それは剣の丘にたどり着いた、一人の男の物語。

 彼の人生は荒野から始まった。
いや、そこで一度終わったのだ。
そこで彼は一人助かり、救われ、生まれた。
全てをそこで無くした少年は、そこで自らの行く道を手に入れた。
壊れた理想。
歪な生き方。
届かない幻想――――――
ただそれを美しいと思い、恩人であり父である人を失ってなお、その理想を追い続けた。
だが所詮はありえない理想。
どんなに努力しようが、どんなに身を削ろうが、決して届かない理想。
彼が彼の道を歩む限り、最後に行き着く先は一つ。

鍛え上げた体、知略、魔力、最強の魔術使い。

――――――故にただの一度も敗走は無い。

ただ『笑顔でいて欲しい』と思い。報酬も、自己満足すらも無く戦うその姿。

――――――故にただの一度も理解されない。

信じた相手に裏切られ、命を救った相手に殺されかける。

――――――故にその生涯に意味は無い。

千を救うために百の血を浴びる。
その血はさながら彼を鍛える火のごとく。
傷つき、倒れ、立ち上がり、傷つく。
それはさながら彼を鍛える槌のごとく。

――――――故にたどり着くは渇いた製鉄所、自分以外誰もいない剣の丘。
それは決められた未来、赤い英霊と化すための『儀式』。





だが――――





幸せな一生であった。
逝き場所は剣の丘ではなく、愛する者達に囲まれたベットの上。
彼は理想を捨てた・・・わけではない。
元々彼にはそれしかなかったのだ、捨てるということは自身を捨てるということだ。
ならば理想にたどり着けなかったのか?
それこそありえない、彼が英雄となるのは決められた事であるから。
ならば彼はなぜここにいるのだろうか。
愚問だろう、彼の顔を見れば分かる。
幸せだったのだ、愛する人がいたから。



めまぐるしくも、すばらしい日々だった。
幸せなひと時を過ごし、自らを鍛え、それを人々を助けるために使い、その報酬をきっちり彼女が貰っていく。
そのことで彼女と喧嘩し、吹っ飛ばされて病院でさらに説教を食らう。
戦場に足を運んだ後、たびたび病院に世話になっていたが、大半は彼女が原因だった気がする。
・・・・さらに言うなら所々記憶は飛んでいる。
髪が少し白くなったり、肌が少し黒くなった理由は、無茶な魔術だけでは無い気がする。

・・・・・・

彼は戦場がある限り、その身を際限なく投じ続けた。
一人ではなしえなかった奇跡も、彼女達となら起こし続けた。
それこそ世界滅亡の危機ですら、回避した。
そして彼は、英雄となる。

故に―――――










――――その身はここへ























――――――――<初見にして再会>―――――――





























「!」

最初に感じたのは痛みだった。
ねじり切った粘土を、つなぎ合わせるような感覚。
痛みを無視し、まずは状況を把握するために冷静になろうとし、混乱する。
記憶に障害があった、無くなったというよりぼやけて鮮明に思い出すことができない。
回線がうまくつながらない。

が、彼にはそれを悩む暇も考える暇もなかった。
痛みが無くなるとともに、最初に感じたのは浮遊感。
吐き気がするような感覚は、そのまま落下に変わる。
首をまわして上、いや頭から落ちているようだから下なのだが。
とにかく目を向けた先にあったのは屋根だった。
たとえこの身がサーヴァントであろうとも、この高さでは無事にはすまない。

なにかが引っかかった。
知らないはずの知識がある、いや『植えつけられて』いる。
それを訝しむ前に、肉体の強化は終わり、着地の体勢は整っていた。

ズ、ガガガッガガ!ダン!

