「じゃ、わたしは出るけど、後はまかせたわね」
「・・・・・・・」
そう言って身だしなみを整える女に、物言いたげな視線を送る。
だというのに、相手はそれを気にする事も無く靴を履くのに集中する。
「マジでいらねえのか? 護衛はよ」
何度目かの問いかけに、やっとのことで反応らしき反応が返る。
「ええ、今現在で自由に動けるサーヴァントはいないでしょう?
別にわたしがこれから何処かを攻めに行くってわけじゃないし。
そもそも護衛なんて必要ないのよ」
「・・・ならいいがよ」
「意外と現金じゃない、ランサー。
マスターから強制的に離されたのに、もうわたしの心配?」
靴を履き終えて立ち上がり、くすくすと笑う。
どこか小馬鹿にされている気がするが、特に気分が悪くなった訳でもなかった。
「確かにそうだが、こいつはオレの意思でしたもんだ。
大体前のマスターとは折り合いが良いわけじゃなかったしな。
後引くモンは全くねえよ」
「まあアンタの性格じゃあ、アイツと折り合いなんて付く訳がないでしょうけどね」
「・・・ジャグラー、お前オレの元マスターを知ってやがるのか?
それにアーチャーにセイバー、あいつらの言動といい、お前らは何者なんだ?」
「いずれ、ね。話してあげるわよ。
とりあえず今日はここで待機してなさい。
夜になったらやることがあるから、あんまり無駄な消費は控えるように。
じゃあ、行って来るわ」
――――――――<天下泰平の騎士>――――――――
「待機ねえ」
口から独り言をこぼし、木で作られた廊下を歩く。
『靴を脱いでから家に上がる』『椅子に座らず地べたにそのまま座る』
この東洋の孤島ならでは文化なのだろうが、抵抗感は全く感じないのが不思議であった。
(マスターが変わったってのに、結局暇には変わりねえわけだ)
内心で愚痴のような呟きをする。
いや、今の自分には制限はかけられていないし、強制的な命令をされているわけでもない。
例え出かけたとしても、ジャグラーが帰ってくる前に戻れば問題なさそうである。
大体こちらの行動など特に気にしていないような口ぶりであった。
こうなったら本気で外へ散歩でも行ってしまうか。
「?」
とりあえず食事をした部屋に戻ったが、既に朝食は終わっている為に全員解散してしまっている。
その静かになってしまった空間に、少女を見つける。
廊下へと腰をかけて何をするでもなく、ただ何も無い庭を見ている。
「よう、ちっさい嬢ちゃん」
「その呼び方は止めてって言ったでしょう?
イリヤスフィール、ちゃんと名前で呼びなさい」
「いいじゃねえか、そんなこと。
で、一人で何してんだ?」
何気なしに庭へと目を向ける。
そこにはうつろな輪郭を残した、巨躯の戦士がいた。
「一人、ってわけでもないか。
そういや嬢ちゃんバーサーカーのマスターだったな」
この身に令呪の縛りがかけられていた時、手合わせした相手だった。
いや、あれを手合わせと言ってよいものか。
此方の攻撃は全て無効化され、あの腕から振るわれる剣は、風を捻じり切り大地を振るわせた。
狂人という器に入れられながらも、強固なる意志を持った姿が強く印象に残っている。
「で、何してんだ?」
「貴方には関係ないでしょ。
そっちこそ用があるわけでも無いのなら、わたしに話しかけないで」
機嫌が悪い様には見えない。
つまりはそう、こちらに全く興味がないのだろう。
可愛げも何もあったものではなかった。
別に何気なく話しかけただけであるから、こちらもそう執着することもない。
小さく肩を竦め、背を見せて離れる。
「待ちなさい」
と、間をあけることなく、背中に声が掛けられた。
「なんだ、邪険にしたり呼び止めたり、忙しいお嬢ちゃんだな」
「話合う事なんてないわ、ただ忠告をしようと思っただけ」
「忠告?」
振り向いて見た顔は、相変わらず愛想の無い表情だ。
だが、瞳にだけは射抜くような光を宿していた。
