「リ・・・こほん。
ジャグラー、帰っていたのですね」
剣の鍛錬が終わり、昼食をとり終えた午後。
居間で用意されたお茶と菓子で休みを取っていた私達の前に、彼女が現れた。
「今丁度、ね。他のは?」
「シロウでしたら凛の授業を受けに、アーチャーでしたらいつも通り屋根の上です」
イリヤスフィール―――そろそろ慣れなくてはならない。
イリヤといえば、私に付き合って茶を飲んでいる。
ちなみに緑茶ではない。
「ふうん・・・好都合ね」
ジャグラーが笑みを浮かべる。
見るものが見れば気づくモノだが、何かを企んでいる邪悪な表情だ。
「二人とも、ちょっと手伝ってくれない?」
「手伝いって、何よ。
言っておくけど戦いならする気はないし、実験にも付き合わないわよ?」
イリヤもまた何かを感じたのか、有無を言わさぬ口調で答える。
するとジャグラーは笑みから邪悪さを消して、それを否定した。
「そんなんじゃないわよ。
ちょっとした前準備に手を貸してもらうだけ」
気軽に言った彼女の手には、白い紙袋があった。
確か家を出ようとしていた時には持っていなかった記憶がある。
魔力を感じるでもないが、ずいぶんとかさばっているように見えた。
「ジャグラー、それは?」
「ああ、これ?」
ひょいと、片手で軽く扱う。
大した重さはないようで、量の割には軽いようだ。
「ま、すぐに分かるわ。
―――後のお楽しみ、って事にして置きなさい」
――――――――<史上空前の戦い>――――――――
「よお、マスター」
今まで気軽についてきた男が、ここに着いて口調を真剣なものに変えた。
すでに実体を持たせているため、月の光がその服をさらに青く染める。
「何かしら」
「オレを連れてきたって事は、これからどんな事が起こるかわかっているつもりだ。
そいつにゃあ反対はねえし、むしろ望んで付き合う。
だがよ、一つだけ聞きてえ事があるんだが」
ランサーが目の前を見上げる。
釣られて見た先には、
「キャスターの巣に、二人だけで攻め込む気か?」
入り口までの長き道を導く、柳洞寺への階段が続いていた。
「ええ、そうよ。
他に何か質問は?」
言いながら、階段に足をかける。
そしてわたしに付き合うように、同じく上り始めるランサー。
「じゃあ聞くがよ、何でオレを連れて来た?」
「ここに居るサーヴァントは二人。
一人はわたし、もう一人を貴方に任せる為」
「セイバーやアーチャーではなく、何故オレなんだ?」
「一応二人ともわたしのサーヴァントじゃないし、そう何度も連れ出せないわ。
それに聖杯戦争でマスターがサーヴァントを連れ歩くのは当然の事じゃない」
「・・・最後だ。
お前も魔術師なら、キャスターが何をやっているかくらい気づいているだろう。
無尽蔵に近い魔力を保有している相手に、どうして二人だけで来たんだ?」
あまりにも当たり前すぎる彼の問いに、笑みを浮かべる。
そう、わたし達は作戦を立ててここにいる訳でもなく、打ち合わせすらせず殴りこみに来たのだ。
そしてランサーも実のところは、魔術に秀でている人間。
わたしの実力、魔力量を見て、戦力差を理解している。
つまりはそう、今のキャスター相手に挑むには、なんらかの策か複数の味方が必要だと。
だがソレは大した問題ではない。
なぜならば、
「簡単な事よ、ランサー。
―――キャスターと戦うのは、わたし一人で十分だからよ」
わたしの絶対の自信に、彼の動きが止まる。
数秒の間そうした後、堪えきれないように快活に笑い出した。
「いや、流石オレのマスターだ!
