昨日に続き、今日も食卓は騒がしく、にぎやかであった。

新しい顔ぶれにも慣れたのか、藤ねえはいつものように食べ、むしろいつもより楽しげに騒いでいる。

桜は少しの緊張や警戒があるのか、大人しくはあるが昨日ほどのぎこちなさはない。

いつもより何倍も騒がしい朝。

だがその空気の中に、一つの異物が混じりこむ。



「―――によりガス漏れと判断され、現在なんらかの不良がないかの検査が始まっております。
    幸いに重い症状の被害者はおりませんが、最寄の緊急病院で―――」



新都でのガス漏れ事件。

ここ最近に発生し、被害は増え続けるばかり。

俺もバイト先では気をつけようとは思っていた事なのだが・・・

「・・・・」

遠坂が、それを報じるテレビを睨んでいた。

彼女だけではなく、セイバーにアーチャー。

すぐに興味をなくしたようだが、イリヤでさえそれを凝視していた。

つまりはそう。

これは事故やちょっとした事件ではなく、聖杯を奪う戦争に深く関わっているということだ。























――――――――<紅の開幕>――――――――





























「なに、まだ考えてるわけ?」

遠坂がこちらを見ながら言ってくる。
ちなみにセイバーは周りを警戒しつつ、俺の少し後ろについてきている。

すでに学校は終わり、放課後になって生徒は殆どいない。
昨日と同じように、俺たちは結界の基点を見回っている。
とは言っても基点そのものは昨日に殆ど見つけてしまっている。
俺はやることなく、空いた頭を思考に使っていた。




『分かってるとは思うけど、これは事故なんかじゃないわ』

藤ねえや桜が部活へ行った後、遠坂はいきなりこうきりだした。

『マスターかサーヴァントか・・・
 どちらかは分からないけど、どの道この相手が一流って事にはかわりはないわね』

聞けば手段や方法、そして手際のよさ。
学校に張られている結界の主とは違い、この相手は十分な技量と慎重さを持っているらしい。

『アーチャーが調べたところによると、魔力の流れは柳洞寺にいっているらしいわ。
 正直これ以上力を蓄えさせるのもどうかと思うけど、罠もあるでしょうし、今のところは静観するわ』

遠坂の言うこともわかる。
学校の結界に対して、この事件は死人が出ない。
大きな問題にならぬよう、十分に力を得る為に"生命力"を多人数から半分づつ奪い取る。
そのやり方故、効率は良くないが魔術師としてのルールにひっかからず、危険を冒す必要もない。

だがしかし、例え死人が出なかろうが、魔術師のルールを守ろうが、そいつがやっていることを認められるわけではない。
なぜならそれは、

   ―――― 喜べ少年 ――――

衛宮士郎にとって許さざるべき

 ――― 君の願いは、ようやく叶う ―――

・・・悪ではないのか。




「ちょっと、士郎?」

「あ、ああ、なんだ遠坂」

「なんだ、じゃないわよ。ボーっとしてないで少しは手伝いなさいよね」

「・・・すまなかった」

ふん、と鼻を鳴らし、不機嫌そうに次へと歩き始める遠坂。
いや、確かに上の空になってた俺も悪いけど、殆どやる事ないんだがな。

しばらくそうして歩いていると、前触れもなく再び遠坂が口を開く。

「で、まだ考えてたわけ? アンタは」

「・・・ああ」

俺もセイバーも、遠坂の意見に賛成したのは確かだ。
今の俺では何の役にも立てないだろうし、セイバーを危険な目に合わせるわけにはいかない。
セイバーも俺の安全を第一にと、静観することに賛同した。

人に危害を加えるやつがいて、場所まで分かっているのに何もできない。
狡猾で非常な相手。
だが俺はその犯人よりも、自分の無力さに腹が立っていた。

助けることができない人を、助けられない。
止められることができない人を、止められない。

それはあたりまえの事で、俺が昔から理解しつつも反発し続けていた矛盾。

「今は考えるのはよしなさい。
 罠があると分かってて、攻め込むなんてどうしようもないでしょ?
 情報が少なすぎるし、答えの出せない問題をこれ以上考えても、心の贅肉としか言いようがないじゃない」

遠坂の言うことはもっともだ。
俺がいくら知恵を搾ったって、情報が無く、攻めても無い俺には答えなんて出ない。
だったら今すべき事に集中し、力を注ぐ方が何倍もマシだ。
うん、視界が開けた様な気がする。
遠坂はなんていうか、本当に気持ちをさっぱりとさせてくれるな。

