「それにしても何故こうもすんなり入学できたのでしょうか……」

「そりゃあもう、わたしが念入りに裏から手を廻したもの」

「……という事は凛、貴方は最初から全部知っていたのですね?」

「最初っから、っていうか。
 ほとんどがわたしの計画だし」

「…………」

「嫌だった? セイバー」

「いえ、むしろ……まったく、何なのでしょうね、貴方は」























――――――――<スクールセイバー! 2>――――――――





























「起立、礼」

常套句と共に、今日一日が終わる。
正確にはこれで今日の授業が終了、という挨拶だ。

これで生徒としてのお勤めは終了――――と全員が全員そういう訳でもない。
部活や委員会など、むしろこれからが自分の本分というやつもいるだろう。

学業を疎かにしている訳ではないが、目の前のこいつもまたその中の一人だ。

「おい、一成。さっさと行こうぜ」

「ん、ああ。判っている」

俺に呼びかけられて、ようやく帰る準備をし始める一成。
いつもはハキハキとしている一成だが、今日はずっとこんな感じだ。

「なあ、まだセイバーの事は諦められないのか?」

「当たり前だ。彼女以上にこの学校を任せられる人材は居らん。
 いや、霧島くんならばとは思うが、本人にその気がないのであれば務まるものも務まらんからな」

一成がこうまで言うからには、前副会長の実力というのも捨てたものじゃないのだろう。
だがまあ、それもこれも本人のやる気しだいという訳だ。

「だからってセイバーはなあ。
 適任かもしれないけど、学園に入ったばかりの人間に任せるものじゃないだろう? 普通さ」

「時間は問題ではない、ようは思想と理念だ。
 経験や力は後からでも何とかなるが、それがなければそも身につかん」

「それはまあ、同意するけどな」

一成に近しい一人として、目的のある人間の力を良く思い知った。
そういう意味では、セイバー程の適任はそうはいないだろう。
というか人の上に立つという意味では、もう破格の存在だ。
一つの国の長へ成れる程度の実力とカリスマは兼ね備えているし。

「そも衛宮は何故そこまで反対する?
 セイバーさんはまんざらでも無さそうだったぞ」

「そりゃあ……」

ん、そういや何でここまでセイバーの生徒会長就任を止めたいのだろうか……?

「衛宮弁護人」

「うわおっ!?」

斜め後ろ45度から突然話しかけてきたのは後藤くん。
厳粛な顔……のつもりなのだろう、実際は苦いものでも食べた様な顔をしている。

「ところでその被害者セイバー氏とは、どのような女性なのかね?」

「後藤、確かこの前は『ネタは自分の足で探す』と言っていなかったか?」

「柳洞検事、それは刑事のやる事でしょう」

ああ、昨日は裁判もののドラマでも見たんだな。

「あー、一発で言うと外国人さんだ」

「なるほど、他に証拠品は?」

証拠て。

「金髪碧眼の女の子で、身長は150cmぐらい。髪は後ろで纏めてて、声が―――」

「シロウ」

「ああうん、こんな感じの透き通った声」

……ん?

「シロウ、お迎えに上がりました」

「せ、せいばー?」

下校ムードのまばらな活気の中。
たった一人の声がどこまでも遠く響き渡る。
同時に、引き潮のように静まる空間。




そして津波のような歓声と悲鳴が、教室内に響き渡った。























「痛っ」

「ああ、すいませんシロウ。
 大丈夫ですか?」

「はっはっは、何、大丈夫ですよセイバーさん。
 異色ですが、これも男の勲章というやつでしょう」

軽快な笑い。
一成がここまで機嫌よさそうなのは珍しい限りだ。

「すまない、シロウ。
 私が貴方の教室に行ったばっかりに」

「いや、セイバーが悪いことは何もないよ。
 ただまあ、俺との接触はできるだけ人のいない所で頼む」

英霊の一人として、セイバーは飛びぬけた力を持っている。
だが、それも学園の中では使い道の無い物で、魔力を使わないセイバーはカリスマ性こそあっても、普通の女学生の筈だった。
しかし普通の女学生、というには一つ語弊が生まれる。

普通というには、セイバーは綺麗すぎた。

外国人、というだけで珍しいのに、それが絶世の美少女なのだ。
転校という属性もあいまって、そりゃもう注目の的を通り越して学園のヒロインだろう。

そんな時の人が転校当日、学年すら違う俺へわざわざ会いに来るとどうなるのだろうか?


