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まどろみの中、何の予兆もなく目を覚ました。




「・・・・・・痛ぅ」

上体を起こして、背中の痛みに気づく。
やっぱり寝なれた土蔵とはいえ、地べたに直接寝るのはよくない。
うわ、腕まで痺れてきた。
こうなると数分は回復しないから困る。

「と・・・そもそもなんでここに寝てるんだ?」

痺れている腕を揉みほぐしつつ、周りを見回す。

今が朝だというのならば判る。拾ってきたガラクタを直しつつ寝入る事など日常だ。
しかし、入り口から入ってくる光はどう見ても昼過ぎ。
流石にこの時間まで寝ていたなんて事はないだろう。

まだ微妙にまどろんでいる頭を振り、再び周りを見渡して記憶を探る。
視界の端に移った、いつもと比べて妙に片付いているガラクタの山を見て、やっと思い出した。

「そっか、探し物をして、ついでって事で整理もして、疲れて仮眠したんだった」

思いだせた事により、眠気もすっきり飛んでいく。
そうだ、いくら掘り出しても見つからない探し物に耐え切れず、ならばいっそ、と動き出したのだ。
その結果が、目の前にある整理された空間にある。

それにしても大仕事だった。
何しろ何年もかけて作り上げてしまった混沌とした領域だ。
テレビやビデオデッキなんかは可愛いもので、ベンチとかケーキ屋さんの人形とか、妙なものが多すぎる。
もちろん後半のは藤ねえのもたらした産物、というより持ち込んだゴミに他ならない。

それらを全て表へ出し、それぞれに適切な掃除やら軽い整備やらをして、再び土蔵へと戻す。
なにしろ掃除やら整理というものにはキリがない。
気づけばちょっとしたホコリ取りが、いつのまにか錆び対策処理になっていたり。
ちょっとしたヨゴレ取りが、本格的な整備になっていたり。

目的からズレている事に気づいた時には、もうこれ以上ないって程に整理整頓掃除完了。
心地よい疲れどころではなく、限界に達していた体を休める為、終わった直後に倒れてしまった。

年末にだってしないような大掃除を、たった一人でこなしてしまった。
誰かに手伝って貰えば楽になったのだろうが、そうもいくまい。
何しろここには俺一人しかいないのだ。




そう、この家には、もう俺一人しかいないのだから。























――――――――<その後...>――――――――





























「ただいまー!」

「ああもうイリヤちゃんったら、靴は脱ぎなさいってばー」

「シロウ、質の良い野菜が手に入りました。これも桜の鑑識眼のおかげです」

「いつも行ってる八百屋さんですから、店長さんがお勧めしてくれただけですよ」

「いえ、だとしてもサクラの買い物におけるスキルは素晴らしかった。特にスーパーでの動きは達人の域でしょう」

「ライダーはオバさんの軍団に流されてたものね・・・それよりもわたしは、アーチャーの立ち回りに呆れたけど」

「呆れたとはなんだ。混乱と狂気に満ちた集団の中、狙ったものを確実に得る難しさを、君は知らん訳ではあるまい」

「あのね、そこのお嬢様が呆れているのはアンタの必死さよ。よくもまあ10円の違いであそこまで全力だせるわね・・・」



にぎやかな玄関。
騒々しい面々は、ここ最近で増えに増えた家族に他ならない。



「ああ、お帰り、皆」















さて、積むに積まれた野菜と果物の山。
桜を主体とした部隊に、できるだけ低予算で集めてもらった様々な食品だ。
どう見てもこの場に居る全員ですら食べきれない量と、肉系統だけが全くないのには、理由がある。

事は、前日の朝の話だ。






『うあ・・・』

『ほう・・・』

呆れと、感嘆の声が同時に上がる。
前のが俺で、次のがセイバーだ。
この場に居る他の皆もまた、それぞれのリアクションで机の上のものを見つめている。

『すごいでしょー! うちのお爺さまの親戚のいとこの娘の息子の奥さんの親戚が・・・
 あれ、いとこの親戚だったかしら。まあそんな事はどうでもいいわね。
 ともかくその人が、いつもお世話になってるお礼にって送ってきてくれたのよー。
 それで例の如く、食べ切れなかったからお裾分けにきたのでした』