いいねえ、ますます気に入ったぜ!」
喜んでいる彼には取り合わず、わたしは再び上り始める。
それに随分と気をよくしたランサーもついてくる。
「勇ましい所を見せてもらって悪いがよ、そうすんなりは行かないと思うぜ。
ここの入り口、門には―――」
――― ああ、この場所を守護する私がいるからな。
風が過ぎ去った様に、流麗な声が響き渡る。
柳洞寺の入り口、山門の下に一人の侍がいる。
長き髪を流し、雅な着物を着こなし、長すぎる日本刀を持つ男。
そこに、柳洞寺の守り手にして最強の剣士がいた。
「夜分に男女の連れ添い・・・にしては些か物騒だな。
逢引という訳でもなかろう、用向きを聞こうか」
「悪いけど貴方に用はないわ。
わたしの目的は中に居る魔女。
できれば素直にそこを通してくださらないかしら」
「ふむ、聞き遂げたい所ではあるが、なにぶんしがない門番でな。
主に話を通す事すら儘ならぬ」
自重するような笑み。
が、そこには主に従うような殊勝さというより、ふてぶてしい態度しか伺えないが。
まあ、それはともかく。
「じゃあここを通るには」
「ああ、遺憾ではあるが私を倒してもらわんとな」
「何が遺憾なんだか・・・
とりあえず、こういう事よ、ランサー」
そう言って振り返る。
する珍しい事に、あのランサーが大人しく黙り込んでいた。
戦いになるというのに覇気を見せることもなく、乗り気ではなさそうに突っ立っている。
「どうしたのよ。
分からないなら言うけど、アサシンはアンタに任せる、って言ってるのよ?」
「いや、それくらいは理解してるがな。
よりにもよって相手がコイツだってのが・・・・」
ランサーが珍しく、弱気な事を言っている。
いや、怖気つくというよりも、嫌がっているという表現が正しいか。
「正直戦わずに済むならそうしてえくらいだ。
苦手っつーか、マトモにやりあえるとも思えねえしな。
どうせやるならセイバー辺りにして欲しかったんだがね」
「ふむ、気が合うな。
私もまみえるのならば、相手は剣士を望むところだ。
先日最中にて尻尾を巻き逃げたような槍兵ではなく、な」
あくまでも涼やかに笑い皮肉を言うアサシンに、槍兵の殺気が膨れ上がる。
・・・ランサーは以前、戦いを挑むだけ挑み、決着をつけずに退却するという事をしていた。
あまりにも彼らしくないその行動は、マスターによる命令、または令呪による縛りだったのだろう。
だとすると、ここでの一戦があったとしてもおかしくはない。
どうせ諜報専門として使われたのだろう。
決着をつけさせずに情報に固執したのは状況把握の為なのか。
はたまた、ランサーに対する只の嫌がらせだったのか、そこまでは判らないが。
「・・・しょうがねえな」
ランサーがボソリとつぶやき、槍を取り出す。
ただそれだけで、今迄にあった軽薄な相貌はあっさりと消えた。
「マスター、あの野郎はオレに任せとけ。
オマエはせいぜい好きに動いて構わねえからよ」
「あら、いいのかしら。
貴方アサシンが怖いんじゃなかったの?」
馬鹿らしい、と鼻で笑われた。
その声は、自身と覇気に満ち溢れている。
「オレが、何を恐れるって?」
「・・・そうね、失言だったわ。
そうそう、一つ言い忘れてたけど、アイツのLUKはランクにするとA以上だから。
もしゲイボルクを使うなら気をつけなさい」
「チッ、道理で嫌な感じがしてたわけだ」
「そういうこと。
じゃあ任せたわよ、ランサー」
そういって階段を上がり始めたマスターが、何かに気がついたように足を止める。
「ランサー、令呪を使うわ」
・・・・・・・・・
「は?」
「―――――Anfang」
勝手に事を進め始める。
「おい、ちょっと待て!」
オレの抗議を聞く事もなく、ジャグラーは淡々と魔力を令呪へと通す。
その腕には三つの印が刻まれ、一つだけの輝きを残している―――!
「告げる」
膨大な魔力が集束し、その言霊を実現せんと形を成す。
令呪はサーヴァントを強化すると共に、強制的に縛る事ができるモノだ。
まさか前と同じように、妙な制限をかけられるのでは・・・・!?
「告げる。
汝この契約の下、我が許可無くして戦による死を禁ずる―――!」
具現化する魔力。
それはオレの体を覆い、契約を完成させ―――
「は?」
思ってもいなかった内容に、思考が止まる。
「ジャグラー、今のは・・・?」
「分からなかったの?
