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長い、腰どころか、地にすら届きそうなほどに長い髪。

月光すら届かないこの路地で、紫紺にしか見えない筈のそれは、鮮やかな色彩を保っている。

目には歪な目隠しがされ、殆ど顔は隠されているにもかかわらず、その整った顔立ちだけは見えずとも分かる。

露出の多い服の為、蠱惑的な白い素肌が露になっていて、女である私ですら魅了されてしまう。



だが、



流れる紫紺の髪、無機質な表情、しなやかな四肢。

その様が、まるで――――





闇に潜んで獲物を狙う、血を浴びた蛇の様に見えた。























――――――――<朝までの"偵察">――――――――





























怖い。
あたしは今まで、これ程の恐怖を感じた事は無い。
蛇に睨まれた蛙、そんな表現すら生ぬるい。

あたしの体は震えてはいない。
否、震える事すらできない。
まるで石化でもしているかの様に、体は動くことはなかったのだ。

「こいつが化け物だって事、判るみたいだね、綾子」

場違いに軽い男の声が、美女の横から発せられる。
いつのまに移動していたのか、そこには得意げな表情をした間桐が立っていた。
何故、あいつはああも堂々としていられるのか。
目の前の人の形をしたモノが、どれだけ恐ろしいのかを理解できていないのだろうか。

「・・・不思議そうな顔をしているね」

間桐は美女の横に足を止めると、手の平を彼女のももへと合わせ、それを少しずつ上へと這わせる。
舐めるように上げられた手は、顎の下に至るまで止まる事はなかった。

「見ての通りだ。
 僕がこいつより偉くて、こいつが僕の奴隷なのさ。簡単な話しだろう?」

それは答えではあったのだろうが、答えになってはいなかった。
彼女が奴隷?
馬鹿げてる、自分より劣った相手に、何故従わなければならないというのか。
何もせずとも、ただそこに『在る』だけで恐怖を抱かせる。
あれはそういった、人でありながら人ではない、人知を超越した『何か』だ。

「それにしても、無様だね、綾子。
 恐怖で声もでないのかい?
 まあしょうがないと言えば、しょうがないけどね。
 なんたってコイツは化け物だ。
 ああ、いや・・・無様っていうのは取り消すよ。
 こいつを前にして、失禁しないだけ褒めてあげるよ」

軽薄に笑いながら、楽しそうに言う間桐。
やがて何かに思いついた様で、今度は子供のように笑い出す。

「そうだ、命乞いをしてごらんよ。
 僕がそれを気に入ったら、とりあえずは命の保障はするよ。
 特別サービスで、明日も歩けるぐらいの体力も残してあげる。
 ほら、やってごらん、綾子」

ヘラヘラと笑いながら、ふざけた事を言ってくる。
それがどうしようもなく不快で、あたしは動かなかった筈の口を動かせた。

「・・・悪いけどアンタ程度の人間に下げるような、軽い頭は持ってなくてね。
 そこまで面白い事言える口があるなら、お笑い芸人にでもなったらどうだい?
 三流扱いされて、一年とたたず消えるのがオチだろうけどね」

「お前・・・!」

顔に皺を寄せ、間桐は怒りの形相を作る。
だがそのようなものは恐ろしくともなんともない。
その横に、恐怖の具現者がいるのだから。
だがその彼から発せられた言葉は、死の宣告よりも恐ろしいものであった。

「・・・ライダー」

ぞわ、と、体中の肌が泡立つ。
血に足を付け、二本の足で歩いているというのに。
まるで這って進んでいるような、静かな音しかたたない。
血に濡れた蛇が、獲物を逃がさんとばかりに、睨む。

否、その表現は正しくない。
蛇は逃げる可能性を案じて蛙を睨むが、あたし相手にそんな事をする必要はないのだ。
あたしは言うなれば卵。
抵抗どころか、逃げることすらできない。
ただ、飲み込まれるだけの存在。

「――ふざけるんじゃないっての・・・!」

認めるわけにはいかない。
たとえ事実そうだったとしても、そのまま諦めて棒立ちしているつもりなんてない。
歯を罅割れん程に噛み締め、皮を突き破らんほどに拳を握り締める。
それでようやく体は動いてくれた。
棍棒代わりに弓を持ち、いつでも対応できるように軽く腰を落とす。
倒せないまでも、逃げるくらいはやってみせる・・・!



