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冷たい、冷たい空の下。

世界に音はなく、静寂のみで満たされている。

黒々とした空に、いくつもの光が瞬き、一つの大きな光が白い穴を作る。

冷えた床に腰を下ろして、いつもの様に彼を待つ。

大きな体をした男を視界に入れて、安心して空を見上げた。























――――――――<雪は笑顔に>――――――――





























「はぁー」

吐く息は白く、肌に感じる空気は冷たい。
風が無いからそうでもないが、やはり外にいるのは多少寒い。
こういう日はすぐにでも部屋に戻り、暖かいココアを飲んでベットに潜り込むのが上策である。
とは言っても、そのつもりは全くないのだけれど。

しばらくの間、目に痛いほどの星空を呆ける様に見上げ続けた。

・・・こんなに待っているのに、彼はなんだってこないのだろうか。
前回もそうだった。
わたしがこうしているのが分かっているくせに、すぐには来なかった。
顔を合わせ辛いのか、それともただ鈍感なのか。

・・・むう、もう我慢できない。

「アーチャー、いるんでしょ?」

自分でもどこに投げかけているのか判らない言葉は、数秒とたたずに彼を呼び寄せた。

「何だね。
 ・・・いや、その前にその格好はなんだ。
 前も言ったように、風邪を引いたらどうするのだね」

彼は顔を出して間髪を入れずにそう言うと、全く、とため息をつきながら室内に上がろうとする。
上掛け取りに行こうとでも考えているのだろう。

「いいから、座りなさい」

目を多少釣り上げて、威厳を精一杯込める。
彼の目にどう映るかは別だが、こういうのは気持ちの問題だろう。

「しかしだな、それではイリヤが――」

「座りなさい」

「だが・・・」

「す、わ、り、な、さいっ」

むぅー、と目に怒りを込めて彼を諌める。
わたしの剣幕にさしもの彼も萎縮―――したわけでは無いが、言うことを聞いて隣にしぶしぶと座った。
・・・迫力が足りないのだろうか。



「レディを待たせるなんて、紳士のすることじゃないわよ、シロウ」

すねた声で言うわたしに、きょとん、とした表情を彼はした。
意外性があってこれはこれで可愛いかもしれない。
うん、少し得した気分だ。
とは言っても、もちろんこれで許してあげるわけではない。

「昨日も一昨日もこなかったわ」

「イリヤ、私には君と会う約束をした覚えがないのだが」

「今日も呼ぶまで結局こなさそうだったし」

「そもそも私は」

「シロウはわたしの事なんてどうでもいいのね」

「いや、そういうわけではなくてだな」

どうしたらいいのかわからないようで、ひたすらに困り果てる。
オロオロとうろたえている様は、見ていて飽きない。

「・・・・」

「・・・・」

わたしは黙って彼を見つめ、彼は気まずそうに視線をずらす。
しばらくの間互いに押し黙り、黒い頬に一筋の汗が流れた時、

「・・・すまなかった」

根負けしたようにうなだれ、素直に謝ってきた。
それを聞いて気分もよくなり、わたしは満面の笑顔を浮かべて褒めてあげた。

「うん、良い子」

ついでに頭を撫でてあげたかったが、さすがに座ったままだと無理そうだった。

「で、シロウ。二人っきりの時くらい普通に喋ったら?」

「そうは言われてもだな。日常的にこうやって話していないと、いつミスをするか気が気でなくてな」

と、本当に深刻そうに彼は言う。
だがそんな事は言い訳に過ぎない。

「セイバーとは普通に喋ってるのに?」

息を呑み、驚愕に満ちた表情で彼は固まる。

「・・・いつどこで見てたんだ」

「んー、結構何回か見たわ。シロウったらセイバーと話している時は隙だらけなんだもん」

頭を抱えて、心底自分のうかつさを嘆くシロウ。
戦っている時はしっかりしていたのに、日常生活では非常に抜けているところがある。
素直で嘘が付けない性格なのだろう。
まあそんなことは、あの夜話しただけですぐわかったことなのだが。

