その人はそう、自分にとっての道しるべ。

荒れ狂う波の中で、唯一信じ、信ずるに値する一条の光。

常に自分の前を歩き、照らしてくれる存在。

そして同時に、何があろうとも隣で微笑んでいて欲しい存在。




そうその人は、彼女は俺にとって大切な存在。

それはきっと、どんな遠くに離れても焦がれるように―――























――――――――<心は共に>――――――――





























私のマスター、遠坂凛は非常に不機嫌だった。

口数が少なく、登校中は話しかけようともろくな返事は返ってこず、目じりは釣り上がったまま。
流石と言うべきか、校内に入ってからはそのような素振りなど見せなかったが・・・
それでも機嫌の悪さは所々に伺えた。
よほど注意してみないと分からないような微細なものではあるが。

昼休みとなり、わざわざ屋上まで食事を摂りに来ているのは、自分の様子を分かっているのかもしれない。

「・・・・・」

彼女は先ほどから黙々と、つまらなそうにサンドイッチを口へと運ぶ。
売店で売られていた物では、彼女の口を満足されられないから・・・というわけではないだろう。

「凛」

もそもそと首を動かし、彼女は鈍い動きでこちら向く。
むう、目が据わっている。
無感情に見えるのに反応を返してくれるその様は、まるで猫のようだ。

「どうしたのかね」

「・・・どうもしないわよ」

そっけなくつぶやき、再びもそもそと首を動かして食事に戻る。

そんな顔で言われても、全く説得力がないのだが。
まあ大方、

「衛宮士郎が家に残ったことかね」

ぴくり、と彼女が反応する。

「何の相談もなく方針を変えたことに文句はあるが、判断自体は悪くはない。
 正しい故に問題はない筈なのだが、不満がないわけではない。
 しかし自分に必要なのは信頼よりも有能な人間。
 彼の今回の件については望ましいはずなのに、どうにも気分は悪い」

所々に反応するが、無視をするつもりなのか彼女は食事に集中し続ける。
まあそれならばこちらも勝手に言わせて貰うだけなのだが。

「そしてもう一つ。
 今まではなんとも思わなかったのに、一人でとる食事がどうにも味気ない。
 魔術師として、孤高たるのは当たり前な事。
 しかしこの物足りなさは気のせいではない。
 考えたくはないが、自分はあそこに影響されて―――」 

「あー、いい加減にしろっての! あんたは黙ってそこに突っ立ってなさい!」

肩を怒らせ、顔を真っ赤にして凛が叫ぶ。
図星を刺されたのがそうとう痛かったようだ。

多少鼻息を荒くしながら座りなおし、そして再び黙々と食事を取り始める。




優雅に立ち振る舞う清楚な華。
ただの一瞬も隙を見せず、完璧を身に歩く女性。
しとやかでありながらも堂々としたその様から、高嶺の花として敬意と畏怖の対象になっている。
彼女が演じてきた遠坂凛。
彼女自身が在ろうとし、皆が見てきた優等生の姿。
優秀な遠坂の魔術師として生きて、自分自身の想いを押し殺してきた少女。


深く知り合ってからは、彼女の側面を見ることになる。
いじめっ子で、不意打ちに弱くて、惚れ惚れするほど格好よくて。
意地っ張りで、寂しがり屋で、完璧なくせにいつもどこかでドジをして・・・
私自身一人で先走る傾向にあると諌められていたが、彼女もなにかと一人で背負い込むようなことがあった。
彼女なら確実に出来る事であるが、彼女だからこそミスをするのではないかと、よく気を揉んでいたものだ。

自然、笑みが浮かぶ。

自分の記憶の中の彼女は、ここにいる少女より幾分か大人になっている。
だというのに変わっているところが全く見受けられない。
頑固で意地っ張りなのは、一生変わらないようだ。

いいだろう。
2度目となるが、その意地っ張りに付き合おうではないか。

「? って、ちょ、ちょっと! なにやってるのよ!」

凛がこちらを見て、眼に見えて焦りだす。
そう、実体化している私の姿を凝視して、だ。

「何、見る限りここを視認出来る場所は無い。
 学校にいると思われるマスターには私の事はばれているだろうし、当面問題はない」

というより相手を燻りだす事が目的なのだから、少しくらいの挑発は問題ないだろう。

「主人が空虚な時を過ごしているのだ。
 それの相手をするというのも、従者がするべき役割の一つであろう」

「知らないわよ! 私は相手なんか――」

「必要ではない、かね?」

ぐ、と彼女が押し黙る。
例え認めたくないことでも、正しければ納得をして、それをごまかさない彼女の良い所だろう。
だからといって行動にせず、自分を押し殺してしまうのが彼女なのだが。

