「うん」
豚汁の味を確かめて、出来の良さを口に出して確認する。
少しながら薄い気もするが、ここしばらくの経験から、皆にはこれくらいが丁度いい事が判った。
セイバーは大丈夫のようだが、イリヤはまだ和の味に慣れていない為である。
味噌汁は直に味噌の味がしてしまうが、今回の豚汁は具沢山だ。
ちょっとばかり節操が無いのではと思える程に入れてみた。
肉もさることながら、野菜もたっぷり入れてある。
それぞれの味が出過ぎないように、かなりの気を使いながら調理した自信のある一品だ。
他にも日本ならではの調味料を使い、品数を多めに用意する。
もちろん、食べれなかった時の為にポテトなんかも揚げてあるし、肉団子なんかも用意してみた。
これならば問題ない筈だ。
今からセイバーやイリヤの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
ちなみに遠坂やアーチャーは事情が違う。
遠坂はしっかりと食事は楽しんだ上、美味しそうに食べてはくれるが、何かと此方の戦力を測っている所がある。
アーチャーといえば、黙々と食事を取った後に、片づけを手伝いながら批評と指導が入ってくるのだ。
どちらも隙を見せていい相手ではない。
・・・・・・聖杯戦争に入ってからというもの、料理の腕ばかり上がっている気がする。
「なあ、これなんだ?」
「醤油だよ、使うからちょっと貸してくれ」
「おらよ。にしても美味そうだな。
いやいや、人は見かけじゃ判断はつかねえなあ」
「おい、つまみ食いするなよ。
後十分しないうちにできるから、ちゃんと座って待っててくれ」
おう、と素直に返事をして、意外にもすんなりと居間に戻っていった。
全く、調理中は包丁や油で危ないんだから、用が無いなら入らないで欲しい。
まあ全身を鎧だか青いタイツだかで覆ってるし、少なくともそれくらいじゃあ怪我するわけ―――
「は?」
長ネギを刻んでいた包丁を止めて、振り向く。
そこには床にあぐらをかいてダラダラと座っている、風景に全く同化していない槍使いの騎士がいた。
――――――――<繁華殷賑の食卓>――――――――
-2/10-
『いやいや、参ったぜ』
混乱した頭を冷やしながら、心底から負けを認める。
『まさかこんな隠し玉があるとはな。
ここまでのは全部布石だったってわけか』
砂煙も、罠も、結界も、宝具でさえも。
全ては最後の瞬間を隠す為だけに用意されたモノだったというわけだ。
『まさか。
もちろん罠は用意したけど、本当なら二手三手で詰みのつもりでやっていたわよ。
最後まで使わされたのはほぼ予想外だったし、長引けば失敗する公算も高くなる。
アーチャーの宝具だって、できれば使わずに終わらせる筈だったんだから』
『できれば、かよ。
つまりは予想の範囲だったってわけだ』
俺の苦笑いに答えはなく、ただいたずらな微笑みだけを返される。
全く、気持ちいいくらいの敗北だ。
断続的に意識が薄らぎ、体から何かが失われていく。
今やこの身を世界に繋ぎとめる回路は無く、刻一刻と磨り減っていく。
獣のように低く唸りながら自己を繋ぎとめ、その消失に限界まで抗う。
そうでもしない限り、モノの数秒で消えてしまいそうだった。
マスターとサーヴァントの契約を強制解除。
いかに魔術に長けた者といえど、これほどの術破りは見たことがない。
『いやいや、残念だぜ。
滅多にない現界だってのに、ここで終わりとはな』
『終わり?
悪いけどそう簡単に消えてもらうつもりはないわよ』
『こっちこそ悪いがな、マスターの正体なんてのは吐くつもりはないぜ。
野郎に義理も情も無いが、負けた挙句に恥まで晒す気は毛頭ないんでな』
『ええ、そんな事はどうでもいいわ』
ジャグラーが手をかざし、痛いほどの月光が照らされる。
小悪魔的な笑みに光があたると、それは神々しいまでの静謐さを生み出した。
『貴方には二つの道がある。
我が軍門にくだり、修羅と戦う騎士となるか。
その名を堕とし、敗者として影と消えるか』
それは神が啓示を与えるが如く。
悪魔が契約を求めんが如く。
聞くものを魅惑し、抗えない誘いを問いかける。
『従いなさい、ランサー。
さすれば我が命運を、汝の槍に預けよう』
「とまあそういう訳だ。
あのまま消えるのは癪だし、相手がいい女なんだから文句のつけようもねえしな。
選択権なんてあって無いようなもんだぜ」
そう言ってご飯をかっこむランサー。
もりもりといった表現がとても似合う様相で、次々とおかずを制覇していく。
「じゃあジャグラーと契約したって訳ね」
「ああ、そういう訳だ。
つーわけだからよろしく頼むな、嬢ちゃん達」
あくまでも気楽に、遠坂や俺達に語りかける。
勿論、遠坂といえば渋い顔のままだったが。
「アンタ自身はそれでいいの?」
「ああ、前の野郎は義理立てするようなマスターじゃなかったしな。
むしろ今の状況を歓迎してるくらいだぜ。
こうして美味い飯も食えるし」
やはり気楽に答えるランサー。
話しながらも、動く手は止まる事なく食卓を動き回っている。
「待ちなさい、ランサー!
