"とりあえず、一度家に戻るわ。色々と準備が必要だし"

そう言って、遠坂は家に帰って行った。


"私はちょっと寝てくるわ。昨日あんまり眠れなかったし"

そう言って、イリヤは客間へと消えて行った。


俺と言えば、とくにやることもないし、眠いわけでもない。
体調は万全ではないが、だからといって寝すぎると、逆に頭が痛くなる。
そういうわけで何をするでもなく、俺は居間に残っている。


同じく居間に残った、セイバーと二人っきりで・・・























――――――――<お話しをしよう>――――――――





























カチ、カチ、カチ、カチ・・・

時計の音が、やけに大きく聞こえる。
実際にそういうわけではなく、ただ音がないからよく聞こえるだけだろう。
そんな小さな音が、耳にうるさく聞こえるほど、朝だというのに居間は静まり返っていた。

テーブルに落としていた視線を、ゆっくりと上げる。

じー、と俺を見つめている金髪の少女がいる。

・・・ゆっくりと視線を下げる。


気まずい。
何をすればいいのか、何を話せばいいのかわからない。
彼女は過去の英霊であり、セイバーの名を持ったサーヴァントである。
だがそれ以前に、彼女は女の子なのだ。
だいたい俺の人生で、こんな風に異性と二人きりになった事なんて殆どないのである。

桜も女の子だが、もう彼女は家族のようなものだ。
最近はなんだか大人びてきて困るが、ずっと一緒にいるのだから慣れと言うものがある。
それにだいたい、桜とはこういう風に向かい合う事は滅多にない。
だいたい桜は、朝食もしくは夕食の時間帯に来て、いっしょに料理を作るか、どちらかがそれを座って待つかの2択なのだ。
料理中にはむろんのこと、料理の事しか話さない。
食材だって、足りないものがあればどちらかが勝手に商店街へ買ってくるのである。
だからそう、衛宮士郎の人生の中で、こんな状況はほぼ初めてなのだ。

ちなみにあの虎は論外だ。
そもそも女の子ですらない。


もう一度、視線を上げる。
セイバーは今だ俺にじー、と見つめている。

勇気を奮い立たせて、口を開く。

「えっと、セイバー。なんか俺に言うことでもあるのかな」

「は? あ、いえ。特に用という用があるわけではないのですが・・・」

いきなり話しかけられた事に驚いたのか、焦ったようにまくしたてるセイバー。
最後の方の声にいたっては、しり込みをするように小さくなっていた。
遠慮、というかやはり俺になにかあるのだろう。

「セイバー。遠慮なんかしないで、なにかあったら何でも言ってくれ。
 俺が不甲斐ないのは事実だし、文句だってあるのが当然だ」

「いえ、別にそういうわけではないのですが・・・
 その、今は何時でしょうか?」

「ん? あー、九時ちょっとだけど。それがどうかしたのか?」

「その、シロウはまだ体調が万全というわけではないでしょう。
 回復を促進させる為にも、する事があると思うのですが・・・」

セイバーは視線を泳がせて、なんだかもごもごと言ってくる。
今まではっきりとした所しか見ていなかった分、なんだか別人のようだ。
それにしても、する事・・・?

「率直にもうしますと、ちょ」

ぐうぅぅぅー。

と、セイバーが話しを言い終える前に、可愛らしくも軽快な音が響き渡った。
そうか、考えて見れば朝食はおろか、昨日の夕食すらとっていないではないか。
それはいけない。
特に朝食はその日を生きるために活動源だ、欠かさずとらなければ体に悪い。

「そっか、セイバーも朝食まだだったんだな。
 それじゃあ今から作るけど、お腹が空いてたならはっきり言ってくれればよかったのに」

「い、いえ、決して私はお腹が空いていたわけではありません!
 あくまで昨日のランサーやバーサーカーとの戦闘で、著しく魔力や体力を消費したため、
 肉体が栄養を求めているだけなのです!
 大体、サーヴァントは本来食事を必要としません!
 ですからシロウの言うように、お腹が鳴ったのは決してお腹が空いていたからではないのです!」

真っ赤になりながら、激しく抗議をするセイバー。
動転しているのか言っている内容はどこか支離滅裂だ。
だけどな、セイバー。それがお腹が空いたって事だと思うぞ。

「わかったよ、セイバー。
 でもとりあえず飯は作るぞ。どうせ俺も腹は空いてるしな。」

「うう、シロウはわかっていない・・・」

小さくしょぼくれて、うなだれるセイバーさん。
その姿は非常に可愛らしくて、聖杯戦争の事や、彼女がサーヴァントという存在など、夢と思えるくらいだ。
さて、彼女に助けられた恩を、ひとつここで返すことにしよう。












とは言っても、そう時間はかけられない。
九時という微妙な時間のせいで、遅くなれば昼食になってしまうからだ。
なによりお腹を空かした彼女を、待たせてしまうのは忍びない。
ということで作るのはサンドイッチと野菜スープに決めた。



