それはまさに神話の一ページ。

互いの交錯のたび、巻き起こるは台風。
武器と武器がが奏でる音は、空を切り裂く稲妻の様で。
互いが繰り出す攻撃、いや、これはもはや殺意を持った猛威と言うべきか。
その様は烈火の如く加速し、広がりを見せる。

わたしが召還し、共に戦う事を決めたアーチャー。
対峙するは赤く禍々しい魔槍を持つ、青き英霊ランサー。

そう、それはまさに神話の一ページ。
地を抉り、爆風を生み出し、相手を打倒すべく振るわれる殺意の塊。
恐ろしくも激しい、このたった二人のみの『戦争』は、古人が恐れた天災そのものと言える。
だがわたしに恐怖は無かった。

その戦闘と言う名の演舞に、ただただ見惚れていた。























――――――――<初戦にして再戦>――――――――





























-2/1-









「なに、学校に行くだと?」

「ええ。何か問題があるからしら、アーチャー」

「・・・」
朝食の後、そう切り出したわたしに、アーチャーは口に手を当てて悩みだした。

「凛。君なら分かって居るだろうが、聖杯戦争に参加するからには、常に敵のマスターの襲撃に備えなくてはならない」

口に当てていた手を解くと、今度は腕を組んで彼はそう言ってきた。

「ええ、そうね」

「君自身の警戒も必要だが、何より私には君を守る責務がある。そして学校という場は、この家に比べて安全では無いだろう」

「そのとおりよ、でもねアーチャー。わたしはマスターになったからといって、今までの生活を変える気はないわ。
 それにマスター同士の戦いは人目を避けるものでしょう?
 それなら人目に付く学校にいれば、不意打ちされる事はまずないと思うけど」

そういったわたしに、アーチャーはまた悩みだし、唸り始めた。
まだ召還してから1日ちょっとという短い関係だが、アーチャーについて一つわかったことがある。
彼はわたしの健康状態や、身の安全にことさら気を使ってくるのだ。
まあマスターがいなくなれば、サーヴァント自身現界することができなくなってしまうので、当然といえば当然なのだが。
アーチャーの場合は、良く言えば慎重、悪く言えば・・・悪く、という表現もどうかとは思うのだが。
言うなればそれは、過保護、である。
アーチャーは何より私を守護してくれようとしている。
所詮マスターとサーヴァントの関係など、聖杯を得るための協力関係に過ぎない。
そして呼び出した魔術師自身より、遥かにサーヴァントの方が優れているのだ。
場合によっては、自分より劣っているものに仕える事など認めず、主に牙を向ける者もいるだろう。
故にサーヴァントに対する三回のみの絶対命令権、『令呪』が存在する。
が、それを覚悟した上で召還して見れば・・・
少し拍子抜けといった感もある。
まあ嬉しいことは嬉しいのだが。

「・・・まあ君が一度言ったことを曲げる人間では無いことは、重々承知しているからな。
 だが凛、当然だが私も霊体化して付いていくが、かまわんな?」

無論のこと、わたしはそれに頷く。
むしろ外出の時は常にそばに居てもらうつもりである。
それにわたしだって馬鹿ではない、今の状況で不必要な外出がどれだけ危険であるかは理解している。
が、聖杯戦争に限らず魔術師同士が諍いを起こすなら、人目は避けるものである。
だから朝である学校の時間に不意打ちの心配は、まずない。
そしてなにより、わたしはこの冬木の管理者である。
この土地の魔術師はちゃんと知っているし、そして遠坂以外に唯一ある家系はとうに落ちぶれている。
そのため今回の聖杯戦争には外来の魔術師のみ、という形になるはずだ。
しかしわたしがそう告げると、アーチャーはため息なんぞつきつつ。