だが、そんなものは結局の所無駄でしかなく。



目の前から、ふっと美女の姿が消える。

「え――」

と、間抜けな声を無意識に出している間に。
ドス、という鈍い音と、痛みを超えて意識を刈り取られる、拳があたしの体に食い込んでいた。
息を吐く事もできず、弓を取り落とし、持たれるように女に倒れ込む。
意識はどんどん薄れていって、世界は少しずつ白んでいく。

混濁する意識では、人の声さえ聞き取れる事はできないようで。
男の声・・・たぶん間桐の声だろう、何か言っているが、それを認識する事はできなかった。
倒れ込んだ美女の体。
それは思っていたよりも冷たくはなくて、むしろ暖かささえ感じられた。
だがそれも、急速に冷たさに変わる。
必死に目を開けると、不思議な事に矢が地面に突き刺さっていた。
部から持ち出さないはずの矢が、何故こんなところにあるのか。
それ以前に、コンクリートになんてどうやって突き刺さるのか、そんなどうでもいい事が頭に浮かぶ。
何も聞き取れないはずの意識の中で、

「そこまでだ」

という、聞きなれたような・・・初めて聞いたような声が、何故かはっきりと聞こえた。
最後の力を振り絞り、声の主へと顔を向ける。
そこにはあたしに背を向けている間桐と、いつのまにかそいつを守るように移動している女。

そして、初めて見る長身の男。

多少白んでいる、赤い髪。すこし焼けている、いや、焦げているかのような、黒い肌。
そしてなんだか似合ってない様で、物凄く似合っているようなスーツ姿。

明らかに会った事のない、初めて見る男。

だが、その矢を番える、弓を持った構えが、

「・・・え・・・み・・・?」

似ても似つかないような姿なのに、よく知っている男に、酷似していた。



















弓を構え、矢を番える。
少なくとも今の自分に、この矢を放つ理由も必要もないと思っているが、交渉には今の状態そのものが必要だ。
互いに無言で、相手を凝視する。
私の目に映るのは、紫色の見事な髪を持った騎乗兵。
いつのまにか手には短剣・・・というか杭のようなものが握られていて、アイマスクごしに私を睨んでいる。

「なんだよオマエ。ウザイから帰ってもらえないかな。
 いや、コイツを見て、僕の邪魔をした以上、五体満足で帰すつもりはないけどね」

彼女の後ろで、そのマスターである慎二が、心底憤慨しているように言う。
いるはずのないと思っていた第三者の介入に、驚いてもいるようだが。

「殺せ、ライダー。目撃者は消さなきゃいけないんだよ」

本を手に持ち、命令する。
しかしライダーと呼ばれた女性は動くことなく、私を凝視しつづける。

「どうした、ライダー。あいつを殺すんだよ。
 僕の言うことが聞けないって言うのか!」

なんてことだ、未だにあいつは、現状を理解できていないのか。

「いえ、マスター。彼は・・・」

「その続きは私が言おう、ライダー」

構えは解かず、声だけは平常時のように、話す。

「まず君の勘違いを解こう。
 私は君が言うようなただの目撃者、つまりは一般人ではない。
 アーチャー、と呼ばれる存在だ」

「サーヴァント・・・!」

本当に気づかなかったようで、驚くように言う慎二。

「ふん、わざわざ殺されに来たってわけだ。
 それにしてもなんだって邪魔しに来たのかな。
 そうか、お前もエサが欲しかったってわけかい?」

そういって、目だけで美綴を見る、慎二。
内心怒りを感じないわけでもなかったが、今ここで彼と口論しても、どうにもなるわけでもない。

「悪いけどあれは僕等の獲物でね、譲るわけにはいかないんだ。
 まあどの道譲るも何も、お前を生かすつもりなんてないし。
 ちょうどいいから、このままここで死んでもらうよ―――ライダー」

