いや、酷く暇だった。
「・・・くあ」
あくびをかみ殺し、抑えきれずに目じりに涙が浮かぶ。
木の上の寝心地は悪くはないが、こう暇しかないと逆に眠れなくなってしまう。
「―――――」
空には太陽があり、変わらず地上を照らし続ける。
陽射しは暖かく、冷たい冬の空気すら緩和してくれるようだ。
いや、それにしても酷く暇だった。
くそ、アレだけ色々と難問を突きつけたくせに、今度は
『次の任務まで待機しておけ』
と、可愛げも無しに言い放った。
いや、あの変態エセ神父にそんなもんがあろうものなら、こちらが卒倒する所だが。
舌を打つ。
せっかくこうやって現界しているというのに、全く持って運がない。
昔から似たようなものだったが、今回は輪を掛けたようだ。
ふん、と鼻から息を放つ。
ため息をつきたい所だが、なんだか負けている気分になるのでついたことはなかった。
ああ、それにしても暇で―――
「あん?」
かすかな気配に目を向ける。
そこには枝にとまる小鳥―――いや、透明で固い光沢を放つ鳥などいないだろう。
『――――』
それは鳥の形をしながら、人語を用いて俺に話しかける。
その内容に驚きを覚えつつも、口の端は上がり続けた。
いや、いい暇つぶしになる。
――― 挑戦状とは、粋なもんじゃないか。
――――――――<家族会議>――――――――
「その身体、サーヴァントみたいだけど。
もう七人のクラスは召喚されてるんだ、遠坂がいるなんておかしいじゃないか」
目の前の女性、この時代にはいないはずの遠坂凛という人物を前に、問いかける。
そう、少女である俺のマスター、遠坂凛ではありえない。
先程姿を見たし、今言ったとおり年齢が違う。
今の自分、成人した俺と同じ歳にしか見えないその姿。
そして―――何よりも俺が、彼女を見間違う筈がない。
「ま、正確には違うわね。
聖杯戦争のシステムは利用してるけど、サーヴァントそのものではないわ」
不敵な笑顔、というのが本当に似合う顔で、彼女は笑う。
「今のわたしは守護者に近い。
世界と契約を結んだことは違いないけど、だからって強制を受けているわけじゃないわ。
わたしはわたしの目的のためにここにいるのよ」
「目的・・・?」
彼女は魔術師だ。
そしてそれは俺達が生きていた時代に、ある意味とうに果たされている。
ならばこの地に何の用があると言うのだろうか。
「ちょっと、士郎。
アンタなんか勘違いしてない?」
仏頂面へと表情を変えて、文句を含んだ顔を見せる。
む、機嫌の悪い時の表情だ。
これ以上続けると後が酷いことになりそうだが、聞き出さない事には何も始まらない。
「じゃあなんでここにいるんだ?
遠坂には、世界に身体を捧げる理由なんて無いはずだろ」
「馬鹿ね、一度死んでも治らなかったわけ?」
さらっと酷いことを言ってのける。
すると彼女はいたずらな笑顔を見せて、俺に指を突きつけた。
「アンタをずっと支えるって、決めてたんだから」
「ということは、やはり貴方は凛なのですね」
「ええ、わたしがわたし以外誰だって言うのかしら?」
「・・・いえ、凛以外に見えませんね」
セイバーが微笑む。
再会を喜び、手を差し出す。
「お久しぶりです。
もう二度と会えないと思いましたが、この再会に感謝を」
「・・・まあわたしの感覚じゃそう久しぶりってわけじゃないんだけど。
わたしも会えて嬉しいわ、セイバー」
彼女の手を握り、照れながら微笑み返す遠坂。
いや、非常に微笑ましい光景なんだが。
「で、なんで遠坂はここにいるんだ?」
ジロリ、と釣り目でこちらを睨む遠坂。
横から口を挟むようで悪いのはわかるが、退いてられないからな。
「だから言ったでしょ、アンタを追っかけてきたんだってば」
「追っかけてって・・・
どうやったらそんな事できるんだよ。
もしかして遠坂、お前キャスターのクラスに呼び出されたのか?」
「馬鹿ね、キャスターなら柳洞寺にいるんでしょ?