「貴方がどういうつもりでジャグラーと契約したか。
ここにどういうつもりで居るのか、わたしには分からないわ。
別に以前に戦った事なんてどうでもいいから、貴方がここに居る事自体にも興味はない。
でも・・・」
少女の口だけが動いていたその場に、新たな存在が現れる。
いや、それ自体は最初からここにいた。
ただ違うのは、それが主の意に従い、圧力を持って存在を表した事。
それはつまり、この少女の意思そのもの。
「あなたがシロウを傷つけるなら、敵でなかろうと容赦はしないわ。
捻りつぶして欠片さえ残さない」
隠す必要もないと、明確な殺意を持ってこちらを睨みつける。
外から押し寄せる圧力も、呼応するように増した。
この少女が一言、いや思うだけで彼は放たれるだろう。
「ああ、つまりアイツを俺に嗾けるって訳か」
「そうよ。
・・・・何が可笑しいのよ」
少女の指摘するように、自分の頬は笑っていた。
頬を吊り上げ牙を見せ、人に言わせれば獰猛な笑みを。
「いや、いいぜ、かまわねえ。
野郎ともう一度やれるってんなら、むしろ望む所だ」
「・・・正気? バーサーカーと戦った事を忘れたわけじゃないでしょう。
傷一つ付けられなかったどころか、あなたは逃げ回ってただけじゃない」
「ああ、そうだったそうだった。
アレは中々に焦ったぜ。
いくら突こうが刺さりゃしねえし、あの馬鹿でかい剣が当たろうもんなら即死だろうからな」
「だったら―――」
だったら怖くないのか、逃げようと思わないのか。
とでも言おうとしたのだろう。
確かに恐怖はある。
立ち向かえば必ず殺される、それ以前に出会えば退路すら危うくなる。
どうしようもなく勝ち目はなく、ただ薙ぎ払われるだけが許された道。
「確かにそうだろうよ。
だがな、相手としちゃ最高ってもんだろうが。
勝ち目はねえが、負ける気もねえ。
互いの限界まで戦って、楽しめる相手だぜ」
彫刻のように佇む男を見上げる。
その瞳には狂人である事など感じさせず、一人の戦士としての光を持っていた。
「馬鹿じゃないの、負けるってわかってて挑むなんて」
「こういうのは男の世界だからな、嬢ちゃんには分からんだろう。
まあそいつも残念ながらなさそうだがな。
坊主からケンカでも売って来ない限り、闘り合う事なんてなさそうだ」
可能性があるとすればジャグラー次第という訳なのだが、そこの所は俺じゃなく本人に聞くべき事だろう。
再び視線を戻せば、やはり少女は理解できないようで、難しい顔をしている。
「で、嬢ちゃんはあの坊主に惚れてるのか?」
「えっ」
頬をピンク色に染めて、判り易い反応を示す。
これはこれで別の意味で面白い。
「・・・わからないわ」
「あん? はっきりしねえな」
「今までずっと殺すつもりだったんだもの。
それか魔術で体の自由を奪って、わたしのサーヴァントにするつもりだったし。
今は確かに・・・シロウの事は好きだけど」
(・・・それはそれで激しい感情だな、おい)
少しばかり背中に薄ら寒いモノを感じる。
「だからわからない。
独占欲っていうのならあるんでしょうけど」
「まあそれでいいんじゃねえか、ようは落としゃいいんだからな。
何、あの坊主優柔不断そうだからな、攻めりゃ簡単じゃねえか?」
「うーん、そうかしら・・・」
首を捻り、真面目に考え出す少女。
ちなみにバーサーカーといえば、いつの間にか何事も無かったようにあさってを見て佇んでいた。
「ランサー、あなた変なサーヴァントね」
黙考をやめたと思うと、不意をつく様ににそんな事を言われた。
「オレのどこが変だってんだ?」
「前に殺しあった相手に、無防備に話しかけるし。
しかも内容は恋愛相談。
こんな英雄、他にいるわけないじゃない」
「殺し合いは関係ねえだろ。
戦場で命の奪い合いをした相手だろうと、気が合えば夜まで飲み明かす。
それがこの世での情ってもんだろうが」
その言葉に、少女は口を開けて唖然とする。
