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それは神が生きていた時代でも出会えなかった、魔法すら霞む奇跡だった。



鬱蒼とした山の中を、倒れながらさまよった。
当然行く当てなど無く、進んでいる筈の体も希薄で、いつ消えるか分からない。

――― 少し前、彼女はキャスターとして現代に召喚された。

マスターは下卑た人間の魔術師。
魔術を使う者として数段彼女に劣るその男は、キャスターを妬み、恐れ、信頼など欠片とて抱かなかった。
それは彼女とて同じ事で、早々に矮小な男から見切りをつける。
無駄に令呪を使わせ、寝首をかく。
そんなどうでもいいような事を経て、ここにいた。

可笑しかった。
また裏切りをしたという事が。
彼女の内には、いつでも復讐心などなかったというのに。

魔女を押し付けた人々や、人の人生を狂わせた美の女神、そして最後の最後に裏切った英雄・・・
如何なる時であれ、怨みなど抱かなかったのだ。

ただ、悲しかった。
どんな時にもうまくいかないこの世界に、苦しみ、嘆いていた。
失望、していたのだ。

だからそう、ここ時代に呼び出された時も『どうせこんなものだろう』と、何もかもを諦めていた。




奇跡のような出会いが、あるまでは。























――――――――<想う奇跡>――――――――





























「学校に行く。
 後のことは好きにやれ」

毎朝の素っ気無い挨拶をして、無感情な声で彼は言う。
私がここに来てからというもの、一度として変わらぬ情景だ。

「あの、宗一郎様、お話しがあります。
 少しばかりお時間を頂けないでしょうか」

できるだけの勇気を込めて、そう切り出した。
ただ話しかけるだけでそれだけの決意が必要だなんて、と悩む時もある。

「時間は取れん、教師が学校に遅刻するわけにはいかん。
 話ならば帰ってからにしろ。
 今日は会議で遅くなるが、できるだけ早く帰るように努める」

「・・・はい、お待ちしております」






「いってらっしゃいませ」

軽く頷いてから山門を抜け、彼が無言で階段を下りていく。
その後姿が見えなくなるまで見送ってから、私は嘆息をついた。

あの出会いから一月。
私たちの関係は変わることなく続いている。

・・・葛木宗一郎という人間は、酷く変わった人物である。
魔術師でもなければ、異能者であるわけでもない。
魔術とは関係ない、通常の人間であるにも関わらず、非日常である今の環境に混乱すらしない。
血まみれであった私を見たときも、聖杯戦争の話をしたときもそうであった。
ただ受け入れ、否定も拒絶もしない。
そして望みを口にすることすらせず、ただ淡々と役割に沿って生きる。

彼の行動には欲望や希望がない。
異状である筈の今でさえ、彼は大した事ではないように振舞い続ける。

そんな彼を信頼すると同時に、私は酷く恐れている。
もしかすると彼にとって、私の存在すら変わらぬ日々の一部なのではないかと。

「・・・なにを馬鹿な事を」

それは否定したくても、間違いのない事実だ。
彼は求められたからこそ今の立場にいて、役割を与えられたからこそ共に居る。
なんの感情もない協力関係。
マスターとサーヴァントに正しくあるべきである、理想のポジションだ。

「そう、互いに利用するの聖杯戦争の契約ですもの。
 彼が私に協力して、私が聖杯を手に入れる。
 立場こそ逆になっているけど、間違っている所なんて何処にもない」

自分の本音を押しつぶす様に、自身に向かって言い聞かせる。
そうだ、私は聖杯を手に入れなければならない。
・・・いや、聖杯戦争を勝ち続けなくてはならない。
そうでなければ、この細い糸の様な関係ですら―――――

「ふむ、昨夜のような鮮麗なる華も良いが、愛でるならば影に控える小さき花か。
 いやいや、中々に奥深い」

「・・・・・・」

山門の傍らから、神経を逆なでする声がした。
自分で召喚しておいて何だが、その男がそこに居る事を忘れていた。

「アサシン、何がいいたいのかしら?」

「そう皺を寄せるな。
 褒めているのだから素直に喜ぶべきだと思うが」

「・・・貴方の言葉に喜びなど得てたまるものですか。
 それよりもアサシン、まさかわざわざお世辞を言う為に声をかけたのかしら?」

欠片とて情など見せず、敵意すら込めた瞳で睨みつける。
すると観念したように肩を竦ませ、アサシンは実体を作り出す。

「何、我が主殿の不調を読み取ってな。
 しがない門番ながらも、気を使うべきかと思案しただけだ」

「それこそ貴方ごときに心配される事ではないわ。
 いいから大人しく消えていなさい。
 刀を失った侍なんて、もはや何の役にすら立たないのですから」

「ふむ、一理あるが」

皮肉を聞いて、アサシンは組んだ腕を解く。
その腕が一瞬ブレたかと思うと、風を切る小さい音と共に、何かが地に落ちる。
見れば、小さな虫が二つに断たれて絶命していた。
それは微量ながらも、毒を持つタイプの蛾だ。

