「デートしましょう」
「・・・・・・なんだね、藪から棒に」
朝の家事を一通りこなし、一息ついていた時の事である。
遠坂家の居候であるジャグラーは、とても楽しそうにそう切り出した。
「突然だっていいじゃない。それともこの後に何か用でもあるわけ?」
「ふむ、掃除洗濯買い物、といった日課を除けば用はないが」
「そんなもの明日にしなさいよ。ほら、妻の愛のほうが大事でしょ?」
む、と少し押し黙ってから頷く。
ちなみに今空いた間は考えたからではなく、面と向かってそういう事をさらっという彼女に押されたのだ。
「ん・・・・・・む。いや、それにしても唐突だと思ってな。何か理由でもあるのか?」
「わたしがしたいからってだけよ。
それに、夫婦の愛の営みに理由なんて必要ないでしょう?」
そういって絡みつくように私の背に腕を廻し、軽く唇が触れ合う。
流石の私も朴念仁という訳にもいかず、その妖艶さに負けて同じく抱きしめようと腕を廻そうと、
「どうでもいいけど、アンタ等ね」
した瞬間。すっかり忘れていたが、最初からこの部屋にいた主が声を上げた。
「そういうのは人の目が無い所でやりなさい!」
怒声と共に、椅子にそなえつけられていたクッションが顔面に直撃した。
【デートしよう!】
喧騒飛び交う新都のど真ん中。
私はいつもの鎧ではなく、私服に身を包んで彼女を待っていた。
「ああいた、待たせたかしら?」
バス停の方向から、彼女の声がかかる。
小走りに近づいてくるその姿は、私と同じくいつもの服装とは違っていた。
「いや、時間通りだ。君の言う通りにある程度時間を潰してきたからな」
「そ、よかったわ」
「それでジャグラー、君に一つ聞きたいのだが・・・・・・」
「待ちなさい」
と手で制される、というよりも指で鼻をつつかれる。
「もう今は二人だけなんだから、口調と呼び方は戻しなさい、士郎」
「む・・・・・・そうだな。判った、今日は気軽に行くよ、遠坂」
それを聞いた彼女は、満足そうに微笑みながら頷く。
こうしていると生前に戻ったようで懐かしい。
・・・・・・それにしても生前に戻る、というのも妙な表現だな。
「で、なんで待ち合わせだったんだ? 同じ家に住んでるのに」
二人とも遠坂の家に居候、俺は凛のサーヴァントではあるが、そういう形になっている。
だというのにお互い別々に家を出て、わざわざ新都で待ち合わせなんて事をしているのだ。
遠坂家で同じ質問をした時には「まあ、いいから」と流されたが、気になるものは気になる。
「それの方がデートらしいでしょ?」
なんとも曖昧かつ魅力的な理由である。
さらに彼女は付け足すように右手にしたものを掲げた。
「・・・・・・バスケット?」
少し大きめの、小型の犬程度なら入りそうなバスケット。
「これを用意してたのよ。中身は後のお・た・の・し・み♪」
可愛くごまかされた。
まあ、大体想像は付くけど。
「ふふ、嬉しそうね?」
だがまあ、想像は付いても嬉しいものは嬉しいものである。
「あー、で。今日はどうするんだ?」
「それをこれから決めるのよ!」
「で、まずは喫茶店か」
「立ちっぱなしでアレコレ言い合うよりいいでしょ? ゆっくりお茶も飲めるし」
小さな鐘の音と共に、ドアを開いて店内へと入る。
なかなかに小ぎれいで、雰囲気の良い静かな喫茶店だ。
「いらっしゃいませ」と言うウェイターの案内を受け、日当たりの良い窓際の席へ座る。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「わたしは三鮮具入り紅焼のフカヒレスープ」
「私は骨付き仔羊肉の網焼き バジリコ風味で」
「お客様、当店紅茶専門店でございますので・・・・・・っていうか嫌がらせなら帰れ」
丁寧な口調から変わって乱暴な物言いに、顔を上げる。
「あら、ランサー」
「む、気付かなかったな」
「嘘こけ。判っててやってたんだろうが手前等」
憮然とした態度でトレイを肩に担ぐウェイター姿の男は、紛れも無く槍の騎士、ランサーであった。
「んで、何しにきたんだお前等。まさかオレをからかいに来たってわけじゃあねえだろ?」
「まさか、そこまで暇・・・・・・ではあるけど。
今日は違うわ。こいつとデートなの」
「アーチャーと・・・?」
いまいち面白くなさそうに、ランサーが此方を見てくる。
早い所ウェイターらしく注文を取って去ってもらいたい所なのだが。
「そういや夫婦って話だったな。
全く、趣味が悪いなジャグラー。
こんな石頭で女の扱いを知らなさそうな駄目男相手にするより、オレと遊んだ方が楽しめるんじゃねえか?」
「あら、遊びでいいの?」
「ああ、本気の遊びだ」
人の妻を目の前でナンパする男、ランサー。
色々と尊敬できる男ではあるのだが、色々と現代社会に適応できない人間でもある。
「なんなら今夜にでも―――――おい、アーチャー」
「なんだね」
「この辺で終いにしてやるからよ、一先ずこれ引かねえか?」
おお、気付けばランサーの喉元に干将を・・・・・・
「いや、すまない。無意識だった」
「マジで何の気配もしなかったぞ・・・・・・アサシンのお株奪うんじゃねえよ」
「ふふ、残念ねランサー。わたしの旦那が許してくれそうもないわ」
「そうだな、今度は旦那の目が届かない所でさせてもらうとするよ」
どこか呆れ顔のランサーに対し、再び嬉しそうに笑いだす彼女。
「それはまた残念ね、うちの旦那の目は何処までも届くわよ?」
「で、ご注文は?」
「水」
「コーヒー」
「帰れお前等!」
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