いつもの楽しそうな顔で、悪く言えば何も考えていない顔で、藤ねえが言い切る。
過去にこういう事態がなかった訳ではない。
果物やら野菜やら、藤ねえの家にある所縁からは何かと食べ物が届くことが多い。
そしてもはや自宅以上に入り浸っている俺の家にも、その恩恵やら迷惑が降りかかる事は少なくないのだ。

『これは素晴らしい・・・・!
 今夜からの食卓が非常に楽しみになりますね』

『まあセイバーはそうでしょうね』

爛々と目を輝かせたセイバーが、心底嬉しそうにしている。
まあセイバーにとっちゃ財宝を積まれるより幸せになれる事なのだろう。
遠坂も俺と同じようにうんざりとした顔をしていた。

『でも、これはちょっと・・・』

『はい、どうしようにも』

戦慄を覚えた桜とライダーの声が、意識を机の上に引き戻す。
赤い。机一面赤い。あと霜降りで白い。

そう、肉である。しかも中々に高級そうで質の良い。

『おいしそうでしょー!
 国産の黒豚やら牛やら鳥やら羊まであるわよ?
 あー、お姉ちゃんは今日から夕食が楽しみです!』

食べきれないから此方に持ち込んできたというのに、未だ食欲が衰えない藤ねえ。
まあ肉食動物だからしょうがないといえばそうなのだろう。

『いや、夕食はいいんだがな。
 何事にも限度ってものがあるぞ、藤ねえ』

『む、何よその言い草は。
 セールで10円安い肉が手に入るだけでニヤニヤしてる士郎らしくないわよ?』

うるさい。
それと人の趣味に口を出さないで欲しい。

『確かに経済的には大助かりだ』

何しろ今のうちは大家族。
一人100gを食べるとしても、時として十人近い人数が集まる日には並みの消費量じゃない。
しかも一人一人それなりに量を食べるのだから、うちの財政状況がどうなるか考えずとも判るだろう。

『だけどな、どう見ても牛一頭分の量なんか、うちの冷蔵庫じゃ入りきらないんだよ!』

スーパーでみるような、パックに入っているものではない。
こう精肉店に吊り下げられてそうなどでかい肉が、丸ごと机の上に置かれているのだ。
正直、これだけの量が目の前にあると食欲より吐き気が湧いてくる。

『そんなのうちだってそうよ。
 だからこっちに持ってきたんじゃない』

『なんでもかんでも持ち込んでくるんじゃありません』

ぶーぶー言っている藤ねえは無視して、再び肉の山に直面する。
ああは言ったが、今からこれを藤村組に持って返させる訳にはいかないだろう。
たぶん、もう向こう側はこれ以上肉をつめる場所がないって程に食べただろうし。
なによりもよくお世話になっている家政婦さんに、この重責を負わせるわけにもいかない。
隣では『このような肉、食い尽くせなくて何が王か!』と興奮気味のセイバーがいるが見えないし聞こえない。
実際問題、どうやってコレを処理しろというのか・・・?

『近所に配っちゃえばいいじゃない。
 いつもお世話になってます、とか適当な事言って』

『そうは言うがな、生肉を持って近所を練り歩くというのは、中々にシュールではないか?』

ジャグラーのどうでもよさそうな意見に、意外と真剣に現状をうれいているアーチャー。
見た目はともかく、意見そのものは悪くないと思う。
だがそれも根本的な解決にはならないだろう
なにしろ、十件や二十件廻って済むような量じゃないからだ。
もう焼肉屋を始めても良さそうなくらいあるのだ、肉だけが。
それに・・・

『近所に配っちゃうなんて、もったいないわ!
 うちの肉なんだから、うちで消化しないと失礼でしょ!?』

誰に対してだ。
というか、藤ねえは自宅で散々肉三昧だったろうにまだ食い足りないのか?

