信じられない。
妙な奴とは思っていたが、ここまでだとは・・・・
セイバーを呼び出した魔術師、衛宮士郎。
わたしと敵対関係にある事を理解しつつも、最後まで納得はしなかった男。
そして今、石の欠片をわたしの身代わりになって受け、昏倒している。
出血が酷く、すぐに止めなければ厳しいことになる。
刺さった石の深さは、ヘタをすれば内臓まで傷つけてるかもしれない。
幸い、あのアインツベルンの少女は、理由は知らないがここから去るようだ。
わたしの魔術では、多少の傷や、応急処置程度ならできるが、ここまでくるとどうしようもない。
遠坂の家ならば、ある程度の機材はあるし、なんとかなる筈だ。
・・・綺礼に見てもらう手もある。
しかし何を条件にされるかもわからないし、何より信用できない。
兎にも角にも、一刻も早く治療を施さなければならない。
だというのに。
アーチャーは少女をひきとめ、さらに賭けまで持ち出した。
わたしの許可もなく、勝手にだ。
なんのつもりかはわからない。
ただ無言で、わたしに背を向け歩きだす。
どうしようもなく、勝手な事をしているこの男に、怒りと不満が浮かんでくる。
文句の一つと共に、彼を引き戻したい所だが・・・
その背を見ていると、よくワカラナイ感情が渦巻いて、わたしの足は進まなかった。
――――――――<賭け>――――――――
「賭け?」
少女が眉を顰める。
余程気を悪くしていたのか、本人は嘲笑を表現したのだろうが、その声からは怒りが感じられた。
「そうだ。今から私と君のサーヴァント、バーサーカーが、一騎打ちで戦う」
息を呑む声が聞こえる。
凛かセイバーのどちらかであろう。
それもそうだ。
私の攻撃は、一度たりともバーサーカーに届きはしなかった。
セイバーと共に戦って初めて、互角の戦況を生み出したのだ。
「あはは! リン、貴方相当頭の悪いサーヴァントを呼んだのね。
自分の実力さえ分からない、愚か者じゃない」
「ちょ――」
「ふむ、怖いのかね? 君は」
凛の反論を止める様に、言う。
全く、この程度の挑発に反応するとは。
彼女はこの頃からちっとも性格を変えずに、一生を過ごすということか。
だが挑発に乗ったのは彼女だけでなく、少女もまた、私の一言に反応していた。
「何、どういう意味?」
「賭けに負けるのが怖いのか、と言っているのだ。
勝負を受けぬと言う事は、私のような無名のサーヴァント相手に、君はバーサーカーは負けると懸念しているということだろう?」
「・・・」
少女が眼を細める。
今まであった怒りは消えた、静かな殺気をのせた視線だ。
「本気で言ってるの、アーチャー。わたしのバーサーカーに、勝てるって」
「それは知ったところではないがね。まあ勝機がないとは思っていないよ」
「ふうん」
私の一言一言に、彼女の殺気は膨れ上がる。
彼女はそれほどまでにあのバーサーカーを信頼し、自信を持っているのだろう。
「いいわよ、乗って上げるわ。いえ、もう賭けなんていらないわ。もう貴方を生かすつもりなんてないし」
「いや、賭けでなくてはならん。なにせ12回もあるのだ。そのうちの1つくらいにしないと、それこそ勝機はない」
今度は、少女が息を呑む番だった。
「バーサーカーの宝具を・・・真名を知っているみたいね」
「その通りだが、止めるかね? サーヴァントの正体を知られては、そちらが不利であろうからな」
「冗談言わないで。真名を知られようが、私のバーサーカーは負けない。
いえ、そんなことより、貴方に興味が湧いたわ」
殺気を持ったまま、楽しそうに笑みを浮かべる。
「やっちゃって、バーサーカー。
正体を知りたいから、首から上だけ残しておいてね」
主に応え、巨人が咆哮した。
(とりあえずは、ここまで漕ぎ着けたが)
巨人がガレキを蹴散らせ、突進してくる。
姿を見れば怯え、その咆哮は身を竦ませる。
ただ在るだけで脅威ともいえる相手。
そんなものを今から相手にするのだから。
(我ながら、無茶をするものだ!)