ようは死ぬなって言ったのよ。
今アンタに死なれたら借りが返せないままじゃない」
さらり、と答えられる。
そんな単純な事に、貴重な令呪を使ったと言うのか。
「・・・ッハ、妙な女だな、全く」
「ま、せいぜい負けないようにしなさい」
全く、アーチャーには勿体無い女だな。
そして最後に、気になったことを聞く。
「よう、一つ答えてもらいたいんだが。
なんだってアンタには令呪があるんだ?」
令呪は、聖杯に選ばれた者、サーヴァントを召喚した者に現れる決まりだ。
それ以外に入手方法はなく、あるとすれば持ち主から奪い取り、移植するしかない。
振り返ったジャグラーは、微かな笑みを浮かべて、
「聞きたいなら、最後まで生き残りなさい」
そのまま山門を抜けていった。
「生き残れ、ね。
あんな令呪までされて、死ぬわけにはいかねえよな、そりゃあ」
この聖杯戦争とやら、ハナっからケチがつけられっぱなしだったが。
ここに来て随分と幸運か、もしくは今迄以上の不幸に巡り合えたらしい。
いい女からの最初のお願いが、嫌な相手とのダンスだとは・・・
「で、いいのかい、あんな簡単に道を通して」
「よく言ったものだ。
もし私が妨害をしようものなら、その槍を躊躇無く突き刺したであろうに」
あくまでも涼やかに、アサシンが答える。
戦いを目の前にしても、その男は少しも立ち振る舞いを変える事はない。
――― 上等だ。
槍を構え、体を弓の如く引き絞る。
対する侍は、長剣を軽く下げ、柳のように風を受け入れる。
地を砕いて跳躍し、赤い魔槍を突き入れた。
後ろに鋼の打ち合いを聞きながら、歩みを進める。
寺の中は、なんとも言えない圧迫感に包まれていた。
目を凝らさずとも分かる。
この世界に満ちる小源(の渦。
百、いや千を超える人間によって作られた、人工的な魔力極地。
これだけあれば、どのような大魔術でさえ使い続ける事さえできる。
そう、例えば目の前のサーヴァントの様に。
「・・・・・・・」
沈黙する影。
まあそれもしょうがない。
正体が不明であろうわたしに、ノコノコと本人が現れてくれるとは思ってはいない。
「できそこないの影なんか出してないで、本体で現れなさい、キャスター。
わたしも余り気が長い方じゃないの。
貴方がそのまま隠れてるつもりなら、寺ごと吹き飛ばしてあげるけど?」
できるだけ大きな声で、挑発的な言葉を言う。
すると影は徐々に崩れていって、月光の下に確かな形を生みだした。
「こんばんわ、それと初めまして、キャスター」
「・・・・・・」
「どうしたのかしら。
貴方程の魔術師だもの。
わたしの存在ぐらい既に感知していたのでしょう?」
「・・・よく言うわね、人の"眼"を全て潰して置いて」
初めて、キャスターの口が開く。
もちろんその声には友好的なところなど欠片もなかったが。
ちなみに"眼"とは街中に広がっていた彼女の使い魔達だ。
キャスターともなれば、使い魔を使用せずとも情報の確認などできるであろうが・・・
それが一番効率的の上、いざとなればそれ自体も戦力となる。
まあそれも全部、昨日今日で始末させてもらったが。
「大した労力じゃなかったわよ?
なにしろ使い魔の扱い方に差があるもの。
せっかく召喚したアサシンも、貴方は御しきれてないようですしね」
「っく」
キャスターの唇が屈辱的に曲がる。
だがそれも一瞬の事。
すぐさま彼女の唇はほころび、余裕の笑みをかたどった。
「いいわ、多少の無礼は許してあげましょう。
―――自ら死地に飛び込む愚か者の言葉ですから」
黒のローブが羽根のように広がり、キャスターが空へと浮かび上がる。
笑みを浮かべた彼女の周りには、十を超える光球の群れ。
・・・しまった、やる気にさせてしまった。
少しばかり調子に乗りすぎたかもしれない。
「あのねえキャスター。
無駄だと分かって一応言うけど、わたしは貴方に戦いを挑みに来たんじゃないのよ?」
「何を今更。
私の陣地の足を踏み入れた時点で、逃げ事を言おうが許しません。
貴方を死に掛けにした後で、ゆっくりと正体を調べさせてもらいましょう」
無数の楽師に命ずるように、優雅に指を振る。
その指揮棒でわたしを指差すと、光の群れが星となって落ちていく!
