夢を見る。
赤く、強固な大地に敷き詰められる、棒の様なナニカ。
それは目視できる限り全てに突き立てられ、まるで墓場のような静謐さを醸し出している。
その中に一つ、光り輝く物があった。
知っている。見たことは無い筈だが、知っている。
ふらり、と引き寄せられるように体が流れる。
だが進むまでも無く、それはいつの間にか目の前にいた。
光の網は崩れ、少しずつ輪郭を現していく。
躊躇しながら、手を伸ばしてその光の中心に―――――
――――――――<品薄な衛宮家>――――――――
-2/8-
「じゃ、行って来るわねー」
「行って来ます」
「おう、行ってらっしゃい」
手を上げて、登校する二人を見送る。
一応昨日の事もあって心配していたが、元気な様子を見てそんな懸念は吹っ飛んでしまった。
とりあえずは一安心といったところか。
「行った?」
居間に戻ると、遠坂がこちらを見て言う。
あの二人を除き、朝食のまま皆残っているので顔ぶれが勢ぞろいしている。
「ああ、二人とも学校に行ったぞ」
自分の席に座りながら答える。
遠坂はそれに頷くと、皆の顔を確認してから話しだした。
「じゃあ現状の再確認と、これからの行動について話すわよ」
俺達のおかれている立場、戦力。
そしてこれからすべき事に対する話し合い。
まあつまりは作戦会議ということだ。
「まずは現在残っているサーヴァントね。
ここにいるセイバー、アーチャー、バーサーカー。
そして一度戦ったランサー、未だ姿を見せないキャスター、アサシン。
昨日倒したライダーを除いた6人が現存しているサーヴァントよ」
と、いきなり気になる事があった。
手を上げて、遠坂に質問する。
「そういえば気になってたんだが・・・
ライダーはどうなったんだ?」
「だから言ってるし、何度も言ったでしょう?
わたしとアーチャーの不意打ちで倒したわ」
出来の悪い生徒を不機嫌に感じたように、軽く気を悪くした声で答えを返される。
「いやだからさ、そこら辺の所を詳しく」
「・・・何、わたしが信用できないっての?」
「そうじゃないって。
なんかさ、その場で見たわけじゃないから気になってる」
何度か戦った相手・・・というか一方的にやられた相手だ。
気になるのはしょうがないと思う。
「・・・まあいいけど。
大した事じゃないわよ。
わたしが慎二に攻撃して、それを守ったライダーをアーチャーがバッサリ。
令呪らしき本が燃えて、ライダーも消えて終了、といったところよ」
「む、それおかしくないか?
ライダーが死んだから令呪が消えるってのなら分かるが、それじゃあ逆じゃないか」
「別にサーヴァントがいなくなっても、令呪が消えるわけじゃないけど。
まあ今回の場合は契約に使っていた媒体―――慎二の場合は本ね。
・・・これがライダーの損傷に耐えられなかったんだと思うわ。
契約が切れて、ライダーには実体を維持することすら不可能になった。
もし生きていたとしても、あれじゃあ助からないわよ」
遠坂が横にいる人物を見やる。
アーチャーはそれに応えるように口を開いた。
「ああ、少なくとも放って置けば死に至る傷を与えた。
豊富な魔力と、優秀な契約者でもいれば別だが、あの傷では別のマスターを探す時間もないだろう」
それこそ大した事でもないように、冷たく言いのけるアーチャー。
・・・確かに、俺の気にしすぎなのかもしれない。
この二人がそういうのだから、確かな事なのだろう。
「ふふん」
脈絡も無く、静まり返った部屋でイリヤが鼻で笑った。
「なによ」
「別に、リンは結構ラクテンカだなあ、って思っただけ」
訝る遠坂に対し、楽しげに熱いお茶を冷ますイリヤ。
鼻歌さえ歌いそうな様子である。
多少不機嫌になり、軽く目を怒らせる遠坂。
「何か知ってるわけ?」
「さあ、知ってたとしても教える気はないわ。
だってわたし達はまだ味方になったわけじゃないでしょ?
でもそうね、リンがどうしても教えてください! って言うのなら教えてあげなくもないよ?」
小悪魔的な笑みを浮かべるイリヤ。
何故かは知らないが、様子から見るとかなりの自信があって言っているようだが・・・
それを遠坂も不思議に思ったのか、少しながら考え、
「お断りよ。不確かな情報に頼る気はないし、借りを作るのもごめんだからね」
迷いも無くすっぱりと切り捨てた。
イリヤといえば別にどちらでもよかったのか、そう、とだけ残してお茶を飲み始めた。
あ、まだ熱かったらしい。
「まあとにかく、残ったサーヴァントは6人。
その中当面の敵はランサー、キャスター、アサシンって事ね」
仕切りなおしというように、遠坂は続きを言った。
これで現状の確認は終わりだな。
「で、今の手がかりとしては柳洞寺に何かいる、ってだけなんだけど」
周りを見渡し、他に何か無いかを確認する。
もちろん誰も情報など無く、それを確認し終わってから再び遠坂は続けた。
「ここにいてもどうにもならないし、わたしはアーチャーと情報収集に出るわ。
これまでも柳洞寺には使い魔を送ってたんだけど・・・ことごとく消されちゃってるし」
「二人だけで大丈夫なのですか?」
セイバーがお茶を置き、聞いた。
「別に柳洞寺に侵入するわけじゃないわ。
裸眼で直接観察したり、柳洞寺の魔力の流れを確認するだけだから。
誰かさんみたいに罠があるって分かりながら、無謀な突貫をするつもりもないしね」
ちらりともこちらを見ずに、明らかな嫌味を俺に向ける遠坂。
いや、確かに俺が悪かったけどさ。
『じゃあわたし達は行くけど、アンタ達はおとなしくしてなさいよ?
