「柳洞寺の人達が下山した?」

『そうなのよー。
 最近流行ってるガス漏れ事件と同じかもしれないって話しよ。
 お山でそういう事が起きるってのもイメージに合わないけど・・・』

「・・・わかった、他にも何かあったら連絡してくれ、藤ねえ」

『それはいいけど、士郎もちゃんとお見舞いに行ってあげなさいよ?
 柳洞くん寂しがってるだろうし』

「ああ、こっちが落ち着いたら顔出すって言っておいてくれ。
 果物か甘味どころを持って行くからさ」

『皆自分の足で病院に行った、っていうことだから心配はいらないと思うけど・・・
 なんか最近物騒な事ばっかりだから、士郎も気をつけるようにね?』

「おう、わざわざサンキュ」























――――――――<開くは混沌の淵>――――――――





























-2/12-









「藤村先生だった?」

「ああ、柳洞寺の人達は山から下りたらしい」

遠坂の問いに、話しを掻い摘んで答える。
藤ねえの話しでは重傷者は出ていないようだし、一成達には悪いが大事にならなくてよかった。
それにこれからの事を考えると好都合だ。
例えあそこで何があったとしても、これで無関係な人が巻き込まれる心配はなくなるのだから。

「そう、じゃああっちにいるのは敵だけって事ね。
 これならわたし達も遠慮なく戦える」

・・・どうやら何の躊躇も無い様子だが、あそこには人はいなくとも寺がある。
他の事に集中力が散漫しては問題だが、遠坂は本気で遠慮なしに全部ぶっ壊しそうで怖い。
一成達が戻った時に寺どころか山の形が変わっていたりしないよう、努めなくては。

「終わったみたいだし、話を始めていいかしら」

イリヤ以外の皆が揃っている居間から声がかかる。

「もう一度聞くが、本当に大丈夫か?」

「座って話すくらいなら支障はないわよ。
 全く、アンタも心配性ね」

アーチャーの問いが、あまり余裕が無い笑みで返される。
あくまでも優雅で、外見でそうそう判断できるものではないが、無理をしているというのは感じた。

「で、わざわざ全員揃えて話すような事ってなんなのかしら?」

遠坂が皆の思っている事を代弁するように言う。
だが俺は一人、昨夜言峰が言っていたことを思い出していた。
この事態に、彼女はなんらかの形で関わっているのだろうか。

「この聖杯戦争で今起こっている異常、それについてわたしが分かる事よ」

ジャグラー一人に、全員が注目する。
そして前置きでしか無い筈の次の一言は、今までの出来事の中で一番に俺達を硬直させた。

「まずはこの話しを理解してもらう為の事実、わたしが第二魔法の利用者である事を知りなさい」








空気が凝結する。
誰もが沈黙する空間の中で、初めに動き出したのは遠坂だった。

「・・・・・・・うそ。
 冗談言うんじゃないわよ。
 過去から現在まで、第二の魔法使いが大師父以外に現れたなんて聞いたこともないわ!」

「ええ、だから"利用者"と言ったのよ。
 わたしは魔術師でもないかわりに、魔法使いでもない。
 魔術の果てに魔法を見て、たどり着く手前、、、、、、、で立ち止まった愚か者。
 それ故の奇術師と知りなさい」

遠坂が絶句する。
堂々としている様から、彼女の言う事に真実しか含まれて居ないということを悟ったのだろう。

「・・・・・信じられない。
 魔法を目の前にして足踏みするなんて」

「一つ忠告してあげる。
 魔法使いになるということは人でなくなる、という事よ。
 奇跡に至る代償がなんであるか、覚えておきなさい」

「それでもよ。
 超人を気取るつもりはないけど、魔術師は常に人の限界を超えるつもりで探求しつづけているわ。
 その果てがなんであれ、留まる事が許されないのが魔術師、そしてその家系の悲願じゃない」