『なんならわたしが引き取ってあげよーか?
 料理にしてもいいし、実験材料も最近足りなくなってきたから』

脇からにじり寄るイリヤ。
というか、料理はいいけど実験ってなんだ。

『ん? 例えばシロウの魂を人形の代わりに生肉に』

『いや、もういい』

吐き気に代わって寒気が出てきた。
忘れよう。今は目の前の肉をなんとかするのを考える方が大事だ。

『んー、野菜みたいに漬物にするって訳にもいかないし。
 燻製にするにしてもやっぱり限度がなあ』

うーん、と場に居る台所係の全員で唸る。

やっぱり消費するなら、拘った調理なんかより焼肉だろう。
バーベキューとか、そういった単純な食べ方のほうが消費量も増えて、

『・・・そうだ』

頭の中に閃きが走る。
明日は土曜日。
そして冬の今ならば、一日くらい外に置いても肉は持つ。

明日の予定を考え、必要な材料、道具を思い浮かべ、計画が実現可能であると確信。
ならば、決行だ。

『明日、焼肉パーティーをやるぞ』












食いきれないなら人を呼べばいい。
結論はそこだった。

その後、各自学校やらバイトやら自分達の行くべき場所へ行き、人を集めてもらうべく伝言を頼んだ。
おかげでかなりの人が集まることになり、今日となって計画は実行に移される。
しかしそうなると大人数になるために、如何にうちが民宿サイズとはいえ居間だけでは狭くなる。
だいたい料理だって台所一つじゃ間に合わない。

そんな訳で、野菜などの買い物は桜達に任せて、俺は朝から土蔵をひっくり返していた訳だ。
目的である屋台用の鉄板は見つける事ができ、他の設備については藤村組から借り出し、庭の準備は完了。
さて、これから夕方まで下準備の開始だ。














「シロウ、こちらのお皿はどうすれば?」

「あー、適当に机に並べといてくれ」

「士郎、サラダ盛り終えたけど」

「じゃあ次はドレッシング頼めるか?」

「中華風でいいならね」

「先輩、スープのほうダシが取れましたけど」

「よし、とりあえずそっちは置いといていいから、野菜切るほう手伝ってくれ」

夜に備えて、動き回る俺達。
何しろ呼んだ人数が人数だ。
野菜や肉を切るだけでも大仕事。
全員でフルに動かなくてはいつまで経っても終わらない。

「それにしても、野菜も果物も随分な量を買えたな」

「はい。先輩の作戦通りですね!」

野菜を手際よく切り分けながら、にこやかに答える桜。
作戦、とは大したものではない。
うちに有り余っている肉をお裾分けする代わりに、野菜を安くしてもらったのだ。
相手がスーパーなどではなく八百屋さんであり、足しげく通っている俺や桜だからできる事だ。
これぞ、肉を減らして野菜を得る、一石二鳥の作戦である。

「それよりも桜、皆と行って買い物大丈夫だったか?」

「えっと、それなりに大変ではありましたけど、楽しかったですよ」

ちょっと苦笑いな桜。
むう、何しろあの面子で行ったのだ。苦労もあろう。

「でも、色々と助かった事もあるんですよ?
 セイバーさんやイリヤさんのおかげで果物はおまけしてもらえましたし、ライダーは力持ちだし。
 それに、アーチャーさんなんて何をするにしても手際よくって、逆に色々教わっちゃいました」

ふむ、あの商店街で桜が教わるとなると、かなりの腕前という事になる。
そういえばアーチャーは一度うちで料理を作ったようだし、遠坂の家でも腕を振るっているらしい。
今も庭の用意を進めているし、肉の塊を解体したのもあいつの手によるものだ。
いや、ほんと謎だなあのサーヴァント。
考えてみれば真名もまだ知らないし、いつか遠坂に聞いてみるかな。


