「よし」

鍵は閉めたしガスの方も確認はした。
とりあえずはこれで大丈夫だろう。

振り向けば赤いコートを羽織った制服姿の美人、遠坂凛がいる。
今まで憧れていた女の子と登校という事になってしまい、心の準備というのが未だ間に合っていない。
その隣には桜。
何故か今日に限ってゆっくりとしていて、食事の片付けまで手伝い、俺たちの登校の時間まで待っていた。
まあそれはいい。
いや、大体この二人だけで俺にとっては十分イレギュラーな登校なのだが・・・

遠坂と桜、その後ろにもう一人。

金砂のような髪、宝石のような緑色の瞳。
二人に負けず劣らずの美女。
慣れぬ服装で落ち着かないのか、顔を赤らめて居心地が悪そうにしている。

聖杯によって呼び出されたサーヴァント。
俺のパートナーにして、最強の名を冠する剣士。

セイバーが一緒に登校する事になっていた。























――――――――<学び舎への見学者>――――――――





























それは藤ねえの何気ない一言によって始まった。

『そっかー。じゃあうちの学校を見学しにくる?』

年を俺の一つ下と応えたセイバーに、そんな事を言ったのだ。


『だってセイバーちゃんはここで暮らすんでしょ? だったら学校はいかなきゃ駄目じゃない』

と、どこか嬉しそうに言う英語教師。
確かに正しい事を言っているんだが、激しく間違っているんだよ、藤ねえ。

『し、しかしタイガ。私は制服というものを持っていない。学校とは私服では行けないものでしょう』

戸惑い混乱しているセイバーが、なんとかひねり出した対抗策。
それを聞いて藤ねえが諦めようとしていた所、

『いえ、セイバーさん。わたしの予備で良かったらお貸ししますよ』

と優等生スマイルで遠坂が口をはさんできた。
藤ねえの勧めを聞いてもずっと黙ってぶつぶつ言っていたから、何を考えているかと思えば・・・

『り、凛。ですが私は入国したばかりで、ここでの必要な書類などは何の用意もありません。
 この様な状態では転校どころか、見学すら出来ないのではないでしょうか?』

どうしてセイバーがそこまで日本の細かい事情を知っているかはわからないが、もっともな事だった。
大体セイバーにはこの世界での戸籍など無い。
必要な書類をそろえるなど、元々不可能なのだ。
だが・・・

『いえ、そちらも問題ありません。何でしたらわたしの方から今すぐ手配しておきます』

つまりソレは犯罪ではないのでしょうか遠坂さん、と言わんばかりの事も言ってのけた。

遠坂百万の軍を味方につけた藤ねえは嬉しそうに学校へ行った。
そして何故あのような事を言ったか、後々遠坂に聞いてみた所、

『セイバーは霊体化出来ないんでしょう?
 だったら生徒として学校に紛れ込んだほうが、色々とやりやすいじゃない』

との事だった。
セイバーはそれならば俺が学校を休めばいい、と言っていたが。
無論の事、俺は学校を休む気なんかない。
大体人目につく所ならば、魔術師はおいそれと動けないのだから問題ないだろう。
とりあえずはここで断るのも問題だろう、という事で話しはまとまった。







というわけで今、セイバーは俺たちと同じく登校しているわけだ。
色々と不安はあるが、まあなんとかなるだろう。
だからそう、今この現状だって予想の範囲の内だから大丈夫・・・

「・・・なにやら見られているようなのですが、やはり私はおかしいのでしょうか」

「何言ってるのよ、セイバーが日本人じゃないからってだけでしょ。
 別にセイバー自身がおかしいわけじゃないわ」

「ですが凛、貴方も見られているようなのですが?」

「え、嘘」

セイバーに言われ、遠坂が周囲をキョロキョロと見回す。
それを事実と認めたのか、遠坂は服装や髪の具合を調べながら黙考しだす。

「桜」

「はい」

「まあこれはしょうがないよな」

「・・・はい」

俺の脱力した声に、苦笑いで返事を返してくれる桜。
そりゃあこれだけ目立つ面子で歩いてれば、見られるのもあたりまえだろう。
はあ、学校までの道がフルマラソン並の距離に思えてきた・・・







「じゃあ、セイバーの事頼むな、桜」

「はい、それじゃあ先輩も頑張ってくださいね」

「ではシロウ、凛。失礼します」

校門で、セイバーと桜と分かれる。
俺たちはそのまま校舎へ行くが、セイバーは一度弓道場で藤ねえに会って、職員室に行かなくてはならないのだ。
桜はその案内。
同じ学年になるだろうからと、自分から申し出てくれたのだ。
これなら俺も安心して教室へ行けるというものだ。