『どういうことだ! どういうことだ!』
『お前この美人さんとどういう関係だよ!』
『ふざっけんな! ふざけんな衛宮! 握りつぶすぞ!』
『何でお前ばっかり、何でお前ばっかりぃぃ!』
『お嬢さん僕と付き合ってください!』
『ドサクサにまぎれて何やってんだお前!』


とまあ、もみくちゃにされる訳だ。

「まさかあんな集団暴行騒ぎになるとは……」

「阿鼻叫喚というやつでしたな、泣きながら殴りかかっていた者もいるほどの」

……うん、人がせっかく柔らかい表現でごまかしてたのに、思い出したせいで痛みもぶりかえしてきたヨ。

「本当にすみません」

「だからいいんだって、セイバーは悪くないんだから。
 というか結局なにしにうちの教室まで来たんだ?」

「ああ、それは……その」

治療をしてくれていた手を止めると、セイバーはもじもじと言いよどむ。
いつもは物事をはっきりと言う彼女を知っているだけに、それはそれは珍しい光景だ。

「せっかくの学園生活の初日ですので、シロウと共に帰ろうと思いまして。
 登校から下校までが生徒の仕事だと伺ったものですから」










セイバーと、一緒に、下校。








ああ、それは何て―――――幸福な世界。















「……シロウ?」

「ハッ!?」

あ、危ない。余りの衝撃に軽くトリップしてしまった。
制服姿のセイバーと下校とか、一体どれだけの運を使い果たせば成せる奇跡なのか。

「って、悪いセイバー。
 今日は一成の手伝いをする約束だったんだ」

「そうなのですか?」

「ああ、ええ。先に約束したのは確かです。
 だが衛宮、せっかくのセイバーさんからのお誘いだ。
 今日ぐらいはそちらを優先してくれ」

ううむ、非常に魅力的な申し出なのだが。

「そういう訳にもいかないだろ。
 空調とかこれからガンガン使うようになるだろうし、それこそ学園が阿鼻叫喚の地獄絵図と化すぞ」

「むう、確かに一つや二つではないからな。
 衛宮の体も二つあるわけではなし、余り時間がないのも確かだが……」

俺やセイバーに気を使っているのか、長考に入る生徒会長殿。
だが空調関連は数が多いので、早めに処理しておこうというのが前から決めていた俺達二人の見解だ。
バイトや家事もあるから、そう時間に余裕があるわけでもなし。

「そういう訳だからさ、悪いけどセイバーは、」

「いえ、それならばそれで構いません」

「えっ」

何が?















「いや実は、前々からセイバーさんには衛宮の仕事っぷりを見ていただきたいと思っていたのですよ」

「私も士郎がどんな学校生活をしているか、話だけでなく自身の目で見てみたかったので」

そんなわけで。
授業参観ならぬ授業後参観とあいなった訳であります……

「どうせですから、学園の案内もいたしましょう。
 前回は色々ありましたし、満足に見学もできなかったでしょうし」

「いえ、まああながちそういう訳でもありませんが……」

「? では十分に校内は知っておられると?」

「実際にそこで授業を受けられた訳ではありませんが、凛が案内してくれましたので」

「む、まあ遠坂ならば十二分に案内できたでしょう、多少複雑ですが」

いやまあ、案内というか調査だったけどね。
お陰で俺まで普段知らないような場所にまで詳しくなったし。

「と、一成。ここじゃないのか?」

「ああ、すまない通り過ぎる所だった」

行き過ぎた足を戻して、一成がある教室を開く。
そこにあるものは、ついこの間診たばかりのストーブだ。

「またこいつか」

「うむ、この1〜2ヶ月は衛宮の処方で元気だったのだが、つい先日音沙汰がなくなった。
 冷房も数があるだけに時間の余裕がないが、まだ定期的に寒くなる今としてはこちらの再処方が最優先だ」

手間のかかるやつだ。
スイッチを何度か入れ切りしてみるが、確かに電源部分のLEDが点灯しない。
って事はまず主電源部分でトラブってるな。

「んじゃ、とりかかるか」

工具箱を床に置いて、ドライバーなりニッパーなりを取り出す。

「では俺は外で待つか?」

「あー、そうだな。
 この際徹底的にやるし、時間もかかる。
 一成は他の仕事しててもいいぞ」

「ふむ、了解した。
 それではセイバーさんはどうしますか?」

「ここでシロウを見ていては駄目なのですか?」

「駄目ではありませんが……衛宮はこれからデリケートな作業に入るので、いつも俺は退出しているのです。
 衛宮にはまだ他にも手伝ってもらう仕事もありますし、ここは一つ」

