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思い出はそう、一つしかない。


『イリヤの髪は綺麗だね。真っ白で、雪とおんなじだ』

そういって、わたしを抱き上げてくれた。

思えばそれが最後の会話だった。

わたしは体の機能上、なにかと"調整"を必要とした。
それでも聖杯として完成されていたためか、他と比べて安定はしていたほうだが。
しかしあまり外出はできないし、なにより彼は私に構う暇はあまりなかった。
そのため彼と話せたのはほんの数回。
日数にすれば一週間にも満たないだろう。

だからかもしれない。
その一言で去った彼が、何よりも憎くて、何よりも許せなくて・・・


なによりも、いとおしかった。























――――――――<夜>――――――――





























静かだった。
虫の声一つない、ただ静寂のみが場を満たしている。

さむいのは余り好きではない。
わたしの生まれた所は、いつも寒かった。
そのためこのくらいならまだ暖かいほうだが、寒いことには違いはない。
こんなときは部屋の中で暖かくしているのが一番だ。

だけどこの場所から動くつもりはない。
木でできた廊下は冷たかったが、腰を下ろして、ただ庭を見つめる。

どれくらいそうしていただろうか。
いい加減待つのも飽きたし、室内に戻ろうかと考え始めた時、

「・・・風邪を引くぞ、イリヤスフィール」

静寂の中、よく響く男の声が聞こえた。












「まったく・・・」

そういってアーチャーは、わたしにふわふわの毛布をかけた。
その手付きは手馴れていて、どこかセラやリズを思い出させる。

「・・・・」

お礼も言わずに、わたしは彼を見つめた。
赤・・・というよりオレンジだろうか。
少し白んだ感じの髪の色。
それとは逆に、肌の色は黒ずんでいる。
そして真っ赤な、まるで血の様に赤い外套。

・・・どこも似ていない。

顔つきとか、声とかでそう思ったのかと考えていたが、そうでもなさそうだ。
だが、ひとつだけ挙げるとするなら。
擦り切れたように見えるのに、確固とした意思を持つ雰囲気。
それだけが、彼を思い出させる。


「イリヤスフィール」

意識を戻される。
一瞬だが呆けていたようだ。

「何?」

「隣に座らせてもらっていいかね」

「・・・いいわ」

アーチャーがわたしの隣に座る。
せっかく隣に座ったというのに、彼は睨む様に・・・いや、耐えるように空を見上げて、黙っている。

「イリヤスフィール」

「イリヤって呼んで頂戴」

「・・・イリヤ、話しがある」

アーチャーは真剣な眼差しをわたしに向ける。

「待って、その前にひとつだけ聞かせて」

わたしも彼の目を見つめて、答える。
そう、これだけは聞かなくてはならない。
わたしの考えどおりならば、彼は・・・

「貴方の真名を聞かせて」

「・・・」

アーチャーの双眸は変わらない。

サーヴァントにとって、真名はこの上なく重要なものだ。
知名度が高い英霊は、それだけ自分の力、武器、能力、はては弱点まで語り継がれている。
そのため自分の真名は機密にしなければならない。
敵であるわたしにその名を喋るなど、本来ありえないことだ。
こんな質問は無意味、愚問である。
だがしかし、彼は必ず話してくれる。
確証なんてものはないが、何故かわたしは確信できていた。

「私の真の名は衛宮士郎。君の思いの通り、衛宮切嗣に命を救われ、息子となった男だ」

想像どおりの答えだったのに、わたしは何故か身を振るわせた。

「そう、じゃあやっぱり貴方はあの子の・・・」

「未来の姿、というやつだ。世界と契約し、英霊となった身だがな」

通常サーヴァントを呼び出すのに、未来の英霊などは対象にならない。
何故ならその英霊との縁がある、触媒が手に入らないからだ。
そこら辺にあるペンですら、もしやすれば未来の英霊の触媒と成るかもしれない。
だが逆に言えば、名工が作った武具であれ、手にした人物が英霊に成れなければ、触媒足りえないのだ。
全く、何を使って彼を呼び出したのだろうか、遠坂の子は。

「驚かないのだな」

「・・・そうね、半ば予想はしてたわ。どちらかというと推測だけど」

彼とこの男は、正直にいえば似ていない。
だが彼と近しい人物である、というのは確信していた。
ただの他人ではないのなら、肉親である可能性は強い。
そして自分以外に彼の子供といえば一人しかいないのだ。

「それにその髪の毛。色は少し違うものの、特徴的だもの。見比べればすぐにわかるわ」

「そうか」

そういってわたしの苦笑じみた言葉に答えると、彼はまた沈黙を作る。
わたしも彼と同じように、空を見上げ、黙する。
空には多少の雲があるものの、白々と光を放つ月が見えていた。

