その身は生を受けた時から、王であった。
国のために在り、国のために戦い、国のために勝利を収めた。
王という身は、ただ国を栄えさせるためのものに過ぎなかった。
だから彼女は身を投じ続ける。
血を流す戦場へ、血さえ流れぬ村を切り捨て、栄光を掴む。
だがそこまでしても、国は滅んだ。
何が悪かったのか、自分は最善の行動を選んだはずだ。
行いに失策はなく、失敗は無い。
敗戦する事はなく、勝利は約束されていた。
自分は正しかった、それに誇りを持っていた。
ならば何が悪かったのか。
自分が選ばれたのが間違いでは無かったのか?
そこに思考が至ったときには
「契約しよう、聖杯を得た後、この身を預ける」
世界を相手に、契約を結んでいた。
一度目の聖杯戦争。
マスターは"正義の味方"
10を助けるために1を切り捨てる。
その方法は最善で、最短で、最速であった。
自分以外の手を汚すことすらしない。
サーヴァントであった私自身ですら、一度たりとて血を浴びていない。
被害が広がる前に、殺す。
戦いになる前に、殺す。
対峙する前に、殺す―――
彼はまさに正義の味方。
何よりも前に自身の感情を殺し、抑制のための殺戮を犯す。
そしてたどりつくは聖杯。
彼にこそふさわしい、彼にこそ最も必要な、万能の願望機にして根源への道、聖杯。
だがその雫は彼を潤すこともなく、彼の令呪により、私自身の手で葬り去られた。
二度目の聖杯戦争。
マスターは"正義の味方"
全ての人間を助けるために奔走する。
10を助けるために、自らを切り捨てる異常者。
自らを助けない、愚か者。
だが彼は最後まで生き残り、自らの理想を体現する男すら倒して見せた。
彼は正しかった。
たとえ自らがどんなに破綻した理想を抱き、手に入らないものを追い求めようと、
その垣間見た幻想は美しく、絶対に間違いなどではなかった。
だがここでも私は聖杯を得る事はない。
私自身の意思で、捻れ曲がった聖杯を破壊する事になった。
私はこの後、彼と共に聖杯戦争を勝ち抜いたマスターに仕え、日常を生きることになる。
結局、答えを得る事はできなかった。
だが彼は、理想を抱き続けたまま、擦り切れることなく生をまっとうした。
彼と私の違いはなんだったのか。
答えは出ない。
だが望みはある。
得たい物がある。
見て見たい未来がある。
きっとその先に答えがある。
故に――――
収束される魔力。
生成されるエーテルにして自らの体。
それが固まりきる前に、剣で殺意の塊を払う。
ぎぃん!
青き英霊の驚愕があがる。
その隙を逃す手はなく、踏み込んで彼を両断するように剣を振り下ろす。
振り下ろされた剣を槍が迎え撃つ、が、それは盾にもならずに弾き飛ぶ。
彼は不利を悟ったのか、一足で階段まで下がり、目にも止まらぬ速さで土蔵を去った。
それを見届け終えたときには、体は完成、安定していた。
ゆっくりと振り向く。
入り口から月明かりが差し込んだ。
照らされる先に、赤い髪の青年がいる。
私の望みがある。
「―――問おう。貴方が、私のマスターか」
三度目にして二度目の聖杯戦争。
この身は、ここへ。
――――――――<三度にして二度目>――――――――
「アーチャー」
わたしは今、空高く跳んでいる。
自らの魔術ではなく、アーチャーに抱えられて、だ。
襲われた生徒の特徴を聞けば、赤い髪のわたしと同じくらいの身長の持ち主だという。
そんなふざけた髪の持ち主は、わたしの知る限り一人しかいない。
幸い、彼の家は知っている。
すぐに学校から飛び出そうとしたわたしを、アーチャーが一言。
「それでは遅いだろう」
と、あろうことかわたしを・・・俗に言うお姫様抱っこというやつで・・・ああ、ちょっと頭にくる。
とにかくわたしを抱えて飛び出したのだ。
確かに速い、まさに飛翔の如くである。
わたしと彼の体重なら、これだけの速さと高さで跳んでいる以上足音と足跡が残りそうなものだが、
彼は小さな音をたてることすらせず、屋根や電信柱を足場にして移動していった。
3分ほどお互い無言であったが、今、わたしのほうから話しかけたわけだ。
「どうした、凛」
答えながらも、足は止まっていない。
呼吸に乱れはなく、全く揺れも感じることなく飛びつづける。
「貴方、記憶が戻ったって言ったわね?」
「・・・」
風を切る音がうるさい。
アーチャーはわたしを見ることなく、ただひたすらに前を見据えている。
「今どうこう言うつもりはないわ。だけど家に着いたらとことん追及させてもらうから」
「・・・すまない、凛」
アーチャーが心底すまなそうに言う。
今はこんなところだろう、仲間割れをしている時間は無いのだ。
目的の屋敷が見えてきた。
わたしにあるのは、なにも知らないはずの一般人を狙うランサーに対する激情ではなく。
(まったく、なんだってこんな時間にあんな所にいるのよ、あの馬鹿は!)