呪文を唱え、手に干将・莫耶を作り出す。
「ヘラクレス! お互い不得手のクラスとも言えようが、心ゆくまで戦おう!」
聞こえているのか、彼は咆哮を上げて、巨大な剣を振り下ろした。
真正面から振り下ろされる剣。
その驚異的な長さから、前後への回避はできない。
私の脚力では、逃げ切る前に叩きつぶされてしまう。
足に力を籠め、左へと飛ぶ。
爆発。
剣はあたりさえしなかったものの、爆風を生み出し、私の体を煽る。
それは予測済みの事だったため、難なく着地することができた。
バーサーカーが再び剣を振り上げる。
だが今度はこちらの方が速い。
双剣を、両方投擲する。
狙いは両の眉間。
弧を描き回転を上げ、双剣は目標へと飛んでいく。
しかしそんなものは彼にはどうという事もなく、手にした巨大な剣でいとも簡単に弾かれた。
駆ける。
手には既に別の剣。
飛び上がり、それを彼の心臓へと突き刺す。
が、それすら叶うことなく、剣は再び彼の手で阻まれた。
巨大な剣が振るわれる。
無論、当たる気は毛頭ない。
バーサーカーの胸板を蹴り、大きく間合いを取る。
先ほど心臓を狙った剣は、彼の腕に深く突き刺さっている。
だが彼はそれを意に介した様子もなく、再び此方へ突進してくる。
・・・"場所"が悪い。
今使うわけにはいかない。
弓と矢を作り、彼から逃げるように飛び下がる。
と、同時に何連も矢を放つ。
いくつかは当たり、いくつかは大きく外れて地面に突き刺さる。
コンクリートにすら突き刺さり、抉り削る威力を持った矢は、先程と同じようになんら効果を上げない。
「無様ね、アーチャー。あれだけ大口を叩いたわりに、結局逃げる事しかできないじゃない」
少女の嘲笑が聞こえる。
しかしそれに付き合う余裕はない。
なにしろ少しの隙でも見せようものなら、次の瞬間には首一つの身なのだから。
バーサーカーに直接効果はないと分かりつつも、矢を放つのは止めない。
放つ。放つ。放つ。放つ。放―――
「っが!」
彼の剣を避け、繰り返し矢を放とうとした時に、腹を貫く衝撃を受けた。
飛ばされながらも彼の足で蹴られたということを確認する。
まるでおもちゃのボールの様に面白いくらいの飛距離を飛ぶ。
放物線の頂点を過ぎ、下がり始めた頃に、これ以上飛ばされなかったのが幸いと言おうか、電柱に叩きつけられた。
漏れるように、息が口から吐き出される。
「壊れた幻想」
爆発が、バーサーカーを中心として広がった。
セイバーとの共闘時に放った矢。
そして今迄にも放ち続けた矢。
消えずに、地に残ったもの全てを爆破した。
矢の一つ一つは大した魔力も込めていないが、その全て使えば、それなりの穴を作ることができる。
そう、これは先程使った手と同じもの。
ただ使った量が多いに過ぎない。
彼を、落ちている数々の矢の中心地へ誘いこむ。
体を崩させたところで・・・この場合は彼の蹴りが該当する。
そうしたところで、矢を起爆させ、彼の足を封じる。
そして――
「I am the bone of my sword.」(
弦を張り、"矢"を番える。
体を直す暇など与えない。
「偽・螺旋剣」(
きぃーんと、エンジンが高速回転をしているような音と共に、私が放った"矢"が彼へと飛ぶ。
バーサーカーの、何回目かの咆哮。
右手に持つ長大な剣で、カラドボルクを叩き落とそうというのだろう。
が、小細工はこれで終わりではない。
今日三度目の、幻想を破壊する呪文を唱えた。
爆発。
バーサーカーの右腕が(吹き飛ぶ。
そして飛び続ける"矢"。
起爆させたの"矢"ではなく、彼の右腕に突き刺していた剣だ。
握られていた長剣も共に吹き飛び、彼から遠くはなれる。
せまりくる"矢"に対して、最早避ける足すらとられ、武器も盾もない。
そしてカラドボルクは、あのバーサーカーの宝具であろうとも容易く貫くことができる。
――が。
今迄にない最大の咆哮が響く。
その声には悲愴はなく、諦めなど欠片も見当たらなかった。
バーサーカーは唯一残った左腕を振り上げ―――
――あろうことかその手で"矢"を打ち払った。
「嘘!?」
それは誰の声だったのか、驚愕に満ちた叫びが爆発音に紛れて聞こえた。
無理もない。
あれは私にとって切り札のうちの一つ。
立ちはだかる全てのモノを抉り、貫く必殺の剣だ。
それが規格外の相手とはいえ、素手で弾かれたのだから驚くのも当然と言える。
無論、弾いたとはいえ彼自身、無傷というわけではない。
腕ごと肩は吹き飛び、激しく血液を撒き散らしている。
が、生き残っている。
爛々と輝くその瞳は、いまだ自身の負けを認めていない。
