「ふぁ〜ぁ」

「あ、おはよう御座います、姉さん。
 ミルクですね、ちょっと待っててください」

「あ゛ー、うん」

「―――はいどうぞ」

「ありがと……んっ、んっ、っぷは!
 いよし、目ぇ覚めたわ。
 おはよ、桜」

「はい、おそようございます」

「う、ってもう10時過ぎか……皆は?」

「衛宮先輩とセイバーさんは生徒会の手伝いで学校、
 ライダーはいつも通りバイト先です。
 休日とは言え、流石にお寝坊しすぎですよ?」

「そー言われたってねぇ。
 こっちで寝ると気が抜けちゃうのよ、色々」

「あ、判ります。
 ちょっと油断するとだらーんってしちゃいますよね!」

「春だしねー」

「あったかいですしねー」























【シスターズ】





























「悪いわね、わざわざ軽食作ってもらっちゃって」

「いえいえ、朝ごはんは一日の活力ですから。
 それに一食抜くと生活バランスが壊れちゃいますし」

桜がものの数分で作り上げたサンドイッチが美味しい。
早起きは3文の得というが……成る程、寝坊しても得をするときはするものだ。

「んっ……ごちそうさま」

「はい、おそまつさまです!」

淹れてもらったお茶に手を付けている間、何気なくお皿を下げてくれる桜。
こういう細かい気遣いは感心させられるものがある。

「末は良妻ってやつかしらねえ……」

「なにかいいましたかー?」

「いーえ」

台所を経由しての会話だなんてあらやだなんて夫婦?
……最近思考回路がおかしいわね、ほんと。

「ところで姉さん」

「んー?」

手を拭きながら桜がエプロン姿で帰ってくる。

「今日は何かご予定があるんですか?」

「ん? 特に何もないよわよ」

「それでしたら、その。
 今日は一日わたしと一緒にいていただけませんか?」

「何かやる事でもあるの?」

「いえ、そういう訳じゃないんですが……。
 姉さんと一緒にご飯とか、家事とかして、一日過ごしたいなあって」

「…………」

「あの、ダメですか?」

「い、いや、別に構わないわよ。今日は暇だし」

「やった! ありがとうございます、姉さん!」

遠慮がちな表情から、花でも咲いた様な満開の笑顔。



なにこのいもうとかわいい。

















「掃除に洗濯、買出しに夕食の下準備、こんなもの?」

「はい、ひとまずはこれで終わりです」

「あー、結構重労働だったわねえ」

「お疲れ様です、姉さん」

「桜もね」

朝から家事を続けて数時間、午後の一息というやつだ。
水仕事でふやけた指を休ませるのにちょうどいい。

「じゃあ姉さん、適当に座っててください。
 今お茶とお菓子を用意しますから」

「ん? 手伝わなくていいの?」

「はい、すぐ用意できますから」

ならばお言葉に甘えると答えると、桜は部屋から出て行った。
閉じるドアを横目に、桜のベットに座らせてもらう。
軽い疲労をほぐしながら、なんとなしに周りを見渡してみる。

可愛い部屋だ。
それに清潔で、綺麗に整頓されてる。

「わたしの部屋とは大違いねえ……」

全体的に明るい色が基調の、人形や小物に飾られた女の子らしい部屋だ。
対して、色と言えば赤ぐらいで、薬品と小物だらけに埋もれたわたしの部屋。

1歳違いでこうも違う。なんかくまとかあるし。

「まあ、いいのよ。赤好きだし……」

少し負けた気になって、ベットに後ろから倒れこむ。
というか比較したのはどっちも士郎の家なんだけど……さ……?