視線を上げる。
アサシンの手には、ランサーによって折られた筈の刀が完全な形で存在していた。

「それは・・・・?」

「昨夜の事が終わった後、暫くして赤い衣を纏った男が置いていった。
 代理品として置いていったが、同じ物としか思えん程に真に迫っている。
 いやはや、魔術というものはこうも面妖なものであるとはな」

赤い衣の男・・・とは此処を嗅ぎまわっていたあの小娘のサーヴァント、アーチャーか。
という事はジャグラーの使いか何かで来たのか。

「同じ物、と言ったわね。
 細部の違いも無い、前の刀と同じ物だと言うの?」

「うむ、何しろ私自身が不快を感じていない。
 もしこれと物干し竿が並べられていたとしても、見分けはつかないであろう。
 一品物故、これと同じ刀はない筈なのだがな」

「・・・・・・」

確かに、このような長すぎる刀、二つとして存在しないであろう。

例えばこの刀が本物だと仮定する。
可能性としては、過去より時をかけ、現在までその形を残していたとしたら・・・

いや、それもないだろう。
魔力も帯びていない刀が、なんの老朽化もせずにいるのはおかしい。
何より長い時をまたいだ武器というものは、それだけで概念という力を持つ。
今アサシンが持っている刀には、それらしい魔力は感じられない。

・・・となると、アーチャーか誰かが作り出した贋作である可能性が高い。

「アサシン、少しそれを――――」

貸しなさい、と言おうとした口を閉じる。
少し調べればアーチャー等の能力について何か分かるかもしれない。
が、しかしそれを知っても得になる事は、最早何もない。
戦いは終わってしまうのだから。

「・・・いえ、何でもありません。
 武器があるなら、これまで通りここの警護に当たりなさい」

フードを被りなおし、視界を減らす。
自分でも意識していなかったが、少なからず声は沈んでいるようだった。
戦いが終わり、聖杯戦争が終わる。
そしてマスターとサーヴァントの関係ですら――――

「ああ、待てキャスター」

戻ろうとしていた私に、しつこくアサシンの声で引き止められる。
この男はその時々の人の感情には関わらず、態度や口調を変えるという事をしない。

「まだ何かあるのかしら」

「苦難に悩めるそなたを見ているのもよいが、いささか見飽きてきてな。
 私なりの助言をしようと思った次第だ」

あまりの生意気な言葉に、諌める言葉すら思いつかず絶句する。
どこか楽しそうなままのアサシンは、こちらを無視して話を続ける。

「そなたが懸念している通り、あの男には他人を愛でるという心が欠けている。
 身近な人間であろうが、そなたであろうが興味が無いのは同じであろう」

そんな事は分かっている。
いくら認めたくないと思っても、一番近くにいる私が感じている事実なのだ。
いちいち、こんな男に言われる事ではない。
落ち込んでいた気持ちが怒りに転化し、過熱し始める。

「・・・アサシン、それ以上無駄口を――」

「まあ聞け。
 戦が終われば、偽りの関係すら無くなるというのが懸念事項なのだろう?
 だがそれが嫌だと望めば、あの男はあっさりと許す。
 そなたも分かっている通り、あの男はあるがままを受け入れるのみだからな」

それは・・・確かにそうかもしれない。
だがそれは、私が望まねば得られないものだ。
彼自身が言い出す筈はないのだから。

そんな事は口に出せる筈がない。
本当に求めた時に、確実に裏切られないだなんて保障はないのだから。

「なに、自信を持つがいい、キャスター」

やはり人の心情に関わらず、気楽に話すアサシン。
一度肩を竦めて見せてから笑みを浮かべ、あくまでも楽天的に、



「そなたは十分に美しい。
 日の下に立ってそのままを見せるだけで、あの男といえ無神経ではいられまい」



なんて事を、恥ずかしげも無く言った。

「・・・・・・・・」

思考が止まる。
今、この男の口から何が言い出された?
確かに、何かを・・・

「―――――っ!? な、何を!!」

「はは、その顔だ、それを見せてやるがいい。
 いかなそなたといえど、欠片ほどのの可愛げはあってしかるべきだからな」

「・・・あばらを抉じ開けられたいのかしら」

頬を紅潮させてから、すぐさまそれを冷ややかな怒りに変えた。
殺意さえ放っているというのに、アサシンは楽しそうに笑いながら、それを受け流す。

「うむ、活気がでてきたではないか。
 怒りだろうがなんだろうが、それぐらいの気力が無ければ人間生きていけまい」

そう言って満足そうに頷くと、霊体に戻って山門にもたれ掛った。
話しはもう終わり、という事らしい。

何か言ってやろうと思ったが、これ以上話しても疲れるだけだと思い、嘆息をついてから再び本堂へと戻る。
癪な話しだが、滅入っていた気持ちが晴れている事は確かだった。



朝の清涼な空気を吸い、心を落ち着かせる。
小さな勇気を振り絞り、今は流れに身を委ねよう。

あの出会いがただの偶然ではなかったと、信じて。






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