※注意
当SSには『CLANNAD AFTER STORY』のネタバレが含まれます。
そして過分な妄想が含まれます。
それでもいい、という方のみスクロールしてください。
町のある場所にある、こじんまりとした喫茶店。
一人では少し入りにくい所だが、あたしは迷わずにその扉を開いた。
とはいえ、本当に一人だったのならここに用は無い。
案内をしに来た店員に一声掛け、ある友人を探して店内を見渡す。
探すまでもなく、その娘は愛想の良い笑みを浮かべて此方へと手を振っていた。
律儀な彼女の事だから、私がくるまでずっと入り口を見つめていたのだろう。
「お待たせ、渚」
「いいえ、ぜんぜん待ってません。
こちらこそ来てもらってありがとうございます、杏ちゃん」
【CLANNAD AFTERSTORY アニメ最終回記念SS】
「さり気に初めてじゃない? こうして二人だけっていうのは」
「そうですか?」
「そうよ。大体朋也か汐ちゃんが一緒じゃない」
学生以来の付き合いとなってしまった男の顔を浮かべつつ、その娘であり現在はすっかり育ってしまった教え子の顔を横に並べる。
「で、今日はなんの用? 渚から誘うなんて珍しいし、何か相談でもあるんでしょ?」
「何も言って無いのにすごいです・・・・・・そうです、相談に乗って欲しいことがあるんです」
すごい、と言われてもあの渚が『二人っきりでお話したい』なんて言うからには、悩みの一つや二つでもあると簡単に想像できてしまうと思うものだけど。
それにしても今日の渚を見ていると懐かしい気分になる。
もうずっと見なくなっていた俯き気味の渚なのだ。
「相談ねえ。何よ、あの馬鹿が浮気でもした?」
「朋也くんはそんな事しません! いつも仕事が終わったら真っ直ぐ帰ってきてくれますし、土日だって一緒にいます!」
「んじゃー汐ちゃんの方か。高校生も2年目だし、不良デビューでもしちゃった?」
「しおちゃんは不良になんかなりません! とっても優しくていい子です!」
まあ判りきった返答を聞きながら渚をなだめる。
そもそも渚と汐ちゃんにベタ惚れな朋也が浮気するわけないし、あの快活で優秀な汐ちゃんが不良になるなんて元より考えてはいない。
しかし、未だ朋也の周りに見える女の影とか、誰の遺伝で誰の教育のせいかは定かではないが戦闘力に溢れた汐ちゃんの事を考えると、あながち冗談ではない。
ちなみに、女の影の中にはあたしは入ってはいない。ええ、断じて。
「じゃあどうしたのよ、二人と喧嘩でもしちゃった?」
「いえ、喧嘩はしてません。朋也くんとも、しおちゃんとも、仲良くしてます」
「ふむ、結局渚の悩みは何なの?」
「えっと・・・・・・」
どうにも歯切れの悪い渚。
しかし意を決した様に頷くと、目を見開いてようやく口を開いた。
「朋也くんと、しおちゃんが・・・・・・仲がいいんです」
「・・・・・・は?」
「ですから、朋也くんとしおちゃんがとっても仲がいいんですっ」
・・・・・・意味は理解できるが、どうにも内容が理解できない渚の絶叫。
いえ、期待した目で見られてもあたしにはどーにも理解できないのだけれど。
「えっと、朋也と汐ちゃんの仲が良くて、何か問題なの?」
「仲が良すぎるんですっ」
あー? えーと、それはとどのつまり。
「朋也と汐ちゃんの仲が良くて、渚はそれに嫉妬してるって事?」
「嫉妬だなんて・・・そんなはっきり言わないでくださいっ」
じゃあなんて言えばいいのかしらね。横恋慕? おい正妻。
「二人の仲がいいのなんて今更でしょ?