―――ピンポーン


家のチャイムが高らかに鳴り響く。

「よう、坊主。土産代わりの冬木の港直送の魚だ」

そういってバケツを渡してくるランサー。
時刻は夕方。
日が沈み、月が姿を見せるのに合わせる様に、続々と姿を現す客人達。

「失礼する」

「今日はお世話になるわね、坊や」




さて、そろそろ宴の始まりだ。



















『かんぱーい!』

数々のグラスを掲げ、焼肉パーティーの開始を祝う。
ちなみに酒を飲んでるのはちゃんと成人の方々だと言って置こう。
まがりなりにも教師が二人居る前で飲むわけにもいかない。

「じゃんじゃん食べてくれー、後はまだまだあるからな」

近くにいる人の皿に焼き終わった肉をほいほいと乗せていく。
客人を呼んだ立場としては、しばらくこうして持て成しをしなくては。

「衛宮」

「お、一成。今日は来てくれてサンキュな」

「いや、こちらこそ招待に預かり感謝の限りだ。
 なにしろこんな機会は滅多にないからな」

流石お山の跡取り息子。
肉類に飢えるのはもはや必然といえるかもしれない。

「ま、楽しんでってくれ。ほれ、肉」

「む、言われるまでもない。
 ・・・しかしだな、衛宮。少し疑問があるのだが」

耳を貸せ、と手招きされる。
言いにくいことなのだろうか。

「なんだ、かしこまって」

「いやな・・・随分と見知らぬ異人さんが多いようなのだが、休んでいた間に何があった?」

一成の視線の先には、どう見てもこの国の人々とは思えない様々な方々。
言わずもがな、サーヴァント達とイリヤである。

「事情を話すと長いんだがな・・・」

長いのだが、そもそも聖杯戦争の事を漏らす訳にもいかない。

「色々あったんだ。気にしないでいてくれると助かる」

「・・・そうか、まあよい。
 それよりもだな、俺はあの女狐めがここにいる事が何よりも気になっている」

あー、そっちかー。ある意味もっと言い訳しにくいな。

「さあ吐け衛宮。何があった、何をされた。
 脅迫か、強請りか、それとも人質か。俺はいつでも衛宮の力になるぞ」

っていうかそれ全部脅されてるよな。
それよりもこういう事を話題にしてると影が・・・

「あら、随分な言われようですね。
 余り感心できませんよ、そういう事」

ぞくり、と背筋が凍る。

「と、遠坂!」

「こんばんわ柳洞くん。
 そういうものは本人がいない場所でやるものじゃないかしら。
 そもそも、陰口自体が感心できたものじゃありませんけど」

「喝!陰口ではないわ!俺は純然たる推測でものを言っているに過ぎん!
 ええい、衛宮の地から早くでていくがいい!」

わきゃわきゃと口論し始める二人。
一成にとっちゃ獅子身中の虫って状況なんだろうな。
それにしても久しぶりに見た遠坂の猫かぶりには参った。
ちょっと前までアレが当たり前だったのだが・・・
今では寒気がするほどに違和感がある。

そういえば、遠坂の本性が知れたのも、聖杯戦争がきっかけだったんだよな。
始まったばかりの時には、皆で食事をするような光景なんて思いも付かなかった。

活気に満ちた、平和の一シーン。
それで、あの長いようで短かった聖杯戦争の終わりを実感した。
















言峰との戦いの後、俺はそのまま意識を失った。
なので俺は顛末がどうなったかを自分の目で見れてはいない。
後で聞いた話によると、本格的に崩れてきた大空洞から全員で逃げ出す事はできたらしい。
まあそうでもない限りここで暢気に肉を焼いていることなどできず、生き埋めになっている筈だが。