「わかった、とりあえずイリヤと二人の時は普通に喋る」

「うん、やっぱりシロウは良い子ね」

今度は立ち上がり、彼の頭を撫でながら褒めて上げる。
嬉しいというより、どちらかと言うと複雑そうな表情をしていたが。

「リンやシロウには、教えてあげないの?」

床へと座りなおし、聞きたかった事を口に出す。
それを聞き、彼は一転して真顔になる。

「それはできない。
 俺は衛宮士郎だけど、ここの衛宮士郎と全く同じというわけじゃない。
 そも俺がいる時点で、ここの世界は違う未来を辿っている。
 同じ未来を強要するつもりはないし、それは本人が決める事だ」

深い記憶を呼び起こすように、静かにシロウは続ける。

「・・・もし同じ道を選んだとしても。
 彼女を、俺のわがままで縛るわけにはいかない」

その表情は、苦笑しているように見えて、切なそうで、悲しそうで―――

「どうしてシロウはわたしを連れてきたの?」

気づけば、自然とわたしの口は開いていた。

「シロウがいた世界で、わたしがどうなったかは知らない。
 そんな事には興味はないし、聞く気もない」

そう、そんな事は関係がないのだ。
聖杯戦争で命を落とそうが、勝ち抜いて全てをこの身に降ろそうが、しょせんわたしは・・・

「わたしの体の事、知っているんでしょう?」

彼はわたしを見つめ、返事を沈黙で返す。
それは肯定という事なのだろう。

―――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
これはわたしの名であり、わたしの存在そのものだ。
この体はその為に作られ、その為だけに生きている。


だからそう、どのような結果を迎えるのであれ、わたしはそう長くはない。


現代の魔術師とは比較にならない程、この体は魔力に満ち溢れている。
だがそれは炎を灯した蝋燭と変わらない。
火が強ければ強いほど、輝きは増し、蝋燭はその役を果たすであろう。
しかし激しい輝きは一瞬のもの。
大きすぎる火は蝋を溶かし、いずれは灯火も煙へと消える。

わたしの体はそういう物だ。
だからそう、

「シロウがわたしを助けたとしても、聖杯戦争の最中か終わり程度の差しかない。
 もし生き延びることができても、わたしはそこまで長く生きれるように作られてはいない。
 ・・・もって一年。いえ、それ以上に短い筈だわ。
 それを知っていて、シロウはどうしてわたしを連れてきたの?」

「・・・・・」

重く、深遠な空気が場を満たす。
わたしの言葉を聞き、動揺も、嘆きもしなかった彼の表情は、やはり全てを知っての上だったのだろう。
何もいわず、静かにうつむいて沈黙をする。
彼の彫りの深い顔に、月が黒い陰りを生んだ。

「・・・シロウがね、聖杯戦争が終わったら遊ぼう、って言ってた。
 ここで暮らしても・・・いいって」

それはここにいる青年ではなく、ここで生きる少年の言葉。
何も知らないで、そして何も考えないでいった言葉なのだろう。
それなのに、どうしてこうも―――

「ねえシロウ」

返事を促すように、わたしは彼の名前を呼ぶ。
それは何時まで待っても返ってこなかった。

怪訝に思い顔を上げてみれば、そこにあるのは暗く冷たい空があるのみ。

「シロウ・・・?」

彼の名前が、むなしく夜の闇に消える。
何を言うでもなく、彼は消えてしまった。
あの男の様にわたしを置いていってしまったのだろうか。
そんな筈はないと頭で否定して、それならば何故呼んでも来てくれないのかと心が語る。

