周囲に広がる漆黒の闇。
何一つないその場所に、彼は再び落とされた。

「―――――」

特になんの感慨も無く、歩を進める。
方向など意味を持たないこの空間で、彼は迷うことなく一方向へと歩いていく。
しばらく―――いや、時間さえ希薄な此処で、その表現は正しくないかもしれない。
とにかく、彼の感覚で数分歩いた先に、扉が姿を現した。

ノブへと手を触れ、開く。
そこは圧巻される程の広大な空間。
目視できぬ先まで続かれる、本の群れ。
誰一人居らず、永遠と広がる様に見えるそれは、図書館という表現すら小さく見える。




―――― その中心に、悠然と本を読む翁がいた。




何処から持ち出したのかわからない椅子に腰掛け、何冊かの本を机に広げている。
老人、というには覇気のある表情。
その瞳は尊き賢者のようで、悪戯好きの童子のようでもある。

「やあ」

本から目を上げて、翁はそう口を開いた。

「久しぶり、かね?
 健康そうでなによりだ」

本を机へと置きながら、こちらへと体を向ける。
彼が言うには初対面ではないらしいが、自身の中をいくら探ろうが記録はなかった。

「ふむ、怪訝そうな顔つきだな。
 というと事は"君"とは初対面か、はたまた会った事実はあろうとも、情報が残っていないか・・・」

翁は勝手に考え込みつつ、楽しそうに笑う。
自分なりに納得しうる答えを出したようだが、こちらに説明する気は毛頭ないらしい。

「ところで、君は何をしに来たのかな?」

おかしい事を言う老人だ。
この"自分"の役目は終わっている。
ならば帰るべく所に帰る以外に何があろうと言うのか。

「帰る、か。
 確かにそれが正しい事だろう。
 君が帰ればその身は役目を終えて、ここに一冊の本が増える。
 ただそれだけの事だが、過去から未来へと守られてきた法則の一つだ」

男が立ち上がり、机の上にあったものを手に持つ。
いつからあったのか、随分古めかしい扉を翁の背後に見つける。
翁の手には、二つの物が握られていた。

「これで私にとって二度目の質問になるが、もう一度問おう。
 ――――ここに剣と本と闇がある。
 一つ目。この扉をくぐれば、先にある闇が君を歓迎する。先程言った正しき帰り道だ。
 そして二つ目。本を選べば、君が知らないことも全て知る事ができる。
 例えば、ある少年が選んだ未知なる選択肢であり、歩んできた道、そして辿り着いた場所」

三つ目。翁は古ぼけた剣を差し出す。
所々傷だらけで、重なる錬鉄により黒く濁り、かつてあったであろう美しさは何処にも無い。
だがそれでも、芯は折れることなく堅固さを増し、黒く光るそれは確かな輝きを持っていた。

「最後に、剣を選べば、君は行く事が出来る。
 他の"君"ではない。
 眼は姿を映し、耳は意思を聞き取り、肌は事実を汲み取る事ができるであろう。
 ――――さあ」



どれを選ぶ





それはどれも同じでありながら、決定的に違っていた。
愚問だ。
どれを選ぶかなど、始めから決まっている。

悩むべくもなく、躊躇せずに、確かな意思を持ってそれを手にした。






前へ / 戻る /  次へ