遠坂は本気で怒っている。
本人の生涯、いや、全ての魔術師が自らの全てを賭ける命題であるからこそなのだろう。
俺には分からない憤りだが、遠坂の様な根っからの魔術師から見れば、侮辱としか取れないのかもしれない。

だがそれも予測していたように、ジャグラーはあっさりと切り返す。

「人を超えるわけじゃないわ。
 わたしは"人でなくなる"と言ったのよ。
 言葉遊びに聞こえるかもしれないけど、それが分からない以上奇跡には何時までたっても辿り着けないわよ」

言われてもあくまでも姿勢を崩さない遠坂。
ジャグラーはそれに取り合わず、話を続ける。

「話しが逸れたわね。
 わたしの目的がアーチャーが呼ばれる場所に召喚される、ってのは何人かには話したわね。
 だけどその為にはいくつかの問題があった。
 いくら第二魔法を使えたとしても、時間までは越えられない。
 わたしが時という概念から外れた英霊を追うには、自らも英霊になるしかないわ」

曰く、英霊は人類の危機に召喚される。
例え英霊になった時代から100年かけ離れた未来でさえ、英霊は召喚されるのであろう。
それはこの場にいるサーヴァント達が証明している。

「だけどわたしは英雄、と呼ばれる程の活動はそうしていない。
 英霊となるには少し足りなかったし、なにより世界に言い様に使われるのは性に合わなかった。
 だからわたしは宝石の翁(ゼルレッチ)に協力を仰いだ。
 世界のシステムに干渉して、架空の"座"を作ったのよ」

ゼルレッチ、という名前に押し黙っていた遠坂が反応する。
俺は知らないが、よほど高名な人物なのであろう。

「そしてわたしはアーチャーが呼び出される場に召喚される、という存在になった。
 世界に組み込まれる事で、どんな時代でも彼の元に現れる事ができるようになったわ。
 まあ利用している以上、わたし自身もそれなりに見返りは返さないといけないけど・・・」

めんどうくさそうにため息をつくジャグラー。
どれ程の苦労があってそうなれたのかは分からないが、アーチャーを追う為だけにそこまでしたというのは・・・
いやはや、感嘆すべき愛情である。

「ともかく、それが成功してわたしは今こうしている。
 今回は"サーヴァント"って分かりやすい形をとってね。
 だからマスターは存在しない、あえて言うなら聖杯がマスターってところね」

「そう、だから私達より強い影響を受けていた訳ね。
 同じ症状なのに、貴方だけ強い影響を受けていたからおかしいとは思っていたけど」

キャスターが一人つぶやく。
倒れていた二人を見ていた彼女は、俺達より深く症状を理解していたのだろう。

それにしてもジャグラーの言うことで一つ気になることがあった。

「なあ、聖杯はマスターとサーヴァントが残り一組にならないと現れないんだろう。
 だったら今のジャグラーにはマスターがいないって事にならないか?」

「坊や、なぜ私の陣地が狙われたと思っているの?」

俺の問いに、キャスターが代わりに答える。
確かに・・・間桐臓硯が正義感で事を起こしたとは思えない。
だとするとキャスター自身には目的はなく、

「柳洞寺に聖杯がある、というわけね」

遠坂が真剣な顔つきで俺と同じ答えを出す。
話の流れからするとそれしか思いつかないが、ジャグラーの答える事は若干違っていた。

「厳密にはそうじゃないけどね。
 あそこにあるのは聖杯戦争を動かすシステム。
 サーヴァントという奇跡を作り出す、いわば大聖杯というべきモノがあるのよ」

柳洞寺のはるかに地下に存在するというそれは、何百年という間を越えてきた究極の神秘。
マスターのいないジャグラーは、それを通じて魔力を得ているらしい。

「聖杯はわたしを通じてその"奥"に繋がっている。
 ただでさえ不安定な穴だけど、それ以上に聖杯は影響を受けているわ。
 本来七人しか呼べない英霊を、形が違うとはいえ八人目を呼び出しているんだから」

