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なんの変哲もない校舎の片隅に、それを乱す異界の印がある。
形を持てばたちまち世界は地獄と化す。
それが息を吸えば人は魂を奪われ、蠢動すれば肉体が溶け、食われる。

それへ優雅に手を当てる少女がいた。

成績優秀、眉目秀麗。
男子生徒のアイドルにして、学校きっての優等生。
―――そして生粋の魔術師。
遠坂凛が、左手に魔力を灯す
Abzug (消去。) Bedienung (摘出手術) Mittelstanda(第二節)

呪刻を中心にして集まっていた魔力が薄まり、限りなく小さくなる。
俺には甘い蜜の様な感覚を与えてくるそれは、殆ど感じることすらできなくなるくらいに弱まった。

「よし、じゃあ次に行きましょうか」

遠坂の声に俺とセイバーは頷き、次へと足を進めた。























――――――――<希望への祈祷者>――――――――





























「いやー。まさかこんな早く終わるとは思わなかったわ」

んー、と体を伸ばしながら、遠坂が上機嫌そうに言う。
学校に張られた結界の基点探しが、思ったよりも早く終わったからだ。

「それにしても士郎って、本当に妙な事に長けてるわね。
 魔力感知に関しては鈍いくせに、世界の異状にはするどいし」

魔術師としてはどうかと思うけど、とほめ言葉にしては余計な一言を付け足す。
それは確かに事実なので、否定も反抗もできないところだが。

昼休みの会議の後、通常通りに授業を受けて放課後に集合した。
結界の基点を探し、多少ながらの邪魔をする為にだ。
遠坂曰くこの結界自体はかなりの代物で、消すことは不可能なのだと言う。
だからと言ってそのまま放って置くわけにもいかず、ささやかながらの抵抗をするというのだ。

『結界を括っている呪刻自体は消せないけど、そこに流れる魔力は別よ』

だがそこに流れる魔力を消したとしても、術者が再び魔力を通せばすぐに復活してしまうらしい。
しかし逆に言えば、術者がそれに直接魔力を流さない限り、復活は遅れてしまうというのもまた事実。
そこが俺達のねらい目となる。
術者が結界を復活させる為に現れ、手がかりをつかめれば良し。
もししっぽを出さなかったとしても、

『こんな頭の悪い魔術師が、邪魔されて黙っていると思う?』

とのこと。

アーチャーの見立てでは結界の完成まで八日程。
完成してしまえば俺達魔術師はともかく、一般の人々は抵抗する間もなく吸収されるモノ。
その前に相手をおびき出さねばならず、そしてその為のセイバーらしい。
矛先を俺達に向け、相手が出やすくする為の誘いという意味を含めての事だ。
俺と遠坂の協力がある故の強気な姿勢らしい。
それにしても・・・

「なに暗い顔してるのよ。
 まだ囮扱いされたのが不安なわけ?
 大丈夫よ、セイバーだっているし、私がいる以上士郎が死ぬような目には会わないわ。
 アーチャーだってすぐに来れるよう、待機してもらってるわけだし」

遠坂の言うように、アーチャーは今すぐ近くにいるわけではない。
セイバーのように学校にくるわけにはいかないし、遠坂の近くで霊体化していては敵のサーヴァントの誘いにならないからだ。
アイツは学校の近くで陣取り、いつでも遠坂を守れるよう待機している。
ああ、だが昼時だけは別だった。
イリヤの昼食を作りに行く、と昼休みの間だけ俺の家に戻っていったのだ。

「士郎?」

「・・・遠坂。よくもまああそこまで好き勝手に連れ回してくれたな」

「はい。凛、貴方は少し無計画すぎる」

俺とセイバーが、同じようなため息をつきながら言う。
基点探し、と言われたとき俺は役に立てないと思ったが、先ほど遠坂が言うとおり事情が違った。
俺はこういった"異状"に対する感知力が高いらしく、それならと学校を共に探し回ったのだ。
しかし、遠坂はどうにも順序良く、ということが出来ないらしく。
あちらを見たらこちらへ、こちらを見たらあちらへ、とひたすらに動き回る事になったのだ。
しらみつぶし、といえばまだ聞こえはいいが、あれは思い立ったらなんとやらだ。

「い、いいじゃない。結果的には殆どの基点を見つけられたんだし」

「いいけどな・・・でも遠坂、将来付き合う相手ができたら、もう少し遠慮してやれよ」

うん、あれでは男が逃げると言うものだ。
体力的というより、精神的に。

「・・・・なによそれ」

肩を怒らせ、文句のありそうな顔でこちらを睨む遠坂。
しかし何かに気づいたようにそれを収めると、なにやら黙考しだす。

「どうした、遠坂?」

「いえ、今の言葉どこかで聞いたような気がして・・・」

ぶつぶつと自分の世界に入る遠坂。
それは俺の家につくまで、終わる事はなかった。










「っく!」

振るわれた突風を、なんとか自分の竹刀で受ける。
その衝撃が残っている間に、別の一撃が俺へと迫る。
ここまで踏み込まれている以上、この剣を避けるなんて事は俺にはできない。
しかたなく、無理やりながらも竹刀を戻して受ける。