「・・・いいわ、勝手にしてなさい」

「ああ」

笑いをかみ殺せず、少しばかり口に残しながら返事をする。
全く、本当に素直ではない。

「? なんだね?」

少しの間押し黙っていた彼女が、不意に何かを私に突き出した。
ここに来る前に売店で購入したサンドイッチだ。
ちなに味も量も定評があるものではないが、安さだけは確かなのが親しまれている理由なのだろう。
そのサンドイッチが、まるで私に渡すように突きつけられている。

「食事、付き合ってくれるんでしょう?
 だったら座っているだけじゃなくて、アンタも食べなさいよ」

私を見ずに、外を見ながら彼女はそう言った。
朝食は藤ねえや桜の手前、食べなくてはならなかったが、今はその必要もない。
相手をすると言っても、この体は実際に食べるという行為は不可欠ではないのだが・・・

「そうだな、喜んでいただこう」

彼女と食事を共にするということが魅力的で、私はそれを受け取った。










「アンタって生前は何をしていたの?」

食事を食べ終わり、後五分程で昼休みが終わるという時になって、彼女は突然そう言った。

「それは私の真名を聞いているのかな?」

「違うわよ。断片的でも、抽象的でも構わないから、アーチャーがどういう風に生きてきたかを聞いてみたいだけよ」

話題がないから聞いてみた、程度の口調。
だが彼女の表情にそのような軽さはなく、そこにあるのは真剣さと―――不安。

「それは何故だね?」

「まだ貴方が誰かはわからないけど、英雄として祭られる人間でしょう?
 様々な面で、もしかしたら魔術に関する面でも得られるものがあると思うのが普通でしょ」

当然の事といわんばかりに、はっきりと彼女は言う。
・・・だがそれは決して彼女の本意ではない。
言っていることに嘘はないし、元々興味があることはとことん突き詰めるのが彼女だ、質問はそう不思議でもない。
だがしかし、それが単なる興味ではないことは、その宝石の様な眼が語っている。

「ふむ、語り継がれる英雄譚や神話、夢のような話を期待しているのかね?」

「っ! い、いえ、そういうわけじゃあないけど・・・」

ある一言に反応し、彼女は眼を伏せる。

思っていた通りだ。
大方、見てしまったのだろう。
私自身も経験したのだから、彼女がそれを見てもなんら不思議はない。

「・・・いえ、いいわ。余計なこと聞いて悪かったわね。
 聞いても聖杯戦争に有利になるわけじゃないし、それこそ心の贅肉だわ」

何かを断ち切るように、頭を横に振りながら彼女は言った。
まあそれはしょうがあるまい。
姿形は様々だったが、見た者の大半は彼女のように気を病む。


私も何度も夢に見て、そしてそれを直視し続けた世界。


様々なニオイ。
火薬や硝煙、油や鉄―――そして何にも混ざらずに満ちるは血。

枯れた大地に、打ち付けられる墓標。
そこにあるのは死骸に、死体に、死者。
希望と妄執と夢と絶望が食らい合い、無限の業がなし得る煉獄と地獄。

私の人生は大半がそこにあった。
目指したモノは本当に難しくて、何度も何度もそれを見た。
残るのは後悔でも憤怒でもなく、ただ己に対する無力感。
守れなかった、助けられなかった、及ばなかった。
鍛えても、鍛えても鍛えてもやりたかった事は完璧に実現できなくて、だからといって泣くことも止めることもできなかった。

だからそう、私が見る事も、彼女が見てしまうのもきっとその悪夢。

行くべき道はまぶし過ぎて、目をくらまし、見失いそうだった。
決して届かない理想、決して叶える事はできないちっぽけな望み。

何度も落ちる暗き淵。
行き着く場所は決まっているその道。

――だがしかし、

「そう今と変わらんさ」

決して、不幸ではなかった。

「常に危険に身を置きながら、何よりも、心から信頼できるパートナーと共にいた。
 ほら、なんら今と変わらないではないか」

「なっ・・・ちょ、ちょ」

今目の前にいるパートナー。
遠坂凛が顔を耳まで赤く染めて、声にならない声を出す。

キーンコーンカーンコーン、とそこで昼休みの終了が近づいていることを告げる予鈴が鳴る。

「ふむ、そろそろ時間の様だな。
 では霊体になって待機していよう。
 なにかあったら声をかけたまえ」

そう言って、私は彼女の前から姿を消した。

「ちょ、ちょっと!」

姿が見えなくとも気配でわかるようで、彼女は先を進む私に声をかける。
だがこれ以上話していては授業に間に合わない。

「あー、もう!」

不満を口に出して、彼女は私を追いかける。
その様があんまりにも可愛らしくて、見えないことをいいことに私は笑みを浮かべた。












――きっとその生は温かく
              希望は一筋の光と共に在った――






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