「風邪を引いてしまったそうです。
 先生が言うには、しばらくこれないそうですよ」

どこか抜けている女が、トロくさくそう言った。
どうやら落ち込んでいる様だから、風邪と聞いて心配しているのだろう。
ふん、どうせ嘘なのだから、心配するだけ無駄だっていうのに。

とりあえず話を聞いた女に声をかけて、その場から去る。
やはり遠坂は学校に来ていないようだ。
そして昨日と同じく、衛宮も学校を休んでいる。

・・・アイツの言うとおりなら、遠坂は衛宮の家にいる筈だ。

「く」

口の端がつり上がる。
こないというのなら、それはそれで好都合だ。

「出ろ」

屋上へとたどり着き、一声目で命令する。
すると何も無かった筈の場所に、髪が地につかんばかりの長さを持った女が現れる。
目元は大きなマスクで覆われて、顔そのものは見えないが、端正な顔立ちがその下までを誇示している。

袋から『本』を取り出し、自らの目元まで掲げる。

「やるぞ。用意をしておけ」

女は軽く頷くと、一瞬で姿を消して去っていった。

――さて、僕がここまでしてやろうと言うんだから、せいぜい楽しませてくれよ?
























――――――――<遊戯招待>――――――――





























-2/7-









「今日からわたしも学校休むから」

今で顔を合わせて開口一番、遠坂は俺にそう言った。

「いいけど。どうしてだ?」

「あのねえ、アンタの調子を見なくちゃいけないでしょう?
 今は何とかなってる見たいだけど、これからもそううまくいくとは限らないんだし」

言いながら、遠坂は自分の席に座る。
朝は弱いようなのだが、一度覚醒するとそんな素振りを一切見せない所が凄い。

「まあこの件が終われば、また学校のマスター探しに戻るけどね。
 それまでは士郎の様子見と、魔術の授業ってところね」

ふむ、そう言われれば未だに俺の体はほのかに熱い。
体を切り替えるスイッチはできていないどころか、糸口すら見つけてはいないのが現状だ。
それに遠坂には魔術の事で聞きたいことはまだまだある。

「そうだな、そうしてくれると俺も助かる」

「別にアンタの為にやってるわけじゃないけどね。
 多少でも戦力アップすれば、同盟を組んでるわたしにも利益はあるしね」

「ああ、ありがとうな、遠坂」

「・・・礼を言われるような事はしてないわよ。
 まあその分行動で示してくれれば、わたし的には問題ないわ」

遠坂は不機嫌そうにそっぽを向いた。

「そういえば藤ねえにはなんて説明する気だ?」

「心配しなくて大丈夫よ。言い訳くらい考えてあるから」

と、タイミングよく家のチャイムがなる。
桜が来たようだが、ドスドスと遠慮なく聞こえる足音は、藤ねえが一緒に来ていると告げていた。
さて、遠坂がどうやって藤ねえを言い含めるのか、今後の参考に見せてもらおうかな。









「くっ!」

俺の必死に放った剣戟を軽く避け、セイバーはそれの二倍は鋭い速度で打ち込んでくる。
それをギリギリのところで受けて、押される様に後ろに跳ぶ。

今のは危なかった。
というよりやり過ごせた事が奇跡に近い。
竹刀が空を切った瞬間に、もうすでに打たれることを覚悟していたくらいなのだから。

慣れてきた、のだろうか。
手加減をしてもらっているとはいえ、セイバーの動きや剣筋は多少見えてきたし、直撃はかなり減ってきた。
今も随分と長い間打ち合っているが、今のところ意識が断たれることはなかったし。

・・・これなら一本くらい彼女から奪えるのではないか。

―――ズパンッ!