これがすでに十合を軽く超えて続いている。
セイバーの剣は、疾く、そして鋭い。
幻惑的なものや意表をつくものではなく、ただ最高の一撃を繰り出すのだ。
それでいて戻しの隙がないんだから不思議でしょうがない。

不意に、嵐のような剣戟が緩む。
好機、などと思う余裕もなく必死にセイバーから距離をとる。
後退して呼吸を整えなければこれ以上持たないのだ。
だがしかし、

「甘い!」

一瞬の休憩すら、セイバー相手には許されることはなかった。





「シロウ、もう根を上げるのですか?」

セイバーが腰に手を当てて叱ってくる。
その様はちょっとした教師のようにも見えるが、どうにも年齢が若すぎるかもしれない。
激しくなった息を整える。
疲れもさることながら、セイバーに叩かれた頭が痛くてしょうがない。
同じ竹刀を使っているというのに、どうやったらこうも中身に響く一撃が繰り出せるのか・・・

「シロウ?」

「ああ、いや・・・ちょっと待ってくれ」

頭を振りながら体を起こす。

「話せる余裕があるのでしたら、構えなさい。まだ夕食までは時間があるのですから」

「い、いや、それはいいんだけどさ・・・」

ちらりと、視線を道場の入り口へと向ける。
そこには足を投げ出して、暇そうに床に腰掛けている少女。
そしてつまらなそうに壁にもたれ掛かっているスーツ姿の男。

「イリヤ、アーチャー。二人は何だってここにいるんだ?」

それを聞いたイリヤは、頬を膨らませてむー、と唸る。

「だって、せっかくシロウが帰ってきたのに、いきなりセイバーとここにくるんだもの。
 シロウが学校から帰ってきたら遊ぼうと思ってたのに・・・」

今日は一日中待ってたんだから、とそっぽを向く。
非常に罪悪感を持たせられる表情だ。

「う、ごめんな、イリヤ。
 でもこれはやらなきゃならないことなんだ。
 セイバーに鍛えてもらって、せめて自分を守れるようにならなきゃならない」

「それなら大丈夫よ、シロウ。
 例え別のサーヴァントが襲ってきても、バーサーカーがいれば敵じゃないんだから。
 わたしがシロウを守ってあげる」

「バーサーカーはイリヤを守る為にいるんだろ?
 だったら俺を守るなんて余計な苦労はかけさせたくないし。
 イリヤの気持ちはありがたいけどさ」

「・・・いいわ、終わるまで待ってるから」

悪い、とイリヤに謝る。
そう、せめて自分の身を守れるくらいにならないと、他人を助ける余裕なんてできない。
正義の味方を志す以上、無力のままではいられないのだから。
それはそうと。

「で、なんだってアーチャーはここにいるんだ?」

今まで傍観を決め込んで黙っていた奴が、鼻で息を吐いて口を笑みにゆがめる。

「何、共同戦線という以上、協力者の戦力ぐらい知っておこうと思ってな。
 まあわかった事といえば、衛宮士郎は未熟という事くらいだが」

と、あからさまなため息をつくアーチャー。
事実だからしょうがないが、やっぱりむかつくものはむかつくぞ。

「はあ、まさか貴方の口からそのような事が聞けるとは思いませんでした、アーチャー」

セイバーが極上の笑みを浮かべて、上機嫌に・・・
いや、何かが違う。
笑っているのに、背中にぞくりとくるこの感じ・・・どこかで・・・
セイバー、もしかしなくても怒ってるか?

「いや、失言だった、すまない」

平静を装っているのだろうが、カタコトの口調のアーチャー。
サーヴァントにも脂汗って浮かぶんだな。
と、待て。

「セイバー、アーチャーとそんなに昔からの知り合いなのか?」

二人が知り合いというのは聞いていたが、アーチャーが未熟だった時代まで知っている仲なのだろうか。

「知り合いも何も、彼女は私の剣の師だ」

「剣の師・・・って、セイバーがアーチャーを鍛えたのか!?」

それならこの二人の関係も納得ができる。
バーサーカー戦での二人の合いすぎた呼吸。
ただの知り合いとは思ってはいなかったが、そこまでの深い仲だったのか。

「ええ、一応彼を鍛えたのは私ということになるのでしょうが。
 彼が師事したのは別の人間です」

セイバーはじろりとアーチャーを睨み、不機嫌そうに言い放った。
再び脂汗を流すアーチャー。
・・・そうとうセイバーに弱いんだな、お前。

「あー・・・なんだ。
 凛に報告することがあった、悪いが失礼させてもらおう」

そういって、アーチャーは逃げるように道場をでていく。
ちなみに遠坂は現在料理中だ。
そう遅くはならないだろうが、藤ねえや桜は部活でまだ帰っていない。
ならば夕食は自分が作ると、遠坂が自分から申し出てくれたのだ。
今朝の朝食の意趣返しよー、と、随分と楽しそうに台所へと向かわれた。

