思えば幸せな生活を送れたのだと思う。

彼女や、彼と共に過ごし、家族として共にしていた時間。

だがそれにつれて、余裕がでてきたのか、余計な事にも気づいてしまった。








今まで触れる事もなかった、感情に。























――――――――<共同戦線をはろう>――――――――





























「驚いた・・・まさかセイバーまでそんな事言うとはね」
セイバーの一言に対して、呆れるように遠坂は言った。
確かに、俺も少し驚いている。
セイバーとはまだ会って間もないわけだが、俺のように戦いたくないなどと言うとは思えない。
話してみて、彼女は優しくて穏やかな雰囲気はあるとは思った。
だがなんというか、それとは別に、冷静に物事を考え対処する厳しさのようなものも感じた。
情に流されるような、甘さは持っていないと考えていたのだ。

それに共同戦線というのは、微妙な関係だ。
なにせお互い同じ目的があった時、それを解決するために手を組むと言うことだからだ。
逆に言えばその目的を達した時、敵になる可能性だってあるわけだ。
大体、俺と遠坂に共通の目的なんてあるのだろうか?

「で、どういうつもりかしら?」
「どう、とは?」
セイバーの目は真剣だ、ふざけている様子なんてどこにもない。
まあセイバーがふざけてあんな事を言うようには、元々見えもしないのだが。
「セイバーがどういうつもりで、共同戦線なんて提案したか、聞いてるのよ。
 そこのへっぽこみたいに、甘い考えしているわけじゃないでしょ?」
会話の流れからすると、へっぽこっていうのは俺なんだろうなあ。
「そうですね、凛との戦いを望まないのは、私とて同じですが、
 だからといって私事に流され、そのような事を言うつもりはありません。
 ですが凛も知っての通り、私とシロウの戦力は十分とは言えません。
 私自身、魔力の提供が全く無く、シロウもマスターどころか、魔術師としても半人前なのが現状です」
悔しそうに、目を伏せて言う。
確かに、俺は魔術師としても未熟な上、聖杯を得るのが目的ですらない、半端なマスターだ。

・・・正直、ふがいなさと情けなさ、そしてセイバーに対する申し訳なさでいっぱいだ。
「ですから、凛。貴方に共闘を申し込んだ。
 私は通常の戦闘であれば戦えますし、アーチャーとの連携も組む事ができる。
 貴方にとっても、そう悪い話しではないと思うのですが」
昨日見たあの巨人との戦闘。
確かにセイバーとアーチャーなら、俄仕込みのコンビなどではない、十分戦力足り得る連携を見せてくれるだろう。
だがそれでも遠坂の顔は緩まない。
まだ何か文句でもあるのだろうか。
「確かに、貴方いれば足手まといどころか、この聖杯戦争で勝率は上がるでしょうね。
 でもね、セイバー。わたしはアーチャーと二人で十分勝ちぬける自信はあるわ。
 それに最後に敵になる相手と、明確な目的もないのに共同戦線なんて組めないし、必要もない」
「凛が私達と組んでいただけるのでしたら、聖杯戦争の終わりが近くとも、敵対関係になる必要はありませんが?」
「必要があろうがなかろうが、もし勝ち抜いて残ったのが私達だけなら、必然的に敵同士でしょうが。
 聖杯は一つ、この戦争で勝ち抜いた者だけに、与えられるものなんでしょう?」
確かに遠坂の言う通りだ。
もし聖杯が皆で分けられるような物だったら、全員が争う必要なんてないのだから。
セイバーも、それくらいわかっていると思うのだが。
「ああ、それでしたら問題ありません」
「どういう事よ」
「私は聖杯を必要としていませんから」