「シロウ・・・」

心細くて、三度目にもなる呼びかけは、

「イリヤ?」

少年の若さを持った声で返された。









「っ、シロウ!?」

突然発せられた同じなのに違う声に、戸惑いつつも振り向く。
そこにいたのは予想もしなくて、思った通りの少年の姿があった。
髪はまだはっきりとした赤で、歴戦生き抜いた風貌などなく、あどけなさすら残る顔。
間違いなく、ここにいるのは衛宮士郎という少年だった。

「ど、どうしたの? こんな夜遅く」

「体が熱くて眠れなくてさ。
 どうせ眠れないなら鍛錬しようと思ってこっちに来たんだ。
 そうしたらイリヤの声が聞こえたから」

「―――っ!」

とたんに顔が真っ赤になった。
わたしは今、どんな声を出していたのだろうか。
いや、考えるまでもなく思い出せるのだが。

「えっと、それならシロウ! 少しお話ししよう!?」

「うん? まあ少しならいいけど。
 それよりイリヤ、そんな格好じゃ風邪引いちゃうんじゃないか?」

「これくらい平気! わたしはもっと寒い所に住んでたんだから!」

はやくはやく、と彼を急かして座らせる。
そんなわたしの様子に少しは疑問を感じた様だったが、深くは聞かずに怪訝な表情のまま座ってくれた。
彼を座らせ、わたしもその隣に座る。
やはりちょっと不自然だったかもしれない・・・

「えっと、体が熱いって、シロウは暑がりなの?」

未だ混乱しているのか、どうにも変な事を口に出した。

「ああ、いや、そういうのじゃないんだ。
 今日も遠坂に魔術を教えてもらいにいってさ、なんかスイッチを作るって宝石を飲まされたんだ」

「スイッチ?」

それを聞いて、わたしは何のことかすぐにはわからなかった。
あたりまえだ。
魔術を使うものとして、そんなことは初期の初期に手に入れるもので、当たり前過ぎる事なのだから。

「シロウはキリツグに魔術を教わったのよね?」

「無理やりに頼んだんだけどな。
 あ、ちなみに親父は悪くないぞ。
 遠坂にも言われたけど、俺が駄目なのと親父の教え方は別だからな」

確かにそれはその通りだ。
キリツグは決して優秀な魔術師とは言えなかったが、こと効率の良さを言えば群を抜いていた。
魔術はある程度総ざらいしていたようだし、だからこそ彼の名は魔術師の中で恐れられていたのだから。
その男が、このような初歩的で、致命的なミスを犯すとは考えられない。
とすれば、別の何かを―――

「イリヤ?」

彼の不思議そうな声が、わたしの思考を途切れさせた。

「あ、ごめんシロウ。何?」

「いや、なんかいきなり黙り込んだから。
 何かあったのかと思って」

なんでもないんだったらいいんだ、と彼は続けた。
その心配は嬉しいが、それよりシロウの方が大変そうに見える。
リンはいったいどんな処方をしたのだろうか。

「シロウ」

「ん?」

「ちょっとおでこ貸して」

そう言って返事も待たずに、彼の額にわたしの額を当てる。

「い、イリヤ?」

「動かないで。じゃないと魔眼で動けなくするわよ」

驚き、真っ赤になってじたばたと暴れだすシロウ。
わたしの一言で大人しくなった彼を見て、やっぱり可愛いなあ、と思いつつ目を閉じる。

――――相手が抵抗せずに、これほど近くにいるならば、体の状況を探るのはさほど難しくはない。
体内にめぐる血液、そして同じように巡る魔力を感じつつ、彼の体の異状を探す。
それはすぐに見つかった。
彼の魔力ではない、術式で組まれた赤い光。
それは彼の魔力に干渉し、活性を促す。