朋也の親馬鹿っぷりは言うまでもないし。
まあ年頃の汐ちゃんが父親にべったりっていうのは問題だと思うけど」
「確かにそうですけど、最近は前よりも仲がいい気がします。
わたし、ちょっと朋也くんに蔑ろにされてると思うんです」
まあ人前で普通に手を繋いで歩く父娘だものね。母娘もそうだけど。
しかも朋也の天然若作りと娘の発育加減のせいもあり、一緒にいると恋人にしか見えない。
あれはちょっと嫉妬を覚えてもしょうがないかもしれないわね。
あたしはそんな事思ってもいないけど。
「大体朋也くんはしおちゃんに甘すぎるんですっ、デレデレしすぎですっ。
しおちゃんの言う事はなんでも聞いちゃいますし、怒った事だって滅多にありませんっ。
しおちゃんもちょっと目を離すといつも朋也くんにくっついてますし、おはようのチューだって欠かさずしてますっ。
ずるいです、わたしだって毎日はしてませんっ」
ああ、高校生にもなっておはようのチューはまずいと思うわあ、汐ちゃん。
外でもべたべたしてるなあとは思ってたけど、あれは押さえてた方なのね。
末恐ろしきは親バカとファザコンの組み合わせ。
「えっと、つまりはもっと朋也に構って欲しいって事?」
「・・・・・・恥ずかしいですけどそういう事になります」
そういってさっきとは別の意味で真っ赤になる渚。
○○才の独身女性になんて事相談するのかしらね、この子。
「朋也へ素直に言っちゃえばいいんじゃない? 汐ちゃんばっかりじゃなくて、自分ももっと構って欲しいって」
「それだけで本当に大丈夫でしょうか・・・・・・?」
「大丈夫よ、確かに朋也は汐ちゃんにベタ甘だけど、渚にだってベタ惚れしてるんだから」
ため息気味にそう答える。
この倦怠期とは無縁な夫婦に、そんな事はいまさら言うまでもないからだ。
「判りました、わたしがんばってみます」
「はいはい、なんならそのまま押し倒しちゃいなさい」
「そ、そこまではできませんけど・・・・・・相談に乗ってくださってありがとうございますね、杏ちゃん」
「はいはい、お幸せにね」
ああ、何だか自分がとても惨めだわ。
いい加減結婚相談所にでも行った方がいいかしらねえ。
そして数日後。
「久しぶりね、汐ちゃん」
「お久しぶりです、杏先生」
あたしは同じ喫茶店で、今度は彼女の娘と相席していた。
「それにしても本当に久しぶりね。
何ヶ月ぶりだったかしら?」
「前に家へ遊びに来たのが最後でしたっけ。
年始にお鍋囲いましたよね」
「あー、あれね。気づいたら料理までうまくなっちゃって。
もう汐ちゃんに勝てる種目なくなりそうよ」
「いえいえ、料理じゃ杏先生にまだまだ及ばないと思いますよ。
あと遠投のコントロールで勝てる自信は未だにありませんし」
料理はともかく、遠投で勝ってもあんまり嬉しくはないわね。
「それはともかく、今日はどうしたのよ」
実の所、汐ちゃんとこうして二人で会うのはそう珍しい事でもない。
最近はお互い忙しかったが、予定さえ会えば二人でどこかに買い物へでかけるなんて事は結構しているのだ。
むしろ岡崎家全員に揃って会うより多いくらいだろう。
親の縁もあるし、何より気が合うからというのが一番の理由だろうか。
「はい、ちょっと杏先生にお聞きしたい事があって・・・・・・」
「いいわよー、あたし達の仲なんだし、遠慮しないで聞いてちょうだい」
先生らしく、最近は汐ちゃんに抜かれ気味の胸を張る。
この子は隔世遺伝なんでしょうね。
もしくは都合いいところは父親の血なのかしら。
「はい、じゃあ・・・・・・杏先生」
「ん? 何?」
「片思いって辛いですか?」
ブーッ!!
「うあ、汚なっ!」
「ご、ごめんっ! っていうか汐ちゃんが変なこと言い出すからでしょ!」
「えー、でも杏先生はその手のエキスパートじゃないですか」
「誰が! 何のエキスパートなのよ!」
「・・・・・・おとーさんの事、好きですよね?」
ガツンッ!
「杏先生って頭突きで机割れるんですか?」
「割らないわよ! 割れないわよ!」
お絞りで打ち付けた頭を冷やしつつ、涙目になって叫び返す。
「ねえ、汐ちゃんはさっきから何を根拠にそんな事を言っているのかしら?」
「杏先生自分で言ってましたよ。
『あたしは朋也が好きだったんだー。っていうか今でも好きなんだー。馬鹿やろー』
ってベロンベロンになった時に」
汐ちゃんの前でベロンベロンになった事って・・・・・・やばい、心当たりが多すぎる。
ええい、流石に飲み屋へ連れ回すのは問題だったかっ!
「っていうかまあ、聞かずとも感づいてはいたんですけど。
杏先生がおとーさんを見る眼って恋する乙女ですし」
・・・・・・この子は本当に成長した。
あたしの手に負えないくらいに。
「ま、まあその事は置いておくとして。
そんな話題を出すって事は、汐ちゃんも―――汐ちゃん『は』片思いでもしてるの?」
往生際が悪いですね、とジト目で此方を見るかつての教え子。
こちとら伊達に○○年片思いしてるわけじゃないわよ。
「そうですね。たぶん、片思いです」
いつも快活な少女は、ここに来て随分としおらしくなってしまった。
結構長い付き合いなのだけども、初めてみる表情かもしれないわね。
「へぇー、でもそれならあたしが相談に乗る事なんてないじゃない」
「何でですか?」
「汐ちゃんが告白すれば、まず断る男はいないからよ。
まあそいつに彼女とかいなければね」
「そうですか?」
「そうよ、っていうか自分のスペックを自覚してないってのは両親そっくりよね」
「二人ほどではないと思いますけど・・・・・・」
いや、自分がどれほどおいしそうな果実であるのか理解していない。
幼稚園の頃から可愛かったが、それにナイスバディまで揃ったのだから落ちない男はいないだろう。
いたらそいつはロリコンか同性愛者よ。それはちょっといい過ぎだけど。
「でもその条件ならやっぱり駄目です」
「駄目って・・・・・・何、相手には彼女がいるって事?」
「まあ、そんな感じですね」
なんともいえない汐ちゃんの複雑な表情に、あたしは無意識に頭を抱えた。
「あたしはそんな事まで教え込んだ覚えはないんだけど・・・・・・」
「わたしも教えてもらった覚えはありません。
というかわたしの場合、尻込みしてる間におかーさんに取られちゃった杏先生と違って、
生まれたとき既に相手がいたんだからしょうがないんです」
「言うようになったわね、汐ちゃん――――って、生まれた時既に・・・・・・?」
あたしの中にある懐かしい記憶から、今この場で思い出してはならないものが浮かんでくる。
幼稚園の時に聞いた汐ちゃんの『初恋』。
その子供の頃にありがちな恋心に、渚から聞いてばかりの汐ちゃん速報。
これらから察するに――――
「まさか、朋也だなんて・・・・・・言わないわよね?」
「・・・・・・・・・・・・」
頬を薄く染め、ジュースに口をつける汐ちゃん。
沈黙は肯定と受け取るわよおおおお。
「え、だって、ねえ?」
「親子はまずいなあ、とはわたしも思いますけど。
でもしょうがないじゃないですか、好きなんだから」
「いやあ、でもその」
「杏先生だっていけない恋じゃないですか。
相手が人妻ならぬ人夫ですし」
「ぶっ! ちょっと、不謹慎な事言うんじゃないの!