よほど意外な言葉だったのだろうか。
人生を楽しく生きるには、それくらいは普通なものなのだが。
少女は疲れた様に肩を落とし、息を吐く。
「単純ね、ランサー」
呆れたような口調でそう言って、わずかながらの笑みを浮かべた。
外へ出るのはやめた。
だが昼寝という気分でもない為、敷地内をぶらぶらと歩き回る。
それなりに物珍しいものばかりであるが、暇を満たすには至らない。
そうしてしばらくしてから、
「く、あっ!」
「はっ!」
と、気合の入った声と、なにやら乾いた板が当たりあう様な音が聞こえてきた。
どうやら住居側から少し離れた建物からの様である。
何気なしに近づく。
中からは気迫のある闘志は伝わるものの、殺意というものは欠片とて感じない。
つまりは模擬戦、もしくは訓練か鍛錬と言ったところだろうか。
その建物に一つしかないだろう入り口から覗き込む。
予想通り、中では二人の人物が剣を交えて戦っていた。
その片方が、俺に気づいて動きを止める。
「あれ、ランサー?」
「隙あり!」
スパーン、と軽快な音が鳴る。
と同時にドサリ、と重い荷物を落としたような音。
・・・ありゃあ暫く起きれねえな。
「シロウ、戦いの最中に余所見をするとは何事ですか」
「いや・・・悪い」
「気を抜けば死に至る。
最早何度と無く体に教え込んだ筈ですが」
「いや、面目ない」
「私に謝るのではなく、これはシロウの問題なのですからシロウ自身が自粛してください」
「うう、了解」
話す度に萎縮していく少年と、叱りながらも腫れた箇所を診る少女。
どちらがマスターか分からないこの光景も、こいつらならではのものだろう。
「それでランサー、こちらには何の用で?」
「別に用なんてねえよ。
暇つぶしにぶらぶらして、音が聞こえた方に来ただけだ」
一通りの説教を終え、こちらに声をかけたセイバーに返事をする。
「むしろお前達の方は何をやってたんだ?」
「見てわからなかったのですか。
実戦を想定した、剣の鍛錬です」
「んな事は聞いてねえよ。
俺は誰と戦うつもりで訓練してるのか、そいつを聞いてるんだ」
返すように聞いた俺の問いに、セイバーは軽く押し黙る。
以前戦った時と比べ、確かに少年の腕は格段に上がっていた。
ただ棒を振り回していたのが、剣術と呼べるレベルまで進化しているのだ。
この短い期間での成長であれば、驚愕に値するものであった。
だがしかし、サーヴァントと戦えるかと問われれば、否である。
「・・・もちろん、緊急時における対処の為です。
私が敵と戦っている間に、マスター同士の戦いがないとも言い切れません」
「いや、確かに、筋は通ってるな。
だけどよ、お前のマスターはそれだけのつもりじゃねえみたいだぜ?」
言われて振り向くセイバーの先には、むっつりとした表情の少年がいる。
例え一瞬といえど、戦いを見ればどのような意気込みで挑んでいるか分かるというものだ。
「シロウ、サーヴァントの相手はサーヴァントがすると、あれ程言ったではないですか!」
セイバーの叱責が飛ぶが、実のところ彼女自身も気づいていたのだろう。
見ていた俺でさえ分かったのだから、剣使いたるセイバーが分からぬ筈もない。
「シロウ!」
「・・・悪い。
でもやっぱりセイバーだけに戦わせるわけにはいかないからさ。
囮でも時間稼ぎでも、少しでも役に立てばセイバーだって楽になるだろう?」
「それがどれだけ危険という事は、もう既に知っている筈です。
実際に何度も死ぬような目にあったではないですか!」
「それでもさ、セイバー一人に戦わせるなんて俺にはできない」
控えめながら、頑固で引く様子が全くない。
セイバーがこの少年を心配しているように、少年もセイバーの身を案じているのだ。
「いやいや、セイバー、大事にされてるじゃねえか」
堪えきれず、笑いながら話しかける。
「よく言った坊主、ソレでこそ男ってもんだ!」
「そういう問題ではありません!