鍋に油をひき、ベーコン、みじん切りにした玉ねぎ、にんにくを軽く炒める。
水を入れ、チキンブイヨンを入れ、火をかけておく。
沸騰するまでに、今度はサンドイッチの仕込をする。

レタスを手で千切り、トマトを輪切りにし、玉ねぎを薄くスライスする。
パンを軽く焼く為に、トーストを2分ぐらいの時間に調節し、置いておく。
その間にベーコンをフライパンでカリカリになるまで焼く。
マヨネーズとマスタードをあえ、焼けたパンにバターを塗った後、のばすようにそれを塗る。
スライスチーズを乗せ、ベーコンを乗せ、さらに用意しておいた野菜を乗せて、パンではさむ。
あとは包丁で二つに切って、とりあえずはサンドイッチのできあがり。

タイミングよく、鍋の水は沸騰していた。
適当な大きさに切ったキャベツを加えて、さらに軽く煮込む。
ちなみにアクの方はちょくちょく見ていたから、しっかり取ってある。
味付けに塩、コショウ。
本当ならばここで潰したトマトを使いたいところだが、サンドイッチに使ったため、藤ねぇが残したトマトジュースを使う。
軽く混ぜ合わせ、カップに移して、野菜スープ・・・もといいつの間にかミネストローネの完成だ。

さて、簡単なものになったが、セイバーは気にいってくれるだろうか。



















『ごちそうさま』

俺とセイバーの声で、朝食は無事に終えた。
空になった食器をセイバーから受け取りつつ、彼女に声をかける。

「すまないな、セイバー。ちゃんとしたのできなくて」

「いえ、シロウの料理は簡単ながらも肌理細かく、大変おいしかった」

満足そうに微笑み、セイバーはそう言った。
ふむ、喜んで貰えたようだ。
食事中もセイバーは、コクコクと頷きながら一口一口しっかりと食べていた。
その様はとても幸せそうで、作っているこちらも冥利に尽きるというものだ。

食器を流しに入れ、汚れを洗い落とす。
料理とは、作るだけでなく片付けまでできて初めて料理と言える・・・と何処かで聞いた。
だが俺の場合は別にそういうわけでもなく、ただ洗物が残っているとなんとなく嫌なのだ。
それに溜まる前にこういう事は片付けるにかぎる。


洗剤をスポンジにつけて汚れを落とし、水でそれを流して布巾で拭く。
それらを全て終えて今に戻ると、セイバーが真剣な表情で俺を待っていた。

「どうした、セイバー? まだ足りなかったのか」

「そうですね、できればもう少し程ボリュームが欲しかった・・・
 いえ、そういったお話しではありません。
 シロウに話しておかなければならないことがあります」

一瞬本気でつらそうな顔をしたものの、すぐに表情を元に戻す。
うん、まだセイバーとは付き合いが浅いけど、とりあえず食べるのが好きってことだけはわかったぞ。









俺とセイバーは、今道場で正座して、向かい合っている。
彼女がやることもあるから、ここへ移動したいと言ってきたのだ。
あいかわらず、彼女の表情は真剣なままだ。
そうとうに真面目な話しなのだろう、俺はセイバーが口を開くまで黙っていることにした。

「ではシロウ。
 私がセイバーというサーヴァントであることは、お話ししましたね?」

「ああ」

「そしてサーヴァントがただの使い魔ではなく、過去の英霊が呼び出され、7つの器に入ったということも御存知ですね?」

その問いにも、頷く。
なんらかの偉業を起こした者が、輪廻の枠から外されて一段階上に昇華されたもの。
それが英霊と呼ばれる人々。
幽霊と言うより精霊に近い、擬似的な神とも言える英雄。
遠坂の言葉を、そのまま頭で反芻する。
疑うわけではないが、今だ信じられないと言うのも事実だ。
あれ程の戦いを目にしてそれもないとは思うが、目の前にいる少女はあまりに普通の女の子に見えたからだ。

「無論、私とて過去の英霊なのです。
 私の伝承は、そう全体にいきわたっているわけではありませんが、神話、伝記として現代に伝えられています」

英雄の伝説が、真偽はともあれ残るのは当然である。
古記のようなものにさえ、超常的な能力をもった人々はでてくるのだから。

「その人物の伝承が浸透していればいるほど、人々に敬される我々の能力は上がります。
 しかし逆に言えばその伝承が伝わっていればいるほど、その人物の武器、力、はては弱点まで伝わってしまいます」

ふむ、例えるならかの不死を得た男アキレス。
彼の名を知らぬものなどいないと言えるほど、知れ渡っていることは確かだ。
だが逆に言うなら、彼ほど弱点を知られている英雄もまた、いない。
つまりは、

「我々が敵であるマスター、サーヴァントに名を知られるということは、そのまま弱点をさらけだすということでもある。
 私自身それほど高名の英霊ではありませんが、真名が知られれば、宝具や弱点を知られる恐れがあります」