「アンタにはカリを返したつもりだったけど・・・
こうなっちゃ仕方ない、満足するまで付き合ってあげるわ―――!」
雷の如き四連撃。
線に留まらず最早点でしかないそれは、回避不可能な刺突である。
だがソレを、
「ふっ」
ただ一つの円で、全て受け流された。
居並ぶ四つの音色。
それに舌打ちを重ねて、四を超える八まで回転を上げる。
だがそれも空しく、同じ道を辿るのみ。
段差を一つ駆け上がる。
絶好の間合いに入り、この距離ならば弾かれる事も、避けられる事もない。
決め手となる一撃を心の臓へと定めて、
――― ぎぃん!
鋼を弾く音が響く。
オレが繰り出した槍を弾かれた、のではない。
アサシンの攻撃を、槍で防いだものだ。
踏み込んだ足を、再び同じ場所まで下げる。
「チィ」
口の中で下を打ちながら、休むことなく槍を繰り出し続ける。
さて、これで何回目の前進と後退となったか。
一進一退の攻防は、既に何十合という数を続けている。
槍は、突き入れる武器だ。
払うという使い方もあるが、一対一の戦闘でそう使うものではない。
少なくともオレはそうだ。
突き刺し、貫く。
究極まで研磨されたそれは、回避困難な点となって相手を襲う。
対応するとすれば、槍の範囲から逃れるか、体をずらして避けるか、その二つしかない。
実のところ点ではなく線である以上、横から払われれば目標からは逸れ、当たらないのは確かである。
が、それはあくまで普通の人間の話。
ランサーのクラスを冠する自身には、それを超える速度を持っている。
払うなどという行為は、できてセイバー程の技量があってのモノ。
―――だがそれを、この男は危うげなく実現していた。
鋭く、恐ろしいほど正確に首を狙う剣が振るわれる。
「ち、っくしょ!」
槍を盾にしつつ仰け反ってそれを避け、地を蹴って大きく間合いから離れた。
軽い落下感を感じながら、身を捻って足から階段に着地する。
そして見上げれば、変わらずに佇むアサシン。
「いやいや、流石はランサーと言ったところか。
何度か落とせたはずの首が、如何様に剣を振るっても落とせぬ。
先の戦いでは手を抜いていたか」
微笑を浮かべながら、嘲りなどなく本気で感嘆している口調で言う。
それがさらに屈辱的で、こちらとしては嬉しくも何ともないが。
「大した変わりはねえよ。
なにしろこっちの決め手は全部撃ち出す前に止められちまってる。
全く、やりにくくってしょうがねえ」
「ほう、そなたのような真っ当な英霊に誉れを貰うとは。
いやいや、身一つで学んだ邪剣といえど、捨てたものではないらしい」
あくまでも涼やかに、アサシンは笑みを浮かべている。
・・・認めなくてはならない。
この場でアレは倒せないと。
階段の上と下、地形による不利な点もあるが、それ以上にアサシンの技量が問題だ。
何度と無く剣筋を見たというのに、未だ動きを完全に掴めないでいる。
速い、以上に鋭い。
気づけば目の前に剣が迫っているのだ。
腕の一本程度ならやってもいいが、それが首を刎ねる一撃である以上、食らう事すらできない。
此方の渾身の一撃は放つ前に止められ、あちらの一撃はいつかこの首を刈り取る。
このまま続ければ、結果は火を見るよりも明らかだ。
そう、このままであるならば。
「―――ほう」
アサシンの表情が変わる。
こちら・・・いや、オレが持つ槍を見て、少なからず眉を動かした。
そう、英霊が英雄を名乗る理由の一つ、この身には最強無比たる宝具が存在する。
刺し穿つ(・死棘の槍(
心臓に命中したという結果の後に、槍を相手に放つという原因を導く魔槍。
因果の逆転を可能とするこの槍は、放てば確実に相手を穿つ必殺の宝具である。
だが―――
(確かに・・・野郎には当たる気がしねえ)
ジャグラーの忠告通りだとすれば、アサシンはゲイボルクが唯一苦手とする相手となる。
必ず心臓に命中する槍は、いかに敏捷に動こうとも躱すことはできない。
逃れるには、呪いを跳ね除ける程の幸運を必要とするのだ。
そしてそれを、目の前の男は持っている。
そうなれば奪われるのはこちらの首。
だがもう一つ、ゲイボルクには真の使い方がある。
渾身の魔力を乗せた、投擲による遠距離攻撃。
こちらならば当たろうとも避けられようとも関係はない。
全魔力を乗せたその一撃は、威力だけで山門ごとアサシンを吹き飛ばそう。
だがそれも、ランサーには躊躇いがあった。
何故ならばゲイボルクを投擲したとしても、当たらぬのならばただの余波。