「では今回の事は貴方が元凶だと言うのですか?」

驚いているセイバー。
俺も驚いている。
まさか言峰の言っていた事が、そのまま真実だとは思ってもいなかった。

「違うわよ。
 多少の問題があるとしても、わたしが作った式に問題はないわ。
 もしそれが原因で何か起こるとしても、聖杯戦争事態が壊れるか、小さなエラーが出る程度よ。
 今回みたいな同じクラスが複数召喚されるなんて事は、普通は起こりえない」

「だが、それは実際に起こっている。
 その口ぶりから察するに、君はその理由にも気づいているな?」

厳しいアーチャーの口調。
そう言われた当人といえば、どこか苦虫を潰すかのように押し黙っている。
知ってはいる、が、認めたくない、というように。

「・・・・・・大聖杯にできた穴に影響を与えられる人物は少ないわ。
 作り出した本人であるわたしか、第二の魔法使い。
 そして―――――聖杯本人」

聖杯・・・本人?
その言い方はおかしいんじゃないか。
言葉の意味をそのまま取るのならば、それは聖杯が――――



ピンポーン



今までの話を遮るように、我が家のチャイムが鳴る。
内容が内容ゆえ無視したい所ではあるが、そうはいかないだろう。

「私が出ましょう」

腰を浮かしかけた俺を、立ち上がったセイバーが止める。
今はお昼前。
こんな時間に訪ねてくる人物に心当たりは・・・ないわけではなかった。













ピンポーン

「はい、ただいま出ます」

気の短いチャイムに、急ぎ玄関へと降りる。

今は誰が相手でも押し問答する暇はない。
そうそうに引き取ってもらわなくては。

ガラリ、と戸を開く。
そこには、

「遅い。(オレ)がわざわざ訪問したのだから秒と待たず迎えるのが礼儀であろう」

なんて無茶を言う、横柄な金髪の男の姿・・・が・・・?

「む? 誰かと思えばセイバーであったか。
 久しいな、十年ぶり――――いや、おまえにとってはつい先日のことか」

頭が真っ白になっている。
ズカズカと家に上がりこむ姿すら、瞳に入っていない。

この余りといえば余りの事態に、私は武装すら忘れて絶句していた。













・・・・・・・・・・・・・・・

沈黙が痛い。

机を前に腰掛ける俺と、その目の前に座る金髪の青年。
今迄みんなで席についていたというのに、他の人々は壁際に寄って立っている。
しかも並々ならぬ警戒心を持って、だ。

「・・・なあ」

重い空気に逆らい、口を開く。
すると、この場にいる全員の注目が俺一人に移った。
うう、なんか辛い。

「えーとさ。
 何だってみんな完全武装してるんだ?」

なんというか、最早彼に言い訳できない状況である。

「そんな事を言っている場合ではありません!
 シロウ、その男は危険です。
 今すぐ此方に来てください!」

同じく完全武装しているセイバーが、なんだか風を撒き散らしながら叫んでいる。

「危険、って何がさ。
 別にこいつは何にもしてないだろう?」

「そういう問題ではないのです。
 シロウ、その男はサーヴァントだ!」

は、サーヴァン、ト?
意味が分からず、視線を彼へと移す。

「ほう、やはり貴様気づいていなかったのか」

「え、いやだって・・・」

「魔術師とすら呼べぬ素人だとは前から思ってはいたが、これ程とはな。
 セイバーの言うことは真実だ。
 我はクラスで言うのならば、弓兵として召喚された」

「ちょっと、じゃあアンタは三人目に呼び出されたアーチャーって事!?」

いくら出てくるのよ・・・! と戦慄を隠せない遠坂。
しかしそれはおかしい。

「いや、そんな事無い筈だぞ。
 俺、こいつとは何ヶ月か前に知り合ったんだから」



・・・・・・・・・・・・・・・・



再び始まる沈黙。
長い長い静寂の後、俺とギルガメッシュ以外の口から発せられたのは、

『は?』

という極まった混乱の声だった。






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