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「どう? アーチャー」

風が強いあるビルの屋上。
わたしはその端に一人で立ち、何も無い空間に問いかけた。

「・・・なんとも言えんな。
 少なくとも見える範囲には人の姿はない」

だがそこから無いはずの声が返される。
幻聴や聞き間違いなどではなく、確かな音を持った男性のモノが。

彼は音も立てずに、その姿を現実へと固定化させる。

「やっぱりそう顔を見せるわけないか。
 アレだけ魔力を溜め込んでるんだし、篭城に徹して姿を見せないのが鉄則よね」

「いや、正確には中は見えていない」

赤い外套に身を包んだ男が、わたしの言葉を否定する。
それにしても透視のスキルを持っているわけでもないのだから、中が見えないのは当然ではないだろうか。

「そうではない。
 あれはなんらかの魔術で、柳洞寺全体を隔離しているのだろう。
 人どころか、落ち葉、影、そういったものでさえ微細な動きすらしていない。
 私が見ているのは・・・そうだな、一枚の填め込み絵のようなものだろう」

ふむ、停止している風景を見せられているってわけか。
実際そんな事をせずとも、室内にいるだけで済む話なのだから魔力無駄遣いとしか思えないが。
まあアレだけ魔力を蓄えているのだから、それも杞憂なのかもしれない。

「使い魔はことごとく壊されたから、アンタの目に期待してたんだけど・・・
 まあしょうがないか、やっぱり行くしかないわね」

ため息を付いて、歩を進める。
眼下には随分と小さい人々と、光を放つ高層ビルの群れがあった。

「アーチャー、頼んだわよ」

「承知した」

仕える騎士に全てを委ね、宙へと足を踏み出した。























――――――――<闇夜の帰り道>――――――――





























何度目かのため息をつく。
見上げると長い石段の先に門があり、柳洞寺唯一の入り口の佇まいが見られる。

腰に手を当て、睨みつける。
別にそれでどうなるというわけでもないが、そうした気分だったのである。

「凛」

しばらくそうしていると、やはり何もない空間から声が掛かる。
わたしは気配だけで彼を確認して、返事を返す。

「どうだった?」

「正直どうもこうもない。
 私が見ただけで三十二、奥までは見れていないから全ては確認できんが・・・
 こうなると罠で囲まれた寺でなく、まさに堅固なる城というところだな」

わたしと同じようにため息をつき、どちらかというと呆れ声でアーチャーは言った。
気はわからなくもない。
罠の量で言えば遠坂の家も引けを取らないが、質や方向性が違う。
もしわたしの家に泥棒が忍び込んだとしても記憶喪失程度で済むが、ここに立ち入れば残るのは墨屑くらいだろう。
そして何よりも苛立たしいのが、

「結局の所、この石段しか入り口はないという事だな」

アーチャーの一言と共に、再び門を見上げる。
そう、挑発なのか理由があってなのかは知らないが、この石段―――
つまり正面から入る分には何の障害もないのである。
だが他の場所が進行不可能な分、どう見ても誘いにしか見えない。

「・・・真正面からなら確実に勝てる自身があるって事かしらね」

「それはどうだろうな。
 まあ少なくとも数百の人間から魔力を集めているのだ、それだけの事実はあるだろう」

冷静な分析をしながら、どこか吐き捨てるような口調。
目には見えていないが、彼の表情は想像が付く。
学校であの結界を目の前にした時の、怒りを心の奥に潜めた顔。
英霊故の気質なのか、彼はこういった人を巻き込むような事を望んでいないようだ。