一撃必殺である筈の宝具を当てるつもり無しで放つなど、英霊としての誇りが許さなかった。
突進からの刺突も、遠距離からの投擲も必勝足りえない。
ならば―――
「・・・生半可な物でもないらしい。
ならば私も、相応の業をもってお相手しよう」
構えらしき構えを持たなかった男が、ここにきて一つの型を作る。
背が見える程の大仰な構え。
水平に掲げられた刀身が光を浴びて、禍々しく煌めく。
体を深く沈めこむ。
その全ての力を注ぎ籠め、バネと化す為に。
――― 風が止まる。
それを合図に、爆ぜるが如く、地から水平に跳躍した。
次々と過ぎ去っていく石段。
切るような激しい風を耳に感じ、槍を放つ為に身を限界まで引き絞る。
十メートル。
残り秒と経つ事なく、互いの射程範囲へと入る。
「――――秘剣」
アサシンが動く。
それを遮るように、宝具の名を解放した。
希代の魔女は、誰ともわからぬ魔術師に対し、驚愕していた。
この陣地に満ちている魔力は、下界の人間から掠め集めた生命力である。
その量を例えると、使う魔術がバケツ程度ならば、プールに張り詰められた水がそうだ。
いかに大魔術を行おうとも、全体から見れば微小な変化でしかない。
つまりキャスターはこの陣地にいる限り、無尽蔵とも言える魔術行使ができる。
今の彼女を脅かすとすれば、強力な対魔力を持つセイバーか、脅威たる宝具を持つバーサーカーくらいのもの。
そうである、筈だった。
「――――――!」
現代の人間には発音すらできぬ、神代の言語で魔術を紡ぐ。
神言で成されるソレは、如何なる大魔術であろうとも瞬時に形を成す。
今の一言で作り出すは"光球"。
高速で回転するそれは、熱を生み出し、当たろうものなら塵さえ残す事はない。
それを十ほど作り出す。
ただ一人のサーヴァントへと対象を定めて、全てを同時に撃ち放つ。
主の命を果たさんと疾駆する光球。
「Es last frei(.laden(,EileSalve( ――――!」
しかしそれを、同じ速度、同じ量の光球をもって、全てが撃墜された。
「ほらほら、まだまだいけるわよ!
Gebuhr(,
Zweihaunder(.
Fixierung(,
EileSalve(――――!」
ジャグラーから放たれる、十数個の光の矢。
それを同じ数だけ用意した"盾"によって防ぎきる。
余波が風となり、体へとあたる。
これはつまり、アレは私と同じレベルの魔術を行使しているという事。
それはおかしい。
ジャグラーはキャスターの見る限り、現代の魔術師とそう変わらない。
確かにこの町、いや、現在いる世界中の魔術師と比べたとしても、見劣りはしない実力はある。
だがそうだとしても、魔法や禁術が跋扈していた時代に生きたキャスターと比べれば、埋めようのない差が存在する。
高速神言により一言で大魔術を行うキャスターに対して、ジャグラーは魔術式を籠めた媒体を介して、魔術を発動しているに過ぎない。
物に大が付く魔術式を載せる、それは確かに困難な事ではあるが、決して不可能な事ではない。
自分と相性の良い物であればより簡単にはなる。
ジャグラーは、媒体を小さな宝石にする事ににより、それを可能としたのだろう。
だがそれも、あくまで式だけに過ぎない。
魔力ごと保管するとなると、それだけ洗練され、時代を持った物でなくてはならない。
ジャグラーが使用しているのは、小さく、粗雑な宝石(ばかり。
むろん魔力など籠められる筈もなく、彼女は使用するその度に魔力を送る事によって、魔術を成しているのだろう。
それは大した事ではない。
少なくとも、キャスターにとってはなんら脅威ではない。
だが、その送るべき魔力は、いずこから来ているというのだろうか。
「――――――!」
最早数え切れるぬ程の光を作り出し、狂ったようにソレはジャグラーを襲う。
赤き外套が翻る。
空に無数の宝石がばら撒かれ、手にした剣が七色に輝くと、それら全てが破砕・爆発した。
傷一つ付く事無く、笑みを浮かべる女。
前述したとおり、キャスターがこの陣地で有利たる理由は、高速神言でも仕掛けられた無数の罠でもない。
人間の生命力で作り上げた、尽きる事のない魔力の海。
事、消耗戦になるのならば、彼女に負けはない筈である。
ならば何故、目の前の女はその対象にならぬのか。
彼女自身の魔力量など、今迄の魔術行使から比べれば高が知れている。
数回の撃ち合いで魔力は尽き、当に決着は付いている筈だ。
ならば何故、いったい何処から、どうやって魔力を手に入れていると言うのか!