これはシロウの生死に関わることで―――」
「ようはお前が危なげなく敵を倒せばいいことだろう?
いいじゃねえかセイバー、坊主の気持ちも汲んでやれや」
「・・・・・・」
文句はありそうなものの、反論はなかった。
プライドが高そうなセイバーの事だ。
"自分が強ければ問題はない"という言い方をすれば、それ以上は突っ込めないと踏んだが、その通りだった。
「・・・だからといって、それは認められない。
私とてシロウが心配なのは同じです。
もう命を危険に晒すわけにも、怪我をさせるわけにもいかない」
叱責ではなく、セイバーは代わりに自身の願いを口に出した。
つまりはマスターとサーヴァントの間柄など関係なく、互いに互いが心配だという事なのだろう。
まあとどのつまり、
「よかったな坊主、相思相愛みたいじゃねえかっ」
背中をバンバン叩きながら盛り上げる。
当の人物といえば、そこで初めて理解を示したように顔を赤く染めて咳き込む。
同じように顔をしているセイバーは、どもりながらも何とか言葉を口にしようとする。
「な、ななな、何をっ。
今はそういう話をしているのでは―――」
「だがなあ、これから大変だぞ。
なんたってお前の相手は段違いの強さだからな。
最低でもセイバーを超えないと、男として守りきれねえぞ?」
「黙りなさい!
シロウ、このような男の話を聞く必要はありません。
鍛錬に戻りますっ」
弾かれたように立ち上がり、ずんずんと部屋の中心に向かって行く。
いやいや、中々にいい反応だ。からかい甲斐がある。
「ああ、待て」
「ん?」
同じく立ち上がろうとした少年を引き止める。
その手から竹で出来た武器を取り上げて、代わりにセイバーの前へ立つ。
「・・・何のつもりですか、ランサー」
「武器を持って互いに相対してんだ。
やる事っつったら一つだろう」
獲物を軽く握り、振り回してみる。
軽いが、よくできた代物だった。
ある程度の丈夫さを持ちながら、ただの木の棒と違って大した威力を持たない。
これならば全力でやろうとも、当たり所が悪くなければ怪我程度で済むだろう。
「だから聞いているのです。
今の私達は敵ではない筈だが」
「当たり前だろ。
じゃなきゃこんなもん使わねえ。
あくまでも運動をかねた暇つぶしだ」
「それこそ付き合う道理はない。
興味がないわけではありませんが、それで私に何の得があるのですか」
全く持って付き合いが悪い。
だがここで退くつもりはない。
どうしたものかと思案して―――不意に朝食の風景を思い出した。
「セイバー、こういうのはどうだ。
ルールは互いの獲物で相手に一撃を与えるまで。
それ以外は特に制限なし、蹴りだろうが体当たりだろうがOK」
「ですから、私にその気はありません」
「まあ最後まで聞け。
坊主、今日の昼飯は誰が作るんだ?」
いきなり振られた問いに軽く驚き、蚊帳の外に居た少年は反応が遅れる。
多少戸惑いを見せながらも、なんとか答えは返してきた。
「あー、確か昨日の夕食が遠坂の順番だったんだが、できなかったから代わりに俺が作ったんだ。
それでその代わりってことで、今日の昼食は自分がやる、って遠坂言ってたぞ」
「よし、セイバー。
お嬢ちゃんが作った飯の一品を賭けるってのはどうだ。
お前が勝てば、俺の分から好きなものを一つ持っていって構わねえ」
――― ピーン ―――
と空気が張り詰める。