・・・それはそうとなんだかおかしな表現があったような。

「なあ遠坂、心の贅肉ってなんだ? 遠坂が太るって事か?」

それを言うと、セイバーが後ろで硬直する。
彼女らしくもなく、冷や汗を流しながら顔を青く染めていく。
一瞬敵でも出たのだろうかと警戒したのだが、どうもそんな様子は無い。
いったいどうしたのだろうかと、彼女に声をかけようと口を開こうとした後ろで、

「ふうん、誰がどうなるって言った? 衛宮くん」

後ろでひどくさわやかな声がした。

背筋に冷たいものが走る。
生皮を剥いだ中に液体窒素を流しても、こうはならないだろうと断言できる。
ランサーに槍で刺されたときも、これほどの寒気は感じなかった。

これは例えるなら、あの夜遠坂と会ったときの・・・

「衛宮くん? 人が話しかけているんだからこちらを向いてくれないかしら」

振り向けない。
振り向けば恐ろしい鬼が、いや悪魔がいるのではないかという恐怖、絶望。
これ以上ないってほどの地獄を味わった後にもう一度それを繰り返してさらにぐるっと同じ事を繰り返し続けるのではないかとまったく関係なさそうで実は的を射ているのではないかという勘違いというか妄想というか実は事実なのではないだろうかという恐怖がまたくるっと回って帰ってきていやすいませんまじで勘弁してください。

「え・み・や・くん?」

恐怖って意外と身近にあるんだなあ、と思いました。












「あの、すいませんけど・・・衛宮先輩、ですよね?」

基点の魔力を押し流し、そして次へ行くという単調作業を繰り返していた俺たちに、一人の女の子が話しかけてきた。
女の子、とは言っても年は俺たちと同じくらい。
どこか幼さが残っているが、ここの制服を着ていて俺を先輩と呼ぶことから、俺や遠坂の一つ下の生徒なのだろう。

ちなみに先ほどの件は、俺の平謝りということで事なきを得た。
遠坂の左腕が光り始め、セイバーがそれをとめに入った所で俺が頭を下げたのだ。
正直何で彼女がそこまで怒っているのか俺にはわからなかったが、これを聞いたらたぶん死ぬという直感が俺を止めた。

とまあなんとか遠坂は静まり、作業を再開してから少しして、今に至るというわけだ。

「そうだけど、俺になんか用?」

話しかけてきた女の子は、俺は記憶にはない。
正直初めて会った子だと思うのだが・・・

「えっと・・・少しお話があるんですけど・・・」

と、何か言いにくそうに遠坂やセイバーを見る。
よくはわからないが、何か込み入った事情なのかもしれない。

「あー、いいわよ、行ってきても。あんまり遅くならないようにすれば」

「凛?」

驚いたように、というより少し攻めるように遠坂を見るセイバー。
すると遠坂はセイバーに近づいて、彼女に声を聞かれないように小さくする。

「大丈夫よ、彼女にはなんの魔力の反応もないし。
 洗脳されてるとかそういう感じは一切ないから」

それを聞いて納得したのか、少し苦味をつぶした様にしながらも、セイバーはそれに頷いた。

「えっと、じゃあちょっと行ってくる。セイバーは遠坂に付いててくれな」

そう言って、俺は歩き出した彼女の後ろを付いていった。








実はこういう呼び出しはそう少ないわけではない。
何かが壊れただの、人員が足りないだのと。
困っている人の手伝いをしているうちに、なにかと呼び出してくる人が多くなったのだ。
昔はよくあったが、最近では殆どなかったのだが・・・

そういえばそういう呼び出しが減ったのは何時ごろだろうか。
中学の始め・・・そう、あれはあいつと出会ってばっかりの頃・・・

目の前の女の子が足を止め、それと同時に俺の思考も止める。
彼女は少しばかり周りを見渡すと、俺と目が合った瞬間すまなそうな表情で笑顔を作る。

「すいませんでした、用事も言わなかったのに付いてきて頂いて」

「いや、いいけど。それで用事って?」

「えっと、それなんですけど・・・」

彼女は誰かを探すように再び周りを見渡す。

「実は用があるのは私じゃないんです。衛宮先輩をここにつれて来いって、言われて」

誰かはわからないが、彼女はそいつの命令で俺を連れてきたらしい。
ならばここにそいつがいる筈なのだろうが・・・

俺も周りを見渡しつつ、彼女へ問いかける。

「誰に言われたんだ?」

「あ、はい。先ほどここで会ったま―――」

彼女が言い終える前に、周りを見渡していた俺の視線に、黒い何かが映る。
それを何かと認識する前に、それは俺たちへと近づき。

目の前の彼女に、悲鳴と絶叫を引き起こさせた。






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