「分かった、だがまあ何事にも例外というものが存在する。用心に越したことはないぞ、凛」

なんてことを最後まで言ってくれた。






だがまあ実際、学校には結界が張られていたりなんかした。






その結界は最悪、どころの騒ぎでは無かった。
中の人間を体ごと"溶解"させ、魂を強引に集める血の要塞。いや、血の坩堝とでもいったところか。
だが魂などというものは、今現代の人間にはなんの意味も無い。
魔術に置いて必要な要素と言われているが、それを確立させたのは彼の"蛇"以外には存在しないと言われている程だ。
つまり魂といった物は魔術師には使い道が無い。
しかし、こと聖杯戦争においては意味がないわけではなかった。
殆どが霊体であるサーヴァントにとって、魂とは魔力に変わる供給源。
つまりはエサだ。
それを語ってくれたアーチャー自身、気持ちの良い話ではなかったようで静かに怒りを見せていた。
安心した。分かってはいたが、アーチャーは信頼できるパートナーだ。

既に学校中を探し回り、ほぼ全部といえる刻印の消去をした。
アーチャーは魔力感知に長けているのか、探し出すのにはそう時間はかからなかった。
が、数が数だったのと、できるだけ人目につかないように動いたため、すでに8時になってしまったが。
そして最後の締めとして、屋上に出た。
駆けずり回って刻印の消去をしてきたが・・・実の所これには大して意味は無い。
この結界はわたしの手に負える物ではなく、できる事と言えば魔力の除去、溜まった魔力を力押しで吹っ飛ばすくらいだ。
つまりはただの嫌がらせ、結界主が魔力を通し直すだけで復活してしまう。
まあこれによって結界の完成は多少遅れを見るだろうし、そこまで意味がないわけでもないが。
左腕を壁の刻印に差し出す。
わたしの左腕に刻まれた魔術刻印が光りだす。
これは遠坂家に伝わる"魔道書"だ。
これに記録されている結界消去を読み込み、あとは一息で発動するだけ。
口に呪文を――――

「なんだよ。消しちまうのか、もったいねえ」

乗せる前に。
飄々として、軽々しい、そしてなによりも恐ろしい男の声が、屋上に響いた。









それからの行動は、ほとんど直感任せに動いた。
逃げるように屋上から降りて、なんとかグラウンドに出る事はできた。
あの男は槍を持っていた。
それでランサーのサーヴァントと考えるのは、今までの経緯からして早計かもしれない。
しかしあの狭い場所ではわたしはただの足手まとい。
わたし達の長所を生かす為にはあそこでは駄目だったのだ、どの道移動するしかない。
グラウンドに着いて、実体化するアーチャー。

そして対峙する青と赤の英霊。

戦いが、いや戦争の幕が切って落とされた。











一際大きな音が響く。
ランサーが間合いを取るように大きく下がっていた。
アーチャーは動いていない、ただ鋭いまなざしで敵を直視するのみだ。

「貴様・・・本当にアーチャーか?」

ランサーが苛立ち、呟く。
いや、アレは苛立ちというより困惑だ。
・・・その気持ちはわたしも同じ。
アーチャーはその名の示す弓をださず、あろうことか短剣で戦いきったのだ。
それは槍で戦ったランサーにとっては屈辱以外の何者でもなく、アーチャーは何の手も彼に見せていないことになる。
しかしランサーが問うたのはそこでは無いだろう。
なぜなら――――

「近接戦で槍兵を圧倒する弓兵が、どこにいやがるってんだ」

そう、アーチャーはランサー相手に互角に渡り合ったわけではない。
辛うじてではあるが、押していたのだ。
アーチャーが剣を使えるのはかまわない、しかしこれは異常である。
魔術を使える剣士もいるだろう、弓をうつ魔術師だっているかもしれない。
だが彼はアーチャーである。
そのクラスで呼ばれた以上、接近戦でランサーを圧倒できる道理は無い筈だ。