こんな事に巻き込まれた彼に対する怒りだった。
「え・・・・マス・・・ター?」
全く事情を理解できていないのか、呆けた表情で彼は私を見ていた。
私の記憶の男より、若く、まだあどけなさが残っている。
だが、まちがいなく彼は私が望む人物。
胸に血の跡が無い。
私の知る聖杯戦争とは幾分違うようだが、大した問題ではない。
会えた、再び会えた。
知らず、私の顔は笑みを浮かべていた。
「サーヴァント・セイバー、召還に従い参上しました」
私が言うと共に、体に小さな痛みが生じる。
彼が左手を凝視している、そこには令呪が淡い光を生み出していた。
完璧に繋がったのだ、彼と私が。
相変わらず魔力の流れは無いが、今確実に彼と私はラインによって繋がれた。
「―――これより、私は剣となり貴方を狙う相手を打ち砕き、貴方の盾となり凶刃を防ぎましょう。
ここに、契約は完了しました」
「な、契約って、なんの――――!?」
その問いに答える暇は無い。
土蔵の外に見えるは、7つの内最速のサーヴァント。
「マスター、少々お待ちください」
一足飛びで土蔵を出る。
その勢いを乗せたまま、ランサーに剣を振り下ろした。
槍がはじかれ、それを流すように後退する。
彼の顔は驚愕に染まったまま、その槍だけは迷うことなく私を狙って突き出された。
避けるまでもなく、私は下げたままの剣を振り上げて槍を弾く。
響く剣戟。
再び弾かれるようにランサーは後退する。
が、それに勝る速さで、私は彼の懐まで踏み込む。
剣を振り下ろす。
この距離では槍を構えようもなく、彼は槍を縦にして防ぎに入る。
火花が散り、槍とランサーがはじけ飛ぶ。
速度では彼に届きはしないが、この身はセイバー、一撃一撃が猛る魔力によって必殺の威力を持つ!
「卑怯者め、自らの武器を隠すとは何事か・・・!」
ランサーが叫ぶ。
私は不可視のままの剣で答えを返す。
既に懐に入っているため、ランサーの攻撃はない。
何度も何度も剣を彼に打ちつける。
だがこれでは彼は倒せない。
彼は見た目以上に粘り強い。
このまま切りつけ続ければ勝機はあるかもしれないが、それは望むところではない。
均衡状態を崩すためには、まず自らバランスを壊す!
剣を握り締め、渾身の一撃を振り下ろす。
「調子に乗るな、たわけ―――!」
が、剣は何もない地へ刺さり、その先に彼の体は無い。
一瞬で間合いの外まで逃れると、ここが勝機とばかりに着地と同時に地を蹴る。
これで終わり。
地に打ちつけた私の剣は当たらず、彼の槍が私を貫くだろう。
このままであれば、だ。
剣を基点にし、体を回転させて再び剣が舞い戻る。
「!」
彼の顔に驚愕が浮かぶ。
その隙を逃すことはしない!
ぎぃん!
