木々の中を抜け、岩肌に囲まれた長い道を歩き、そこに辿り着いた。




そこは広大な地下世界であった。

明かりがあれど深き闇で果ては見えず、音を立てど跳ねる壁に届かず消える。

そこが地下である事を忘れる程、深く広い空洞。



その厳かな空間の中心に、大きな窪みがある。

まるで隕石でも落ちたのではと思わせるほど、巨大なクレーターだ。

浅くて広い姿をしたそれは、何かの器を感じさせた。

「見よ、桜。
 コレが聖杯戦争の機構にして、星を祭る祭壇よ」

祖父が、仄かに光る中心を見やる。

「これが・・・」

これが聖杯戦争を実現する、奇跡を生み出すシステム。

英霊を召喚し、あたかも生きているかのように存在を許す魔法に近い魔術。

魔術師教会が知れば、この土地ごと奪い上げるであろう究極。

「桜、少し中の方へ行ってくれんか。
 何か妙なものを見るか、感じるかしたならば、ワシに声を掛けてくれ」

「はい、お爺さま・・・」

背を向けて歩き出す老人に、空ろに頷く。

意に従い、何の感慨もなく私はその器へと足を下ろした。




作られた窪みはただ一つの歪みすらなく、病的なほど綺麗な曲線を描いている。

私はそこを軽く見回しながら中心へと歩く。

・・・体を動かしながらも、思いは内へと向いていた。

家へと閉じ込められてからというもの、気づけばそればかり考えていた。

彼の事ではなく、何故かアノ人の事ばかり。

それは自分でも謎であるあの外出の後から、強くなり続けているように思える。

きっかけはあの時。

別に特別でもない、尊い訳でもない、何気ない出来事に過ぎない事。

私はあの一瞬によほど気持ちを奪われてしまったらしい。

安いものだ、と自分でおかしくなってしまう。




―――――ぁ■■■―ぉ――――





突然、何かの音を聞き取る。

目の前には、相変わらず仄かに発光する大地。

その中に紛れるように、ポツン、と黒い点が宙を穿っている。



・・・コレが、妙なものだろうか。

言われたとおりに報告しようと振り向くが、いつの間にそこまで歩いたのか、崖の上は遙かに離れている。

余りに離れすぎた為か、お爺さまの姿は確認できなかった。

「・・・・・・」

再び振り向き、黒き点を見つめる。

目元ほどの高さのそれは、闇に染まった黒ではなく、何かが混ざり合った泥に見える。

揺らめきながら、張り詰めるように、飲み込むように、不動な点。


引き寄せられるように手を伸ばす。

震える手がそれに触れたとき、

―― ズ。

洪水の様に中身が溢れ出し、ナニカがそこから飛び出した。























――――――――<軋む道>――――――――





























「虫?」

「ええ、無数の虫と、老人の声。
 私が確認できたのはそれだけよ」

「そう、じゃあ姿を見た訳じゃないのね・・・」

居間に腰を据え、机を挟んで希代の魔術師が話し合う。
片や現代風の赤き衣を身に纏う女性、サーヴァント・ジャグラー。
対するは紫紺のローブを目元深くまで被る、物語に出るような魔女、同じくサーヴァント・キャスター。

言うまでもないが、この家は俺の家だ。
そう、俺の家なのだが・・・どことも知れない異空間に見えてきた。

俺、遠坂、イリヤ、葛木。
そしてサーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー、ジャグラー、キャスター。
あと庭にバーサーカー。
総勢10人もの人間がここにいるのだ。
しかも揃いも揃って普通の人間じゃない。
いつもの様に過ごせ、というのが無茶なのだろう。

「少しいいかしら」

なにやら話し合っているジャグラーとキャスターの間に、遠坂の声が割ってはいる。

「情報交換もいいけど、その前にするべき事があるわ。
 キャスター、貴方はどういうつもりでここに来たのかしら」

そうだ、元々はジャグラーの停戦に応じたという、キャスター本人の話を聞くべき予定だったのだ。
今朝の話の真偽、そしてキャスターの意思。
それが問題であったのに、突然の登場に流されてしまっていた。

「・・・どういう事かしら。
 私は呼ばれたから来たのだけど」

「一応説明はしたわよ。
 ただわたしが信用されてないだけ」

面を食らった様に、ジャグラーへ視線を向けるキャスター。
どうやらこちらの事情を何にも話していなかったらしい。

「貴方、アーチャーのマスターね。
 どういう説明を受けたかはしらないけれど、私達はもう戦うつもりはないわ。
 いえ、もう拠点を奪われた時点で、私には戦う力などないのだけれど・・・」

