柳洞寺、その境内の奥に大きな池がある。
人の手にかからず、清く澄んだその姿からは、神が宿るとも言われる程の物だ。
―――― その遥か地底の彼方に、それは存在する。
限りなく広がる空洞、いや、それは最早大地と見紛うばかりの広さ。
草の一つなく、土と岩で作られたその世界の中心に、大きな窪みが存在する。
二百年の時を経て未だ活動を続ける、聖杯戦争のシステムにして巨大な魔術式。
最早魔法と呼べる程の奇跡を体言するそれは、ある事実により変革を起こしたものの、正常に機能していた。
その歴史の中に、今一つの『異例』が起こる。
集束するエーテル。
それは暫くの間渦を描き、やがてある形を創り出す。
人の形へと安定した『彼女』は目を見開き、確認するように体を動かした。
「―――よし、悪くないわね」
彼女は満足そうに微笑むと、懐から何かを取り出し、小さく呟きを乗せてから空に放り出す。
術をかけられたそれは、固い光沢を放ちながら出口へと羽ばたいて行った。
「さて、と。じゃあまずはアイツの家にでも行ってみるか」
――――――――<集う家族>――――――――
-2/9-
「よし、後は煮るだけだな」
ご飯もそろそろ炊けるし、味噌汁も当に準備はできている。
朝から肉じゃがな上、汁物が二つという事になるが、これもしょうがない事なのである。
何しろ今の衛宮家には人が多い。
俺にセイバーに遠坂にアーチャー、そしてイリヤに一応バーサーカー。
こうなると大量生産のきく料理でないと、余り時間のない朝食は大変なのだ。
・・・最初にバーサーカーに会った時は恐怖したが、今はアイツがバーサーカーでよかったと思う。
もし別のサーヴァントで理性があったのなら、何しろあの体格だ、どれだけ食うのか分かったもんじゃない。
ああいや、今のうちには食卓の狂戦士が二人いるわけなのだが。
「おはようございます、シロウ」
鍋の様子を見ながら思考に耽っていると、後ろからその狂戦士の一人が現れた。
「おはよう、セイバー」
「はい。
・・・今日は煮物ですか。
起床してすぐに良い香りが漂っていました。
期待しています、シロウ」
夢見る少女の様に手を組み、恍惚とした表情なセイバー。
今日も調子は最高のようだ、主に腹が。
「む、シロウ。今私に対して失礼な事を考えませんでしたか?」
「いや、そんな事はないぞ」
だって事実なわけだし・・・
まあ嬉しそうに食べてくれるぶん、こちらのやる気も出るわけなのだが。
「・・・・・・」
目を怒らせたセイバーが、無言の圧力でこちらを見続ける。
どうも先程の言い訳では容疑が解けなかったらしい。
むう、簡単に話しをそらせそうもないし、ここはデザートの一つか二つで機嫌を取るしかないか?
――ピンポーン
と絶好のタイミングでチャイムが鳴る。
「桜と大河でしょうか?」
「いや、今日は学校もないし、通常は二人ともこないよ。
たぶん集金とか、セールスとかだと思う。
ちょっと出てくるからこっちの様子見ておいてくれ」
セイバーにおたまを渡して、廊下へと出る。
横目で見た彼女は、数並ぶ料理を目の前にして固まっていた。
・・・早めに戻らないとつまみ食いされそうだ、とかなり失礼な事を考えてしまった。
――ピンポーン
「あー、はいはい」
急かすようなチャイムの音に、小走りになって玄関へと向かう。
だが考えてみると、まだ七時にもなっていないこの時間に集金やらセールスが来るだろうか?
だからといって桜ならばチャイムの後に入ってくるし、藤ねえにいたってはチャイムすらないのだから二人とも違う。
見当もつかないが、まあドア開ければすぐ分かることだから考えるまでもない。
「どなたですかー?」
靴に足をかけ、ドアを開きながら声をかける。
すると立っていたのは集金の人でもセールスでもなく、
「こんにちわ」
見事な黒髪を背に流し、赤を基調とした服に身を包んだ女性―――
いや、絶世の美女が微笑んで立っていた。
「こ、こんにちわ」
全く予想の外だった上に、相手が人知の外といえる程の美貌の持ち主だった為、対応が遅れた。
む、人知の外?
なんか最近よく使う表現のような・・・・?