弾け飛ぶ。
剣は辛うじて槍で防がれ、彼を両断することはなかった。
間合いが離れる。
無言、あるのは風の流れる音のみ。
今までの苛烈な戦いを押し流すように、強い風が吹き続ける。
「・・・ひとつ訊かせてもらおうか。
貴様の宝具―――それは剣か?」
私にとっては2度目の問い、少しばかり懐かしい思いがよぎったが、私は前と同じ答えを返す。
「―――さあどうかな。
戦斧かも知れぬし、槍剣かも知れぬ。いや、もしや弓ということもあるかも知れんぞ、ランサー?」
「く、ぬかせ、剣使い」
ランサーが笑う。
すでに先ほどの困惑は彼にはなかった。
槍が僅かに下がる。
知っている、あれを私は知っている。
赤い魔槍、一撃必殺にして、彼の宝具。
「・・・ついでにもう一つ訊くがな。お互い初見だしよ、ここらで分けって気はないか?」
「――――」
場の緊迫した空気に対して、軽く言い放つ。
彼とは短い付き合いではあったが、あれは本気で言っているのだろう。
なにかと気分と気持ちに正直な男だからだ。
「悪い話じゃないだろう? そら、あそこで惚けてるオマエのマスターは使い物にならんし、
オレのマスターとて姿をさらせねえ大腑抜けときた。
ここはお互い、万全の状態になるまで勝負を持ち越した方が好ましいんだが―――」
目だけで確認する。
待っていろと言ったのに、土蔵から彼は姿を表していた。
大方、私が心配で出てきたのだろう。
「いいだろう」
「そうかよ。ったく、こっちは元々様子見が・・・・は?」
信じられないものを見たように、彼が呆然として聞き返す。
ちなみに私はすでに剣を収めている。
それがさらに彼を驚かせている一端だろう。
「貴方の意見に賛成したのだ、ランサー。
今このような状態で、決着を付けるのは私とて本意ではない。
さらに言うと、私は貴方に借りがある。
それを返すまでは、少なくとも貴方に敵対するつもりはない」
ランサーが、槍を構えたまま惚けている。
それはそうであろう、彼にとってはそんなことは覚えていない、いや『知らない』事なのだから。
しばらくそうしていると、槍を下ろし、かぶりを振ってため息をつく。
「全く、ワケがわからねえな。アーチャーといい、オマエといい・・・」
「アーチャー? 貴方はアーチャーに会ったのですか」
「ああ、ってーことはテメエら知り合いか。あいつも同じようなこと言ってたな。全くなんだってんだか」
やれやれ、と盛大にため息をつく。
かなり疲れているようにも見える、どちらかというと体力的の疲れではなさそうだが。
休ませたい所だが、彼の口からはアーチャーという名前が出た。
聞かなくてはならないことがある。
「ランサー、そのアーチャーは赤い外套を着た、薄い赤髪の男だったか?」
「やっぱり知り合いか。ついでに言えば黒と白の双刀使いだったぜ」
やはり、彼もここに召還されたのか。
となると先ほどから塀の外から感じるこの気配は―――
「ま、なんだかわからんが。とりあえずは帰らしてもらうぜ」
あっさりと言って、私の言葉を信じきって背中を見せるランサー。
「っと、最後にセイバー。俺に借りがあると言ったな。そのわりには全力で切り伏せにかかってきたみたいだが」
「この程度で死ぬようなら、私が手を下さずとも生き残ることなどできないでしょう。
逆に手を抜けば、こちらとて危ないですから」
「クッ、言うな、セイバー」
彼は嬉しそうに顔を私に向け、手の代わりか、槍を軽く頭上で振ってきた。
「じゃあな、次に合った時は、お互いもうちっと楽しもうや」
「―――」
私は答えず、軽く顎を下げる。
するとトン、という軽い音がする。
顔を上げたときには、すでに彼は塀を飛び越えて消え去った。
彼が見えなくなる。
軽く息をついて、後ろを見やる。
そこには口を開けて今だ惚けている私のマスターがいた。
「さて」
彼の方に向かう、警戒心が芽生えたのか、少し後退して身構えてきた。
「マスター、私は待っていろ、と言ったはずですが。それなのに何故こんなところで立っているのですか?」
責めるように、言う。
すると彼は目をしばたき、目に見えて焦りだす。
「あ、いや、ごめん。ってそうじゃなくて、何なんだ、おまえら。それに俺はマスターなんて名前じゃないぞ」
「ではお名前を、私はまだマスターの名前を伺っておりませんから」
「だからマスターって・・・いや、俺は衛宮。衛宮士郎っていうんだ」
「はい、ではシロウと呼ばせていただきます」
そう言って、微笑む。
シロウ、と呼ばれた事が恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤にして彼は慌てる。
「ちょっと待て、なんだってそっちの方を―――」
抗議の声が発せられる瞬間、彼が左手を押さえつける。
そこには淡い光が、紋様となって浮かび上がっていた。
「それは令呪と呼ばれるものです。
我らサーヴァントを律する三つの命令権で、私達の契約の証でもあります」
「契約・・・? お前一体何者なんだ?」
「使い魔とでもお思いください。
聖杯戦争にてマスターによびだされる戦力、兵がサーヴァントと呼ばれるものです」
「な――」
「これ以上の質問は後で、外に二人の気配があります。シロウはここでお待ちください」
「・・・外に?」
軽く跳躍して、塀を乗り越える。
そこには彼と、この時代の彼女がいるはずだった。
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