『は?』
遠坂と俺、それどころか傍観を決め込んでいたイリヤでさえ、間抜けとも思える声をあげた。
聖杯が・・・必要ない?
「ちょ、ちょっとどういうことよ。セイバーは願いが無いっていうの!?」
「いえ、あくまで聖杯に願うような事はない、ということです」
「聖杯に叶えられない願いなんて、それこそないんじゃないの」
「そうではありません、私の願いはこの聖杯戦争で生き延びる事。
 聖杯を得た後に、そのような願いをするなどそれこそ意味がありません」
「それは聖杯を得る為の手段であって、目的じゃないでしょう。
 セイバーは本当に叶える願いがないっていうの?」
「ありません。願いはあっても、それは自分で叶えるもので、聖杯を利用するものではありませんから」
遠坂は怒っているのか、呆れているのか、微妙な表情でセイバーを睨んでいる。
「・・・じゃあなんでセイバーは召還に応じたのよ」
「呼ばれたからです。マスターであるシロウに、必要とされましたから」
そう言って、セイバーは俺を見て微笑んだ。
ありがたい事この上ないのだが、セイバーみたいな綺麗な女の子に言われると、困る。

ため息の声が聞こえた。
目を向けると、顔を隠すように手の平をあて、脱力している遠坂。
「まったく・・・なんなのよ、いったい。士郎といい、セイバーといい」
本気で疲れたように、再び深いため息をつく。
・・・それとは別に、なんだかむず痒いような、身悶えるように照れるような、妙な感覚があった。
なんだろう。
それとはおかまいなしに、アーチャーへと視線を変える遠坂。
その視線は、

―――どういうことよ。

と、雄弁に語っていた。
「・・・私に問われても困るのだが。まあ言わせて貰うなら、
 私はセイバーという人間を知っているが、彼女がこの手の嘘をつく人間ではないということは保障できる」
「・・・サーヴァントは聖杯を得る事を条件に、召還に応じているんじゃなかったわけ?」
「すべてのサーヴァントが、そういうわけでもないだけだ。
 望みのない人間などいないだろうし、それを叶えてくれる聖杯を欲するサーヴァントはもちろんいはするだろう。
 だがな、凛。例えばあのランサー。彼が聖杯を欲しているように見えたかね?」
「なにかあるんじゃないの? それこそ現界しつづける為とか、失敗をやり直すとか」
「それはない。
 確かに彼は、生を楽しむ傾向のある人物ではあるが、無意味に生きることは望まない。
 そして失敗をやり直すなど、それこそ彼の柄ではないことは君にもわかるだろう」
昨日の夜の事を思い出す。
逃げた俺を殺そうと、家まで追ってきたあの男。
いくらでも俺を殺すチャンスがあっただろうに、楽しめそう、と遊ぶように槍を振ってきた。
それにセイバーが召還された後の、最後の去り際。
彼は嬉しそうに、セイバーとの再会を願っていた。
「彼の目的は、ただ満足に戦う事のみ。
 聖杯自身には興味はなく、それを得るはずの手段である戦闘が、彼自身の望みなのだから」
それは、なんというか、
「アイツのイメージそのままって感じね・・・」
俺の思いを続けるように、遠坂が言った。
戦ってるときは、ほんと嬉しそうだったもんなあ。

「で、どうするのだ凛。
 そこの未熟者は知らんが、私としても彼女と協力できるのであれば、心強いことは確かだ」
む、事実なんだからしょうがないが、あいつにまで言われるとなんか抵抗したくなるぞ。
まあ返す言葉もないんだが・・・
「・・・・・・」
遠坂は考え込んでいる。
なんか酷く不機嫌に見えるのは俺だけでしょうか?
「えっと、遠坂?」
「・・・・わかったわよ」
「? なにがだ?」
「提案を受けてあげる、って言ってるのよ。
 ただし士郎の身柄までは保証できないわよ、借りがあるっていっても、こんなへっぽこ助けようがないんだから」
「ええ、シロウを守るのは私の役目ですから。
 それと凛。できればシロウへ魔術の教示をしてもらえないだろうか。
 今のままでは、余りに魔力に対してシロウは無力だ」
「・・・なんで私がそこまで」
「いいのではないか? 凛。多少はマシになってもらわんと話しにならん。
 この無力さで、この無謀さだ。
 いつ自分から命を投げ出すか、わかったものではない」
「ああもう、わかったわよ、全部面倒みてやろうじゃない!」

・・・・
まあ、遠坂と戦わずにすむ事になったのは、素直に嬉しいのだが。
これだけ貶されるって言うのは、多分人生でそうはないと思うわけで。
今まで、俺なりに頑張ってきたと思うんだが。
でも皆が言ってるのは、事実なわけで。




・・・・





ああ、なんていうか。






頑張れ、俺。






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