「ではシロウ、休みも取った事ですし再開しましょう」

あまり休めていない気もするが、セイバーの一言に軽く頷く。
なんだかんだ言って、彼女から一本取るのが自分の目標でもあるからだ。

まあ実際、夕食までぼろぼろにされるのは、目に見えた結果なのだが。









九時を過ぎた。
もうそろそろ帰る頃合いだろうか。

「先輩、私そろそろ失礼しますね」

「ん、ああ。そんな時間か」

遠坂先輩の夕食を食べ終えて、今日は何もできなかった代わりに後片付けをした。
気づけばこんな時間だ。
今日は部活が思ったより長びいたから、ここにいられる時間が短いので残念だ。

「じゃあもう遅いし、家まで送るか?」

先輩が何気なしに言ってくれた。
気持ちは凄く嬉しいけれども、今先輩を間桐の家に近づけたくはない。

「いえ、大丈夫です、藤村先生が送ってくれますから」

そうよー、と胸を張る藤村先生。
先生は確かに頼りになる。
違った意味での心配少しあるけど・・・

「確か間桐さんのご自宅は十字路の先の方でしたね。
 逆に藤村先生はこの近くの為、遠回りになるのでは?」

「そうですけど、桜ちゃんを一人で家に帰すわけにはいきませんし。
 大丈夫ですよ? わたし結構強いんですから」

と、再び胸を張る藤村先生。
うん、頼りになるんだけど、頼るのが心配になるというのも、ある意味凄いのかもしれない。

「・・・ですが婦女子を夜道に歩かせるわけにもいかないでしょう。
 よければ私がお二人をお送りしますが」

「へ?」

藤村先生が、とても不思議そうに声を上げる。
私もとても驚いている。
だってこの人は―――

「そうね、送ってもらいなさい、桜」

遠坂先輩が、アーチャーさんに同意したように言う。

「アーチャーはこう見えても武術の達人だし、藤村先生を遠回りさせる必要もなくなるでしょ?」

「へー、アーチャーさんって、武術の達人なんだ。
 何をやってたか知りたい所」

目を輝かせ、嬉しそうに言う藤村先生。
アーチャーさんは困ったように、手を振った。

「いえ、色々と手を出したものですから、これといったものはありません。
 しかし場慣れはしている方なので、痴漢の撃退くらいならお任せください」

「だって、桜ちゃん。心強いボディーガードができたわよー」

嬉しそうに言う藤村先生。
・・・そう言われてしまっては、私には断ることなんてできなかった。





「じゃあね、桜ちゃんにアーチャーさん。おやすみー」

藤村先生に挨拶をし、私達は別れた。
今はアーチャーさんと私、二人きりになってしまった。

「・・・・・・」

何を言うでもなく、私たちの間は沈黙のまま、歩みを進める。
別にアーチャーさんが嫌いというわけではないのだ。
体は大きいし、よく厳しい顔つきをしているが、優しい人だということは分かっているつもりだ。
しかし―――

彼は私たちとは違う。
きっと怖い人だ。
私のよく知る"彼女"は、私に何を言うでもないが優しいし、気を使ってくれる。
しかし彼女には、それでもどこか冷徹さというものがあった。
守るもの以外なら、いつでも切り捨てられる冷たさ。
アーチャーさんも同じである以上、きっとそんな一面を持っている。

私はそれが怖い。
彼はきっと遠坂先輩のパートナーだ。
その彼が関係のない私を送るなんて、余計なことをする必要がない。
彼は私の事に気づいているのか、それとも遠坂先輩が気づいているのか・・・
どちらかはわからないが、そんなのどっちも変わらない。

「・・うさん」

・・・気づかれてしまったなら、私の事が先輩にばれてしまう。
そうなったら、もう私は先輩の家に行くことすらできない。
私はそれが怖い。
だってもう私にはそれしか―――

「間桐さん」

「あ、はい!」

何回も名前を呼ばれていたようだ
意識が戻って、初めて間桐の家が目の前にあることに気づいた。

「すいません、私ボーっとしちゃって・・・」

「いえ、しかし顔色が優れないようでしたから、早めに休むことをお勧めします」

アーチャーさんは、本当に心配するように言ってくれた。
気づいて・・・ない、のかもしれない。
ホッとした、私はまだ先輩の家に行ける。

「はい、アーチャーさんには何から何まですいません。
 部活で疲れているのかもしれないので、申しわけありませんけど失礼しますね」

ありがとうございました、と言って頭を下げる。
彼に背を向け、家に入ろうとしたとき、

・・・不意に、名前を呼ばれた気がした。

「え?」

振り向けば、アーチャーさんは未だそこに立っていた。
眉間にしわを寄せ、どこか悲しそうな顔で。

「―――間桐さん。何か悩みがあるのでしたら、いつでも仰って下さい。
 及ばずながら、力になれるかもしれませんから」

そう言って彼は、私の前から去っていった。

私の聞き間違いだろうか。
彼は今、とても優しく、聞きなれた声で、

 ――桜――

そう言っていた気がした。






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