屋根をつき破り、なにかの部屋をつき抜け、体全体に衝撃を逃がすようにして着地した。
足が少し痺れているがたいした障害ではない。
それどころかあれだけ派手に壊しながら着地した割には、服にすら傷一つない。

(・・・2階建ての家みたいだな)

というどうでもいい考えが浮かぶ余裕すらあった。
周りを見渡す。
着地の時に何かしくじったのか、軽い爆発があったように部屋の物は散々なことになっている。
とりあえずは敵の姿が無いことを確認する。

(居間だよなあ、これは)

見渡す限り壊れていないのは時計くらいだった。
ちょうど深夜の1時をさしている。
なにやら下が騒がしい、殺気は無い様だから敵では無いと判断し、彼は状況の把握を試みる。

(む、聖杯戦争か。サーヴァント、マスター・・・なるほど、これが植えつけられたものか)

足音、軽い音から子供か女性と判断したが、とりあえずそれは置いておくことにした。

(ここは・・・日本か? 西洋の装いではあるけど、空から見た感じは日本の住宅街だったしな。
 しかもこの家・・・)

見覚えがあった、記憶はいまだ混乱しているから確証はないが、既視感のようなものがあった。

(それにこの匂いは)

なにか思い出せそうになった瞬間

「扉、壊れてる!?」

取っ手をガチャガチャとまわす音が聞こえた。
開かないのは当然だ、ドア自体がゆがんでる上に、バリケードの様にドアの前が机や椅子で塞がっている。
声は若い女性のようだ、焦り、混乱しているような調子だった。

先ほどの妙な感じがまた心の中に浮かぶ。
ドアの向こうの声を聞いた瞬間に、だ。
落ち着くような、温まるような、今すぐこの場から逃げ出したいような、混沌としすぎてよく分からない感情。
気持ちの整理、いや心の準備が整う前に。

「―――ああもう、邪魔だこのおっ・・・・・・!」

どっかーんと扉が吹っ飛んだ。

「・・・・・・」

長い、実際は数秒とたってはいないだろうが、沈黙が部屋を満たす。
音といえば、静かに時を刻む柱時計と、突き破ってきた天井から降ってくる木屑くらいだ。
自分の中で激しく感情が渦巻く。
嬉しいような、憎いような、楽しいような・・・複雑で自分でも何が何だかわからない。
たがひとつだけ理解できた。

(そうか。彼女は俺の―――)

