・・・戻ろう。
今の我々では一矢報いる事すらできん」
アーチャーの言葉に反論できる人物はいない。
俺達は鈍重な足運びながらも歩き始め、元の道を戻る。
―――未だ響く、黒き巨人の咆哮を聞きながら。
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