そういうことになるのだ。
そのためのセイバー、というクラスでの呼び方があるのだろう。
というか聞きなれない言葉も聞いたな。

「セイバー、宝具ってなんなんだ?」

「宝具とはサーヴァントが持つ武装の事です。
 ランサーの槍、アーチャーの弓、そして私の剣が該当します。
 英雄が英雄たり得る為には、自身だけではなくその武具も含めて英雄と呼べるのです」

そうか、確かに英雄と武具っていうのは、ある意味セットだからな。

「魔術が形を得た、最高の神秘、とでもお思いください。
 それ自体、ほぼ魔法の域へたどり着いているものの為、相手が格上の精霊であろうと妥当する事ができる。
 故に宝具は切り札。
 しかし宝具の開放にはその武器の真名を口にする必要があり、それは相手に正体を知られてしまう可能性がある」

正に切り札というわけか。
必勝の為の攻撃が、万が一にでも避けられればそのまま弱点を知られることになる。
つまり使うからには必ず相手を倒さなくてはいけないってことだ。

「シロウ、ここからが本題なのですが」

「うん? なんだ、セイバー」

「まずは一つ、私の宝具なのですが、魔力をかなり必要とします。
 そして先日話した通り、私はシロウからの魔力供給がない状態、つまり使ってしまえば回復は難しいのです。
 宝具を一度でも使ってしまえば、この身の維持ですら困難になる。
 使わずに勝利し続けるか、なんらかの方法で魔力を得るか、どちらかの方法を取らなくてはならないのです」

「む」

なんらかの打開策をとらなければ、俺達は生き残る事も難しいということか。
セイバーが遠坂と共同戦線を必要としたのもよくわかる。
たしかに俺達はそうとう厳しい状況におかれているようだ。

「それと、もう一つ。
 私の真名の事ですが・・・今はまだ聞かないで欲しい」

「ん? なんでだ?」

「はい、本来サーヴァントはマスターに真名をあかし、それを持って今後の対策を考えます。
 しかしシロウ、貴方の対魔力は余りに微弱だ。
 貴方を信じていないわけではないが、洗脳や思考の読み取り。
 そういうった事態に対処できないのです」

「む―――そうか、わかった。
 そこの所はセイバーの判断に任せる。
 魔力の方は俺がなんとかするから、セイバーはできるだけ消費を少なくすることを考えてくれ」

「・・・真名をあかせず、申し訳ありません」

「いいって、セイバーが悪いわけじゃなくて、俺が未熟なのがいけないんだろ?
 だからセイバーがそんなことで気に病む事なんて、なんにもないんだ」

「はい、ありがとうございます、シロウ」

微笑むセイバー。
うん、やっぱり彼女には笑顔が似合っていると思う。
暗い顔なんかさせてちゃいけない。
その為に戦うなんていうのは不純だとは思うが、彼女の信頼に応えるためにも頑張ろう。








「シロウ、この後の予定はあるのですか?」

「ん? この後か?
 んー、別に用と言う用はないかな」

魔術師が朝っぱらから派手な行動を起こすとは思えないし、なにより遠坂と共同戦線を結んだ以上、勝手なまねはできない。

「ではシロウ。貴方は戦闘経験はお持ちですか」

「戦闘経験・・・?」

ランサーとのあれは、戦いではなくただ逃げ惑うだけであったし。
それ以外に戦闘、と呼べるような経験はない。

「いや、少なくとも戦いと呼べるような経験はないよ。魔術とか肉体の訓練は怠った事はないけど」

「そうですか。でしたら・・・・これを」

そう言ってセイバーは壁にたてかけてある竹刀を取ると、二本ある内の一つを俺に渡してきた。

「どうするんだ、これ?」

「シロウ、貴方は身体的にはサーヴァントと競えるものではないものの、洗練された体を持っています。
 ですが貴方には経験というものがまるでない。
 何ができて、何ができないか。それを実戦形式でお教えします。
 まずはサーヴァントというものが如何なるものであるか、直接その身に受けていただきます」

な・・・・

「ちょ、ちょっと待ってくれ! セイバーと本気で戦ったら、理解とか覚えるとかそんなもんじゃすまないだろ!?」

「無論の事、私も手加減はします。
 シロウは攻めようが、受けようが構いませんから、まずは動いてください。
 半刻もしないうちに、私が言っている意味の本質を理解できるでしょう」

そういって、竹刀を正眼に構えるセイバー。
ただそうしているだけなのに、彼女からははっきりとした威圧感を感じた。
彼女が強いのはわかる。
でもだからって女の子に打ち込めるわけないじゃないか。

そうやって俺が動揺を見せていると、セイバーの目が、
"そちらからこないのであれば、こちらから行きますが"
とつげていた。

彼女の目は本気だ。
俺がこのまま呆けていれば、骨の一本や二本はもっていかれるかもしれない。


ああもう、なんだか知らないがやってやろうじゃないか!






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