「・・・・・・また、やっちゃった」

大きく長い、自分を責めるようなため息をつく少女。
少しの間ぶつぶつと自分の内面に入っていたようだが、すぱっと頭を切り替えるように顔を上げると。

「・・・・・・やっちゃったことは仕方ない。反省―――それで。アンタ、なに」

ずいぶん失礼なことを言った。

「初見の相手にずいぶんだな、君は」

ついムッとして言い返した。
先ほどまでの混沌とした感情は、彼女に話しかけられただけですっきりと消えていた。

「まあいい。それで、君は私のマスターで間違いないな?」

彼女もムッっとした表情になる。

「わたしが先に質問をしているのよ、答えなさい。あなたはわたしサーヴァントで間違いないわね?」

「それなら自分で確認するがいい」

彼女は頭にクエスチョンマークを浮かべると、すぐに納得したように自分の体を見る。

「その様子ならわかったようだな、今君と私は契約による繋がりがある。
 聖杯を得ようとするマスターなら、まずそこを確認したまえ」

またもや彼女はムッとした顔つきになる。
今度は自分でも非を認めているためか、先ほどとはまた違う表情ではあるが。

「それならアンタにも言えることじゃない、私がマスターかなんて聞くまでもないんじゃないの?」

「ああ、そのことだが」

上を見上げる、天井は『なぜか』穴が開いていて、思ったより多くの星が見える。

「ずいぶんと激しい召還だったものでね、実のところかなり混乱していた。
 ああ、これではマスターのことを言えた義理ではないな」

「ぐっ」

嫌味を理解してくれたようだ、一筋の汗がほほを伝っている。

「そ、それで、結局アンタ何のサーヴァント? いえ、聞き方を変えるわ。―――あなたセイバー?」

「残念ながら剣は持っていない」

即答する。
すると彼女は目に見えて脱力した。

「・・・・・・ドジったわ。あれだけ宝石を使っておいてセイバーじゃないなんて、目も当てられない」

今度は俺がむっ、とする番だった。

「悪かったな、セイバーでなくて」

「え? あ、うん、そりゃあ痛恨のミスだから残念だけど、悪いのは私なんだから――――」

「ああ、どうせアーチャーでは派手さに欠けるだろうよ。
 いいだろう、後で今の暴言を悔やませてやる。その時になって謝っても聞かないし許さないからな」

「え?」

彼女はよほど意外だったのか、口をあけて唖然としている。
そうさ、拗ねて悪かったな。
すると一転して嬉しそうな顔になる。

「なに、癇に障った、アーチャー?」

「障った。見ていろ、必ず自分が幸運だったと思い知らせてやる」

半眼になって、彼女に抗議の目を向ける。
さらに彼女は嬉しそうな顔をする。

「そうね。それじゃあ必ずわたしを後悔させてアーチャー。そうなったら素直に謝らせて貰うから」

「ああ、忘れるなよマスター。己が召還した者がどれほどの者か、知って感謝するがいい。
 もっとも、先ほど言った通りそう簡単には許しはしないがな」

「わかったわよ。それでアンタ、どこの英霊なのよ」

「む、君がそれを聞くか」

というか私を見てわからんのか、君は。

「どういう意味よ?」

「先ほど言っただろう、誰かの素敵な召還のおかげで混乱していると」

「ぐ、なによ、また混ぜ繰り返す気?」

「ああ、いやそういう意味ではない。言葉の通りに記憶に混乱が見られるだけだ」

いい加減ガラクタの上に座っているのは痛くなってきたので、立ち上がる。

「これは君の不完全な召還のツケだぞ。自分が何者なのかはわかるが、名前や素性がどうも曖昧だ。
 まあさして重要な欠落ではないから気にする事はないのだが」

「気にすることは無い―――って、気にするわよそんなの!
 アンタがどんな英霊か知らなきゃ、どのくらい強いのか判らないじゃない!」

と、彼女は赤い顔で激怒する。
放って置けばつかみかかってきそうな勢いだ。

「なんだ、そんな事は問題ではなかろう。些細な問題だよ、それは」

「些細ってアンタね、相棒の強さが判らないんじゃ作戦の立てようがないでしょ!?
 そんなんで戦っていけるワケないじゃない!」

本当に些細なことだ、彼女は自分が誰かを全くわかっていない。

「何を言う。私は君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強で無い筈は無く、私たちが組む以上相手が誰だろうが敗北は無い」

絶対の自信と、なにより心からの信頼を込めて彼女にそう言った。

「な―――」

絶句し、怒りで赤らんでいた顔が耳まで赤くなる。
不意打ちに弱いのは相変わらずだ。

「分かった、しばらく貴方の正体に関しては不問にしましょう。
 ――――それじゃアーチャー、最初の仕事だけど」

「む、いきなりか戦闘か? まずは自分の体を気遣ったほうがよいと思うが」

「違うわよ。はい、コレとコレ」

「―――む?」

預けられたのは先に細い物が大量に付いている棒と、底が平坦になっていて横に大きく穴を開けている物。
つまりはホウキとチリトリだ。

「ここの掃除、お願い。アンタが散らかしたんだから、責任もってキレイにしといてね」

「・・・待て、君はサーヴァントをなんだと―――」

「使い魔でしょ? ちょっと生意気で扱いに困るけど」

絶句する、彼女の傍若無人ぶりは知ってはいたが、毎度のこと驚かされる。
ため息をつき、目を閉じる。

「しょうがあるまい、マスターの命令だからな」

「いいの? わたしには令呪が―――って、え?」

彼女は腕を上げて唖然とすると、そのまま固まる。
おおかた断られるとでも思って、令呪をちらつかせるつもりだったのだろう。

「どうした、マスター?」

「ああ、いえ。素直でいいんだけど―――っていうかなんでアンタ嬉しそうなのよ・・・」

む、そんなつもりはなかったのだが。

「そんな事はどうでもいい。それよりマスター早めに体を休めておけ。
 普通の魔術師であれば、サーヴァントを召還した時点で通常満足に活動できん。
 君が桁違いの魔力容量を持っているとはいえ、体調を完全にすることにこしたことは無い」