貴方はそのゆで卵を二つ食べた。
数からして、貴方が食べる分は残っていない筈だ!」
「あ、そうか?
まあいいじゃねえか、早い者勝ちだろうよ、こういうのは」
「な!!?
くっ、貴方は食卓のルールを何もわきまえていない!」
「・・・本気になるなよ、たかが卵で。
ほらよ、代わりにこれやるよ」
「む? それならば許しましょう」
「ちっさい嬢ちゃん、さっきから芋ばっかり食ってねえか?
食い物ってのはバランスよく摂るもんだろう」
「わたしの勝手でしょう。
そんな事よりその呼び方は止めて。
わたしにはイリヤスフィール、って名前がちゃんとあるんだから」
「分かったよ、ちっさい嬢ちゃん」
「・・・・・」
「坊主、おかわり」
「おう」
「・・・・・当然の如く、反対意見なんてでそうもないし」
うんざりとした表情で、遠坂はぼやいた後にため息をつく。
まあ俺もこいつに襲われた以上、全く警戒心がないってわけじゃあないんだけどな。
「ジャグラー、どういうつもり。
聖杯戦争の参加者ではないと、昨日言っていたのは嘘だったのかしら?」
黙々と食事をしていたジャグラーに矛先を変えて、遠坂は彼女を睨みつける。
それだけだというのに、弛緩していた空気は張り詰め、皆の手が止まった。
ちなみにセイバーとランサーは食べ続けている。
そのままの意味で大物なのだろう。
「嘘じゃないわ。
あくまで今回の事は私用。
聖杯戦争に参加したわけじゃないわ」
「そうだとしても、余り勝手なマネはしないで」
「あら、どうしてかしら。
ランサーが味方になったんだから、敵が減って戦力が増えた。
これって理想の事態じゃないのかしら」
「ええ、貴方の戦力がね」
張り詰めた空気が、度を超えて冷え切り、凝結する。
「まだわたしが信頼しきれてない、ということ?」
「ええ、確かにアーチャーは信頼してるし、その彼が貴方を味方という以上口は出さない。
だけど今は二対一という状況だったものが崩れている」
親愛の感情など、欠片も無い。
遠坂の瞳には、もはや殺意さえ宿っている。
「どんな方法かは知らないけど、貴方はサーヴァントとマスターの契約を切った。
それがアーチャーやセイバーに使われないという保証はないでしょう」
アーチャーは信じても、ジャグラーは信用できない。
そして彼女には契約を切る術があり、マスターならばサーヴァントを律する令呪がある。
つまり遠坂は彼女にアーチャーが奪われるという事を警戒しているのだろう。
ジャグラーが遠坂を敵としなくても、アーチャーを奪われることは死活問題なのだ。
昨日決着を付けられたかと思われた膠着が再び甦る。
ジャグラーの言動しだいでは、いつでも追い出しにかかりそうなのだが・・・
「できないわ」
言葉を慎重に選ぶといったそぶりすら見せず、あっさりと言葉を口にするジャグラー。
「できない?」
「ええ、わたしがした事、つまりはランサーの契約を切った事だけど。
あれはわたしだけでは出来ない、と言ったのよ」
「・・・どういう事よ」
「言うつもりはないわ。
だけどわたしの言葉の真偽なら確かめられるでしょう。
ここに貴方が信じてる忠義の騎士がいるんだから」
そう言って、再び食事を開始するジャグラー。
隣のアーチャーが、それに促されて話し出す。
ちなみにアーチャーは遠坂とジャグラーに挟まれた形で座っている。
つまりは国境というかなんというか、そんな役目らしい。
「凛、確かに彼女の言っている事は本当だ。
あれは彼女一人では成しえない」
「・・・・・・」
厳しい目でアーチャーを睨み、見極めようとする遠坂。
しばらくの間視線が交差して、やがて根負けしたように遠坂が息を吐いた。
「分かった。
後で色々聞きたいから、わたしの部屋に来なさい」
「了解した」
そう言って、何事もなかったように食事に戻る二人。
俺は遠坂の様子が気になって、小声で話しかけてみた。
「遠坂、いいのか?」
「・・・とりあえずはね。
これ以上ジャグラーに聞いたって無駄だろうし。
後でアーチャーをきっちし締め上げるから大丈夫よ」
ふと視線をずらすと、こめかみに小さく冷や汗を流すアーチャー。
まあとりあえず同情はしておこう、助けは出せないが。
「わたしだって後手に廻るつもりはないしね。
とりあえずは気合を入れる為に―――」
すっと、遠坂の手が上がる。
「士郎、おかわり」
「シロウ、おかわり」
「坊主、おかわり」
タイミング良く、遠慮なしに差し出される三つの茶碗。
・・・・・・なんか聖杯戦争より、この家の経済状況の方が不安になってきたぞ。
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