あれは何ヶ月か、半年前になるか。
(オレ)が聖杯の脈動を感知し、久方ぶりにマスターの前へ足を運んだ時の話だ。

食事を共にせぬか、と言われてな。
普段ならば下々の食す物になど興味はなかったのだが・・・・
食の極みでありながら原点とも言うべき料理があるというのならば話は別だ。
興を凝らし、我はその誘いに乗ってやった。



『・・・これはなんだ?』

しかし食卓に並ぶは豪奢なる食の祭典――――とは程遠かった。
みずぼらしい店に地味な食器。
そしてその上にあるのは・・・

『これが究極の食だ。
 何、不平不満を言う前にまず食してみるがいい』

と、目の前でそれを口に運んでいくマスター。
無表情ながらも、その男には珍しい程に一心不乱に食事をしている。

『ふむ・・・よかろう。
 我に知らぬ物等、世にあってはならぬからな』

特殊な形状をしたスプーンを手に取り、そのスープにも見える物を掬い上げる。
そしてそれを口へと運び―――――






― 地獄の業火に足を踏み入れた ―
























――――――――<在るは金色の道>――――――――





























「その時の記憶は不確かでな。
 辛いというより激痛を抱きながら店を出た所までしか覚えておらぬ。
 気付けばこの家であった、という訳だ」

そう言ってライダースーツを着込んだ男はお茶を飲む。
堂々としているその様は、まるでこの家の主を主張するが如くだ。
ちなみに出したお茶は彼が持ち込んだなんだか凄いパッケージの茶葉から作った。
ヘタに安い物を出すと怒り出すのだ、この男。

「路上で倒れてたから家に連れてきたんだ。
 ・・・まあ真っ赤な口元とか、ぬぐいきれない刺激臭とかで事情は掴めたし」

俺の言葉に遠坂あたりが苦い顔をする。
あー、やっぱり遠坂も知ってるんだな、あの店。

「普通の食事じゃつらいと思ったからお粥を作って出したんだが。
 『我は○○○○○以外の米(※お好きな高級米の名前をお書きください)など食わぬ!』って投げ捨てられたっけか」

「貴様があのような安物を使うのが悪い。
 まあその後に我が指定した米を用意した手際は評価に値するがな」

そうだ、わざわざ商店街まで走って買いに行ったっけか。
我ながらよくやったもんである。

「えーと、こんな所なんだが」

そう言って、未だに武装しているセイバー達への説明を終える。
今のが俺とギルガメッシュの出会いだ。
助けた人の為にいきなり米を買いに走る、というのがマトモな出会いなのかは分からないが。

「・・・・・・」

セイバー達の姿勢は変わらない。
ただ黙し、隙あらば斬りかからんと思える程の形相だ。

「今のでこいつがサーヴァントじゃないって証明になるだろ?
 それ以来もちょくちょく家に来て食事はしてったし・・・
 サーヴァントだって言うなら、聖杯戦争とは違う時期にいるのはおかしいじゃないか」

高級食材を持ってきては飯を作れ、と何ヶ月か前から来ていたのだ。
もしこいつがサーヴァントだと言うのであれば、聖杯戦争は半年程前から始まっていたという事になる。

「違う―――シロウ、その前提が間違っているのです。
 彼は第五次の聖杯戦争に召還されたサーヴァントではありません」

第五次に呼ばれた訳では・・・無い?
その言葉で思い出す。
サーヴァントは聖杯、現世での第二の生を求めてマスターに協力する存在。
逆を言えば、勝利さえすれば現世を生きる事が可能なのだ。

「ふむ、その顔を見る限りようやく理解したようだな。
 我は聖杯戦争を勝ち抜いた勝利者(ファイナリスト)
 肉を持って十年の月日を生きた、元弓兵として呼ばれたサーヴァントだ」

「・・・・」

衝撃の事実に絶句する。
身近とも言える人間がサーヴァントだったという事と、聖杯戦争で勝利者が出ているという事実からだ。
だがそれは、聖杯にそれだけの力があるという裏づけにもなる。

「・・・つまりおまえは聖杯を手に入れて第二の生を得たって事か?」

当然導き出される答えに、金髪の男は怪訝な表情を見せる。

「ほう、もしや貴様何も聞かされていないのか?
 ならば言うが、前回の聖杯は不完全な召還状態で破壊されている」

「破壊・・・って、それじゃあ現世に留まるなんて事はできないじゃないか」

「いや、そうでもない。
 ようは体を維持するエネルギーさえあればよいのだ。
 マスターから聖杯の支援なしに膨大な魔力を貰うか、そこらの人間の生命力を食い荒らすか。
 無ければ他から用意するのは貴様等魔術師の得意分野であろう」

あまりにあっさりと言われた言葉に思考が追いつかない。
つまりこいつは、キャスターと同じ様に人々から・・・

「まあ我にはそのような事を行う必要はない。
 聖杯を使わずとも、この体は当に受肉しているのでな。
 覚えているか、セイバー。
 お前が聖杯を切り裂いて溢れた泥が、我をこの体へとしたのだ」

「―――――」

断絶するかのように静寂が現れる。
ここにいる誰もが、金髪の少女へと視線を向けていた。
話を総合すれば、彼女は第四次の聖杯戦争にも参加をし、現れた聖杯を破壊した本人・・・?