「なに、君は全力をだしているわけではあるまい。
 私は全力で戦って、今の君と互角なわけだ。ならば大した問題ではあるまい」

「ッチ、弓をださないアーチャーが何を言ってやがる」

ランサーが吐き捨てるように言う。
彼には最初の頃の余裕は無い。
飄々としている声には変わりはないが、鬼気迫るその表情が、今の戦況を語っている。

「・・・いいぜ、訊いてやるよ。テメェ、何処の英雄だ。
 二刀使いの弓兵なぞ聞いた事がない」

「残念だが、答えるわけにはいかんな。
 だがそういう君の事は判るぞ? ケルトの英雄にしてクランの猛犬。
 彼の物が持つ魔槍は、必ず標的の心臓を貫いたという」

「―――ほう。よく言ったアーチャー」

途端。
あまりの殺気に、呼吸を忘れた。

ランサーの腕が動く。
今までとは違う、一部の侮りもないその構え。
槍の穂先は地上を穿つように下がり、ただ、ランサーの双眸だけがアーチャーを貫いている―――

「―――ならば食らうか、我が必殺のい」

「が、君の正体を私だけが知っているのは不公平であろう」





「・・・あん?」

ランサーの目が下がり、殺気が薄れる。

「なに、正体の変わりに少し種明かしをするだけだ。ランサー、私は生前弓兵ではなく、魔術師であった」

と、アーチャーは大したことでもない、とでも言うように、気軽に暴露してくれた。





ランサーが口を開けて固まっている、まさに唖然、とした表情でだ。

「っちょっと、なにばらしてるのよアンタ! っていうか聞いてないわよ!? わたし!」

「ああ、すまなかったな凛。実は私は魔術師だったのだ」

「いまさら言うな! っていうかあんた記憶は!?」

「それも実は昨日の朝に戻っている。なに、記憶が戻ったのは君が問うた後だ、嘘は言ってはいない」

「そういう問題じゃあない!」

「む、その後君も聞かなかったではないか。私としては言うタイミングがなくて困っていた」

「だまれ! この馬鹿アーチャー!」

ってしまった! 今わたし達はランサーと戦闘中だった―――

が、急いで目を向けた場所には、わたしを恐怖させた、獣じみた槍兵はいなかった。
いたのはニヤニヤとした顔をわたし達に向けている、ただのヤンキーかヤ○ザだ。
座り方は押して知るべし。

「あん? なんだ、夫婦漫才は終わりか?」

「違う!」

わたしは全力で否定する。
ああもう、顔が耳まで真っ赤になっているのが自分で分かる。
この趣味の悪い青色全身タイツ男め・・・!

「んでアーチャー、テメエなんのつもりだ?」

「む、なんのことだ?」

「テメエから種明かしして、なんのつもりかって聞いてるんだよ」

「む」

アーチャーが考え込むように手を口に運ぶ。
・・・なんというか、決して策略とかの類では無いことは理解した。

「公平を期すため、というのも本心ではあるのだが。
 まあもう一つあげるとしたならば、礼だな」

「礼?」

「なに、昔君に世話になったことがあってな、恩人に対して仇で返す趣味は私には無いということだ」

「・・・」

ランサーが考え込むように黙り込む。

「覚えがねえな。もし俺の時代にいて会った事があるんだったら、真っ先に分かりそうなものなんだが・・・」

「まあそうであろうな。私にとっては再会であっても、君にとっては私は初見であるからな」

「・・・意味がわからねえ」

ランサーは舌打ちをし、担ぐようにしていた槍を、再び構え直す。

「それで、どうするつもりだアーチャー。俺は過去に何があろうが、このまま引き下がるつもりはないぜ?」

「ああ、それには異存は無い。今の私と君は敵対関係にあるからな、馴れ合うつもりは毛頭ないさ」

アーチャーも双剣を構え直す、膝のあたりまでダラリと剣を下げた、独特の構えだ。

「それに、君との戦いは本意でもある。私は一度、君の本気を前にしたかった」

「はっ」

ランサーが笑う。

「期待に応えようじゃねえか、アーチャー」

それは笑みと言うより、獣の口が引きつったかのように見えた。

空気が凍る。
漂うマナが、赤い槍に食われていく。

アーチャーに動きはない。
マナの動きを感じてから、もはや構えすら解いて棒立ちになっている。
彼は自分の中に埋没するかのように、目を閉じた。

奇妙な光景だった。
あの槍が奔れば、アーチャーは死ぬ。
それは勘でもなんでもなく、目の前に突きつけられた事実。

だが何故だろう。
アーチャーはあの迫る死に対して、何もしていない。
魔力は欠片も動いていない。いや、それどころか彼の周りだけ"止まっている"かのようにも見える。

アーチャーの右手が上がる。

ランサーの体が沈む。

張り詰めた弦に手をかけたのは―――

「誰だ!」

予期せぬ第三者の登場だった。













(しまった、"ここ"だったか!)