「そう、わかったわ、じゃあ後は頼むわねアーチャー」

「任された、お休みマスター」

彼女は一度きょとんとした顔をして、すぐに微笑を浮かべて。

「ええ、お休みアーチャー」

階段を上って行った。



(やはりああいう口調は肩がこるな)

掃除をしながら、そんなことを考える。
通常、魔術師とは日がな一日自分の工房に篭ってる人物が多い。
そのためあまり面識が無い人物が多く、大体の魔術師と話す時は敬語というか、"魔術師口調"になってしまう。
まあ彼女相手に遠慮などしなくてもよいのだろうが・・・

(彼女にとっては初対面だろうしな)

そう思って喋り方はあえてあのままにした。
だがそれにしても、コレだけ彼女の事はわかるのだが。

(いまだ記憶が曖昧だな、彼女が常に共にいたことは感触でなんとなく分かるが・・・まったく思いだせん)

だが、不安はない。
彼女とならば必ずや自分の納得できる道が歩めるだろう。
まあ、ホウキやチリトリを動かしている我が身を思うと、ため息は止められなかったが。








---2/1---









とりあえず、今の現状を把握しよう。
わたしの呼び出したサーヴァントはアーチャーで、
わたしに敬意をはらってるんだか、からかってるんだかよく分からないやつだ。
しかも自分が何者か判らない、なんてオマケ付き。
・・・・・・うわ。なんか、いきなり頭痛くなってきた。
つまりはサーヴァント自身を示し、最強足らしめる宝具も自動的に封印ということになる。
切り札が使えないわけだが、それはいい。いや、よくはないがとりあえずは後回しだ。
そんなことよりわたしは目の前の現実を理解しなければならない。

「起きたか。調子はどうだ、体に異常は無いか?」

頭を抱えて黙っていると、頭痛の種が話しかけてくる。
居間はすっかり元通りになっていた。
私は瓦礫くらいを片付けさせよう、と思っただけだったから、感心を通り越して感動すら覚えた。
が、その後感動と通りこして頭が真っ白になった。
あろうことかアーチャーは、朝食を用意して紅茶を啜っていたのだ。
しかも和食、アンタ何者だ。

「やはり本調子というわけにはいかないようだな。
 まあ座って食事を取りたまえ、朝食には少し遅いが問題は無かろう」

そうしてアーチャーは席を立って台所に向かった。
わたしは無言で椅子に腰を下ろす。
つぎつぎに机に並べられる料理。

肉じゃがに、ほうれん草のお浸しになめこのお味噌汁。
トドメにどうやったらうちの炊飯器でここまでおいしそうに炊けるのか判らない、真っ白いふわふわなご飯。

「食べないのか、マスター?」

いろいろとつっこみどころはあるのだが、一連の動作は洗練されていて、よこやりを入れる気にはなれなかった。
それに出された料理をみて、お腹が空いているのは事実だし・・・

「いえ、頂くわ」

そうしてわたしは箸を取り、お椀を持つ。
味噌汁を少し冷まして、口に含んだ瞬間。

驚愕した、今まで味わったことの無いほどの洗練された味だった。
が、わたしはそれを顔にださないようにして、決してがっつかずゆっくりと味わうように食べる。
一回チラッとアーチャーの顔を見てみたが。
満足したように、とても嬉しそうに微笑んでいた。
わたしはそれに対しても何を言うでもなく、というか箸が止まらないから何も言えなかったが、しっかりと食べ終えた。
ご飯粒ひとつ残さず、食べ終えた。
後に残るのは満足感と・・・なんともいえない幸福感。
ちくしょう、負けた、美味しかった。