わたしは今日、実質聖杯戦争とは関わりのないところで召喚されたのよ」
じゃあなんだって言うのだろうか。
聖杯戦争は七人既に召喚されて、彼女はそれ以外の方法で召喚されたという。
しかもそう、先程は守護者―――つまりは自分を抑止の守護者と言ったのだ。
そうなって召喚された者に意思などない。
ただ人の世に滅亡が近づいた時、その可能性となったモノ全てを消滅させる。
あの男が掃除屋と皮肉った、世界の奴隷なのだ。
「もしかして凛、あの時に・・・?」
セイバーが何かを思いついたのか、彼女に問いかける。
「シロウ、一度凛が一ヶ月ほど行方不明のなったのを覚えていますか?」
一ヶ月・・・?
ああ、確かにそんな記憶がある。
あれはある夏の時。
遠坂が共同開発してきたものが完成を見て、彼が現れた次の日だった。
ちょっと行ってくるの一言や、書置きもなく、遠坂はいなくなってしまった。
その一ヵ月後、何事もなかったように『ただいまー』と帰ってきたのだが。
「そういえばあったな、そんな事」
「凛、あの時は何も教えていただけませんでしたが・・・もしやその時に?」
「む? セイバー問い詰めたのか?」
「あたりまえでしょう。
いえ、もしかして貴方は問い詰めなかったのですか」
「ああ、話してくれないって事は俺に必要ないことだったんだろ?」
「・・・」
セイバーの表情が曇る。
いや、だって遠坂何も言わなかったし。
「まあそうね、セイバーの言う通りよ」
俺達の様子がおかしかったのか、クスクスと笑いながら遠坂は続ける。
「あの爺さんに協力を仰いで、色々と細工をしたのよ。
わざわざ日本まで戻って、大聖杯から世界に干渉したってわけ。
まあ情報量的に言えばわたしも英霊の資格はあったし。
そう難しい事じゃなかったけどね」
「世界に干渉って、具体的に何をしたんだよ」
「簡単よ。
英霊・衛宮士郎が召喚される場に、わたしも召喚されるようにしただけ。
まあ今回が初めてなわけなんだけど――――随分遅れたみたいね。
改良の余地ありかしら」
他は完璧なのになー、と手を握ったり開いたりする遠坂。
本当に簡単そうに言ってくれたが、これを他の魔術師が聞いたら卒倒するのではないだろうか。
「全く、とんでもないことを平気でするな、遠坂は」
「どういう意味かしら、衛宮くん?
わたしが来た事に文句でもあるのかしら」
本気で怒っているのか、極上の笑みで殺気を撒き散らす遠坂。
人に勘違いがどうの言っているが、早合点するのは遠坂だって同じだな。
「まさか、文句なんてあるわけない。
―――永遠の伴侶に再会できて、嬉しくないやつなんて、いない」
自然と笑みを浮かべながら、彼女の頬へと手を触れる。
その頬が微かに赤く染まると、隠しきれてない照れを隠そうと、目をそらされる。
「ま、ありがたく思いなさいよ」
「ふうん、そっちじゃ二人は結婚したんだ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「イリヤスフィール!?」
横からの突然の闖入者に、激しい反応で驚愕する遠坂。
いやまあ、俺も驚いたけど。
「ちょ、ちょっと!