わたしは正義感なんてある訳ではないが、アーチャーとは同意見だ。
自分のホームグラウンドで好き勝手やらせておくのは性に合わない。

だからこそ、柳洞寺の主を倒さなくてはならないのだが―――

「どうする、凛」

「どうする、って何がよ」

「柳洞寺に攻め込むが否か、君の判断を聞いている」

見えないのが分かりながら、わたしは振り向く。
目に見えないながらも気配で位置を確認して、大体の目測を立てて彼の目辺りを睨みつける。

「あのね、偵察だって最初に言ったでしょ?
 だいたい攻め込むって何よ、侵入ならまだしも。
 わたしは士郎みたいに無謀な真似はしないわ」

「ああ、分かっている。
 だが君の事だ、攻め入る隙さえあれば、今すぐにでも行くつもりであったのだろう?」

「・・・・・・」

愚問である。
当然そのつもりだった。
好機があるのならば、それを一瞬たりとて逃すつもりはない。

「で、どうする。
 私は君の決定に従うが」

余裕を持った声で、彼はわたしの答えを待つ。
なんと返されるか分かっているような口ぶりだ。

―――なんか先読みをされてるようで気持ちが良くない。

「帰るわよ。ここにいてもしょうがないし、今のところそんな隙もないし。
 現状じゃどうしようもないわ」

だからといって意地になっても意味がない。
わたし達がしている事は遊びではないのだから。

「ふむ」

帰途につこうとしている後ろから、どこか満足気な独り言が聞こえる。

「いや、正しい判断だ。
 やはり君は優秀なマスターだよ。
 召喚されたこちらにも箔が付くというものだ」

お世辞などではなく、心底嬉しそうな調子のアーチャー。

ふん、わたしが優秀なんて今更じゃない。
なんたってわたしは遠坂凛なのだから。














歩き始めて数分してから、突然思い出す。

「あ」

「うん? どうした、凛」

「ちょっと取りに行きたい物があるから一度遠坂の家に戻るわ。
 色々と足りなくなった物もあるし、ちょうどいいからまとめて持っていくわよ」

「そうは言うがな、私がこのままでは荷物持ちにもなれんぞ?」

霊体になっているのだから当たり前なのだが、アーチャーの服は元の外套に戻っている。
戦闘の可能性も考慮していた為、背広姿でいさせるわけにはいかなかったのだ。

「分かってるわよ。
 アーチャーは一度士郎の家に戻って着替えてきて。
 そうだ、ついでに洗濯物とか使用済みの魔術道具とかもまとめてあるから、持ってきて。
 ああ、後これとこれ、遠坂の家で使うから一緒に持ってきて頂戴」

最後に紙に書いてあるリストから二つを指差して、頼んだわよ、と一言だけ言った。
しかし返事を返す事も無く、動き出さないアーチャー。

「ちょっと、早く行きなさいよ」

「いや・・・・君が私をどういうつもりで見ているのは分かっていたつもりだが、少し泣きたくなってな。
 で、君の護衛はどうするつもりかね」

「大した距離でもないし、大丈夫よ。
 わたしが心配なら急いで帰ってきなさい。
 先に遠坂の家で待ってるから」

ここまで言ったというのに、まだ多少納得できていないのか。
少し押し黙り、ため息を付いてから、

「了解した、マイ・マスター」

気配ごとその場を去っていった。




「全く、最後に言うとおりにするんだったら最初っから素直に動きなさいよ」

一人で愚痴を言いながら、再び足を進める。
実際、ここからなら十分も掛からない距離なのだ、護衛の必要もないだろう。
念には念を入れるのが戦いというものだが、彼のように心配性なのも問題だ。
まあ最悪令呪もあるのだ。
もし襲われるような事があっても、彼を呼ぶくらいの時間はあるだろう。

「別に嫌ってわけじゃないけどね」

慕われることなのは嬉しい事だし、信頼を置いてもらえるのも良い事だ。
ただ正直言うのならば、何故初見でそこまで信頼してくれるのがわからないが。

・・・まあアイツについて分かっている事なんて、それこそ殆どないのだが。

そうだ、宝具どころか、結局の所真名すら分かっていないのだ。
本人が信用できる事や、実力者という事なら分かる。
だがアーチャーにして剣を扱うという異例、戦闘のスタイル。
戦いを否定しない割には、余り人が死ぬ事を認めない思想。

正直全く情報がないのだ。

そういえば一度、ランサーを相手にした時に、借り、という事を口にした。
ランサーの正体がクランの猛犬というのならば、アーチャーもアイルランドの神話の人間という事になる。
いや、ランサーが知らないと答えたのだから、そうではない可能性もある。
彼が言っていた様に、それ程の実力者が同じ時代にいれば、知らない方がおかしいのだから。
それとセイバーだ。
彼女との仲は相当深いように見える。
確実に生前の付き合いがあったのだろう。
となると彼女の真名さえわかれば、アーチャーの方も自動的に掴めるのだが――――

「・・・・?」

士郎の家と、遠坂の家への分岐がある十字路。
そこを目の前にして、見覚えのある姿が視界に入ってきた。
見覚えのあるどころか、よく知っている後輩の姿。

「桜」

自然と口から出てきた言葉に、鈍いながらも反応を返す彼女。
少しの間呆けたように此方を見て、すぐさま驚愕したような表情へと変わった。

「え、と、遠坂、先輩?」

「やっぱり、どうしたのよこんな時間に」

既に時刻は九時を過ぎている。
士郎の家からの帰りというならば分かるが、今彼女が歩いてきた道は学校に繋がっている。
大体こんな時間に一人で帰らせるなんて、士郎本人が許さないだろう。

