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「あ」

「あ」

間の抜けた顔が二つ並ぶ。

わたしには彼女の出迎えが不意打ちであり、彼女はわたしの来訪が珍しいのだろう。
しばらくの間、二人して口を半開きにして見合ってしまった。

「こ、こんにちは、ジャグラーさん?」

少しうろたえたまま、彼女は不恰好に笑う。
そういえば、余り名前を呼ばれた印象はない。
それも当然である。そもそも、接点がないのだから。

「ぇえっと」

答えようとして、声が裏返る。恥ずかしい。
喉の調子を整えてから、もう一度。

「こんにちわ、間桐桜さん。
 アーチャーはここにいないかしら?」

「アーチャーさん、ですか?
 いえ、ここには来てないと思いますけど」

ふむ、朝(というか昼)起きた時には遠坂凛と共に姿が見えなかったので、ここだと検討をつけたのだが……
どうにも当てが外れたらしい。

「そう、ありがとうございます。お邪魔しました」

となれば追いかけなくてはならない。
わたしに許可もとらずアイツを連れまわすなんて、全く持って許し難い。
あの子も、士郎も、とりあえず肉体的にも精神的にもとっちめてやらないと。

「あ、あの!」

踵を返して歩き出した足が、つんのめる。
振り向けば、わたしの袖が彼女に摘まれていた。

「……何かしら?」

「その、もし御時間がよろしければ……」

もじもじと、まるで告白寸前の女子高生の様な仕草で言い淀み、

「お茶していかれませんか?」

そんな事を、満開の笑顔で言い出したのだ。























【凛として咲く桜へ】





























「どうぞ」

「……ありがとう」

差し出されたお茶を啜り、熱気を吐き出す。
別に緑茶党という訳ではないのだが、酷く落ち着いてしまうのが日本茶の魅力にして魔力だろう。
そして、今この場ではとても迷惑な力でもある。

「……」

「……」

わたしはともかく、お茶に誘った彼女すら一言も喋らない。
穴が開く程に机を見つめるくらいしかできず、ただただ時間が過ぎる。

「静かですね」

「はい、静かです」

太陽が真上にさんさんと輝いているのに、衛宮邸はことさら静かだった。
他の皆が外出しているのだから仕方無いが、外からすら何の喧騒もないのは何故だろうか。
今のわたしなら、選挙カーですら寛大な目で見て上げられるというのに。

「お茶の御代わり、いりますか?」

「ああ、ええ。お願いします」

話がないと、どうにもお茶が進んでしまう。
綺麗な手つきで空になった湯飲みが満たされる。
それをチラリと見てから、視線を庭へと逃がしてみた。
やはり空は快晴で、外の世界に変異はなく、小鳥の囀り一つ聞こえてこない。

「本当に、静か」

「ふふっ」

ふいに、笑い声が聞こえた。
振り向いて見れば、そこには華の様な笑顔があった。

「すいません。ジャグラーさんが何度も同じ事を言うものだから」

「そう、だったかしら」

「はい、もう五回目ですよそれ」

楽しそうにくすくすと笑う少女。
……まいった、こんなご褒美を貰うつもりはなかったのに。

「そうね、ごめんなさい。
 わたしには人に対する気遣いが足りないみたいですね」

わたしの言葉に、彼女は悲しそうな顔をする。
もちろん、そんな表情をさせたい訳じゃない。
だが、わたしには彼女に笑顔を向けられる様な資格はないのだ。

「お邪魔しました。お茶、とても美味しかったわ」

「あっ……」

後ろ髪を引かれながらも、立ち去る。
彼女と関わってはならない。
そう決めたのだ。


…………


縁側へと出て、玄関へ向かう。
後ろからは引き止める声や、さよならの一言もない。
だというのに、背中にあるむず痒さは一体何なのだろうか。。


…………


振り向いてはならない。
振り向いてしまっては駄目になると理性が告げている。
なのだが、


…………チラリ


ソコニハ シナダレテ 子犬ノヨウニ目ヲ ウルマセタ イキモノ ガ――――




















「ジャグラーさんはお菓子好きですかっ♪」

「はい、まあ太らない程度には……」

「えー、ぜんぜん太ってませんよ? むしろスラっとしてて、身長たかくて、モデルさんみたいです!」

「貴方がそれを言うと嫌味に取られますよ?」

「そんな事ないですって! わたしなんかもう必死で抑えて必死で運動してこれですし。
 うーん、わたしももうちょっと身長欲しいなあ。どうもアンバランスで」

「そこが強烈な魅力だと思いますけど」

「いえ、やっぱり女性はバランスです! ジャグラーさんは何か鍛えてたりしたんですか」

「あ、ええ、まあ中国拳法、のマネゴトをしていました」

「はあー、わたしもやってみようかなぁ。でもどんくさいからなぁ」

まあ少なくともバックドロップは覚えられるわよ将来……とはいえなかった。
できれば違う未来であって欲しいし。

ああ……それにしても何故わたしはここにいるのだろう?
一度帰ると決めた決意はどこへいったのだろう?