余りにランサーとの戦いに集中しすぎて、『あいつ』の事を忘れていた。
人影は逃げるように校舎へと向かう。
それを追うランサー。

「生徒・・・!? まだ学校に残ってたの・・・・!?」

凛の困惑と焦りが混じった声をあげる。
まだその後の事まで頭が回っていないようだ。

「凛、ランサーが今の人影を追った! 目撃者を消すつもりだろう!」

「え・・・? ちょっ」

まだ混乱しているようだ。ええい、彼女は本当に不測の事態に弱い。

「ランサーを追う、凛、許可を!」

「あ・・・お願い、アーチャー!」

凛の返事が終わる前に、足に強化をかけて疾走する。
だがランサーが相手では、間に合わない可能性が高い。

(全く、世話のかかる!)

魔力と筋力を、限界まで引き上げて、速度を上げた。










全力で逃げた。
形振りかまっていられず、それどころか、かまう考えすら浮かばなかった。
なにしろ逃げてから、自分が殺されると自覚したくらいだ。
今は座っている。
後ろに追いかけてくる気配はなかったし、なによりもう足も心臓も限界だった。
たぶん、計測すれば自己記録が更新できるのではないか、と思うほどに必死だった。

だがそれでも。
コノ目の前の人間に似た何かには、通用するものではなかった。

「運がなかったな坊主。まあ見られたからには死んでくれや」

奔る槍。
走馬灯すら見る事のできない速度で、自分の心臓めがけて突き進む槍は。


ギィン!


白と黒の軌跡に、軌道を変えられた。








「馬鹿者! 早く逃げろ!」

赤毛の少年がビクリと体を震わせる。
少しの間呆けていたが、すぐに体を起こすと、頼りなさげながらも走って行った。
死が目の前に迫ったわりに、思ったよりも立ち直るのは早かった。
窓を背にして、今日何回目かの舌打ちをするランサー。

「どういうつもりだ、アーチャー。目撃者は消すのが手前等のルールじゃなかったのか?」

「だからといって、君とて望んでやっているわけではなかろう」

「・・・まあいいさ。で、ここで決着を付けるか?」

赤い魔槍が、再び構えられる。
自分の手には短刀が二つ。
この狭い廊下ならば、ランサーの槍は「払う」といった行動はできない。
が、私自分自身も、いざという時逃げることすらままならない。
ここで戦うなら、確実にどちらかが死体になるだろう。

「と、いきたいところだが」

ランサーが跳ぶ。
前ではなく、窓がある後ろにだ。

「うちのマスターがお呼びだ」

「・・・逃げるつもりか、ランサー」

「はんっ! こんなしけた所じゃ、決着つける気にもならねえよ」

吐き捨てるように言うと、彼は窓際に足を乗せる。

「じゃあな、アーチャー。ちなみに追ってきてもいいが・・・」

少年が降りた方の反対側から、階段を駆け上がる足音が聞こえた。
軽い、女性の足音。
つまり―――

「あの嬢ちゃんを、ここに置いてってもいいんだったらな」

そう言って、ランサーは窓から降りて行った。

追うことはできない。
今この場に姿を見せていないランサーのマスターである"ヤツ"や、別のマスターがここにいないとは限らない。
その中で、凛を一人置いていくわけにはいかない。
足音が近づいてきた。

「アーチャー、さっきの生徒は!?」

ここまで休まず走ってきたのだろう、息がかなり上がっている。

「なんとか逃がすことはできた。が、ランサーにも逃げられた」

開いたままの窓を見やる。

「そう」

彼女は微かに震えていた手を押さえ、胸を撫で下ろす。
と、まさしく凝固の如く、彼女がそのまま固る。

「アーチャー、さっきの生徒は逃がしたのよね?」

「ああそうだが」

「ランサーはその後すぐここから去ったのよね?」

「ああ・・・そのとおりだが?」
凛の頭が下がり、それとは逆に両腕が上がる。
少しの間そのままの体勢で、腕を震わせると。

「そのとおりだが? じゃないわよこの馬鹿アーチャー!
 そんな奴生かしておくわけないじゃない!」

鼓膜を破らん程の声量が、夜の静寂を吹き飛ばした。









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