固有結界。

本来は悪魔と呼ばれるもののみに許された、もっとも魔法に近い魔術。

自らの心象風景を形にすることによって、世界を侵食して一つの結界、いや"世界"を作る法。

それは根源を目指す、魔術師達の巣窟である協会ですら、禁止と定めている最高の呪。

そう、それは根源へつながる一つの道。

魔術師が何代もの生を賭けて、目指すべきものの一つの形なのである。


―――それを、目の前の男は、それがさも当然の事であるがのように、言ってのけた。























――――――――<そして夜へと>――――――――





























頭の中でその単語の意味を知る限りを並べ、それを全て否定していく。
あたりまえだ、ふざけてる、そんなはずはない、と。

「・・・冗談じゃないわよ。なんで弓兵のあんたが、そんなもの持っているわけ!?」

「落ち着け、凛。何度も言っているように、例え私のクラスがアーチャーとはいえ、だからといって弓のみと」

「レベルが違うって言ってるのよ! 固有結界ですって・・・!?
 そんなの大魔術を超えた、魔法の域じゃない!」

そう、おかしいのだ。
なぜ弓兵アーチャーが、固有結界なんてものを持っているというのか。

弓兵が、剣術に優れていると言うのは、まだわかる。
英霊にまでなった人物が、ただの後方支援しかできないとは到底思えない。
だが、これだけはおかしい。
いや、料理はできるし掃除もできる。
それこそ執事バトラーなんてクラスがあるならば、Aクラスを超えるだろう。
何故英霊たるものが、これ程の家事の腕を持っているのか、これも十分おかしい話しではある。
・・・そんなことはどうでもいいのだが。

とにかく、アーチャーが固有結界を本当に所有しているのならば、彼はキャスターであるのが正しいはずなのだ。
彼が複数のクラスに該当する英霊ならば、別におかしくともなんともないのだが―――

「いや、それはない。私が該当するのはアーチャーのクラスだけだ」

本人に真っ向から否定された。

「どうしてよ。あんたセイバーやランサーと剣で戦ったり、自分でも本来は魔術師、って言ってたじゃない。
 セイバーか、キャスターのクラスに十分該当するじゃないの?」

「確かに剣は使えるが、あくまで使える、という範囲でしかない。
 事実、私はセイバーに負けている。
 剣の英霊になれるほど、私の腕前は高くはない」

納得はいかないが、本人が言うからにはそうなのだろう。

「じゃあキャスターは? 固有結界を使える程の腕前なら――」

「いや、先程も言った通り、私はアーチャー以外のクラスには該当しない。
 だいたい魔術師としての技量をいうならば。
 凛、私は君に遠く及ばない」

「・・・言っておくけどね、私には固有結界なんてもの、使えないわよ。
 その私に、なんであんたが劣ってるっていうのよ」

「簡単なことだ。
 私にはそれしかなかった。
 いや、それしか"できなかった"、という方が正しいだろう。
 剣も、魔術も、なんの才能もなかった私に、唯一許された極み。
 それが私の宝具、固有結界というわけだ」







・・・・・・・・
「全く、どうなってんのよ、聖杯戦争っていうのは」

ヘラクレスという最強のサーヴァント。
そして衛宮士郎という素人と、剣の英霊セイバーとの共同戦線。
それらだけでも十分頭が痛いと言うのに、自らのパートナーさえ得体が知れないときた。
剣も家事もできる、固有結界持ちの弓の英霊、アーチャー。
降りるつもりは毛頭ないが、前途多難なのは間違いない。

「詳しい内容までは言えんが、使いどころさえ見極めれば、相手が誰でさえ勝利を得る事ができると、約束しよう」

「・・・分かったわ。それの使いどころは、アーチャーに任せる」

「すまん、凛」

そう言って、深く頭を下げるアーチャー。
全く、こいつがこんなんだから、わたしも強く言えないのだ。

「・・・ふん。いいから衛宮くんの家に行くわよ。
 時間は無限にあるわけじゃないんだからね」

彼から顔を背けて、立ち上がり玄関へと向かう。
既に用意は済ませているし、もう特にここに用事はないのだ。

「ああ、凛。少し待ってくれ」

靴を履き、外へ出る準備ができたわたしに声がかかる。
アーチャーは、荷物一つ持たずにわたしの後ろに立っていた。

「ちょっと、早くしなさいよ」

「そうしたいのは私とて同じなのだが、君はあの大荷物をどうやって運ぶつもりなのかね?」

指を指している方向には、もちろん士郎の家に持って行く荷物が用意されている。
ボストンバックやダンボールに詰めて、ちゃんと運びやすいように準備したのだ、アーチャーが。

「全部アーチャーが持つに決まってるじゃない。それとも何、わたしに持たせようって言うの?」

「・・・これを全部私に運ばせるというのも問題があると思うのだが。
 凛、ならば私はどうやって外に出ればいいのかね?」

「あたりまえじゃない、もちろん幽体化して・・・」

と、言ったところで、アーチャーが言いたい事が分かった。
しまった。

「分かってくれたかね。
 それならばサイズの合う、男性用の服を用意して欲しいのだが」

考えて見れば当然だ。
霊体の状態で普通の荷物なんて持てないし、だからといってこのまま外に出るわけにもいかない。

「凛、君はすばらしいマスターだが、できればもう少し世間的な事柄に、目と思考を向けるべきだ」

「う、うるさいわね。ちょっとごちゃごちゃしてたから、忘れてただけでしょ!」

アーチャーに叫び返し、家にもう一度入り直す。
サイズが合うかどうかはわからないが、確か父さんの部屋に服が残っていたはずだ・・・



ちなみに服はあった。
少しアーチャーには小さいが、濃い黒の色をした背広。
着せてみた結果、似合ってはいた。
似合ってはいたのだが、それについての感想は言えなかった。

