王は酷く落胆したという。
予言に従い生した子は、望むべきものではなかったからだ。
後継としては使えぬ子に、彼は苦悩した。
そこに予言と、この子の母との逢瀬に助言を与えた魔術師が現れ、言った。
「その子は貴方の忠実な騎士に預けましょう」
王は彼の言葉に耳を傾け、その話に従う事にした。
子を受け取って抱えると、魔術師はさらに言った。
「この子はいずれ、この王家の危機を救う戦いの王となる。
そして私はこの子を正しく偉大なる者として導きましょう」
魔術師はそう言葉を残し、王の前から去った。
しかし王は首をひねり、彼の残した言葉を理解しかねていた。
生まれた子は女だ、あれが王になれるというのか? と。
――――――――<堅甲決意>――――――――
「なんで僕はここにいる」
不安定な声で、こちらを睨みながら彼は言う。
まだ幼さの残るその邪気は、私になんの感慨も与えない。
「まずは座ったらどうですか。
ただ気絶させられていただけとはいえ、貴方の体調は完全とは言いがたいでしょう」
「うるさい、質問に答えろ!」
息を荒くして、追い詰められたかのような声で叫ぶ。
彼が私に詰問しているように見えて、立場はその逆に当たる。
サーヴァントを失った彼に、私に対抗する手立てなどないのだから。
自身が気づかぬ間に首を落とすくらい造作もないが、それをする意味も、気もないのだからすることはないが。
「言わずとも、貴方ならわかるのでしょう。
サーヴァントを失った貴方に、凛は興味を抱かない。
そしてシロウは・・・元より貴方を殺す気などない。
誰がここに連れてきたか、ここまで言わずとも分かる筈ですが」
敵意も同情もなく、私は淡々と事実を述べる。
彼は掠れるような声で笑い、腹を抱えて楽しそうに痙攣する。
「―――まあそうだろうね、衛宮なら僕を殺すなんてことしないだろう。
なんたってアイツはお人よしだからね、っは、ははは」
バン、と言う音と共に、笑い続けていた声が止まる。
彼の握られたこぶしが襖に叩きつけられ、震えていた。
「ちくしょうっ、馬鹿にしやがって!
僕は衛宮なんと違って、魔術師の家系に生まれた、正統な跡取りだぞ!
なんだってアイツなんかに同情されなきゃならないんだ・・・・っ!」
呪詛を吐き散らしながら、何度も拳を打ち付ける。
それはただの子供が癇癪を起こした様しか見えない。
「・・・貴方は魔術師なのか」
私の声に、ピタリと、彼は止まる。
上げられた瞳は暗い憎しみに満ちている。
「ああ、僕は魔術師だ。
魔力や魔術回路の有無なんて関係ない。
知識もある、力もある。
魔術師の家に生まれ、血を引き継いでいる僕は、間桐の正統な後継者だ。
衛宮なんかとは違う、魔術師だ!」
今までの陰鬱な声とは違う、心からの叫び。
それはきっと幼い頃からの想い、いや、彼の誇りであったもの。
それを糧に生き、それが全てである人間。
例え、決してなる事が出来ぬモノでも―――
「確かに貴方は魔術師だ」
空を見上げる。
天には昔と変わらない月があり、青白い光が眼に映る。
「私が知る魔術師は、目的に対して手段など選ばない。
非常に徹し、ただ得るものの為に全てを尽くす人種。
凛は最高の術者ではあるが、最後の一つを踏み外せない。
そしてシロウは・・・そういう意味では魔術師ですらない」
振り向くと、彼は唖然とした表情で此方を見ている。
当然だ、彼の人生で認められた事などなかったのだろう。
「その点貴方は優れた魔術師だ。
自分の目的のため、他人の犠牲をいとわない。
それが本来の姿であり、業であるのだから」
「・・・はは。
そうだよ、そうなんだよ!