でもやっぱり悲しい思いを極力させたくないし、まさかわたしが進んで彼女を泣かせる訳にはいかない。

「あ、これです! これがかわいいんですよ!」

「そうですね、この櫻色のワンピースなんて、貴方に似合っていると思います」

「それなら、この赤がジャグラーさんですね」

「ええ、悪くありませんね」

「そういえば、ジャグラーさんとアーチャーさんは御夫婦なんですよね?」

「ええ、籍は入れてませんが」

「じゃあアーチャーさんの服とかも用意してあげたりするんですか?」

「そうですね、彼は自分に関して無頓着ですし。
 わたしがついてないと最低限の物しか持たないから、苦労しました」

「その手の焼ける感じがまた良かったり……?」

「……愛らしい、と言った方がいいかしら」

「きゃーっ!」

何だかとっても楽しそうに女の子する桜。
頬を上気させてぶんぶんと顔を振り回す少女は、妹ながら本当に可愛らしいなこんちくしょう。

「いいなあ、なんだか夫婦って感じで凄く良いです!」

「そう言って貰えると嬉しいわ。自慢の夫ですもの」

「うわー、うわー。いいなあー。
 わたしもいつか素敵な旦那様とそんな生活したいですっ」

「まあ彼との付き合いはそれなりに波乱万丈でしたけど。
 陰謀渦巻く魔術師集団の中での生き残り、古代遺跡で味わった罠と木乃伊の集団歓迎。
 一人の誘拐からあわや第三次世界大戦勃発なんて事にも巻き込まれたものです」

「まるで映画みたいですねー。
 戦いに身を投じるアーチャーさん、それに寄り添う絶世の美女!
 きゃぁー! 素敵ー!」

「ま、まあ一英霊として平坦な道ばかりではありませんでしたね」

あれ、なんだろうこれ。
なんだか嬉しいというか、快感?
駄目よ凛、舞い上がり過ぎよ凛! でも桜に尊敬の眼差しで見上げられると自制が効かないわ凛!
ああああああホストとかホステスに入り浸る輩の気持ちが今なら判る様な気がするうううう!

「わたしもこう、もっと衛宮先輩のお世話してみたいんですよね。
 家事の面では万能ですけど、衛宮先輩も自分の事にはとんと無頓着ですし」

「あら、貴方だったら大丈夫じゃないかしら。
 家事は少しずつ彼から奪っていけばいいし、貴方程の器量の良さがあれば、あいつのトウヘンボクにも対応できるわよ」

「遠坂先輩の時にはどうしてたんですか?」

「あいつのペースに付き合ってちゃ損するばっかりだから、もう余計な事考えられないくらい引っ張り廻してやったわ」

「それは……わたし真似できない対処法ですねー」

「そうでもないわよ。貴方にも素質はあると思うし、わたし以上に士郎の躾ができると思うわ……よ」

良い調子で話していた言葉が、尻すぼみに縮む。
しまった、という気持ち。
そして、続いて気づく疑念。

「桜……貴方もしかして」

「やっぱり、姉さんなんですね」

そう言って彼女は、悪戯っぽい微笑みを浮かべた。















してやられた、と思った。
焦燥や困惑ではなく、素直な感嘆の気持ち。

どうにか取り繕い、話を濁そうとも一瞬は思ったが―――
彼女の瞳は確信に満ちている。

「……何故?」

だから色々な意味をこめて、それだけを問うた。

「輪に入らないように、わたしの生活に跡を残さないように、遠くから見ている姿が昔の姉さんそっくりでしたから」

彼女にかかわり過ぎないようにした事が、逆に答えを与えていたわけか。
目は口ほどにモノを言うとは、よく言ったものだ。

「まあ、でもちょっとズルしてます。
 今のわたしとイリヤさんは隠し事が殆どできませんし、というかこの事に関しては隠そうともされてませんでしたし」

「あ、そう。やっぱりあの子な訳……」

うむ、やはりわたし達にとって、イリヤは天敵のようだ。
士郎もセイバーも、なんというか既に篭絡済み見たいだし。

「あとは……あの公園の事、です」

「公園――――公園!?」

泣き出しそうな空の下、少しだけした公園での会話。
それを桜が覚えている筈はない。
なにしろ入念に記憶操作を行った。
キャスターレベルの魔術師でもない限り、解呪などできる筈はない程に。

「大丈夫です、ちゃんと忘れていましたよ。
 わたしが、あの呪いの海に捕らわれた時に、全部を思い出しちゃいましたけど」

しまった、と頭を抱えて納得する。
『この世、全ての悪』。
あれが成れの果てであれ、元は奇跡の海に違いはない。
究極の呪いに浸された身ならば、わたしの魔術など簡単にキャンセルされてもおかしくは無かった。

「この胸の内にある不思議な気持ちはなんだろう、ってその時までずっと思ってました。
 わたしが、あの呪いの中で自己を残していられたのは、姉さんと……もう一人の姉さんのおかげです。
 あの思い出があったから、わたしは消えずに済んだ。
 あの光が見えたから、わたしは闇と自分を切り分けられた」