「ふむ、よく食べたな。健康な証拠だ」

そういって皿を片付け、食後のデザートと紅茶を出して、自分は茶碗洗いに行ってしまった。
紅茶を啜りつつその後姿を見る。
赤みがかった髪に赤い外套、その下に見える引き締まった筋肉を鎧が包んでいる。
歩く姿には微塵も隙が無く、不安げなところやだらけた所などどこにも無い。
まさに歴戦の騎士、としか見えないのだが。

(なんでこんなに違和感って物がないのよ、あいつは)

あの赤い騎士にはことさら家事が似合っていた。
デザートを食べ終わると、タイミングよくアーチャーが戻ってきて皿を下げる。
そのまま茶碗を洗おうとしているとしているので、とりあえず引き止める。

「ちょっと待ってアーチャー。ここ、座って」

「む、どうした? ああ、風呂場のシャワーだったら直しておいたぞ。なに、ネジが緩んでいただけだ、故障の心配は無い」

い、いつのまに・・・こいつはブラウニーか・・・?
わたしは少しだけ戦慄を覚えた。

「あのねアーチャー。わたしは貴方を茶坊主――っていうか執事に雇った覚えは無いの。
 わたしが求めてるのは戦力としての使い魔よ」

「そうか。まあするなと言われないということは、家事はしてもかまわないというわけだな。了解した、マスター」

ぐ、アーチャーは私の台詞からしっかりと裏の意味合いも掴んでくれたようだ。

「それより―――貴方、自分の正体は思い出せた?」

いや、と首を振るアーチャー。
・・・やっぱり事態は深刻だ。
一晩で思い出せないってことは、そう簡単に思い出せる事じゃないって事だろう。
色々に試してみるにしても、これは―――

「分かった、貴方の記憶に関してはおいおい対策を考えとく。
 じゃ、出かける支度してアーチャー。召還されたばかりで勝手が分からないでしょ? 街を案内してあげるから」

「出かける支度? いや、そんな必要は無いだろう。出るならばすぐ出られるが」

そんな格好じゃ出られない。
とわたしが言うと、彼言うにはサーヴァントは霊体になれるので、その場合は霊感のある人間以外に観測されないという事らしい。

「分かったわ。じゃ、とりあえず後に付いてきてアーチャー。貴方の呼び出された世界を見せてあげるから」

「そう目新しい物ではなさそうだがね」

そう言うとアーチャーは眉をひそめる。

「―――それよりマスター。君、大切な事を忘れていないか」

「え? 大切なことって、なに?」

「・・・まったく。君、まだ本調子ではないぞ。契約において最も重要な交換を、私達はまだしていない」

「契約において最も重要な交換――――?」

「・・・君な。本当に朝は弱いんだな」

呆れたように苦笑して言うアーチャー。
その顔を見て、とあることに思い立った。

「―――あ。しまった、名前」

「ようやく目が覚めたか。まあ、今からでも遅くはないさ。
 それでマスター、君の名前は? これからなんと呼べばいい」

ふて腐れたように言うアーチャー。
―――やば。やっぱりコイツ、いいヤツだ。
うん、それに間違いはない。
だって名前の交換なんて、そんな物に意味はない。
サーヴァントとマスターは、令呪によって作られた力ずくの主従関係だ。
普通の使い魔との契約なら名前の交換は強い意味を持つけれど、マスターとサーヴァントにはそんな親愛の情はいらない。
だっていうのに、アーチャーはそれを大切な事と言った。
それは令呪を別にして、これから共に戦っていこうと言う信頼の証に他ならない。

「・・・わたし、遠坂凛よ。貴方の好きなようによんでいいわ」

素直になれず、ぶっきらぼうに返答した。
そっぽを向いて黙っていると、アーチャーが噛みしめるように
・・・わたしの勘違いかもしれないが何か凄く大事な事のように、静かに「遠坂凛」と呟くと。