引き締まった空間は、和やかな風景を一瞬にして戦場のものへと変化する。
そして目の前の少女から発せられる、強烈なまでの圧迫感。
「ランサー、勝てば昼食の一品、だな」
「ああ、なんだったら夕食の分も構わねえぜ。
勿論俺が勝ったらお前の分は貰っていくがな」
先程まで怒りを見せていた顔は表情を無くし、まるで空間に固定されたように硬質化する。
気づけば、その体は鉄の鎧で武装されている。
「二言は無いな」
「当たり前だ」
殺意や、敵意もない。
あるのは心地良いまでの闘志。
それを肌に感じながら、深く体を沈みこませる。
隠しようの無い笑みを浮かべて、地を蹴りだしてセイバーへと斬り込んだ。
肩を揉む。
サーヴァントが疲労を感じる筈もないのだが、それも肉体的なことだ。
「全く、彼女には遠慮というものが無い」
どこで誰が聞いているのか分からないというのに、愚痴がこぼれ出る。
説教やら叱責やら詮索やらで何時間。
朝食を食べてすぐに凛の部屋に行ったというのに、気づけば昼食の時間になっているというのはどういう事だろうか。
こちらと言えば反論する言葉もなく、ただ彼女をなだめるのみ。
サーヴァントが気苦労でダメージを受けるのならば、とうの昔にこの身は消滅してもおかしくない。
まあとりあえずは、昼食だ。
今だ稽古を続けているだろう二人を呼び出すのが今の自分の仕事。
少しでも迅速に事をこなせば、彼女の苛立ちも少しは納まるだろう。
逆に少しでも遅れれば、後にどんな恐ろしい目に会うか分かったものではない。
・・・サーヴァントになっても、生前とやっている事はそう大差ないではないか。
「セイバー、衛宮士郎。
昼食の時間だから早々に食卓へ―――」
道場へ辿り着き、声をかけて中の様子を一目見た瞬間、硬直した。
床や壁、そして天井の所々に穴が開いている。
木屑やら何やらが散乱しているその地は、戦争の後を思わせる荒れ具合だ。
その中心に、完全武装したセイバーが竹刀を杖にして、辛うじてながらも立っていた。
少し離れた所に、折れた竹刀を片手に持ったランサーが倒れている。
その様子・・・いや、その惨状からは、何か恐ろしい事があったとしか読み取れない。
「・・・何をやってたんだ、君達は」
呆れているのか、恐怖しているのか判らない声で、搾り出すようにそれだけを口に出した。
「ちょっとランサー、なんで炒飯をセイバーにあげてるのよ。
アンタの嗜好なんてしらないけど、一口くらい食べてから好き嫌いの判断をしなさい」
メインが無い状態で、おかずのみをつまんでいる俺に少女が話しかけた。
前に学校という所で見た服とは違う赤い服が、やけに似合っている。
だが機嫌の悪さ故か、冴えない表情はその魅力を発揮しきれていない。
「ああ、嬢ちゃんには悪いがな、賭けに負けちまったからにはしょうがねえだろ」
「その通りです。
凛、彼は私に勝負を挑み、その賞品として食事の一品を得る権利を手に入れた。
正当な戦いでの結果ですので、ランサーに同情する必要はありません」
よほど嬉しいのか。
口元を綻ばせて、穏やかな表情で炒飯を口に入れていくセイバー。
「正当な戦い、ねえ」
「・・・何か文句でもあるのですか」
「ねえよ。
ただな、食事の一品であそこまで気合を入れるとは思わなかったんでな。
食い意地が汚い、ってのはまさにこの事だな」
「わ、私はあくまで戦いをする以上、手加減があっては失礼だと思ったからこそ」
「確かにそりゃあありがてえがな。