「よう、御両人。ずいぶんと珍しい組み合わせじゃないか」

と、歩きはじめる前に見知った人物と出会った。

「おう」

「おはようございます、美綴さん」

俺の短絡的な物言いに対して、丁寧に返事をする遠坂。

「美綴さんは今日も朝練?」

「ええ。まあちょっと用があってね、早めに切り上げたけど」

二人は話している内容の割には、どこか楽しそうに会話をしている。
意外だ、こいつら知り合いだったのか。

「ところで遠坂」

美綴が遠坂に詰め寄って、なにやら小声で話している。
それを聞いてどこかきょとん、としていた遠坂が何かに気づいたように頭を振る。

「違います、彼とはちょっとした理由で一緒に登校しただけです」

「ふむ・・・」

美綴が何処か疑わしそうに、俺と遠坂を交互に見やる。
・・・なんかやったのか、俺。

「それで美綴さん、用件っていうのはそれだけ?」

「ああ、違う違う、大体相手は遠坂じゃなかったんだ」

そういって、美綴は俺の方へと視線を移した。

「俺か?」

「そう、ひとつ聞きたい事があってね」

美綴は今までの気楽な雰囲気とは一転し、真面目な口調へと変わる。

「単刀直入に聞くけど。衛宮、アンタ昨日新都の方にいた?」

「新都?」

昨日はイリヤが家にきて、セイバーと剣の修行をして、いつもどおり夜の鍛錬をして寝た。
新都に行った覚えはないし、大体行く暇もなかった。
なんだってそんな事を聞くのだろうか、美綴は。

「いや、覚えが無い。昨日は家にずっといたぞ」

「・・・・・・・そうか」

はあ、とため息をつく美綴。
いったいなんなんだろうか。

「なんかあったのか、昨日」

「ああいや、たいした事じゃないんだけどさ。
 昨日部活の練習に出てね、最近は物騒だからって早めのお開きになったんだが・・・」

うーん、と話すのを迷っているのか、らしくなく言い淀む美綴。
やがて決心でも付いたのか、困惑の顔はそのままで口を開き、

「その後夜までがさっぱりなんだ」

『は?』

俺とあの遠坂までが呆気にとられるほど、よくわからない事を言った。

「いや、美綴。それじゃあ俺らの方がさっぱりわからない」

「ああ、すまんね。私も実際の所よくわかってないんだ」

美綴が言った事はこうだ。

昨日部活が終わった後、解散して部員が帰る中で部室の鍵を職員室に返しに行ったらしい。
帰ってくると部活をサボっていた慎二を見つけ、少し話した後に一人で新都へと足を向けた。
なんで新都に行ったんだ、という問いに対して、

『いや、それもわからないんだ』

と、不思議そうに首をひねっていた。
そして新都に行った後どうなったかというと―――

「覚えてない?」

「気づいたら家で寝ててな、親に話しを聞くと親切な人が担いで連れてきてくれたらしいんだ」

「らしいんだって・・・まさか美綴さん気を失って倒れでもしたの?」

「そのまさか。またまた親から聞いた話しだが、親切な人とやらは貧血じゃないかって言われたらしいね」

遠坂の当然の問いに、美綴はまたもや首をひねって答えてる。

「本当に記憶が全く無くてな。なんだか腹も痛むから見て見ると少し痣みたいになってるし・・・
 最初は強姦でもされたのかと思ったんだが。
 盗まれたものや体に異常もなければ、服にすら傷一つ無くてね」

何がなんだか全くわからない。
事情はよくわからないが、美綴が無事だったというのは喜ばしい事なんだろうが。
大体美綴を襲う強姦なんて、よほどの身の程知らずとしか思えない。
ちょっとした痴漢や強盗なんかじゃ、逆に叩きのめされるのがオチだろうし。

「ん? なんか言ったか、衛宮」

「いや、ところでそれで何で俺が新都に行った事になるんだ?」

「ああ、よくは覚えて無いんだけどさ・・・
 なんか新都に行ったときに衛宮に会った、というかなんというか。
 どうにも姿を見た覚えがあってな。
 最初は家に送ってくれた親切な人っていうのが衛宮かと思ったんだが。
 いや、勘違いだったみたいだな」

引き止めて悪かった、と美綴は去って行った。
一体なんだったんだろうか。









そして特に何事も無く、昼休み。
朝の事で慎二に話しを聞いてみようと思ったのだが、欠席していて会うことはできなかった。
ちなみに遠坂と教室まで歩いて行き、途中で会った一成にちょっとした冗談を言ったところ、
余りのショック故かフラフラと机に戻り、今日一日中突っ伏していた。
うん、一成のヤツは何故か遠坂を毛嫌いしているからなあ。

「それでセイバー。はじめての学校はどうだった?」

からかう様に、遠坂がセイバーに話しかける。

「大変でした。周りの女性からはひたすら質問をされましたし、他の人々はひたすら私を見ていました。
 これでは実際に敵との戦いになる前に、力尽きてしまうかもしれません。
 この屋上にくるだけだというのに、何人を撒いてきたことか・・・」