「・・・ずいぶん強引なやり方ね」

彼になされた処方は随分とストレートなものだった。
体内に入れられている宝石は、本来ならば魔術師の魔力の通りが悪い時に飲む、言わばドリンク剤に他ならない。
淀んでいる魔力を、活性化することで元の流れを取り戻すというものだ。
だがシロウのように、体にスイッチが無い人間には別の効果を作り出す。
閉じられているスイッチをこじ開けて、無理やり流れを作り出しているのだ。
普通の魔術師であればこの後スイッチを切り替えるだけで流れは収まるが、彼はそのスイッチの閉じ方を知らない。
そうなれば当然、魔力は体を巡り続けて消耗を続ける。
彼の熱は、抑えられなかった魔力の漏れに他ならない。

こんなのはブレーキを知らない子供を自転車に乗せて、坂を走らせる行為と大差がない。
いずれは恐怖でブレーキを見つけるだろうが、そうでなければ死んでしまうだろう。

本来ならば、長ければ一年やそれ以上の歳月をかけて、ゆっくりと体に覚えさせていくものだ。
一生をかけて魔術を制御するのが一つの命題だし、それこそ命にかかわる事である。

だがまあ、実際目の前に直接的な危機があるのだから、こうでもしないといけないのは確かなのだろうが。

だからそう、わたしに出来ることはこのくらい。

「シロウ、もう少し大人しくしててね」

彼の頭を軽く抑えて、息を吸う。

「♪〜Die Luft ist Kühl und es dunkelt, Und ruhig ―――」

夜の静寂を乱さぬように、この平穏を崩さぬように、静かに歌う。
それは魔術でもなんでもない。
人を落ち着かせて、安心させるちょっとした催眠術。
他人の魔術そのものに干渉するのは容易でもないし、それはシロウの為にはならない。
だからわたしにできるのはこれだけ。
シロウを落ち着かせて、少しだけ火照りを収めてあげるだけ。

「・・・・」

歌を終えて、目を開ける。
シロウはまだ動かずに目を瞑って大人しくしていた。

「どう? シロウ。
 少しは軽くなったと思うけど」

わたしの言葉で目を開けると、彼は手を握ったり開いたりして体の状態を確かめる。

「ああ、随分楽になった。凄いな、イリヤは」

「えへへ」

彼の驚いたような声に、嬉しくなって笑顔を浮かべた。
そこでふと、先ほど自分がした問いを思い出す。

「ねえシロウ。今のご褒美に一つだけ聞いていい?」

「ん? 俺がわかることだったら何でも言うぞ?」

「うん、ありがと。
 シロウはなんでわたしをここに置いてくれたの?」

彼にした問いとは違う言葉で、同じ問いをした。

「わたしはシロウの味方になったわけじゃないわ。
 ついてこい、ってアーチャーに言われているだけだし、いつ敵になってもおかしくないわ。
 だからわたしはここにいても、シロウの得になる事なんか何もない。
 むしろこの家の結界を知られて、害にすらなる」

わたしが誰の子か、どんな存在なのかも知らずに、彼がわたしをここに置く理由なんてない。

「だからそう、わたしをここに置くことも・・・もし将来ここに住むことが出来ても。
 シロウに得なんてなくて、むしろ邪魔にすらなりえるわ。
 それなのにどうして? シロウはわたしを置いてくれるの?」

「馬鹿、自分を邪魔だなんて言うな」

彼は間をおかずにそう言って、少しの間黙考した。

「・・・そうだな。
 最初はよくわからないうちに流されてただけだけど、今は自分でイリヤがうちにいて欲しいと思ってる。
 聖杯戦争に参加して欲しくないし、戦うなんて事もして欲しくない。
 だって俺は―――」

そう言った彼の答えは、とても小さくて単純なこと。

「・・・シロウはいい子だね」

そう言って、彼の頭を撫でてあげた。
照れているのか、複雑な表情でシロウは顔を赤く染める。

「うん、シロウがそこまで言うなら、一緒にいてあげるね」








彼が言ったことは、大それたことでも、おかしいことでもなかった。

―――イリヤに、笑っていて欲しいから。

純粋に、本気でそう思っている少年は、



抱きしめてあげたくなるほど、本当に愛しかった。






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