場合によっては夜動く事になるんだから』
と言って、遠坂は出て行った。
となるとまあ、やる事といったら一つしかないわけで。
「っは!」
道場でセイバーと打ち合っているわけだ。
「甘いっ」
踏み込んだ一撃を軽くいなされ、逆に反撃をされる。
避けきれず、軽い衝撃を体に受けながら、なんとか間合いの外まで逃げた。
「っはあ、はあ、・・・・・はー」
呼吸を整えながら、セイバーを凝視する。
彼女は汗どころか息一つ乱さず、正眼に構えている。
もう何度も見た光景だが、あの華奢な体のどこにこれだけの体力があるというのかが納得できない。
トン、と軽い音がした。
気づけば、目の前までセイバーが踏み込んでいた。
「っ――――く!」
体をひねって、ギリギリの所で振り下ろされた竹刀を避ける。
全く、休む時間さえくれないからな―――!
「せい!」
流れる体を片足で支え、無理やりに竹刀を横に振る。
と、今さっきそこにいた筈のセイバーはそこにおらず、
―― スパン! ――
と軽快な音と共に、俺に意識は刈り取られた。
「は、っつぅー!」
タンコブの出来た頭を氷水を入れた袋で冷やす。
ひんやりとして気持ちいいが、内出血している肌には少し刺激が強かった。
「シロウ、大丈夫?」
イリヤが隣で心配そうな表情を浮かべていた。
ちなみに俺が倒れている間に、この袋を持ってきてくれたのもイリヤらしい。
「ああ、平気だぞ」
痛みをこらえて、精一杯の笑顔で返事をする。
心配なんかさせたくないし、実際そこまで酷くはないのだ。
それにしても・・・
「ちょっと、セイバー!
これじゃあシロウの頭が割れちゃうじゃないっ!」
「・・・すいません」
イリヤの叱責に、セイバーが項垂れて謝る。
今日のセイバーは色々と変だ。
どこか覇気がなく、大人しいし。
打ち合いの時もどこか不安定で、隙だらけの時もあれば、今のように力が入りすぎている時もあった。
そのおかげかは知らないが、今日気を失ったのは実に二回目なのである。
もちろん、もう何度も確認した話しだが、それは俺が未熟な証拠というわけだが。
「すいません、シロウ」
「セイバーが謝ることないって。
避けられなかった俺が悪いんだしさ」
気楽に返事を返すが、表情は明るくならない。
やはりおかしい。
いつもだったら俺に説教する事があっても、こんな風になることなんてなかったのに。
やはり昨日になにかあったのかもしれない。
慎二は夜のうちにいなくなったみたいだし、セイバーはあの後寝た様子はなかった。
落ち込んでいるようには見えないのだが・・・
「と、やばい。そろそろ昼飯の用意しなきゃ」
「もうお昼?
ねえシロウ、今日は何を作るの?」
イリヤが嬉しそうに笑みを浮かべる。
ここまで正直に期待を向けられると、こちらにも気合が入るというものだ。
「そのまえに買出しに行かないとな。
結構貯蓄がなくなってきたし」
人数が増えた為、そして一部の大食らいの為、今の衛宮家には食材が全くないと言える状況まで追い込まれた。
そう何回も家をでられないだろうし、この機会に大量に買い込んでおこう。
「よし、じゃあちょっと商店街まで買い物に行って来る。
二人は家で留守番して待っててくれ」
「・・・シロウ?
今貴方は何と言いましたか」
ピクリ、と眉を動かして反応するセイバー。
むむ、何か怒り出してないか。
「いや、だから商店街まで買い物に」
「そうではありません。
二人は家に居ろと、つまりは一人で出て行くといいませんでしたか」
確かにそう言ったから、軽く頷く。
ああいや、そういえばバーサーカーもいるんだから二人って事もないか。
「シロウ、一人で出歩くのが危険という事がまだわからないのですかっ」
困ったように、というよりも怒ったように、セイバーは声を上げる。
そうは言っても、買い物なんてぞろぞろと多人数で行くもんではない気がするんだが。
「大丈夫だって。
これから行く場所は人通りが多い場所だし、朝から襲われるだなんて―――」
ありえる。というか昨日まさに襲われたわけだし。
「あー、確かに危険はあるだろうが。
だからって買い物をやめるわけにはいかないぞ?
米もそろそろ尽きるから、行かなきゃ明日から塩だけになっちまう」
「ええ、確かにそれは問題ですね。
ですから私も同行します。
それならば異論はありません」
むう、セイバーを連れて行ってしまえば目立ちすぎるし、正直商店街に連れて行きたくないのだが。
昨日の今日だし、余り軽率な事もできない。
「―――しょうがないか。
じゃあセイバーも一緒に」
「わたしも行くわ!」
バフ、という音と共に、軽い衝撃というかイリヤが抱きついてくる。
その目は譲る事を知らず、退く気も無いという気合が篭っている。
セイバーの同行を認めた手前、イリヤだけ置いていくことなんてできない。
・・・はは、こりゃあ商店街の噂は俺らで持ちきりになりそうだ。
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