見境なくして廻りぶっ壊す程、真剣にならなくったってよかったんだぜ?」
「貴方とて壊していたでしょう!」
「食事中だ、少しは慎んでくれ」
セイバーをからかって遊んでいた横から、怒気の篭った声がした。
こめかみに青筋を立てているアーチャーだ。
「責任を追及する気はないが、少しは大人しくしてくれ。
そもそもアレの修理を誰がすると思っているんだ」
食事を摂りながらも、冷ややかな怒りを顕にする。
セイバーは元から責任を感じていたのか、その一言で萎縮して大人しくなってしまった。
すると今まで騒いでて気づかなかった視線に気づく。
赤い瞳で貫かんばかりで俺を見て、怒気どころか殺意さえ含めて睨んでいる。
「ちっさい嬢ちゃん、なんか用か?」
「・・・私はシロウの家がどうなろうと興味ない。
だけどランサー、こればっかりは聞いとくわ。
返答しだいじゃ許さないわよ」
「だから何だって」
「セイバーや貴方はともかく、なんでシロウまで怪我をしてるのよ」
皆と同じく食卓についている少年を見る。
様々な場所に包帯やら絆創膏やらをつけて、軽いミイラ男になっていた。
なるほど、朝の"忠告"に引っかからなくもない怪我だ。
というか『家がどうなってもいい』という一言で坊主本人がショックを受けて落ち込んでいるのだが、いいのだろうか。
何故かは知らないが、同じような様子なアーチャー。
「まあ確かにその怪我の一因は俺にあるが。
それ自体はわざとじゃねえ、というより事故だな。
いや、坊主本人の無謀って言ってもいいな」
「何よそれ」
セイバーが箸を止める。
まあ触れられたくない話題だろうな。
「簡単なこった。
俺とセイバーが戦い始めて、思った以上に盛り上がってな。
あちこち壊してたら坊主が割り込んできたんだ。
まあ止めなきゃまずいと思ったんだろう。
邪魔だから俺は蹴り飛ばそうとして」
居心地が悪そうな挙動不審人物を指差し。
「セイバーが危ないからだと思うが、体当たりしかけてな。
見事二人分の息が合ってな、おもしれえくらいに吹っ飛んで壁に突っ込んだ。
ちなみに俺は手加減したが・・・誰かさんはどうだったろうな」
「・・・セイバー?」
「あ、あの時は仕方が無かったのです。
私達の戦いに巻き込まれては、シロウの身が危険だった。
だから離れてもらおうと・・・少し、力加減は間違えましたが・・・」
先程よりさらに小さくなるセイバー。
小さい嬢ちゃんの方も矛先を変えたようで、自らのマスターを吹っ飛ばした相手を呆れながら見ている。
「セイバー、俺は気にしてないから大丈夫だぞ。
まあ道場壊されたのは困るけど」
坊主のフォローなのだか追い討ちなのだかわからない事を言う。
もしここに穴があったのならば、セイバーはさらに奥深くまで掘り進んで隠れる事だろう。
「どうでもいいけど、はやく食べなさいよ。
中華って冷めると死ぬほどまずいんだから、どうなっても知らないわよ」
どこか冷ややかな、お嬢ちゃんの口調。
未だ不機嫌を引きずっているようだ。
「心配するなって、ちゃんと食べてるぜ?
どれもこれも美味いもんだ。
いやいや、これなら何時でも嫁にいけるな」
ぶっ、と噴出す音。
一度に複数の音がしたため、誰がそうなのかは判らない。
「ちょっ、なんでそういう話になるのよ!」
「あん? ああそうか、相手がいねえんだな」
「そうじゃないわよ!」
「なんなら俺が娶ってやるぜ?