ため息混じりに、どこかやつれたセイバーが言った。
まあしょうがないだろうな。
ただでさえ珍しい転校生が、外国人な挙句に神がかった美人なんだから。
日々変わりの無い生活をしている生徒たちにとっては、セイバーは注目の的というものだろう。
そういえば学校自体は、セイバーはどうだったんだろうか。

「セイバー、授業も見てきたのか?」

「はい、桜と同じクラスで授業に参加させていただきました」

「授業内容、わかったか? セイバーにとっちゃ分からない事だらけだと思ったんだけど」

こうしていると忘れてしまいそうだが、セイバーは英霊だ。
時代だってずっと昔で、違う国なんだから勉強するものだって全く違っただろう
いきなり学校に来ても、戸惑うことばっかりだっただろう。

「いえ、そこは桜に教科書を見せていただいたので、特に問題はありませんでした」

「・・・教科書見ただけで、わかるもんか?」

「? 一度目を通せば、大体の事は記憶出来ますので。教師という方々が言っていた事も、大体理解出来ましたが」

うわ、セイバーって凄く頭がいいんだな。

「ただ国語、いえ、古文といいましたか? あれだけはどうにも理解ができませんでした。
 詩や句と言ったものには余り触れた事が無かったので・・・」

口惜しそうに、セイバーが缶の紅茶を飲む。
うむ、やっぱり人間一つは苦手なものがなくちゃな。
・・・それでもセイバーなら、丸暗記で俺よりテストで良い点がとれそうだけど。

「なんだ、セイバーも結構楽しんでるみたいじゃないの」

「それは違います、凛。私はあくまでシロウの守護の為、仕方なくここにいるだけです。
 確かに興味深いものはありますが、決してそのような事はありません」

「はいはい。そういう事にしといてあげる」

「凛!」

楽しそうにからかう遠坂と、ムキになって言い返すセイバー。

「どうでもいいけど、早く飯食わないと昼休み終わるぞ」

遠坂はニヤニヤと笑ったまま、セイバーは心底憤慨したように怒ったまま、昼食を再開した。
ちなみに飯は作ってくる時間はなかったから、買ってきたおにぎりやサンドイッチだ。
しばらく無言で食事をとっていると、遠坂が真剣な目をして此方を向いてきた。

「ところであんた達気づいてる?」

それに無言で頷くセイバー。
が、その突然な遠坂の言う事に、俺は全く意味がわからない。

「気づくって、なにがだ遠坂」

「結界よ、結界」

遠坂は駄目な生徒を諌めるように、指を立てて説明をはじめた。
俺が最近感じていた、この空気に混じっている甘ったるい違和感。
それが遠坂が言う、校舎全体を包んでいる結界らしい。
ただ外界との切り離しをするものではなく、中にいる人々の魔力を吸収するもの。
準備さえ整えば、この結界は中にいる人々を文字通り一瞬で"溶解"することさえ出来る代物。
張った人物は三流だが、結界そのものは一流、とは遠坂の弁。

・・・だがそんな事はどうでもいい。
この結界がどんなものかは知りたくもないが、用は学校の皆を殺し、奪うものという事。
そんな事は許せないし、やらせるわけにはいかない。
そして何よりも問題なのは、

「この学校にマスターがいる、っていうことか」

「そう、自然に学校にいられる人物。生徒か教師、そういった人間がこの結界の主でしょうね」

そうか。
マスターになって何をやっていいかよくわかっていなかったが、方針が決まった。
こんな結界を張っているヤツを止めて、聖杯戦争から降ろさせる。
そうと決まればすぐに行動しなくては。
今からと言うわけにはいかないが、放課後になってから動きだそう。
・・・・ん?

「遠坂。この学校にマスターがいるって、いつから知ってたんだ?」

「え? そうね、三日前かな」

「・・・じゃあセイバーを見学させるなんて、目立つことしたら」

「まあ相手にはとっくにばれてるでしょうね」

遠坂はどうとでもない、という風に言ってのける。

「って、どうするんだよ! これじゃあ俺はともかく、セイバーを狙ってくれって言っているようなもんじゃないか!」

このタイミングに来た、セイバーという名前の見学者。
明らか過ぎて逆に疑うくらいのもんじゃないか!

「わかってて、なんで止めなかったんだよ!」

「馬鹿ね、敵のマスターに分かるようにしてるって決まってるでしょ?」

『は?』

セイバーと俺、二人の当然の疑問の声。
それに余裕たっぷりの表情で、

「だからこれは宣戦布告。他のマスターが出てくるように仕向けてるって事」

・・・えっと、それはつまり。

「つまりは衛宮くんとセイバーは撒き餌って事。頑張ってね、衛宮君。
 大丈夫よ、セイバーもいるんだし死ぬ事はないと思うから」

なんて、恐ろしい事を笑顔で言ってきた。






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