「ええい、しつこい! ――――――っ!」
宙に浮かぶ巨大で緻密な魔方陣。
その全てを一つの魔術とし、闇夜の中にもう一つの月を作り出す。
ジャグラーごと境内を飲み込まんばかりの大きさ。
「Eine(,
Zwei(,
RandVerschwinden(――――!」
突如現れる、光の断層。
それは大気を切り裂き、力を失った魔術は跡形も無く霧散する。
「あらあら、見た目だけでたいしたこと無いわね。
どうせ落とすなら、本物の月でも持ってきなさい」
「っ、何時までも減らず口を!」
雨の如く降り注ぐ、光の矢。
そして花火の如く撃ちあがる、豪奢たる爆発。
火花は砕け散り、大気は焼き焦げる。
目に痛い程の光の群れは、未だ終わりを告げずに輝きを増した。
「――――秘剣」
槍兵が神速を持って疾走し、後に残る木の葉が風と共に踊る。
もはや体ごと槍と成した騎士が、離れた間合いを一瞬にして詰める。
後一歩。
その距離さえ無くなれば、アサシンはその身の最強の業を持ってランサーを打倒する。
堕とせぬ燕を囲い斬る、三つの剣線で。
だがその目論見は、裂帛の気合によって断ち切られた。
「突き穿つ(―――死翔の槍(!!!」
猛る槍兵、そして投擲される魔槍(。
回避不能な槍は、回避不能な距離を持って放たれた。
如何に切り結び、死を身近に感じても崩す事のなかったアサシンの相貌が、驚愕に歪む。
五尺余の物干し竿といえ、間合いに一つ及ばぬ。
驚き竦んだ体は、目の前の槍を躱す事はできない。
いや、そもそも疾走の加速が加わったそれは、躱すどころか満足に視認する事すら適わない。
ランサーは、まさに必勝の一撃を賭けに出したのだ。
もはや勝利はないと確信する。
だがひとつ、それでもなお"負けない"事は可能であった。
ただそう、死を狩る槍へと踏み出し、死にながらも相手を絶つ。
元よりサーヴァントは死んだ身。
そしてアサシンは、佐々木小次郎という殻を被った別の人間。
勝てど名声は自身に残らず、負けど罵声に意味はない。
ならば勝敗になど拘らず、この素晴らしき戦いを相打ちで祝うのも構わない。
(――――無粋)
その一言で、考え全てを破棄した。
このような俗世に呼び出され、妙な役割さえ押し付けられた。
だが、生前を含めた上で適わなかった、素晴らしき英雄との戦い。
この瞬間は、適わぬと諦めた、生涯で一生の機会。
相打ちなどと、つまらない結果は残せない。
故に、渾身の業を持って、今を祝おう。
「燕返し――――!!」
奔る三つの剣線。
その全てが、投擲された槍へと向かった。
止まらぬか、止められるかではない。
後悔のない結末を飾ろう、と。
鳴る、三つの鋼。
結末は、酷く静かに訪れた。
戦いは、突如の静寂を持って終わりを迎えた。
「・・・・・・」
無言で、地に降り立つキャスター。
戦いを始めたのも彼女ならば、止めたのも彼女だった。
理由はそう、大したことではない。
彼女ほどの魔術師が、それに気づかない筈はないのである。
ギリ、と歯を食いしばる音が響いた。
「まさか、かの宝石の翁がこんなに若い女だなんて・・・」
「ちょっと、違うわよ。
わたしとあのぶっ飛んだ爺さんを一緒にしないで頂戴。
わたしは万華鏡(の血を受け継いだだけ。
魔術師でも魔法使いでもない。
手品(を使って魔法を実現した、ただの奇術師にしか過ぎないわ」
もはや魔術師ではあらず、魔法使いにまでは至らない。
奇術師、とは随分と的を射ているクラスではなかろうか。
「魔法のマネゴト、いや、掠め取りという訳ね」
流石は希代の魔術師。
神代に生きた彼女は、一瞬にして事の本質を見抜いた。
「とはいえ、至っていない以上完璧ではないわね。
貴方がその剣を使う度、なんらかのペナルティが肉体へ及ぶ」
「流石、キャスターを冠するだけはあるわ。
魔力の消費が殆ど無い代わりに、肉体そのものに負荷が及ぶ。
あんまり使いすぎるとわたしの体がボロボロになるのよね」