そう言いながら、キャスターは口惜しそうに俯く。
俺には演技とは思えないが、遠坂はそれで済ますつもりはないらしい。

「それにしたって、貴方達の狂言とも限らないわ。
 そもそもここにいる全員で、聖杯戦争の参加者が揃っているじゃないの。
 拠点を奪われたも何も、攻めてくる敵が何処にいるって、」

「疑うのもそれくらいにしなさい、リン。
 蟲を使役する老人なんて、考えるまでもなく一人しかいないじゃない」

遠坂の言葉を、今度はイリヤが遮る。
口調からすると、相手の正体に心当たりがあるらしい。

「聖杯戦争のシステムを作り出したのは三家。
 アインツベルン、トオサカ――――そしてマキリ。
 聖杯戦争に関係して、今ここにいる者以外に動ける人物。
 未だ現世に執着しているあの妖怪以外に、他に誰がいるのかしら」

・・・三家。
その表現は確か遠坂から聞いたことがある。
そしてマキリという名前。

「イリヤ、それってもしかして」

「ええ、今ではマトウと名乗っている筈よ」

やはり、慎二の家か。
何度となく家に上がった事はあるが、一度としてそういった気配は感じられなかった。
少なくとも俺はそんな人がいる事を聞く事すらなかった。
一体何故、このタイミングで姿を現したのだろうか・・・

「・・・それはわたしも考えたわよ。
 だけどそうだとしても、キャスターを信用できる理由にはならないわ」

「私も同意見だ。
 事情がどうあれ、彼女の行いが消える訳ではない」

遠坂の厳しい意見に、セイバーも続く。
キャスターは魔力を街中から搾取していたという前科があるのだから、当然といえば当然だ。

「アーチャー、貴方はどうなの」

「ふむ」

今迄黙り続けていたアーチャーが、遠坂の声で口を開く。
ちなみにランサーは端の方で無作法に座り込んでいる。
話し合いに参加する意思はないらしい。

「確かに、凛やセイバーの意見は尤もだ。
 私とてキャスターがやってきた事を正当化するつもりもない。
 だが彼女が言う事が本当であれば、ここで戦うのは余りに無意味だ。
 ・・・キャスター、この場は君の言葉で意思を語るべきだと思うが」

「私は・・・・・・」

重い沈黙。
その中でキャスターは一度だけ小さく頷き、背筋を伸ばす。

「私は、マスターの身を守る事を最善としています。
 勝者になる事や聖杯を手に入れる事など、二の次。
 宗一郎様に危害が及ばないのであれば、私は貴方達に従っても構わない」

静かな、それでいてはっきりとした口調。
躊躇いながらも発せられた言葉は、確かな決意を持って語られた。

「・・・・・・」

アレだけ反対していた遠坂も、押し黙る。
キャスターがどんな人間であれ、あの言葉は真実であると感じたのだろう。

だとしたら問題は残り一つ。
柳洞寺を攻めたという、間桐の人間とやらが何の目的で――――










―――― ドクン ―――――











「――――っ!」

突然訪れた激しい痛みに、思わず声が洩れる。
痛みの出所は左手の甲。
押さえつけた手を離せば、刻まれた令呪が仄かに光を発している。

見れば、ここにある全ての者が同じような反応をしていた。

「・・・っ今のは?」

右手を押さえつけている遠坂に、同じく表情を歪ませたアーチャーが声を返す。

「分からん・・・
 だが今のはここにある全員に訪れたものだ。
 全員が聖杯戦争の関係者。
 仮説に過ぎんが、もしや聖杯のシステムに何らかの、」

ドサリ、とアーチャーの声を遮るように音が割り込む。
銀の髪を広げ、仰向けになってイリヤが倒れこんでいた。

「イリヤ!」

痛みを忘れて駆け寄る。
抱き上げてみると、服の上からでも熱を出しているのがわかった。
呼吸が荒く、額にびっしりと汗をかいている。
どうしたのかは分からないが、酷くつらそうなのは確かだ。