気を失っていた俺と遠坂、そして聖杯を“閉じる”のに力を使い果たし、同じく気を失った桜とイリヤ。
それぞれ小脇に抱えられ、ひとまず俺の家へと全員で戻ったらしい。

俺が目覚めたのは四日後。
一番早くに起きたのは、遠坂だった。
どうも遠坂の家は特別らしく、そちらへ戻された本人は二晩ほどで復活したそうな。

ここまでの事情を聞いたのも、遠坂の口からだ。
同じ気を失っていた同士だったので人づての内容だが、先に起きていただけあって現状把握は済んでいたらしい。
そして、兄弟子である言峰についてだが・・・

『そう。まあアイツなら碌な死に方はしないと思っていたわ』

怒るでも悲しむでもなく、むしろすっきりとした顔つきでそう言った。
どうやら本当の意味で油断できない間柄だったらしい。
・・・少しだけ、感情が揺らいでいたようにも思えたが。




「シローウ! お肉きれそうだよー!?」

喧騒に負けない声が、俺の名前を呼ぶ。
見れば、空になった特大の大皿を危なっかしい手つきで持ったイリヤが、小走りで近寄ってくる。

「じゃあその皿もって台所行ってくれるか?
 後は桜が適当に盛り付けてくれると思うから」

「うん!」

これまた元気な返事と共に、軽い足取りで家へと入っていく。
こうしていると普通の女の子だよな、イリヤも。

「・・・イリヤも随分元気になったな」

楽しそうに駆ける少女を見て、感慨に耽る。
聖杯戦争が終わって直ぐのイリヤからは、思いつかないほどの活力だ。

今、イリヤの傍にはバーサーカーがいない。

数々のサーヴァントが生き残った中で、イリヤのサーヴァントは失われてしまったのだ。






俺から一週間程遅れて目を覚ましたイリヤは、起きるなりアインツベルンの森へと駆け出した。

前に来た時と同じ、巨大な森。
ただ違うのは、まるで戦争でもあったかのように荒らされた姿だった。

木々が倒れ、大地が抉られ、見通しが良くなっている森の中。
その一角に、彼はいた。

『バーサーカー』

その姿は、もはや生きているとは思えないほどの傷で埋め尽くされていた。
胸も、背中も、足も、抉り斬られたような跡があり、腕など取れかけていて、辛うじてついているだけ。
誰もが一目で死んでいると思う体。
だが、彼は少女の声に反応し、潰れて片方しかない瞳で、確かにイリヤを見下ろした。

『・・・・・・』

互いに、言葉はない。

覚悟をしていたのか。
驚愕も、戸惑いもその間にはない。
ただあるのは、失う事の悲しみと、別れの寂しさ。

『うん』

無言の対話に、少女がうなずく。
何を言っていたかは判らないが、泣きそうになっていた瞳から、イリヤは涙を流さずにいた。

その言葉が待っていたように、バーサーカーの姿が薄れていく。
元々彼の体は死んでいた。
だが、ただ少女にもう一度会うためだけに、彼はここで生き続けたのだ。
それがどんなでたらめで、どれほど強い意志なのか、考えるまでもない。

もはや彼の体は輪郭しか残していない。
ボロボロで、ただ消え行くだけの一瞬。
だが、その姿は何よりも雄雄しく、何よりも優しい、一人の親のようにも見えた。






それからというもの、イリヤはしばらくの間意気消沈していた。
二人がどういう間柄だったのかは深く知っている訳ではないが、あの時のイリヤを見て絆を疑う人などいなかろう。
そんなイリヤに、俺もどう話しかけてよいか判らなかったのだが・・・

意外にも、イリヤを元気付けたのは、桜だった。

気づくと一緒にいた。
家事やらお茶を一緒にするようになり、次第に会話の中から笑いが混じる。
もちろん、俺や藤ねえも傍にはいたが、それでも桜が一番イリヤに話しかけていた。
今こうしてイリヤが笑っていてくれるのも、それが少なからず力になったはずだ。