「…………」

軽く考え込むセイバー。
いや、見て楽しいもんじゃないと思うんだけど。

「シロウを集中させる為の処置という訳ですね」

「ええ、ですからここはセイバーさんも」

「それならば私はここにいましょう」

「は?」

う、なんか読めたぞ。

「私がいる程度で乱れるような集中力であれば、シロウはまだまだ修行が足りません。
 小さな試練を与える意味でも、あえて私はここにいましょう」

と、どこか楽しそうに言うセイバー。
発言については思ったとおりだった。

「成る程、セイバーさんがそう仰るのでしたら。
 衛宮はそれでいいか?」

「ああ、どうせならセイバーにも手伝ってもらう」

「良し、判った。
 ではセイバーさん、衛宮をよろしくお願いします」

「はい、任されました」

そう言って退出する一成。
っていうかなんであいつまで楽しそうなんだ。

「セイバーが絡むと考える事がよく判らんなあ、一成は」

「そうですか? 彼ほど正直かつ真面目な方はそういないでしょう」

「それもまあ、同意するんだけどさ……」

「それよりもシロウ……魔術を使うのですね?」

やっぱり判ったか。
まあ、ちょっとした機械いじりで集中力が乱れる訳もなし。
人払いする理由なんて、そう多くはないけども。

「それにしても、こういう仕事には非常に便利な能力ですね、それは」

「まあな、切嗣には散々使えないって言われたけど」

「貴方ほど特殊な術者もそうはいませんからね。
 本質に気づかなかったのも当然といえば当然でしょう」

「んー、まあなあ。
 ……よし、じゃあ」

ストーブに手を当て、構造を読み取る。
大方の予想通り、電源周りの配線がいくつか断線していた。
多分ホコリか何かでショートして、所々焼けてしまったのだろう。

「こりゃ大変だ」

「直らないのですか?」

「直る事は直るけど、ものによっちゃあケーブルごと交換しなきゃ駄目だな。
 セイバー、悪いけどハンダゴテをコンセントに挿しといてくれるか?」

「はい、これですね?」

分解しつつ、セイバーに協力してもらって準備を進める。
何しろ俺が持ってる工具も多くはない。
溶けたコネクタの代わりなんてないし、直接配線をハンダ付けするしかないのだ。

「それを10cmぐらいに3本。
 被覆は剥かないでいいからさ」

「被覆を剥く、というのがどういう行為なのかわかりませんが……
 とりあえずこれを切ればよいのですね」

ストーブの分解、掃除を進める横で、なれない手つきのセイバーが準備を進めてくれる。
なんだか一生懸命になっているのが微笑ましい。

そういえば機械いじりを誰かと一緒にやるなんて初めてかもしれない。
切嗣はほとんど家にいなかったし、藤ねえはアレだし、桜も女の子だし興味はないだろう。
ちょっと新鮮だ。

「これでよろしいのですか?」

「ああ、センキュ。後は悪いけど待っててくれ」

「はい」

ここで本格的に修理に入る。

中を掃除して、焦げ付いたケーブルを取り外して、端子のこげつきを軽くヤスリで落としてアルコールで拭いて。
どうしようもないやつはコネクタの途中を切り離して、そいつをハンダしてしまう。
さらにどうしようもないのをセイバーが作ってくれた銅線に交換。
他にもあやしいやつは全部掃除&交換。
ヒューズやら簡単に対処できるものは、すべて総とっかえだ。
まあ少なくとも今交換したやつらはすぐには壊れまい。

そんなこんなで地味な作業を数十分。
はたから見れば面白みもなく、知識がなければ進展すら見えないだろう。
退屈で待つだけの作業を、

「…………」

セイバーはじっと、何故か微笑を浮かべて待っていた。

「なあ、セイバー」

「なんでしょうか」

「見てて楽しいか?」

「ええとても」

和やかに返事を返される。
……なんだか非常に照れる。

「貴方の新たな表情を見れて、私はとても楽しいのです」

「集中してる顔なんて、結構見れると思うんだが」

「そうですね。
 剣の指導中に見れる、シロウの厳しい顔。
 調理の最中に浮かべる、優しく自身に満ちた顔。
 毎夜の修行に没頭する、芯の通った引き締まった顔。
 どれも真面目な顔ですが、どれも異なった特別な表情です」

「……よく見てるね」

「ええ、シロウの事は何でも知っておきたいですから」

マ、マスターとサーヴァントの関係を円滑にする為、だよな。
うん、それ以上の意味は無い、きっと無い。
……くそ、顔が熱い。

「じゃ、じゃあ今の俺はどんな顔してたんだ?」

話を逸らす。
つもりだったんだが結局同じ話に戻してる。
いや、照れと動揺で混乱しすぎだ俺。

「――――丁寧に、真剣に機械に向き合う、誠実さを持った顔です。
 怖れはありませんが、慎重で、繊細に。
 喜怒哀楽のような判りやすい感情は見えませんが、真摯に向き合おうという強い瞳の力を感じます」