「んー、んん?」

ベットに転がったり、押したりしてみる。
別に桜の寝床を満喫している訳ではない。
違和感があったのだ。
というより、ある筈の物がない。

「これ、士郎作のベットか」

木製の、豪華さはないが品の良いベットフレーム。
その仕上がりに彼の面影を見つけながら、その仕上げに舌を巻く。

違和感の正体は、音。
軽い動き程度じゃ、軋む音一つしないのだ。

「わたしん所は既製品っぽかったのに……
 いい仕事するじゃない、あの馬鹿」

こうしてみると、他にも士郎が作ったであろう家具があった。
本棚や、机の上の小物入れとか。
これは修理品だろうが、ストーブも士郎の手が入ったものだろう。

見回している内に、自然と別のものも目に入っていく。

例えば先ほどの本棚に置かれた、桜の趣味とは少し異なる本の数々。
たぶん、ライダーから進められて手をつけていないものだろう。

壁に掛けてある服のいくつかは、確か藤村先生のお下がりだ。
櫻色のカーディガンがあの子には良く似合っている。

棚の上にある隠しきれていない御煎餅の袋は、セイバーの持込だろう。
あの見た目で緑茶を好んでいる彼女が、稀に桜と二人きりでお茶会をしているのを知っている。

「なんか……皆の色があるわね」

わ、わたしも何か買ってあげようかしら……
服……は藤村先生と被るし。
アクセサリーとか、食器とか……

「でもそれじゃ部屋に飾られないか。
 そもそも大体あの子が欲しく無いものあげたってしょうがな―――?」

何かヒントにならないかと部屋を見回していると、あるものが目に入った

「紅茶の、缶?」

窓際に飾られるかのように置いてあるそれは、どこでも見かけるようなジュースの缶だった。
ある事がおかしいとは言わないが、そもそもこの家には緑茶紅茶問わずにお茶好きが多い。
わざわざ缶のジュースなんて買ってくるまでもないから、少々不思議に感じたのだ。

なんとなしに手に取ってみると、

「開いてない」

空という訳でもなかった。
しかも何故か、缶の置いてあった部分には手作りのコースターまで置いてある。
まるで本当に飾っていたみたいに。

「なんだってこんな自販機で売ってるようなもの飾って……」

「お待たせ致しましたー」

そうして缶相手に思考をめぐらしていると、トレーにティーセットを乗せた桜が戻ってきた。

「今日は駅前で話題の洋菓子屋さんからシュークリームをって、
 ええええええええっ!?」

「な、なによ!」

「なんでそっ、いや、だめって、えっ、でも!」

「落ち着きなさい!」

「で、でも、えっ、うわわっわわあ」

「こぼれる落ちる割れる!!」


















「落ち着いた?」

「はい……」

ティーセットを振り回す桜を宥め続ける事数分。
ようやく平静を取り戻す事ができた。

「いったい何なのよ全く。
 この紅茶の缶に何かあるの?」

「えっと、それはその……」

なんとも恥ずかしそうな彼女。
大切そうに抱えている所を見ると、やはり何か思い入れのある品物らしい。

「んー、もらい物とか?」

「……はい」

頬を赤く染めて、俯いて答える桜。

「誰から貰ったの?」

「それは……」

何せ高価なものならまだしも、ただの缶ジュースを飾るのだ。
余程貰えて嬉しい相手だったのだろう。
となると士郎とか? 次点でライダーか藤村先生かしら。

「……ぇさんです」

「ん?」

「姉、さんです」

「えっ、わたしが何?」

「だから、その、姉さんから貰った物です」

……へ?
あ、え、そんな覚え――――って。

「えっ? これってアレの時の!?」

桜がコクリ、と小さく頷く。

思い出されるのは聖杯戦争中の、一夜。
偶然と気まぐれが引き合わせた、何でもない1シーン。

「あれを飲まずに、とっといたの? 今の今まで」

再び頷きの返答。

「それは……どうして?」

「……だって……これは、姉さんに貰った物、だから……」
















―――なんというか、驚いた。

「その、変だって思われたくなかったから、隠してたんですけど……」

たかが、100円そこらの物を、ホコリひとつ残さず丁寧に飾る。

「だから姉さんがロンドンに行ってる間だけ出しておいて、
 でも帰ってきたらそれで浮かれちゃって戻すの忘れてて」

宝石の入った宝箱のように、それを優しく抱きしめる腕。

「お、おかしいのは判ってるんです!
 でもその、う、嬉しくって。
 姉さんがわたしを見てくれてる証拠だって、勝手に思ってて。
 そう考えたら飲めないし、捨てられないしで」