「それでは遠坂、いや、凛と。・・・ああ、この響きは実に、本当に君に似合っている」

なんてトンデモナイ事を満面の笑顔で口にした。

「凛? どうした、なにやら顔が赤いが」

「―――う、うるさいっ! いいからさっさと行くわよアーチャー! 
 と、とにかくのんびりしてる暇なんてないんだから・・・・!」



















「どう? ここなら見通しがいいでしょ、アーチャー」

「・・・はあ。よくもまあここまで好き勝手に連れ回してくれたものだ」

「え? 何か言った、アーチャー?」

「言った、君な。将来付き合う相手には、すこし気を使ってやるんだぞ」

「なによそれ?」

心底分からないという顔をする、彼女らしいといえばそうなのだが。

「まあいい。
 ・・・と、確かにいい場所だ。
 ただの地形確認であれば、初めからここに来ればあれだけ歩き回る必要もなかったな」

「なに言ってるのよ。確かに見晴らしはいいけど、ここから分かるのは町の全景だけじゃない。
 実際にその場に行かないと、町の作りは判らないわ」

「凛、君は先ほど私のことをアーチャーだから魔術に詳しくないと勘違いしていたが。
 今度はその逆か。私のクラスは伊達ではないぞ、弓兵は目がよくなければ勤まらん」

「そうなの? それじゃあここからうちが見える、アーチャー?」

「いや、さすがに隣町までは見えない、せいぜい橋のあたりまでだな。
 そこならタイルの数ぐらいは見て取れる」

魔術で視力を水増しして答える、彼女は心底驚いた表情へ変わる。

「うそ、タイルって橋のタイル・・・!?」

自分でも見ようとしているのか、目を細めて橋を凝視している。
私はもとの視力と、得意な魔術のうちに強化があるため、これだけの事がこなせる。
彼女がいかに優れた魔術師といえど、そう簡単に見て取れることはないだろう。
それにしても。

(やっぱりずいぶんと変化しているな。
 いや変わったのは俺の記憶の中のほうで、この場は変わったわけじゃあないんだけど)

自分の中の記憶と照らし合わせて、町を見回す。
そう、彼女の名前を聞いたときに記憶はすでに戻っていた。
元より遠坂のことを自分が忘れるはずがないのだ。
なんといったって――――

(まあ今考えることではないな)

とりあえずは現在の地形の把握だ。
大差はないようだが、逆に言えば少しの違いはある。
記憶があることが逆にミスにならないように、地形をしっかりと頭に叩き込む。
しばらくそうしていると、強い殺気を感じた。
顔を向ければ、凛が仁王立ちで固まりながら下界を見下ろし、いや睨んでいる。

「凛。敵を見つけたのか」

「―――別に。ただの知り合い。わたしたちには関係のない、ただの一般人よ」

ずいぶんと苛立った表情で、ドアへ向かっていく凛。
それについていく前に、彼女の見ていた場所を見てみる。
短髪で赤毛の青年が、こちらを見上げていた。
訝しげな顔をして、彼は前を向くとその場から立ち去っていった。

「アーチャー! 何をしているの、さっさと帰るわよ!」

「了解した」

顔を向けると、彼女はひどく苛ついた表情で立っていた。
私が遅かったせいではないのだろう、証拠に彼女は私を見ていながらもどこか別のところに気がいっている。
私は一度だけ下を見直すと、彼女の居るドアへ向かった。






家に着いた。
別のマスターの気配を察したり、あの英雄王の姿を見たりしたが、とりあえずは事なきを得た。
彼女自身まだ体調が完全ではないため、気合のいれた夕食をたべさせた後に、少ししてから寝かせた。
自分は後片付けを終え、周囲の監視のために屋根へとあがる。

(俺の記憶どおりに事が運ぶなら・・・明日、と言うわけか)

彼女と『あいつ』が通っている学校へ目を向ける。
運命の歯車が回り始める。
この流れは止めることも止められることもされず、いやあいつ自身がその流れに身を投げ入れるのだろう。

過去の自分。そして今の自分とは違う聖杯戦争を迎えるはずの男を想った。






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