・・・桜も、色々と大変だったというのに。

あんな戦いに巻き込まれ、祖父を失い、気づけば桜も一人になっていた。
・・・慎二は姿を消した後、この町からもいなくなっていたのだ。
学校は退学していたし、間桐の家からはいくつかの物が持ち出されていたらしい。
誰に何を言うこともなく、置き書きもせずに、慎二はどこかへと行ってしまったのだ。

イリヤに比べて、桜は気落ちしていないようには見えた。
それから直ぐにライダーと一緒に俺の家へ来たし、色々と環境の変化で悲しむ暇もなかったとは思う。
だが、それでも偶に遠くを見ている時がある。
もしかしたら、桜もイリヤと一緒にいて助けられたのかもしれない。




・・・そういえば、まだ解決していない事が一つある。
もう聖杯は無くなったし、サーヴァント達も戦う意思を見せない以上、何があるというと、

「雑種、早く我にも焼いた肉をよこせ。
 この高貴な我が下々と同じ場でこんなものを食してやるというのだ。
 光の如く素早く、何よりも優先して献上するのが道理であろう」

言うまでもなく、こいつの存在だった。

「・・・ほら」

「む、なんだこの紙っきれの皿は。
 我に持たせるのならば黄金で出来た器でも用意しろと言うのだ。
 いや、そもそも我の手で食器を持たせるという事自体、万死に値するぞ」

「文句言うなら食うな。
 っていうかなんでココにいるんだよ。
 呼んだ覚えないぞ、俺も皆も」

「はっはっは、これはまた可笑しな事を言うな。
 祝宴に王がいなくては、始まるものも始まらんであろう。
 それと王とは呼びつけられて来るのではなく、自らの意で現れるものだ」

「野菜もやるから、とりあえず適当に食ってくれ・・・」

「ふむ、ああ人参はいらんぞ。人参は」

文句をいいつつも、野菜と肉を受け取って食べ歩く王様。
そう、解決できていない事とはギルガメッシュそのものであり、現在進行形で存在する迷惑だ。

俺が言峰と戦っていた間、セイバー達はギルガメッシュと対峙していた。

疲弊を抜きにしても、あいつの宝具は桁違い。
当然のごとくセイバー達は圧倒され、ギルガメッシュは遊びに興じるかの用に財宝を放つ。
こうして存在している事からも判るが、それはマスターである言峰を倒しても変わらなかった。
どうやら、本当に現存する事にマスターは必要ないらしい。

一抹の希望は絶たれ、絶望に身を犯されんとしたそのギリギリで、

『む?』

と天井から落ちてきた砂埃を見て、あっさりとギルガメッシュは帰ったそうな。

大空洞が崩れる予兆を見て、巻き込まれるのを避けた・・・という訳では当然ないだろう。
なにしろあいつなら土砂ごと俺達を吹き飛ばせるほどの力がある。
ならば何故戦いを止めたかと言うと―――俺には一つの当てがあった。

単に、汚れたくなかったのだろう。お気に入りの服だったから。

以前も蟹が食べにくい、という理由だけで一杯うん十万するやつを家に放り捨てたことがある。
景観が悪いからという理由で、ビルを買い取って崩したり・・・
根本的な価値観が違うのだ。俺にとっては対して不思議でもなかった。
しかしセイバー曰く、どうも十年前とは微妙に違うようなのだが、俺にとっては最初からあんな奴だった。