「あ、え、その、学校で・・・」

「こんな時間まで?
 今は部活もないし、教師から早く帰るように言われてるでしょう」

「う、えと、その後買い物に行きまして」

「鞄しか持ってないじゃない。
 それともノートや文房具を買いに、わざわざ新都まで行ったの?」

「うう、ちょっと見に行っただけ、とかで」

オロオロとし、しどろもどろになる桜。
全く、何をしてたんだか。

「桜」

「あ、はい?」

「唇真っ青」

はっ、として手を唇に当てて隠そうとする桜。
まあ嘘なのだが、とりあえずこれで外にずっといたということは分かった。

「いいけど、体調には気をつけなさいよ。
 冬なんだから風邪になりやすいだろうし」

「・・・はい、すいません」

申し訳なさそうに、俯いて返事を返される。
別に責めているわけではないし、悪い事をしたわけでもないのだから、謝る必要もないのに。

「で、これから衛宮くんの家に行くの?」

「いえ、今日はもう遅いので、直接家に帰ります。
 衛宮先輩にも、もうそう言ってありますので」

「そう」

となると桜一人で夜道を歩かせるってことになるのか。
全く、今の外は危ないってのに、自己防衛意識がなってない。

「じゃあ送ってくわ」

「・・・え?」

きょとん、とした表情で固まる桜。
まあそれはそれで可愛いのだが、そのままというわけにも行かないだろう。

「一人じゃ危ないだろうし、家まで送っていくって言ってるの」

「え・・・あ、そんなっ、わざわざ悪いです!」

「わたしも用事で一度家に行くのよ。
 ついでだから、あんまり気にする事もないわ」

「でも・・・」

「まあ桜が迷惑だって言うんなら、別にやめてもいいけど」

「そ、そんな事ありませんっ。
 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いしますっ!」

困惑に困惑を重ねた後に、深々とお辞儀をして、そう言ってきた。
そこまでかしこまる事もないと思うのだが。

「そ、じゃあ行くわよ」

わたしもわたしで顔を背け、照れを隠しながら歩き出した。





とまあ、そこまではよかったのだが。

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

会話が無いまま、既に五分ほど経っている。
別にそれが苦痛というわけではないが、望んでこうしているわけでもない事も確かだ。

目だけで振り向き、桜の様子を盗み見る。

彼女は申し訳なさそうに俯き、わたしの後を付いて来ている。
別に彼女が悪いわけではない。
このままで問題があるわけでもないのだが――――

(気持ちよくないのも確かよね)

と、心の中でため息を付く。
どうも聖杯戦争が始まってからというもの、ずっとため息ばかり付いている気がする。
気苦労が耐えないというか、心労が多いというか。
それもこれもあの素人魔術師が原因と言えようが。

「?」

暗い夜道の中に、民家以外からの光があった。
街頭というのには低すぎる高さにあったそれは、最近はどこでも見かけるようになった自動販売機だ。
よく通りかかるから売っている缶ジュースの品もだいたい分かる。
ちなみにわたしは滅多な事では利用しない。
どうもああいった人間を介しないやり取りというか、ボタンを押せば出てくる、といった得体のしれない物が信じられないからだ。
職業柄というか、仕組みが分からない物には余り関わりたくないのだ。

だからそう、今回のは滅多にない気まぐれという事だ。

「桜」

「はい?」

「貴方紅茶好き?」

「え・・・? あ、はい、好きです」

そう、とだけ口に出して、財布から小銭を取り出す。
多少の抵抗感を感じつつも、それをコイン入れに投入してボタンを押す。
ガタン、と足元から音がした。
うん、やっぱり駄目だわ、こういうの。

「はい」

「え、あの、遠坂先輩、これって・・・?」

「受け取りなさいよ、奢って上げるから」

「そんなっ、」

「悪くないの。
 大した額じゃないんだし、後輩にジュース奢るくらい理由なんて要らないでしょ?
 いいから受け取りなさい」

桜は差し出された缶に、再び困惑し始める。
しかしわたしの説得に理解を示してくれたのか、控えめながらもそれを受け取ってくれた。
多少の満足を得ながら、自分の分の紅茶を買う。
うん、多分二度と使わないかも。

おずおずとしながら、彼女が口を開く。

「あの・・・先輩、ありがとうございました」

「ん、気にしなくていいわよ、大した額じゃないんだから」

紅茶を口に運びながら、再び歩き始める。
まいったなあ、桜の顔が見れない。
本当に大したもんじゃないんだから、あんなに嬉しそうにされても困る。





「先輩、今日はありがとうございました」

「ついでなんだから、改めてかしこまることないわよ。
 それより桜、その紅茶飲まないの?」

「はいっ、家で大切に飲みますから」

「そ・・・じゃ、おやすみ」

「はい、遠坂先輩もおやすみなさい」






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