っていうかなんで朋也なのよ。あんな低所得で鈍感な男」
「おとーさん、格好いいじゃないですか。
杏先生だっておとーさんと二人っきりになったら流されちゃうんじゃないですか?」
「そんな事は・・・・・・」
そんな事はない、とは言えない体育倉庫の思い出。
「あー、うん。もうこれ以上は掘り下げない事にするわ。
で、汐ちゃんはあたしの青苦い青春をいじくりまわしたかっただけ?」
「い、いえ。流石にそんな事はしません。だからその分厚い育児書はしまってください・・・・・・」
鞄の端から除かせていた本を見抜くとは、やはりあたしの教え子ね。
今日はあまり教えたくなかったことまで伝えていた事にきづいてしまったけど。
「そのですね、別に相談って訳でもないんですが。
最近、おとーさんとおかーさんの仲がすごく良いんですよね」
うん? どっかで聞いた話ね。
「おとーさんわたしにべったりでしたから。
今までこういう事そんなに深く考えてなかったんですけど・・・・・・」
「・・・・・・最近構ってもらえなくなって嫉妬してる、と」
「そう、ですね」
渚とそのまんまだった。
母娘ね、どう考えても。
男の趣味が一緒なのも遺伝なのかしら・・・・・・
というか、渚と朋也を仲良くさせたのってあたしじゃない?
「その、わたしはおかーさんも好きだし、こっちは普通の意味でですよ。
だから二人の仲が良い事は嫌じゃないんです。むしろ嬉しいぐらいで」
「二人が好きだから邪魔はしたくないけど、一緒の姿を見てると辛い、と」
その通りです、流石横恋慕マスター。と激しくうなづく汐ちゃん。
ええい、あたしはそんなモノをマスターした覚えはない。智代を呼べい!
―――それにしても難しい問題だ。
ここで汐ちゃんと朋也の仲を深めるような提案をしてしまえば、また渚が来て元の木阿弥。
なにより一教師として、汐ちゃんを禁断の道へ突き進ませる訳にもいかない。
一応、本人もあの二人の仲を険悪にしようだなんて考えてはいないし・・・・・・
あの二人の仲を悪くせずに、かつ一緒にいる事を少なくさせる方法。
「ああ、だったら汐ちゃんが渚と仲良くすればいいのよ」
「おかーさんと?」
「そう、二人の仲は邪魔したくなくて、でもベタベタしてるのを見るのがつらいなら・・・・・・
渚を朋也から奪っちゃえばいいじゃない。もちろん、親子の仲っていう意味でね」
渚と朋也の仲を険悪にする事なく、かつ一緒にいる事を少なくし、さらに渚と仲良くなれる。
一石二鳥ならぬ三つの得がある、我ながら素晴らしい提案じゃない。
「そっか・・・・・・それっていい考えですね。
ありがとうございます、杏先生。やっぱり先生に相談して正解でした」
「はいはい、どうせなら朋也が寂しがるくらいやっちゃいなさい」
「そうですね、ちょっと可愛そうだけど、十何年の恋心を込めて意地悪しちゃいます。
杏先生の分も込めて」
「はいはい・・・って込めんでよろしい!」
いつものように元気良く店を出て行く少女を見送る。
ああ、子供欲しいなあ。
あたしの場合その前に彼氏なんだけど・・・・・・
「で、最近渚と汐の仲が良くってさ・・・・・・なんか蔑ろにされてるんだよ。
そりゃあ親子で仲がいいってのはいい事だけど、もう少し俺を構ってくれたっていいじゃないか。
渚は汐の好きなものばっかり作るし、汐はおはようのチューを渚にしかしなくなったし。
もうなんかさ、寂しいんだよ・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・んで」
「ん? なんだよ杏、家庭内での俺の地位を取り戻す提案は思いついたのか?」
「何であんた等家族は全員あたしの所に来るのよ!」
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