いや、ホントよく見てらっしゃる。

「シロウ? もう作業は終わりですか?
 その手では顔が汚れますよ」

「うん、判ってる。ちょっと休憩」

思わず顔を隠した。
しょうがない、そうでもしなきゃマトモに戻れそうもなかった。
今日のセイバーはちょっと変だ。

「…………」

静かに、かつ深く息を吸い込んで、同じように深く吐き出す。

―――周りの喧騒は小さく、校庭から夕暮れの日差しに混じって通り過ぎる。
目の前にあるのは、鉄と油の小さな塊。
そして誰もいない机と椅子に、少し離れて俺達がいる。

セイバーと二人。
夕日の赤が、金色の髪にきらきらと輝きを与えていた。

「……よし」

作業を再開する。
照れを抑えた代わりに生まれた少しばかりの高揚感が心地よかった。













「……よし」

「おお」

赤く輝く電熱線。
夕日に負けずに輝くそれは、復帰の雄たけびを上げていた。
と、無駄に詩的に表現してしまったが、

「いやまあただの修理だしね」

「ですが、苦労を考えると感動も一入です」

同じような感想を抱いていたのか、自然に会話が続く。
軽い疲労感と汚れた手を見ると、やりきった感が生まれるのもしょうがないかもしれない。

慣れないことに緊張していたのか、夕日に照らされたセイバーの汗が、綺麗に輝いている。
……うん、先ほどの表現もあながち見当違いではないかもしれない。

「? シロウ?」

「あ、いや。そろそろ戻るか、一成も待ってるだろうし」

セイバーに見惚れてしまった。
なんとも修行が足りない。

そういえば初めて会った時もそうだった。
あの土蔵の中で、月光に照らされた一人の少女。
数箇月経った今ですら色あせる事のない、あの光景。

きっと、いや必ず――――その姿ならば、たとえ地獄に落ちたとしても――――――












「あれ」

「ぬあ」

「……」

教室から出た直後、意外な人物に出会う。

「別の所に行ったんじゃないのか?」

「ああうむ、一度生徒会室まで戻ったのだがな。
 どれも衛宮が居ないと片付かない仕事ばかりでな、戻ってきていた」

返答しつつも、どうも挙動不審な一成。
戻ってきたのはいいが、何かあったのだろうか――――――戻ってきた? いつから?

「お、おい一成。お前いつもどってきた」

「いや、いやいやいや決して俺は盗み聞きなどしていないぞ!
 扉越しでは部分的にしか聞き取れな…………あー、オッホン。
 よくやってくれた衛宮、修理は終わったようだな」

余りにも余りな話の逸らし方に言葉もでない。
いや、それよりも、だ。
どこから話を聞かれていたのだろうか。
というか何を俺たちは喋っていたのだろうか。
何か照れたり恥ずかしかったりドキドキしたりで何口走ってたか覚えちゃいない!

「だがまあ、うん、俺は何も聞いてはいない……が」

『いつもの表情も好きですが、今のような凛々しい表情もまた好ましいですね』
『せ、セイバーだって真剣な表情もいいけど、今みたいに優しく微笑んでるっていうのも可愛いじゃないか』
『っ、それを言うのなら貴方の笑顔だって可愛らしい。良い食材が手に入った時などとても素晴らしいじゃないですか』
『男の笑顔なんてどうでもいいの! ほくほく買い食いしてる時の笑顔とか、その、筆舌に言い難い魅力だ、ぞ』

とか、とか。
なんだか良くわからないテンションになってた気がする……!?

「セイバーさん」

「は、はい。なんでしょうか」

いやいやいや、口説いてた訳じゃない。
なんかセイバーが恥ずかしい事ばっかり言うからお返しであって照れてるセイバー見たいなーとかそうでなくて。
なんだか言い合いしてるうちに色々麻痺してきてすげえ事言ってた気がするオカシイ! テンションおかしかった!

「衛宮を、よろしくお願いします」

「は? は、はい」

つーかあれはセイバーが悪い。
悪くないけど悪いんだ、うん。
だから俺は無実であって―――――――今何かおかしな会話が聞こえた気がする。

「セイバーさんを生徒会長に推薦するのは諦めます。
 貴方には、衛宮をお願いするという何よりも重要な仕事がありました」

「え、ええ、確かにそれは私の役目と合っていますが」

「そうですか! なにしろ最近は衛宮の周りがきな臭いもので。
 あの女豹めから、是非とも衛宮を守って頂きたい!
 よろしければ、そのまま衛宮を貰ってください!」

「いや何いってんのお前!」

「一成…………判りました。その提案、吝かではありません!」

「あれぇー!? セイバーさん? 何だかおかしいよセイバーさぁああん!?」




セイバーの入学、初日。
とても良き日は、こんな感じでよくわからない終わり方をしたのだった。



あー、なんかもう。これから色々と楽しみだ。






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