わかってるじゃないか、オマエ!」
嬉しそうに、彼は笑いを浮かべる。
認められた事で気負いをなくしたのか、馴れ馴れしい声で私を見やる。
「うん、ライダーなんかと違って見所あるよ。
つまりさ、オマエも困ってたんだろ? 使えないパートナーに当たってさ。
どうだい、どうしてもっていうなら僕のサーヴァントにしてやらなくもないぜ?」
下卑た笑いで、的外れな事を言う。
勘違いも甚だしいというものだ。
「な、なんだよ」
表情に別のものが混じり、彼の体が何かに圧迫されたように下がる。
抑えていたつもりだが、私の不快感が外に出てしまったのだろう。
好都合だ、これ以上彼に喋らせると何をするか自分でもわからない。
「確かに貴方は魔術師だが、その意味を理解していない」
「っ、どういう意味だ」
彼の瞳から眼を逸らし、再び月を見上げる。
決意をしなければならない。
自らの行いに対するモノや、自らが選ぶべき道に対して。
「貴方はイングランドの伝説を知っているか」
「な、なんだよ突然」
「勇猛なる王、ウーサー・ペンドラゴン。彼の子による伝説だ」
彼は答えなかったが、その顔を見れば聞くまでもないことだった。
「その子が成人を迎える頃、王は大病を患っていた。
帝国は異教徒の侵攻により磨耗し、分裂し、崩れていった。
王は後継者を望んだ。
魔術師に任せた子は成人を迎えている。
だが、王は彼の予言は信じていても、少なからず絶望していた。
―――何故ならばその子は望まれた者ではなかったからだ」
大地を踏みしめ、全てを持って佇む。
気づかぬうちに武装された体は音を鳴らし、淡い光を放つ。
「我が真なる名を教えよう、少年。
戦いの王と呼ばれ、ブリテンの民を背負った赤き竜の末裔」
剣を掲げる。
風で編まれた結界は解きほぐされ、ただ一瞬の為に輝くその身を見せた。
「我が名はアーサー、ブリテンの王だ」
「・・・は、ははは。
何を言ってるんだよ、オマエ。
つまらない冗談はやめろよな」
彼が認められぬのも当然の事だ。
私の姿を見れば、誰もが一度疑問に思う事だろう。
それを抱いたのは彼だけではない。
王に従う騎士、国に住む民、そして―――王自身ですらも。
「私は生後まもなく、ある老騎士に預けられた。
自分の出生を知る事もなく、運命を知る事も無い私は、その騎士によって育てられた。
彼は私の成長を促した。
剣を、知恵を、戦を教えてくれた。
・・・だが私は彼に促されるまでもなく、王に至る為にこの身を研磨した」
それは血反吐が日常となるような、心休まる日が無い日々だった。
少女らしい生き方など、私には許されない。
「崩れていく国を目の前にし、死んでいく人々を看取り。
全てを救うに王となるしかないのならば、この身を剣にする事も厭わないと決意した。
しかし私が何を思おうが、自身は望まれぬ身。
王として、最も必要なものが足りなかった」
それは子供でも分かるような単純で、致命的な事。
「―――生まれた子は男子ではなかったのだ」
王は、生まれた女の子に、落胆した。
「選定の剣を抜いた時、誰もが私を認めなかった。
女性を捨てたこの身であろうが、いかに優れた騎士であろうが、関係はない。
体は小さい女にしか見えない私だ。
当然の事、私に期待するものなどいなかった」
ただ一人、かの予言者である魔術師を除き、誰もがそうであった。
「望まれずに生まれた子は、誰の期待もなく、王になった」
だがしかし、その様な事は関係ない。
「私の目的は国を救う事。
女である事も、人間である事も、その為には捨てた。
王となると言う事は、多くの人を殺すと言う事を理解し、恐れながらも覚悟した」
犠牲を知り、そうでありながらも立ち止まらなかった。
「シンジ、魔術とは常に死と隣り合わせのモノだ。
一つ間違えば四肢は砕け、自らを過信すれば命をも失う。
それを知りながら、目指すモノの為に全てを捨てる決意を持つ者達。
それが探求者たる魔術師」
私が目の前にした数々の魔術師。
様々な人種、思想の持ち主がいた。
目指すものも、選ぶ道も違いながら、決して変わらぬのはその事実。
「貴方には、それがない。
死を前にする決意も、全てを捨てられる意思もない。
魔力がないと、ただそれだけで諦めて立ち止まった。
自らを鍛える事もなく、ただ世界を恨むだけで歩みを止めた。
・・・その貴方に、彼らを伏せる道理は無い」
「うるさい・・・・」
俯き、小さく震えていた彼から搾り取るような声が発せられる。
握られた拳は痙攣をはじめ、再び当り散らすように叩きつけられた。
「うるさい!
オマエに僕の何がわかる!
親に欠陥品扱いされて、屑として扱われた、僕の気持ちが―――っ」
「ええ、私は貴方ではない。
そのような気持ちなど、理解しようとも思わない。
私は立ち止まらなかった。
この身が女性であろうと、誰に望まれることもなかろうとも」
―――例え選んだ道が間違っていようとも。
「魔術回路など、無いのなら無いと認めるがいい。
他の人間の評価など、身に影響を与えぬならば受け流すがいい。
だがそこで終えると言うのならば、それはただの敗者だ。
そこまで執着し、誇り、自らの全てとしたものを―――
何故、そこで諦めた!
何故、そこで立ち止まった!」
「・・・・」
彼の噛み締められた口から、歯軋りの音が此方にまで届いた。
体中の震えは既に止まっており、白くなる程握り締められた拳が、血がにじむ程に強くなる。
「貴方が自身を魔術師と称するのならば、そうなるがいい。
どのような結果になろうが、貴方を笑うものなどいない。
自らを誇り、生きれば。何かを得る事ができる筈だ」
私が最後の言葉を言い終えると、今までとは比較にならない音が弾ける。
彼は俯いたまま、打ちつけた拳を戻すと、何も言わず外へと駆けて行った。
音が無くなった世界に、ただ一人私のみが残った。
空を見上げる。
そこには昔と変わらない、青白い光を放つ月が見える。
ただ違うのは、見る者の心の内のみ。
瞳を閉じ、胸に手を当て、祈る。
例えどのような道であれ、誇る事のできる自分であらんことを。
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