「ジャグラーっ、どうした!」

「おい、マスター!」

アーチャーとランサーの焦った声。
ジャグラーがアーチャーの腕の中で、同じように苦しんでいる様が見えた。
















「ジャグラーの方はどうだったんだ」

家の前、曇り空の下で集まっていた俺達の前に、アーチャーが陰気な顔で現れた。

「目を覚ましてはいないが、とりあえず容態は落ち着いている。
 キャスターが言うには、魔力が急激に送り込まれ、オーバーロードを起こしたのが原因らしい。
 そちらはどうだった」

「まだ苦しんでるわ。
 こっちの症状も同じようなものだけど、あの子の場合それが断続的に続いてる。
 外界からの魔力作用を制限してみたけど、余り効果はなさそうね」

憮然とした声で遠坂が答える。
あの後、すぐにイリヤとジャグラーを寝かせて、それぞれを遠坂とキャスターが診たのだ。
俺はただ後ろでそれを見ていた。
耳の中に、イリヤが苦しそうに呻いてるのだけが残っている。

「聖杯戦争のシステムになんらかのエラーが生じた、それが彼女の見解らしい。
 我々全員にあった衝撃も、それが原因だろうと」

ここにきて生じたというエラー。
誰もが、柳洞寺を攻めたという相手になんらかの原因があると分かっているだろう。
そうなると、目的ははっきりしている。

「俺は柳洞寺に行ってみる。
 何が起こったのは分からないけど、確実に関与してる人間がいる筈だ」

振り向くと、既に武装したセイバーが頷く。
最早聖杯戦争とは言えない現状だが、彼女は最後まで俺に付き合ってくれるらしい。

「そう、反対はしないけど、とりあえず調べる程度に抑えなさい。
 相手が何を出すか分からない以上、深入りは禁物よ」

「? 遠坂は行かないのか?」

「わたしは間桐の家に行くわ。
 今行っても無意味かもしれないけど、何か残っている可能性もあるし」

柳洞寺を攻めた相手が間桐の人間だとすれば、もはやその家には誰もいない筈だ。
遠坂には、何か気になっている事でも・・・そうか。

「もしかして慎二か?」

「馬鹿、何だってわたしがアイツの心配をしなきゃならないのよ」

「じゃあ、やっぱり桜か」

「―――っ!」

図星だったようで、顔を覆うように手で押さえつける遠坂。
どうやら家に残っている桜を心配してくれてるらしい。
遠坂が桜を気にしているとは知らなかったが、それは単純に嬉しい事だ。

「気をつけてくれよ、遠坂。
 桜の事、任せる」

「・・・ふん、いいわ、それくらいはついでにしてあげる。
 それよりも貴方の方こそ気をつけなさい。
 間桐の老人についてはよく知らないけど、何代もの時を生きてきた大妖怪よ。
 まともに戦おうなんて思わないで、必ず調査だけで帰りなさい」

照れたしぐさを見せた後、すぐに真剣な声で注意を促してくれた。
これで話しは終わりのようで、遠坂とアーチャーは間桐の家へと向かい、

「ちょっと、なんでアンタまでついてくるのよ」

後ろにいるランサーに仏頂面を見せた。

「アンタのマスターはジャグラーでしょう。
 なら大人しく此処を守ってたら?」

「その必要もねえだろ。
 なにしろ二人もサーヴァントがいるんだからな。
 それよりも嬢ちゃん、病人の中にキャスターを残していっていいのか?
 アイツの言葉が真実だとしても、マスターがどう思ってるかも分からないってのに」

飄々として答えるランサー。
確かに、キャスターとそのマスター、葛木宗一郎の意思については未だ謎ではあった。

「・・・もちろん葛木の話しも聞いたわよ。
 『アレの好きなようにさせる。此処を守ろうというのならばそうしよう』ですって。
 どっちがマスターなのか分からない上、キャスターもあの調子だったし。
 信用できなくても、敵対視する方が無駄だもの。
 それよりもアンタは何でついてくるのよ」

「こっちの方が楽しそうだからな。
 調査なんて性にあわねえし、防衛なんてもっとつまらねえ。
 ジャグラーも一応アンタ等の味方をしてるんだし、付いてっても文句はねえだろうさ」

自然児にして太平楽な男、ランサー。
その理由だけで、戦場の臭いがする方へと向かうらしい。

「・・・いいけど、何があっても助けるつもりなんてないからね」

「っは、そういう言葉を吐くには後10年は生きてからにしな」

楽しそうに、ランサーは憎まれ口を返す。
そして三人は、目的の地へと風のように去った。

「・・・俺たちも行こう、セイバー」

「はい」

まっすぐで力強い返事を受け、俺達も目的地へと走り出した。






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