「・・・セイ、」

「どういうつもりですか、ギルガメッシュ。
 貴方がどのような思惑でシロウに近づいたかは分かりませんが、そんな話をする為に来た訳では無いでしょう。
 ・・・・・・戦いに来たのであれば、今すぐにでもその首断ち切ってみせるぞ」

冷え切った眼差し、そして反比例するように高まる殺気が、再び言葉を黙させる。
彼女は一度足りとて、ギルガメッシュが来た時から警戒を解いていない。
だがこの人数差においてどうして其処までの対応が必要なのか。

答えは考えるまでもなかった。
昨夜の黒騎士とは違うが同じ。
つまりはそう、恐れているのだ、このたった一人の青年を。

「ふむ、お前との戦いにも興味が無い訳ではないが・・・
 あいにく我は急いでいてな。
 ここには聖杯を取りに来たに過ぎん」

「・・・なんだって?」

思わず口から声がこぼれ出た。
聖杯が、ここにある?

「が、それも既にここから離れたようだ。
 今の聖杯は思ったよりも耐えているが、やはり本物を使わねばそろそろ崩壊する。
 故に急いでいる。それは我としてもつまらない事になるからな」

立ち上がり、去ろうとする男。
その背中をセイバーが声をたてて止める。

「ああ、二つ程言うことがあった。
 セイバー、間違ってもあの泥は飲まぬ事だ。
 あの様な無様な姿では我の興味も尽きるのでな」

「・・・っ。
 貴様、アレを聖杯を浴びた私だと言うのか」

「気付いていたのだろう?
 まあ認めたく無いと言うのならばそれで構わん。
 それと、もう一つ」

視線を俺へと変える。
その血の様に赤い目は、セイバーとの鍛錬で築き上げた何かに反応する瞳だ。

「助けるにせよ、殺すにせよ、急いでおけよ。
 でなければ後数日と経たずにアレは壊れるであろうからな。
 死にたくても()無ければ、思うことすら不可能になる」

そう言って、金髪の男は振り返る事すらせずに去って行った。



















「・・・なにあいつ。
 アンナのが古代メソポタミアの英雄王だっての?」

「同感だ。
 あの野郎、俺達の事は数にも入れていやがらなかった」

残った沈黙を最初に遠坂が破り、ランサーが苦い顔を浮かべる。
重圧の主が去ったおかげで、全員がやっとの事で武装を解いた。

「色々と突っ込み所はあるんだけど・・・
 貴方第四次にも召還されたサーヴァントなのね」

「はい、今迄黙っていて申し訳ありませんでした。
 いつかはお話するつもりでしたが、こんな形になるとは思っていませんでした」

セイバーが沈んだ声で答える。
何はともあれ遠坂の言葉には共感する。
今日は色々な真実が明らかになりすぎて、逆に何もかもが掴めていない。

「シロウ、貴方にも語らなかった事は私の咎だ。
 いかなる罰も受け入れるつもりです」

謝罪を受けているというのに、俺は聞かずにあさってを向いていた。
別に不貞腐れている訳でも、未だ硬直している訳でもない。

「・・・シロウ?」

「セイバー、俺には見えないから確認してもらいたい。
 外にバーサーカーの姿は見えるか?」

「――――っ!」

ここにいる全てのサーヴァントが外を見やる。
答えを聞かずとも、その顔を見るだけで事実を掴むことができた。

「ちょ、士郎!?」

驚いた遠坂の声を後ろに、家の中へと走り出す。
ジャグラーが言っていた、聖杯が人であるかのような発言。
そして先ほどギルガメッシュが言った、ここを離れたという聖杯。

・・・この場にいない人間は一人だ。



― ッバン!



客室のドアを叩き付ける様に開ける。
そこには気絶した少女が一人、ベットで寝ている筈であった。

「・・・・イリヤ」

だが其処にあるのは、ただ乱れ、冷え切った毛布があるだけ。
意識が無いはずの冬の少女は、雪のように後を残さず消えてしまった。






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