たとえ四肢が無くなり、自らの武器が牙のみとなろうが、戦い抜く。
尽きぬ気迫。
――― ならば終局へと向かおう ―――
地を蹴り、飛び上がる。
すでにこの身は彼の目の前、手を伸ばせば届く距離にいる。
"矢"を放つと同時に、それに追いつかんばかりの速度で駆けたのだ。
そしてこの手には一振りの剣。
右手、左手、そして両足。
四肢を封じ、衝撃に揺らぐ体。
封殺された全ての行動。
そう―――
「詰みだ、バーサーカー」
騎士として、真正面からぶつかり合えないことを惜しく思いつつ。
手にした剣を、彼の心臓へと突き刺した。
「嘘」
知らず、声がでる。
アインツベルンが呼び出した、最強のサーヴァント。
最強の英霊、最強のクラス。
その結晶が、ただの賭け事とはいえ・・・
「やれやれ、まさかここまで耐え切るとはな」
呆れたような、そして敵意とも敬意ともとれない声が聴こえる。
「カラドボルグまで出したというのに生き残るとは。
まあ予想はしていたが、実際に目の前にすると脅威を感じるな」
そういって、バーサーカーを見やる。
一度死を迎えてしまった為、今彼は宝具による蘇生がされている。
そう、つまり――
「さて、イリヤスフィール。賭けは私の勝ちのようだが?」
――それはバーサーカーが、戦いに負けたということ。
「そんなの、認められない!」
信じられないし、認められない。
「わたしのバーサーカーは最強なのよ!? それを誰とも知らないサーヴァントにいとも簡単に・・・!」
「いとも簡単、というのは勘違いだ。
私一人では彼は倒せん。なにしろ力、速さ、魔力。全てに置いて私を上回っているのだからな」
全くどうしようもない、と弓兵はため息をつく。
「だが彼は狂人と化した人物だ。直感による直前的な危機回避はできようが、罠に陥った後ならば、それに意味はない」
そんなことは知らない、関係がない。
わたしのバーサーカーは最強なのだ。
相手は、ただ踏み潰すだけの虫けら。
羽があろうが潰す、俊敏に移動できようが潰す、硬い殻を持とうが潰す。
それが可能なのが、わたしのサーヴァント。
その怪物が、なぜこのような男に負けるのか。
許しはしない。
認めなどしない。
「バーサーカー!」
叫ぶ。
自分の声が、思ったよりも大きく、見苦しいものがあったことが、それがさらに自分をいらつかせた。
「アーチャーを殺しなさい!」
命ずる、が。バーサーカーはピクリとも動かず、ただその身の回復に努める。
「どうしたの、動けない、なんていわせないからね。早くコイツを殺しなさい!」
だが、動かない。
まるで岩の塊になったかのように、バーサーカーは直立不動をし続ける。
「く、動きなさい!」
わたしの体が発光する。
知らず、令呪が発動したのだ。
たとえどんな意思を持とうが・・・狂人である彼に意思や理性など持ちようはないが。
ともかくこれを使用してまで、主の命に逆らえるサーヴァントなどいない。
が、バーサーカーは動かない。
令呪の効果ならば、例えその身が腐っていようが、その命に従うだろう。
だが、彼は動かない。
赤い呪が彼の周りを渦巻き、肉を抉り精神を侵食する。
呪いが物質化したのだ、主に背く代償に。
しかしそこまでされて、尚バーサーカーは動かない。
彼が動けない筈なんてなく。そして令呪を持ってしても、動かないなどありえない。
「無駄だ、イリヤスフィール。彼は戦士だ。誓いを破る様な男ではない」
そう、つまり彼自身が自らの行動を抑えない限りは・・・
「っ・・・・そんなの知らない! バーサーカーはわたしの言うことだけ聞いていればいいんだもん!」
我ながら、癇癪を起こした子供の様だ。
情けなさから、涙まで出てくる。
だって認められないものはしょうがない。
十年も待った。
彼に復讐するために。
死んでしまった彼の子である男に、復讐する為。
それがこんなところで終わってしまうなんて、認められない。
「イリヤ」
弓兵が、わたしの事を愛称で呼ぶ。
その呼び方は許せない。
呼んでいいのはもう死んでしまった二人くらいしか・・・
「イリヤ、約束は守らないと駄目だぞ」
・・・唐突に、涙が溢れた。
肩に置かれた無骨な手、低い割には、野太い、というイメージは全くないその声。
髪、目、鼻、口。
見た事もない、今日初めて会う顔。
なのに、何故なのだろうか――
会いたいと、十年以上想いつづけてきた人に、この男が似ているなんて思ってしまったのは。
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