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珍しい事に、この部屋から外を見た。



その部屋は彼女のモノである。
聖杯戦争における三家の一つ、正式にマキリの名を告ぐ者。
陰湿で陰鬱な家の中で、その部屋も例に漏れず影が支配する。

その中で、彼女は身動ぎする事もなく、そこにいた。

何時間とそうしているのか、椅子があるのに座る事もなく、ベットがあるのに休む事もなく。
その部屋に関わりはないと、自分のものではないと言わんばかりに立ち続けて、いや、立ち呆けている。

彼女に表情はなく、俯いて静止している。
生きようと、明日に夢をみようと、願いを叶えようと、そういった人としてあるべき筈の活力はない。
人形のように、死者であるように、存在すら否定するように、ただそこにいた。




その彼女が、動き出す。
緩慢に、力なく、だが確実に歩を進めていく。

思考を停止、いや、無いものと思い込んで耐えていた少女は、自身の行動に微かながら驚いた。
常に閉じ続けているカーテン。
拒絶であって、隔離であって、防御でもある布。
それに手を触れて、開いた。

外は曇り、地を照らす陽光は限りなく小さい。
締め切り、明かりさえ灯さないこの部屋から見れば、十分明るい事は確かだが。

手を窓へと触れさせる。
間桐桜は本当に珍しい事に、この部屋の窓から外を見た。























――――――――<愛別離苦の姉妹>――――――――





























気がつけば、外に出ていた。

驚く。
まるで夢から冷めたように思考はまどろみ、記憶が曖昧だった。

だがぼやけていながらも、自身の行動は覚えている。
何を思ったのか、部屋から出て、外へと出た。
目的も無いはずなのに、足は勝手に歩き続ける。
いや、確かに自分の意思で歩いたつもりなのだが、そんな事をする意味は無い筈だった。
そもそも、目的があろうにも、その様な事は許されない筈である。
何しろ言いつけられたのだ、暫く外へ出るな、と。

命令されれば、私には逆らう事などできない。
そもそも、逆らう意思さえ思いつかない。
そうやって生きてきたし、そうやって調教されだのだから。
『目』はどこにでもある。
万が一事に及んでも、すぐさま連れ戻される。

そう、ならば何故ここにいられるのか。
そもそも何故、疑問に思いながらも足は進んでいるのか。

答えは出る事はなく、私はそこへ辿り着いた。








住宅に囲まれた、どこかひっそりとしている小さな公園。
そこに一人の女性がいる。

「・・・・・」

警戒もせずに、彼女へと近づく。
周りに静かな為、砂利の音がひどく耳に響いた。
だというのに彼女は気づかないのか、振り向く事なく、空を見上げて佇んでいた。

後数歩というところで足を止める。

「・・・こんにちわ」

するとそれを待っていたかのように、彼女は私に話しかけた。
心臓が震える。
まるで初めて感情を知ったかのように、私は急激に意識を取り戻す。

「え・・・あ、はい、こんにちわ」

彼女が笑いかけてくる。
ドキリ、と再び心臓が震えた。
女性である私ですら、その笑みは魅力的で心が奪われそうになる。

「今、お暇かしら」

「は、はい。忙しいという事は、ないです」

「そう」

動悸が激しい。
綺麗という言葉すら霞むほど、その女性は美しすぎた。
絹糸のような黒髪、整った凛々しき顔立ち、映える赤き外套。
同じ世界に居るのが、不思議でしょうがないと思えるほどの。

「なら話し相手になってくれないかしら。
 ここは静かで、誰もいないから」

「あ、はいっ。あの、私なんかでよければ・・・」

「そんなに緊張しないで。
 せっかくの可愛い顔が勿体無いわよ?」

くすくすと笑う声が耳をくすぐる。
もう私の脳は限界を超えて、赤面は耳までも染め上げた。









「さて、どんな話をしましょうか」

彼女が、空を見ながら言った。

公園のベンチは冷えていて、多少熱くなっていた私には心地よかった。
だがそれも、隣に彼女が座っている事で効果をなくしている。
何故だかはわからないが、私は必要以上に緊張していた。

「貴方、兄弟はいる?」

「あ、はい。兄が一人」

「兄、ね。どう、可愛がられてる?」

「いいえ、兄さんは気難しい人なので・・・
 悪い人ではないんですけど、余りそういうことはないんです」

「貴方を邪険に扱うなんて、馬鹿な子ね」

こんなに可愛いのに、と頬を撫でられる。
うう、脳が沸騰しそうに。

「ホント、馬鹿ね・・・」

どこか自嘲気味に、そして寂しげに、彼女はつぶやく。

「? あの・・・」

「わたしもね、一人いるのよ。
 兄じゃなくて妹だけどね」

表情から影を消して、笑って話を続けてくる。
それでもまだ少し悲しげではあった。

「妹さん、ですか。
 やっぱり貴方みたいにお綺麗なんでしょうね」

「ふふ、貴方が言うと謙遜にしか聞こえないわよ?」

「いえっ、私なんてっ!」

謙遜などではなく、本心から否定する。
なにしろこの彼女の妹さんなのだ。
私には想像がつかないほどに、可憐な人なのだろう。

「・・・そうね。
 綺麗で、可愛くて。
 人には言ったことは無かったけど、自慢の妹かな。
 泣き虫なのに我慢強い所なんかは困りどころだったけどね」

よほど愛らしいのだろう。
今まで以上に優しい声で、嬉しそうに語る。
だがしかし、その中には隠し切れない悲しみがにじみ出ている。

「だった、って。
 今は泣き虫じゃない、という意味・・・ですよね?」

「そうだったら良かったわね。
 もう、随分昔に会えなくなってしまったから」

会えなくなった。
それはただ疎遠になったというからではなく――――

「あの、すいません。
 無神経な事聞いてしまって」

「いいのよ。
 大体わたしから振った話なんだから、貴方が謝る事なんてないわ」

そう言って、悲しげに笑う。
それはとても綺麗で、いつまでも見ていたい様な微笑だったのだが・・・
どうしようもなく胸が苦しくて、耐えられない。

「多分、いつでも助けられたんでしょうね。
 親の言いつけを守って、自分ががんばれば彼女は楽になると思って。
 出来たはずの事をしなかった」

自らの心に埋没するように。
その人物に語りかけるように。

「何もかもが終わってしまってから、初めて気がついた。
 最後の最後、もう何も出来ないという時になって」

自らが進んだ道に、後悔なんてしない。
そんな事は許されないし、何より自分自身が許さない。

だがもし、彼女が助けを求めたら。
自分の気持ちに、少しでも早く気づいたのなら――――

「え?」

暖かくて、心地よい、ふわりとした空気が動く。
優しいにおいがした。

 ――― 全てを投げ打ってでも、こうしたかった ――――

彼女の腕に包まれながら、その慣れ親しんだ声を聞く。
憧れて、嫉妬して、愛して、憎んだモノ。

何もかもがわからない。
わからないのに、何故か、頬が冷たい雨で濡れた。












気づけば、帰途についていた。

どこへ行ったか、何をしたかも分からないし、家を出た覚えも無い。
だというのに、"帰っている"ということは理解している。

「・・・?」

頬が濡れている。
空を見れば、今にも降りそうな天気だ。
雨のせいだろうと納得して、再び歩き始める。

ふと、立ち止まって振り返る。
視界に入った小さな公園は、誰もいないせいか、酷く寂しげである。
振り返った理由がわからず、不思議に思いながら前を向きなおした。

しばらくして、新たな疑問が浮かぶ。
このほのかに残る暖かさはいったい何なのだろう、と。






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