とまあ、そんな余計なことを考えていると、こうなってしまうのだが。





「いやあー、容赦ないわね、セイバー」

「はい、そうしてしまったらシロウの為にはなりませんから」

「でもあれはやり過ぎじゃないの?
 あんなに強く叩いてたら、シロウの頭の形変わっちゃうよ?」

「こいつは頑丈なだけが特徴なのだから、その心配はいらんだろう。
 それにこの愚か者には、いちど壊れるくらいの事がないと効果が無い」

和気藹々とした食卓に、和気藹々とした談話がされている。
いや、少なくとも最後の言葉だけはそんなものではなかった。
アーチャー、それは言い過ぎだと思うんだけどどうだろうか。

「それにしても激しかったわね。
 いつもあんな感じで士郎はボコボコなわけ?」

「いえ、今日はそれ程ではありませんでした。
 最初の頃と比べれば、シロウは格段に成長しています。
 ああやって倒れる事が減ったのが、なによりの証拠です」

「ふうん。って事は今まではあれ以上にやられてたわけか。
 しまったなあ、最初っから見ておけばよかったわ」

遠坂はからからと笑い、楽しそうである。
人の作った昼食を食べながら、随分な言いようである。
それにしても、

「・・・なんだって遠坂まで見学してたんだ」

俺の調子を見ると言って休んだというのに、彼女は道場で俺とセイバーの鍛錬を暇そうに見ていた。
イリヤが元々いて、さらに遠坂が来るとなると、必然的にアーチャーまで一緒に来る事になる。
都合三人の目にさらされながら、俺はセイバーにたこ殴りにあっていたわけだ。
無論、気分はよろしいわけはない。

「俺の授業の準備や、聖杯戦争の対策とかしなくていいのか?」
 
「その辺に抜かりはないわ。
 聖杯戦争に関しては今更する様な事はないし、士郎の方も用意は済んでる」

言われるまでも無い、と当たり前の様に答える遠坂。

「それとも衛宮くんは、わたしの行動に何か意見でもあるのかしら?」

そして表情を笑顔に一転させ、同じく声を優しい調子へと変えた。

・・・まずい、あれはちょっと怒っている。
今のはつまり「人の行動にケチを付ける気か」と、遠坂流に言っているのだろう。
このままでは後で何をされるかわかったもんじゃない。
ここは一つ話の流れを変えなくては・・・

「あー、え、えっとさ。結局遠坂はどうやって藤ねえを言いくるめたんだ?」

大した案は思い浮かばす、無理やりに新しい話題を作る。
駄目だ、これじゃあ遠坂をごまかすことなんて出来ない。

「え? あ、あー・・・大した事は言ってないわ」

だが意外なことに、即興の話題逸らしが効いてくれた。
しかも目を逸らし、言い淀むなんて珍しい反応までしてだ。
思っていた以上の反応に驚きはあるものの、これ以上の好機はそうない筈だ。
それに気になっていたことでもあったし、もう少し突っ込んで聞いてみよう。

「そうは言ってもだな、藤ねえはそう簡単に引き下がんないぞ、一応教師だし。
 なんかこそこそと隅で話してたみたいだけど、結局なんて言ったんだ?」

「・・・・・・」

遠坂は何故か沈黙して、言いたくなさそうにしている。
何か後ろめたいというか、照れくさいというか、そんな表情で悩んでいるように見えた。
今更俺に遠慮することなんか無いってのに、どうしたというのだろうか。

「・・・ただね、女の子にしか案内できない店がある、って言っただけよ」

「あー、そうか。確かに俺じゃあ服の店とかは案内できないからな。
 ん? でもそれなら遠坂に借りてる服があるし、別に休日でもいいんじゃないか?」

急ぎでもないのなら、学校を休む理由にはならないだろう。
流石にそれで藤ねえを納得させられるとは思えないのだが・・・
遠坂はこれ以上は言うつもりはないようで、多少動きが固いながらも食事に戻っている。