「・・・親父とも、よくこうやって月を見上げていた」

独り言のように、彼は言う。
アーチャー、いやシロウが息を吐く。
白い靄となって、それは微かな風に流されて言った。
流れきった後、彼は意を決したように此方を向き、口を開く。

「イリヤ。俺は君に謝らなくちゃいけない」

真剣な眼差しの中に、悲しみと後悔を持った視線。
わたしはその瞳を見つめ、話しの続きを待つ。

「俺は過去、ここにいる衛宮士郎と同じように聖杯戦争を経験した。
 そして初めて、そこで君と出会った。
 だがその時は君の事を知らず、ただ敵対関係にしかなれなかった。
 話し合う場も得られず、君と俺は接点が無いまま、聖杯戦争は終結した」

眉を寄せて、悲しいような、苦しいような表情を、彼は作る。

「俺は幸運にもその戦いで生き残ることができた。
 ・・・それから何年後だろうか。俺は切嗣の魔術師としての足跡を偶然得た。
 調べていくうちに、ひとつの事実を知った」

それはわたしにとっては当たり前の事。
そして彼にとっては驚愕の事実だったのだろう。
そう、エミヤキリツグには、

「衛宮切嗣には、血のつながりがある子供が、一人いると」











「過去の俺は無知の馬鹿者としか言いようがなかった。
 イリヤを救うどころか、存在すら知らなかったのだ」

シロウの手が、血が滲まんばかりに握られる。
後悔し、自らを恥じている声で、彼は続ける。

「イリヤ、俺は正義の味方を目指したんだ。
 親父が夢見て、叶える事ができなかった理想。
 俺はそれを正しいと、美しいと思い、彼を継ぐ事を決めた」

だが、と彼は言う。

「実際の俺は、ただのうのうと時を過ごし。
 正義の味方どころか、イリヤから親父を奪っていた」

シロウが此方を向く。
その表情は激しい後悔と、深い嘆きで彩られていた。
頬は濡れていないが、わたしには彼が泣いているようにも見えた。

「イリヤ、俺を殴ってほしい。
 それで許してもらえるとは思ってはいない。
 君の気がすむとも思ってはいないが、そうでもしないと逆に俺の気がすまない。
 君の言う事はなんでも聞こう。君を必ず守り通そう。
 だから――――――ごめん」

そういって、シロウは深々と頭を下げた。

・・・・
正直わたしはシロウの事を恨んでなんかいない。
あの男が死んだ事を知った時、同時にシロウの事も知り、逆に喜んだくらいだ。
楽しみが出来た、自分のサーヴァントにしてやろうと思い、張り合いを感じた。
だからシロウが謝る必要なんて、どこにもない。
誠実で、真っ正直に話しをしてくれた彼に、どこに非があるのだろうか。
恨んでいるのはあの男。
勝手にいなくなって、帰る事もなく、わたしの許可なく死んだ男。
でも・・・

「う・・・っく、ひっく」

涙が溢れてきた。
嗚咽をこらえる事も出来ず、子供のように泣きじゃくる。

「い、イリヤ? どうしたんだ、やっぱり寒かったか?」

シロウが、擬音を使うならわたわたとして、焦りはじめる。
全く、バーサーカーを一度といえ殺して見せた男が、わたしが泣いた程度でパニックになるなんて。

「・・・シ・・・ロウ」

・・・わたしこそ情けない。
泣いてしまったせいで、喉がひきつってまともに発音すらできていない。
本当に子供のようで、自分の事が恥ずかしくなってくる。

「どうした、イリヤ?」

覗き込むように、彼はわたしを見る。
その瞳は先程の厳しいものではなく、ただただわたしを心配している、優しい目だ。

「胸・・・かして」

そう言ってシロウの許可をとる事もなく、無理やり引き寄せて抱きつく。

「イリヤ?」

困った用で、なだめるような、優しい声。
しばらく逡巡していたようだが。
わたしの頭に、割れ物を扱うような手付きで、手のひらを置いてくれた。

無骨で、大きくて・・・
バーサーカーと一緒にいるように・・・あの時あの男に抱き上げられたように・・・暖かい。
わたしはさらに強く彼に抱きつき、年がいもなく泣き続けた。



















恨んでいるのはあの男。
勝手にいなくなって、帰る事もなく、わたしの許可なく死んだ男。




でも・・・一つだけ。




こんなにも優しくて、いい子を残してくれた事だけは、感謝しようと思った。






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