まあ少なくとも二〜三年は成長してからだがな」
「っ―――! アンタからかうのもいい加減に――」
「待て、ランサー。
今のは聞き捨てられん」
叫びを遮り、アーチャーが真剣な眼差しをする。
「君のような男に、凛をやるわけにはいかん」
「あ、あああアンタまで何言ってんのよっ」
「やるわけにはいかん、って。
お前保護者でも気取ってんのか?」
「ああ、私は凛のサーヴァントであると同時に、年長者として彼女の保護者でもある。
彼女と交際をしたいのならば、まずは私に許しを得てからにしたまえ」
「何それ!?」
「ともかく、君や衛宮士郎のような男に、許可をやるわけにはいかん」
「いや、そこでなんで俺の名前が出るんだ」
「ふむ、とぼけるか。
構わんが、どの道貴様のような未熟者には凛の伴侶になる事など許さん」
「む、確かに俺が未熟なのは認めるけど、そういうのは本人が決める事だろう。
お前の考えを遠坂に押し付けてるだけじゃないのか」
「その様な事は先刻承知の上だ。
だが私の目が黒い内は、彼女の保護者は私だ」
「アーチャー、貴方の目は元々黒ではないと思うのですが」
「つーかその言い回しは駄目じゃねえのか?
とっくに死んでんだろう、俺たち」
「良かったじゃない、リン。
結構モテてるみたいよ?」
そういえば途中まであった当事者の叫びが、いつの間にか消えている。
見れば何をするでもなく、顔を俯けてじっとしていた。
目の部分は影になって見えない。
が、手を震わせて、握っている箸にみしみしと悲鳴を上げさせる。
ゆらり、と幽鬼の如く立ち上がる。
小さな音を立てて、コップに一人でにヒビが入る。
背からは、陽炎の様にゆらめく赤き何かが。
「っふ」
それは笑いなのか、ため息なのか。
微妙な音が、口元から発せられる。
騒がしかった食卓が、一瞬にして静寂へ立ち変わる。
例えるならそう、嵐の前の様に。
甲高い音がした。
それは息を吸って、肺へと溜め込む作業。
そしてその後に爆発させる為の。
それも終わり、再び静寂が場を満たし、
「あぁぁーもうぅぅっ! 何なのよアンタ等はぁーっ!」
やはり爆発した。
「り、凛・・・・食事中に立ち上がるのははしたな」
「うるさーーーいっ!」
「ごふ!?」
殴り倒されるアーチャー、散乱する料理達。
「ああっ? エビチリが!?」
「そっちじゃないだろ、セイバー!
っうわ、遠坂、暴れるなって!」
「黙れっつてんでしょうがーーーーっ!
じゃないと○○○○詰めにして○○湾に沈めるわよ!?」
「いや、なんだってそんな、ぐふ!?」
「ああっ? 酢豚が!? ではなくてシロウが!?」
「激しいねえ」
炒飯とやらを口に運ぶ。
厨房でゆったりとしながら、観戦する。
「おお、見事に顎に入ったな。
坊主よりも筋がいいんじゃねえか?」
「ちょっとランサー」
すると後ろから声がかかった。
振り向いて見れば、俺と同じように避難を終えているちっさい嬢ちゃんがいた。
「見てないでなんとかしたらどう?」
「いいじゃねえか、好きにやらしておけば。
お、見事な踵落としだな。
相手がアーチャーじゃなきゃ三日は寝込んでる所だな」
未だ激昂し続ける嬢ちゃん。
そして何故か逃げる、というよりタコ殴りになっている二人。
無事な料理を避難させるセイバー。
「よう、ちっさい嬢ちゃん」
「なによ」
「飽きとは無縁だな、この家は」
きょとん、と目を見開く。
しばらくそうした後、居間の惨状へと視線を移して、
「・・・そうね」
そういって、少女は呆れるように笑った。
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