「衛宮士郎くん、よね?」
「え、ああ、はい、そうですけど」
ふむ、と謎の美女は一人頷くと、
「え!? あ、あの!?」
俺の頬に手を当てて、ニコニコとした顔で目の前まで迫ってきた。
暫くの間まじまじと俺を見つめると、やがて満足したように硬直した俺から離れた。
「ああ、ごめんなさいね。
あんまりにも可愛いから近くで見たくて」
と、またもや綺麗な表情で微笑みかけてくる。
可愛いといわれても男の俺としては困ってしまうが、今の俺は照れでそれどころではない。
一成なら渇っ、と気合を入れなおすところだが、あいにくその気力すら持っていかれてしまった。
しかしこのまま無言で対峙するわけにもいかないし、何とか気力を振り絞って返事を返す。
「えーと、その、今回はどのようなご用件で・・・」
上ずっているというか、裏返っているというというか、とにかく情けない声。
いやまあ、これが必死なのだ。
「ああ、多分ここに遠坂凛って子がいると思うんだけど」
くすくすと笑いながら、遠坂の名前を出す女性。
別に大したしぐさをしているわけでもないのに、胸の鼓動が激しいのは先程の不意打ちのせいだろう、うん。
「居ますけど、遠坂の知り合いですか?」
「んー、まあ親戚みたいなものかしらね。
あがらしてもらっていいかしら?」
ふむ、遠坂の親戚か。
言われてみれば似ている所もあるし、美女っぷりも納得できた。
返事も聞かずにもうあがっている傍若無人っぷりも、そっくりかもしれない。
「まだ起きてないと思いますけど」
「あ、いいのいいの。その辺解ってるから」
軽く返事を返しながら、彼女はずんずんと進んでいく。
勝手知ったる他人の家、と言わんばかりに遠慮なく居間に向かって進んでいく。
あ、そうだ。
セイバーにもちゃんと話しておかないと。
見知らぬ他人が入ってきたのだ。
敵とみなして武装したり、それどころかいきなり殴りかかろうものなら問題だ。
まあセイバーに限ってそんな事はないだろうが。
「セイバー」
居間について早々、彼女に声をかける。
セイバーはぎこちない動きで料理を凝視しつつ、鍋の面倒を見てくれたようだ。
ぱっと見る限りは減ったものはなさそうだし。
とりあえず間に合ったようではある。
「シロウ、こちらはよさそうですのでそろそろ朝食に・・・」
言いかけた途中で動きが止まる。
静止というよりは硬直、そして凝視する先にいるのは遠坂の親戚という彼女である。
「な―――何故貴方がここに!?」
「久しぶりセイバー、元気だった?」
驚愕しているセイバーを前に、先程と同じようにニコニコと笑いながら軽い返事を返す彼女。
「二人とも知り合いなのか?」
「何よ、朝っぱらからうるさいわね」
よれよれと動く遠坂が入ってくる。
来た方向からすると、どうやら洗面所に顔を洗いにでも行ってたのだろう。
「起きたばかりでよくもまあそんな元気が―――」
眠そうにあくびを抑えながら、こちらを見て―――――硬直した。
「遠坂? あー、えっとこの人はさっき尋ねてきた」
「っ、何してんのよ、逃げなさい士郎!
その女サーヴァントよ!」
「え?」
サーヴァント? 彼女が?
言われて振り向くが、そこにいるのはニヤニヤと笑っている女性が一人。
別に殺気があるわけでもなく、何の行動も起こさずにただ状況を傍観している。
「下がりなさい、士郎!
怪我するわよ!」
「あっ? ちょ、ちょっと止めろ遠坂!」
懐から宝石を取り出し、明らかに破壊的な魔術を起動しだした遠坂を止めにかかる。
腕を振り上げて、それを投げつけようと綺麗なフォームの構えをしたその時、
「んな!?」
今までの誰よりも大きい声が、混乱した居間の中に響き渡った。
「な、なな・・・何故君がここに!?」
隠すどころではなく、動揺に混乱が混ざったような表情で叫ぶアーチャー。
ちなみに遠坂というと、寝起きの激しい動きか、もしくは今のアーチャーの声が原因なのか判らないが、頭を抑えて固まっていた。
「あら、わたしがここにいちゃいけないのかしら。
ねえ、アーチャーさん?」
これまた笑顔で―――というよりどこか凄みのある笑顔で、アーチャーへと近づく彼女。
「い、いや・・・そういう訳では。
それよりも何故君がここに」
心からの困惑を見せるアーチャー、いつもの冷静沈着ぶりからは予想できない程の慌て様。
見ているこちらは楽しいが、現状に混乱しているのは俺も同じである。
「話すと少し面倒くさいんだけど・・・」
俺と遠坂に目をやる彼女。
しばらくの間考え込むようにそうすると、
「二人とも、アーチャーとセイバー借りるわね」
俺らに向かって言ってきた。
これに遠坂が反応し、勢いよく顔を上げる。
「な、ちょ、ちょっと待ちなさい!」
しかし時は遅く。
パタン、と襖が閉まる音と共に、二人を連れて彼女は居間を出て行ってしまった。
「さて、どこから説明がいるかしら?」
使われていない客間へ来て、彼女は一声目にそう言い放った。
「一から全部。
正直全く事情がわからないんだ」
「ええ、私も同感です。
何故貴方がここにいるのですか」
俺とセイバーの問いに、彼女は面倒くさそうに表情を曇らせる。
「じゃあ俺から質問するから、それに答えてくれ」
「ええ、それでいいわ」
ふう、と息をつく。
深呼吸をするように息を吸いなおし、現実を受け止めるべく声を出した。
「何故、どうしてお前がここにいるんだ、遠坂」
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