すると先程の遠坂と同じように、セイバーやイリヤまでもが箸止め、気まずそうな表情で固まっていた。

「? どうしたんだ、二人とも。なんかまずいのでもあったか?」

「い、いえ! そのような事は決してっ・・・」

「シロウシロウ! このウインナーカニさんの形してるねっ! どうやって作ったの!?」

「ああ、これはまず頭から半分に切ってだな、横から切れ目を入れてくんだ」

ちなみに今日の昼食は主食におにぎりを添えて、その他おかずをたくさん用意した。
朝のうちからおにぎりは仕込んで置いたので、昼はポテトを揚げたりウィンナーを焼くだけで手間をかけないようにしたのだ。

未だ落ち着きのないセイバーと、何故か物凄い熱心さでカニウインナーの作り方を聞くイリヤ。
そしてどこかほっとした表情の遠坂。

・・・いったい何なのだろうか。

「馳走になった」

一人食べ終わったアーチャーが、空いた皿を運びながら小さくため息をついていた。










かちゃかちゃと、水の流れる音と共に、食器の小さく擦れあう音が響く。
おかずの種類を多めに作ったので、今回は皿の数が通常より多い。
そういうわけで、皿洗いにいつもより多少時間を食っている。

遠坂は俺が皿洗いをしている間、確認したいことがあるとセイバーを連れて居間を出て行った。
イリヤもそれについて行き、アーチャーは再び見張りに戻った。
さっきの喧騒とは一転し、いきなり静かになる居間。
音という音は目の前の洗い場以外せず、随分と寂しくもある。

―― プルルルルル。

その中に、一つの電子音が紛れ込んだ。

電話だ。
この時間は通常家にいないし、かかってくる内容なんて見当もつかない。
まだこちらも終わったわけではないから誰かに頼みたいが、誰もいない上にうちの電話に誰かを出させるわけにもいかない。
しょうがなく、手の泡を洗い落として水気を切ってから電話を取る。

「はい、衛宮ですが」

『やあ衛宮。連続で休んでるから心配したけど、その調子なら平気そうだな』

開口一番にそう言った男は、どこか愉快そうな声だった。

「慎二か? どうしたんだ、今授業中だろ?」

『そんな事はどうでもいいだろ? それより衛宮、二日も休んで何をしてるんだ?』

流石に聖杯戦争をしている、とは言えない。
慎二は魔術師ではないのだし、巻き込むわけにもいかないのだから。

「ちょっとした用事でさ。
 一、二週間は学校出れないけど、風邪を引いたとかじゃあないから心配しないでくれ」

『ふうん、そんなに長く休むのか。困ったな、衛宮が来ないと話にならない』

「何かあったのか?」

『ああ、二人っきりで相談したい事があるんだ。電話じゃ言えない、会って話したいんだよ。
 だけど困ったな・・・今日、学校じゃなきゃいけないんだ」

慎二は本当に困っているようで、苦しそうにしているのが声からでもわかった。

「・・・急いでるのか」

『今すぐじゃなきゃ意味がないんだ。
 衛宮、ちょっとだけでいいからさ、学校に顔出せないかな?
 そんなに時間はとらせないからさ』

ふむ、茶碗洗いはそう急いでいるわけではないし、帰ってからでもできる事だ。
当然今はまだ明るいし、すぐに戻れば問題にもならないだろう。
それに慎二がここまで頼んでいるのだから、断るわけにもいかない。

「わかった、今すぐ出る。学校のどこに行けばいい?」

『ああ、すまないね、衛宮。
 そうだな、屋上辺りで待ってることにするよ。
 急いでくれよ、あんまり時間はないからさ』

そういって電話は切れた。

慎二はそう時間はかからないと言っていたが、学校に行き来するだけでも多少は時間を食う。
一応学校に顔を出す為、制服へと着替える。
遠坂達に一言言っておこうとも思ったが、姿が見当たらないので諦めた。

靴を履き、玄関を出る。
さて、時間短縮の為だ、軽く走りながら学校に向う事にしよう。






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