それでようやく気づく。

わたしは――――こんなにも想われていたのだ、と。







「だからその、あっ! 一種のゲン担ぎというか、そんな感じのふっ」

「ばか、ね、ホント」

「ね、ねえはん!?」

抱きしめる。
溢れる愛しさを抑えきれずに。

「ねえ、桜。今度新都に行きましょう?」

「え?」

「服とか、アクセサリーとか、ちゃんとしたもの買ってあげる」

「え……ち、ちがっ……違うんです! わたしそういうつもりじゃなくて!」

「桜」

抱きしめていた腕を解き、視線を交わす。

「とても雰囲気の良い、喫茶店を知ってるの。
 少し古臭いけど、コテージみたいな作りで、綺麗な場所。
 その中で学校の事とか、勉強の事とか、その日の出来事を寄り道がてらに話すの」

穏やかなBGMの中で、友達の話をひそやかに語らう。
あの子がこんな事をした、今度はどこへ一緒に行く、だのと。
時には紅茶を片手にテスト対策。
勉強には甘いものが必須といいつつ、何かを苦悩して時折クッキーへ伸ばす手を押し止める桜。
わたしは、それを苦笑しながら摘んだ菓子を彼女の口元へ持ってゆく。

「帰り道にね、商店街で今日は何が安いかな、何が作れるかなって見て回るの。
 わたしがこれを食べたいって言うと、桜は別のものが食べたいって言い出して、ちょっとした喧嘩とか。
 それを見たお店の人に、『相変わらず仲が良い姉妹だね』ってからかわれてそれもお仕舞い。
 結局、二人が食べたい物を二つとも作って、笑顔で向き合ってどっちもおいしいねって」

一緒に台所に並んで、喫茶店の話の続きをする。
友達ばっかりじゃなくて、彼氏は作らないの? なんてからかったり。
本当に作っちゃっていいのって、逆に笑われたり。
そしたら、桜をそう簡単に譲らないって言い切った後に、わたしの前に彼氏持ちってのも許さんってふざけてみせる。
笑いながら呆れられて、釣られてわたしも笑い出す。

「他の家事は、分担かな? それとも今日みたいに一緒かしら。
 もっと可愛い服が欲しいなって、じゃあまた週末に新都へ見に行こうかって、
 洗濯物を一つ一つたたみながら予定を埋めていくの」

明日の話を、明後日の話を、もっともっと先の話を。
おぼろげな一日を少しずつ形にして、手帳を桜で埋めていく。
家事が全部終わった頃には、きっと一日じゃ収まりきらない予定が詰まっている筈だ。

「わたしはね、桜。
 カフェでお茶したり、夕食の買い物に行ったり、今日みたいに一緒にいたり。
 そんないつでもできるような事を、桜といっぱいしたいの」

「…………」

「遠回りしたし、取り返しがつかない事もいっぱいある。
 わたし達の間には思い出が少ないけど……
 これからいっぱい作っていく事はできるわよね?」

「ねえ、さん」

掴んでいる細い肩が震えだす。

「楽しい時は、一緒に笑いましょう?
 悲しい時は、一緒に泣きましょう?
 時間が許す限り――――わたしは桜と一緒に居たいの」

「…………っ!」

あふれ出す涙を流し、抱きついてくる桜。
この暖かさが、香りが、とても心地良い。

「やあねえ、なんで泣くのよ」

「ね、ねえさんだって」

目頭が熱い。
気づけば、頬に沢山の涙の筋ができていた。

「わ、わた、しも」

わたしの胸の中から聞こえてくる声は、ひゃっくりと涙で震えている。

「ね、ねぇさ、んと。ひっく、もっと、いっしょ、に、いっぱいいっしょに。
 いたい」

「―――――っ!」

抱きしめる。
壊れない様に、でも絶対に離さないつもりで、強く。



ありがとう。
大好きよ。



そう、つぶやきながら。
わたし達は泣いて、笑いながら、ずっと、ずっと抱きしめあった。























その夜は久しぶりにぐっすりと眠った。
どんなに疲れていたって、こうはならないってくらいに。

とてもとても深く、優しく―――温かく。

手を握りあいながら、笑いながら。
















































「おねぇーちゃん♪」

「ひぁあぅあああぅあああ」



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