「なら、このまま戦い続ければいずれ・・・」
「ええ、いつかは決着が着くでしょうね。
思っている通り、かなりの確率で貴方の勝利という形で。
そしてもちろん、貴方自身も只ではすまない」
無尽蔵と無限の戦い。
あちらには量の制限があり、こちらには繰る者の限界がある。
互いの決着まで続ければ、どちらかが0になり、残った方は限りなく弱体化する。
そうなればキャスターの溜め込んだ魔力は無駄になり、他のサーヴァントが侵略を開始する。
つまりはこういう戦いだったと言う訳だ。
「・・・・・」
再び押し黙り、迷い始めるキャスター。
彼女は生粋の魔術師だ、無駄な事はしない。
この得るものが少なく、消費のみが激しい戦いに、意味を見出せない筈だ。
今回とて、陣地が此処でないのならば、当に逃げ去っているかもしれない。
戦えば消費させられるが、この地を手放すのは余りにも惜しい。
ジレンマに陥ってしまう。
だが元よりそんな事を悩む必要はないのだ。
「熟考の所悪いけど、その懸念は不必要なものよ」
キャスターが顔を上げる。
無論のこと、今の一言で警戒が解けたわけではない。
「どういう意味かしら」
「戦うか、逃げるか。
そんな考えは無駄って言ってるのよ。
最初に言ったじゃない、わたしは貴方に戦いを挑みに来たんじゃないって」
フードで口でしか判断できないが、唖然、とした表情で固まる。
「な、何をいまさら」
「いまさらも何も、仕掛けてきたのも貴方なら、勝手に盛り上がってたのも貴方じゃない。
わたしは最初から戦う気なんかなかったし、殺し合いをする気もないわ」
あくまで落ち着いて、友好的な口調で話しかける。
懐から封筒を取り出し、それを彼女へと投げた。
「円滑な話し合いをする為に用意した、友好の証よ。
気に入ってもらえればいいんだけど」
そう言い、にっこりと笑みを浮かべる。
それに悪意を感じなかったのか、魔術を警戒しつつも彼女は封筒を開く。
中にある何枚かの紙を取り出し、
「こ、これは!!」
目に見えてがくがくと震えだすキャスター。
そう、これこそが対キャスターの奥の手。
陥落のポイントゲッターにして、最強の限定宝具!
「セイバー&イリヤの可愛い格好写真集!
ゴシック・ロリータからメイド服まで、少女好きの奥様にはお勧めの一品よ!」
ガガーン! と古臭いエフェクトで衝撃を受けるキャスター。
うわ、あれ思った以上に効いてるわ。
確かに写真撮ってる間、わたしも鼻血でそーだったけど。
「こ、こここおここんなもので私が買収されるなんてっ!」
と言いながら封筒を懐へと仕舞う。
思う壺である。
「買収なんて人聞きの悪い。
あくまでも友好の証、それは差し上げるわ。
だけど―――もし聖杯を諦め、わたし達との争いを止めるなら・・・・
あの子達の着せ替えくらい、毎日できるでしょうね」
生唾を飲む音が聞こえた。
いまや彼女の心の天秤は物凄い勢いで揺れまくっているだろう。
さあ、後一押し、決め手の一言だ。
そういえば、と出来るだけしらじらしく見えるように、手をポンと叩き、
「貴方一人で判断できる事じゃないわよね。
ここは一つ、貴方がやっている事全てを含めて、貴方のマスターとも話し合うべきね」
空間ごと停止されたように、キャスターが凝結した。
誰かの魔眼で見られても、ここまで瞬時に固まる事はないだろう。
「アサシンの事、街から集めている魔力の事、それと少女趣味の事も。
なんたって学校の先生ですともね、親身になって聞いてくれるんじゃないかしら」
まあ実のところ、バラした所で意味はないのだが。
なんたって人々から生命力を奪っていた彼女に、『やるなら全部やれ』と言ってのける人間なのだから。
「あ・・・ああ・・・・」
だが、そんな事は露も知らない彼女にとって、それは最も避けなくてはならない事なのである。