なんでこの家にコイツがいるのよ!」
「コイツ、とは失礼ね。
ここに連れてきたのはシロウだし、何よりわたしはわたしの目的のためにここにいるのよ」
「・・・最初から聞いてたわけ」
ぐい、と首根っこをつかまれる。
目の前には怒った、というより焦って混乱している表情の遠坂がドアップだ。
「で、どういうことよ」
「あー・・・一言で言うとだな」
「シロウ、じゃあ混乱するか。
アーチャーがバーサーカーを一回殺して、その賭けに負けたわたしを連れてきたのよ」
どう言おうか言いよどんでいる横から、さっぱりとした内容でイリヤが答える。
これだけではさっぱりだと思うので、補足をつける形で詳しく説明する。
まあ話しの核心はイリヤが言ったわけだから、本当に補足にしかならないが。
そして話しを聞き終わった遠坂の第一声は、
「―――馬鹿!」
と、睨まれて胸倉つかまれて首をガクガク揺さぶられながらのそれだった。
「アンタねえ、何だってそんなギリギリな命がけしてるのよ!」
「い、いや、その時は、それしかっ、思いつかなかった、からっ!?」
舌をかまないよう必死になりながら答える。
そうとう怒っているようで、この強制ヘッドバンキングはかなりの間続いた。
勿論罵倒つきでだ。
いや、心配させたのは悪いと思ってるけどな。
「っはぁー、っはぁー」
さすがに十分間続けていると疲れたのか、息を荒くした遠坂は俺を解放してくれた。
表情を見る限り、ある程度はすっきりしたようだが―――こりゃ後がまだ怖いな。
「凛、落ち着きましたか?」
セイバーが背中を擦りながら、ちょっと疲れ気味に遠坂に気を使う。
できれば俺の首も見て欲しいところだ。
「ま、とりあえずはね・・・
それじゃあイリヤスフィール相手に隠し事しても意味ないって事ね」
「わたしもそう未来の事を聞いたわけじゃないけど。
まあシロウやリンが生きている以上、誰が勝利者かは考えるまでもないわね」
「・・・」
その言葉に、俺達三人は押し黙る。
イリヤ言う勝利者とは、聖杯を手にした者の事を言っているのだろう。
だがそういう意味では俺達は勝利者などではなく、そんな簡単にはすまないのだが。
「とりあえず質問が終わったなら今後の予定を話すわよ。
現在敵として残っているのは誰?」
今の現状、つまりはライダーとの戦い、そして現在目の前にいるキャスターについて説明する。
他の事は語るまでも無く、殆ど彼女が知っている事と変わらないので簡単に説明した。
「キャスター、ランサー、アサシン。
その三人が現状で動けるサーヴァントってわけね」
頷く。
まあアサシンについてはまだ確認していない為、別のサーヴァントが呼び出されるという可能性もあるのだろうが。
今までに大きな変動は無かったのだから、それも無いと思うが。
そしてあいつについての話題は、お互い触れなかった。
イリヤに話してはショックが大きいだろうし、何よりあいつは自分に相応しい舞台が整わない限り動かないだろう。
それにしても・・・・
「遠坂、どうするつもりなんだ?
聖杯に召喚されたわけじゃないのに、聖杯戦争に参加するつもりなのか?」
俺の疑問に対し、先程の真剣な表情から一転して面倒くさそうな顔になる。
「なんでそんな事しなくちゃならないのよ。
大体わたしはアンタを追いかけて来ただけの、無関係な人間なのよ?」
む、それもそうか。
遠坂は別に命令を受けているわけではないのだろうし、自分の意思で動ける。
戦う理由が無い以上、俺としても安全なところにいて欲しい事も確かだ。
そういえば遠坂にはマスターとか令呪とかどうなっているのだろうか。
再び同じように疑問を打ち明けてみると、
「ああ、召喚者がいないわけだから当然そんなのもいないわ。
あえて言うなら大聖杯がマスターって所かしらね。
あくまでも途中を経由してるだけに過ぎないけど」
遠坂はそう言うと、再び表情を変える。
俺がよく知っている、自分に対する絶対の自信と、そして何かを考えている時の笑み。
そしてその後に言う言葉は、必ず実行し―――確実に成功する。
「まあだからといって黙ってるのもね。
何よりも――――受けた借りは返すのが主義なんだから」
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