・・・ホストみたい、とは。

















体がミシミシと音をたてて、痛みの悲鳴を上げてくる。
背中だけにあった筈の痛みが、終わって見れば体中の痛みとなっていた。
確かにセイバーの魔術のおかげか、傷だろうが打撲だろうがたちどころに直っていった。
だがその後に残る、この筋肉痛のような痛みはどうしようもない。

まあ実際、セイバーの剣を一度として避けることはできなかった、自分に原因があるのだが。

受けるか打たれるかの二つしかなかったが、色々と得る物はあったと思う。
とりあえずはサーヴァント相手に、真っ向から勝つ手段なんて無い、っていうことは骨身に染みた。
後はそう、なんとなく"これは危ない"、というものが多少は判断できるようになった。
・・・今の俺では、思っている間に打たれるのは、また別の話しだ。

今は彼女の虐待・・・もとい彼女との修練を止めて、食事の用意を始めているところだ。
今日は人も多い事だし、大量に作らなければならないから、できるだけ早めに準備を始めている。
そのための食材を確認していると、うちにしばらく泊まると、トンデモナイ事を言った人物が居間に顔を出した。

「遠坂、どうしたんだ?」

「ちょっとね。あの部屋にある・・・エアコンって言うんだっけ?
 それの使い方を聞こうと思ったんだけど」

「壁についてる、リモコンを使えば操作できるけど。
 それより遠坂、アーチャーのやつは何処に行ったんだ?」

「ん、あいつになんか用?」

「いやさ、夕食をこれから作ろうと思ってるんだが、食べれないものとかないか聞こうと思って」

「・・・あのね、士郎。サーヴァントに食事なんて必要ないのよ?」

「なんでさ。セイバーは美味しそうに食べてたぞ?」

「・・・・まあ食べれることは食べれるんでしょうけど。
 アーチャーならたぶん遅くまで帰ってこないわよ。
 偵察やらなにやらで、外を回ってくるって言ってたから」


















「で、何の用だ、間桐」

「随分と他人行儀だね、綾子」

「アンタに呼び捨てにされるほど、あたしは親交を深めたつもりはないがね」

「相変わらず手厳しいね、美綴さんは」

やれやれ、と手の平を上げて軽そうに答える間桐。
・・・やっぱり軽率だったのかもしれない。
相談がある、と言われて、のこのこ付いて行った自分の行動が、である。
正直こいつの相談にのる気なんか、甚だ無かったのだが。
前々から間桐のやつには一言言おうとは思っていたので、ちょうどいいからと考えたのだが。

こいつはあたしに構わず、人気の無いほうへと歩いて行く。
何をするつもりか知らないが、軽く拳を握り締めておく。
相手が男とはいえ、勝つ自身は十分にあるのだが・・・正直、好んで人を殴ったりする趣味は無い。
間桐が相手とはいえ、こいつ次第で出方は変わるが、心構えはしておく必要はある。
そんな事を考えているうちに、多少広いといえる程度の路地裏へと入った。

「うん、この辺でいいかな」

「で、相談ってのはなんなんだ」

「実はね、相談なんて事、元々なかったんだ」

思った通りとも言える事だった為、驚く事もなく腕を組む。
元よりあたしは、こいつの言動を欠片も信用していない。

「ふうん。予想の範囲だった、って事。
 じゃあなんで何にも言わず付いてきたのかな。
 僕の言っている事が嘘だと分かったんだったら、僕が何をしようとしているかも、予想しそうなものだけど」

へらへらと軽い笑いをして、多少不思議そうに言う。
何かに気づいたようにその笑みを止めると、今度は下卑た笑みを顔に広げた。

「ああそう、綾子はそういうつもりだったんだ。
 いいよ、あんまり趣味じゃないけど、一日くらい付きあってあげるよ」

と、勘違いにも程がある事を、間桐は言い出した。

「ふん、お前が何を勘違いしているのか知らないけど、あたしはお前なんかにゃ興味がないんだ。
 悪いけどそういうのは他を当たってくれ」

「――なんだと」

笑みが、怒りの形相へと一転する。
大した考えもないくせに、妙な所でプライドが高い。
こんな奴に対して嫌悪は感じても、好意なんて感じようがない。

「用件があるなら早くしてくれないか、間桐。あたしはお前みたいに暇を持て余しちゃいないんでね」

それを聞いて、間桐の顔が掴みかからんかの如く歪み。
まるでそれが無かったかのように、へらへらとした軽い笑みに戻った。

「そうだね、早めに用件は済まそう。
 大したことじゃないんだ、凄く簡単な事でね。実は綾子に――」

そして再び表情が下卑た笑みへと変わる。
しかしそれは先程見せた表情とはまた別だ。
例えて言うならば・・・

「エサになって貰おうと思ってさ」

瞬間、体中に氷をつけたような、寒気に襲われた。
前には変わらず、下卑た笑みを浮かべる間桐。
そして人気の無い路地裏。
ならばこの寒気は、前にいる矮小な男から来るものなのか。
否、違う。
後ろがどうしても振り向けない。
人気は相変わらず無いと言うのに、確かに何かがいると言う感覚。
血が滲むほど拳を握り締め、後ろを振り向く。













そこには、先程表現しようとした間桐の笑みとは、比べることすらできない。

                      ――――― 一人の、美しい蛇がいた。






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