殺せ、と彼女に命じ、笑みを浮かべる慎二。
だがそれを聞いても、ライダーは動くことなく、今だ私を凝視したままである。

「おい、殺せって言ってるだろ!
 なにボーっと突っ立ってるんだ!」

「ふむ、今だわかっていないようだな・・・」

「何がだ!」

「では教えてやろう。
 今私の弓は、何処に向けられていると思っているんだね?」

慎二も、弓を扱っている人間だ。
弓を向けられた経験などはないだろうが、だいたいどこを狙っているかぐらいはわかるだろう。
思っていた通り、何かに気づいた様で、顔を青く染めていく慎二。
私が言っていることと、私が何を狙っているかを理解できたのだろう。

すなわちこの矢は、間桐慎二の頭を狙っている、という事に。

「ライダーは動かないのではなく、動けないのだ。
 彼女が戦う気であれば、弓で狙われていると言うのに、その場に立ち止まり続けるなどと言うことはしないであろう」

つまり、マスターを守る為に、彼女は盾としてその場にいるのだ。

「ちょ、ちょっと待てよ!
 サーヴァントはサーヴァント同士で戦うんだろ!?
 なんだってマスターの僕を狙っているんだよ!」

「知らぬのならば言うが、サーヴァントは本来、マスター無しでは現界する事はできない。
 サーヴァント同士で戦えば、通常どちらも傷つくのは必至。ならば――」

そう言って、手に力を込めて、ギギギっと弦を強く引く。
それは今すぐにでも放つ事ができるという、警告だ。

「――弱い方を狙うのは、当然であろう」

ビン、っと言う音と共に、風を切る音が路地裏に響く。
放った矢は、狙い通りに慎二の頭へと向かい、思った通り当たることなく壁に突き刺さった。

上を見上げれば、20メートル程のビルの屋上で、紫色の糸が風になびいていた。
脇に慎二を抱え、彼女は此方を睨みつつ、口を開いた。

「マスター、この場では分が悪い。ここは退きましょう」

「ば――なにを言ってるんだ! いいからアイツを殺すんだよ!」

再び矢を番え、放つ。

「っひ!」

慎二の口から、小さな悲鳴が上がる。
矢は狙いたがわず、彼から10センチメートルも離れていない場所に突き刺さった。
ライダーといえば、元より当たらないのが分かっていたのか、微動だにしなかったが。

「マスター」

「わ、わかったよ。退くぞ」

舌打ちをしつつも、怯えた声で言う慎二。
それを聞いたライダーは、慎二を再び抱え直すと、一瞬だけこちらを睨み飛びたっていった。















「ふう」

気配が離れた事を確認して、息を付く。
全く、こういうのは慣れていないというのに。
追い返す為にしょうがなく、慎二を狙うなんて事になってしまったが・・・
ライダーもサーヴァントだ。
慎二を守って、避けるくらいはできるとは思っていたが。
内心冷や汗ものだった。
慎二は根は悪い奴ではないが、一度意地になると引き下がらないから、説得する余地がない。
私にはああいう手段以外に、思いつかなかったのだ。

武器を消し、倒れた少女へと歩み寄る。
むろん彼女は旧知の知り合いの一人だ。
脈や呼吸を確かめて見るが、特に重大な問題はなかった。
急所に一撃を当てられ、痛みで息が吸えなかったため、意識が落ちただけであろう。
応急処置をしたところ、多少荒かった呼吸も元に戻った。
これならただ寝ているのとなんら変わりないだろう。
彼女を背中に背負い、立ち上がる。
さて、まずは美綴の家へと送らなくてはならない。

そして、

「・・・やはり魔力は柳洞寺だな。キャスターの行動は変わらず、か」

彼女の犠牲になった人々を、助けなくてはならない。
一刻も早く、彼女の行動を止めなくてはならない。

「全く。多少先の道が見えようが、こうやる事が多くてはな」

夜は短い。
誰も死ぬ事も、できれば傷つく事もなきよう、祈る。


さあ、全てを救う為の足掻きを始めよう。






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