男性に裏切られる、という事がトラウマになっている彼女にとって、一番キツイのだろう。
まあやっぱり、杞憂ではあるのだが。
「な・・・・何が望みなのかしら」
ふ、落ちた。
「大した事じゃないわ。
聖杯を諦める事、魔力集めを止める事、あとそうね、一度わたし達の所へ挨拶に来なさい。
端的に言えば、味方、協力関係になればいいのよ」
彼女はわからない、といった表情をする。
此方の真意を理解しかねているのだろう。
「明日にでも顔を出しなさい。
そうすれば、お茶とお茶請けくらい用意しておいてあげるわ」
「ま、待ちなさいジャグラー。
貴方の目的はなんだというの。
その行動に、一体何の特があるというのかしら」
「・・・意趣返し、なんてのも少しあったかな」
魔術師として、格闘を切り札とした事に満足していた訳ではない。
だがこんな事はもちろん、覚えているどころか、彼女は知ってすらいないのだが。
さて、やれるべき事はやった。
何か起こる前に、早々に去るべきであろう。
背を向けて歩き出し、後ろに彼女の訝しみを感じつつも、境内を後にした。
山門にもたれかかる、一人の男がいた。
見事な羽織に身を包んだ、アサシンのサーヴァント。
こいつが五体無事で立っているということは―――
「アサシン、ランサーはどうしたのかしら」
「おう、マスター。
こっちだ、こっち」
山門の先、わたしの位置からでは見えなかった段差の下から、ひらひらと手を振られた。
一瞬この状況に混乱するが、アサシンを警戒しつつそちらへと向かう。
青に染まった着物の胸、腕が組まれていて良く見えていなかったが、赤く染まっている。
「そっちも終わったか」
「ええ、とりあえずわね。
それよりどういう事か、聞かせて欲しいんだけど」
「どうもこうもねえよ、分けだ分け」
全く、やってらんねー、とボヤくランサー。
引き分け?
一撃必殺の宝具を持つランサーと、回避不能の業を持つアサシン。
この二人が戦って、どうやれば引き分けなんて結果になると言うのか。
しかもランサーの性格上、そんな勝敗は認められないと思うのだが・・・
「これから帰るんだろ?
詳しい話なら歩きながら話してやるよ」
そう言って、勝手に階段を下りていく。
全く持って意味がわからず、アサシンを見る。
くっ、と楽しそうに笑みを浮かべた。
「何、英雄故の気質、というものらしいな。
難儀なものだ」
そう言って背を向け、姿を消した。
「あの野郎、ゲイボルクをズラしやがった」
開口一番、機嫌が悪そうにランサーはそう言った。
相手の幸運に対して、彼は近距離の投擲で挑んだらしい。
盾の無いアサシンには防ぐ事は出来ず、如何な幸運で因果から逃れようとも、単純な速度で躱せぬ一撃。
それを彼は燕返しを叩き込む事によって、心臓から僅かに射線をズラした。
心臓から僅かに逸れた槍は、アサシンの刀を砕き、胸の中心を貫いた。
「? なら貴方の勝ちじゃない」
何にしろ、相手に重症を負わしたのだ。
士郎じゃあるまいし、ランサーが止めを躊躇うとは思わなかった。
「渾身の一撃が当たらなかったんだ、二度目はねえよ。
武器を無くした相手と戦おうとも思わねえしな」
・・・ランサーらしいこだわりと言った所か。
もう少し神妙ささえあれば、騎士の尊厳、と言ってもよかったかもしれない。
「まあそれでもよ、命乞いでもすりゃあぶち殺したんだが。
あの野郎口の端から血垂れ流しながら、なんて言ったと思う?」
やる気のそがれた、ダルそうな顔。
その表情から読み取れなくもないが、あの耽美な男の事だ、それこそ考えるまでもない。
「『見事』、だとよ」
「・・・全く、判らない世界の話ね」
ため息をついて、空を見上げた。
長かった夜も、これで終わる。
とりあえずはまあ、早い所戻って、ランサーのねぎらいに夜食でも作ってあげるとしよう。
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