今も、聖杯戦争関係者とすれ違う度にものスゴイ警戒と殺気を向けられているのだが、素知らぬ顔で肉食ってるし。
あ、セイバーに殴られた。懲りないなあいつ。

「まったく・・・シロウ、疲れていませんか?
 貴方も焼くばかりではなく、少しは楽しんでください」

「っと、すまないな」

拳を赤く染めたセイバーが・・・
それはともかく、横から俺が使っていたトングを掴み取り、交代してくれる。

「セイバーはもう食べなくていいのか?」

「もう十分食べました。
 いえ、もちろんまだ頂きますが、主催者である貴方ばかりが作業をして、私が食べてばかりでは忍びないでしょう。

「んー、そんな気にすることないんだがな」

これはこれで楽しんでたし。
わいわいと皆が騒いでるのを見てるだけでも、十分満足していたんだが。

「そうだな、じゃあセイバーのご好意に預かるよ」

「はい、素直でよろしいですね」

俺の返事に、微笑が返ってくる。




大変な思いをした。
死ぬような苦しみも味わったし、失ったものも幾つかある。
何が正しかったのかもまだ判らないし、まだこれから問題もでてくるだろう。





―――それでも、こうして隣に笑顔があるということは、きっと何よりも大切なことなんだと、迷い無く思えた。
































宴もたけなわ。
いまだ活気は残るものの、静かになり始めた頃になって、私は家の門を出た。

それだけで、そこは別世界にいるように静かで、冷たい空気が体を刺す。
体の熱を冷ましにきたわけではないので、目的に従い首を振り、彼等を見つける。

「アー・・・いえ、シロウ、凛」

振り返ったのは、この戦いに召喚された二人のサーヴァント。
そして、私にとって大切な家族。

「悪いな、セイバー。
 宴会の席に呼び出しちまって」

「いえ・・・」

笑顔を作って、返事をする。
だが、やはりうまくいかなかった。
二度目といえど、つらいものはつらいのだ。

「やはり、去るのですか?」

「ああ、やっぱり俺はこの世界の人間じゃないし、いちゃいけないと思う。
 色々とまずいだろ、そういうのは」

はにかんだように笑うその表情は、いつかみた少年のものと全く変わってはいない。
自身を貫くことができた彼は、やはりその意思で自らの居るべき場所を選んだ。

「それは、凛も?」

「わたしはこいつ程に頭が固くないわよ。
 むしろここで第二の生を楽しむのもありかな、って思ってたけど。
 こいつに永劫着いていくのがわたしの目的だし。
 そもそも今のわたしはそういう存在だから選びようがないしね」

しょうがないと言う様に、凛は呆れた顔でそう言った。
だが、そこにはなんの迷いもなく、堂々としている。

「そうですか」

「すまない、セイバー。
 やっぱり俺は立ち止まる訳にはいかないから」

彼も、迷い無く答える。
きっと、これからも彼は戦い続ける。
絶望と悲しみの中を、二人で戦い抜くのだろう。

その中に、私が居ないことを少しだけ寂しく思う。

「セイバーは残るのか?」

「はい、やりたい事がありますので」

「・・・そういえば前にも目的があるって言ってたな。結局なんなんだ?」

自らの失言に後悔する。
狼狽して言い淀んでいると、凛が何かを悟ったように邪悪な笑みを浮かべた。

「なるほど・・・ま、応援はしてあげるわよ、セイバー。
 一つだけ言っておくけど、わたしは手強いからね?」

「はい、それについては百も承知です」

不適に笑う凛に、気合を入れた笑みを返す。
ある意味当事者であるシロウは、いまだ判らないようできょとんとしていたが。

「まあよく判らないけど、俺も応援するよ。
 なんたって家族の望みだからな」

「・・・少し複雑ですが、受け取っておきます」

出来るだけ皮肉を込めた言葉に、やはり判らないようで疑問符を浮かべている。
はあ、成長した彼でさえこうなのだから、ここでもかなりの苦労がありそうだ。

「何はともあれ、そろそろ行くよ。
 このまま話してると、決意が鈍りそうだからな」

「本当に誰にも話していかれないのですか?」

この別れは、誰にも話していない。
私だけが、この場に呼ばれたのだ。

「ああ、話しちゃったら行きにくいしな。
 悪いけど後の事はセイバーに任せるよ」

「・・・凛が、悲しみますよ?」

シロウの表情が、僅かながら固まる。
それは、目の前にいる彼の妻ではなく、まだ幼い彼のパートナーだ。

「・・・凛に“アーチャー”は必要ないよ。
 彼女に必要だったのは戦いの仲間で、それが終わったなら俺は必要ないからな」

少し悲しそうに、シロウは笑う。
きっと、彼にとって凛はこの時代の心残りなのだろう。
隣にいる凛ではなく、彼女もまた、掛け替えの無い人だった筈だ。

「判りました、凛には私から必ず」

「ありがとな、セイバー」

最後の心残りに別れを告げ、二人は視線を絡ませる。

「行って来るわね、セイバー。
 次に会う時は目的達成できたか楽しみにしてるわよ」

「じゃあ、またな。
 いつ、何処になるか判らないけど、待っててくれ」

――――二人の言葉に、言葉を失う。
そう、これは別れではなく、見送りなのだ。
二度と会えない可能性もある立場だが、私達は特別だ。
それは英霊や、最後は必ず世界に帰依するというといったようなものではない。

「はい、必ずまた会いましょう。
 ・・・いってらっしゃい」




私達は、家族なのだから。



















“赤き英霊へ至り、再び聖杯戦争へ”
 −終−


































「桜」

エプロン姿の背中に、声をかける。
振り向いた少女の顔は、微笑みを見せている。

「はい、なんですか?」

「食器洗い、手伝うわ。
 一人じゃ洗いきれないでしょ」

「え、いえ、大丈夫です!
 遠坂先輩はどうかゆっくりしててください」

赤くなってオロオロとする桜。
うん、新鮮な反応。でもそんな遠慮はいらないわよ。

「いいから、大したことなくても二人でやった方が早いでしょ?
 さっさと終わらせてデザートの方に取り掛かった方が楽しめるじゃない」

「はい、それは、そうですけど・・・」

どうにも遠慮気味である。
が、しばらくこっちが何も言わずに突っ立っていると観念したのか、

「じゃあ、お願いしますね・・・姉さん」

心底嬉しそうな顔で、小さく答えた。

桜がわたしの事を姉さん、と呼ぶようになったのはつい最近だ。
あの戦いが終わった後、二人になるとそう呼んでくれるようになった。

「・・・じゃあさっさと終わらせるわよ」

「はい!」

赤くなった顔を隠すように、少しぶっきらぼうに答える。
それでも桜は嬉しそうだ。

本当に良かった、と今更ながらに感極まってきた。

「あれ、姉さんそれって」

腕まくりしたと同時に、桜が何かに反応する。
焼けどしないようにちょっと長い袖の服を着ていたから、今まで見えていなかったのだろう。

「ああ、令呪?
 そういえばわたしは右手の甲に現れたのよね」

「一つ減ってますね。
 何に使われたんですか?」

「え?」

言われて、自分の令呪を見つめなおす。
確かに、三本の線で描かれていた紋様は二つに減っていた。

「う、嘘。使った覚えなんかないわよ、わたし」

慌てる、というか焦る。
だってこれはちょっとした財産だ。
何しろ奇跡を起こせる魔術の結晶。
基本はサーヴァントを従わせる命令権ではあるが、魔術の知識さえあれば他に応用だってできる。

冗談じゃない。
気づいたら減ってた預金通帳以上に冗談じゃない。
通帳は使ったのをすっかり忘れてただけだが、こちらにそんな忘却は無い筈だ。

「ね、姉さん、大丈夫ですか?」

「あ・・・うん、平気」

余程うろたえていたのか、桜が心配そうにこちらを見ている。
冷静になれー。
戦闘で使ったなんて事はないし、日常的に使う場面なんかなかった。
アイツ文句は言うけど素直に言うこと聞くし。
寝ぼけて―――なんて事もない。
強引に使用することは可能だが、基本は精密的な精神集中が必要だからだ。

うう、身に覚えが全く無い。
一体どこで、




―――――― 馬鹿! ――――――




使ったと・・・言うのだろうか。




―――――― わたしの許可無く、勝手に ――――――





















−終?−








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