大切そうに、あの苦しかったであろう数日を優しく語る桜。
それは、どうにもわたしには眩しくて仕様が無い。

「……よしなさい。あの娘はともかく、わたしは貴方に姉と呼ばれる資格はないわ」

「それは、何故ですか?」

「判るでしょう?
 士郎を伴侶にしているわたしが、貴方から何を奪ってきたか」

桜の唯一の拠り所を奪った。
それ自体に後悔はない。
だが、それが彼女を深く傷つけた事は確かだ。

「それに、わたしは未来から来ている。
 貴方の過去を知る機会も、もちろんあった。
 それでも、わたしは貴方を助けなかった」

「大聖杯の前で、姉さんと一緒に助けてくれたのは?」

「あれは、そう遠坂凛が望んだからよ。
 彼女が何も言わなければ、わたしは何もしなかったわ」

「ふふっ」

「……何か可笑しかったかしら」

「はい、御自分が消えそうになりながらも、利益無しにわたしを助けてくれた人がいるって聞きました。
 それを思い出したら、なんだか苦しい言い訳だなあって思いまして」

「……まあそれはともかく。
 わたしは、『遠坂凛』と言う名前を持つだけの、貴方の姉とは別人よ。
 住む時代も、世界も違う他人の空似。
 たまたまここにいるだけの、ただの他人に過ぎないのだから」

そう、桜の信頼は、この世界の遠坂凛が受け取るものだ。
自分の意思で桜を助け、今もなお大切に見守っている。
わたしもあの娘もどうしようもなく遅かったが―――あの娘は、手遅れにだけはならなかったのだ。

だから、そう。
わたしは『遠坂凛』だが、決して桜の姉足り得ない。






「その理論で行きますと―――
 わたしとは別のわたしが、やっぱり姉さんとは違う人と衛宮先輩じゃない人が結ばれたんですよね。
 用は全部ひっくるめて会った事もない他人です。
 だとしたら、わたしはジャグラーさんに何も奪われてないって事になりますけど」

あそこまで語っておいてあっさり論破された。

「うーん。何だかさっきから聞いてますと、ジャグラーさんはわたしに嫌われたいんですか?」

「恨まれて疎まれて当然だ、って言いたいのよ!
 わたしは貴方の姉と呼ばれていいような事はなにもしてないもの。
 むしろ目を背けて逃げてばかりで、最低な行為をしてきた」

「わたしにとってはそれが実感できない訳ですけども……
 例えばわたしが『ぜーんぶ許しちゃいます』って言ってもダメなんですか?」

「……ええ、わたしはわたしを許せないもの」

それは難しいですねー、と再び首を傾ける彼女。
……おかしいわね、いつまで経っても重い雰囲気にならない。

「うーん……
 あ、じゃあこうしましょう!」

名案だ! とばかりに弾ける笑顔が眩しい。

「許しません!」

………………弾ける笑顔が、眩しい。

「え?」

「ジャグラーさんの世界での事も、ここで何もしなかったっていう話も信じて、全部許しません!
 恨んじゃいます。こう、日記帳に書いちゃいますっ」

ようやく、わたしの望んだ答えが返ってきた。
とはいうものの、胸はズキリと痛んだが。

「そう、ね。それがいいわ。
 わたしに関わらないようにするのが貴方の為になるわ」

「いえいえ、そうはいきません。
 わたしはジャグラーさんを許せないので、ジャグラーさんにはわたしの言うことを聞いてもらいます!」

「そう、それも仕方ない―――」

おかしい。何がおかしいって雲行きがおかしい。

「どういうこと?」

「どういう事も何も、言葉の通りです。
 ジャグラーさんはわたしに負い目があるみたいですし、それを解消する為には償いをしてもらわなきゃなりません。
 わたしにはライダーがいますけど……そう、マスターとサーヴァントの仮契約的なモノを結びましょう。
 それで過去とか別の世界のお話はチャラです」

得意げに何を言い出すのだろう、この娘は。
というか桜のキャラクターが掴めない。
わたしの思い出にある儚げな少女は一体誰だったのだろうか……?

「あ、あのね。チャラとかそういう簡単な問題じゃあないのよ」

「じゃあ、わたしのお願いは聞いていただけないんですか?」

子犬の様な魔性の瞳――!
子犬の用にひ弱で愛らしいのに、『しな』を作ってうるうると濡らした瞳は魅力的な女性で……ってそんな事はどうでもいいっ。
要するにここまで保護欲に苛まれるお願いは、そうは見られないだろうという点が問題なのだ。
普段のわたしならその手には乗らないとつっぱね――――られると思うのだが自信はない感じの攻撃がイマココに!

「わ、わ、判ったわよっ。許してもらうつもりは無いけど、貴方の言う事ぐらいは聞くわ。
 流石に士郎と別れろー、とかそういうのはダメだけど」

「もちろん! せっかくの理想的な夫婦なのにそんな事はしません!
 そこにちょっと混ぜてくださいー、ぐらいはするかもしれませんが」

いやそれもダメ。
ダメなんだけちょっと魅力的な提案だと思ったのはセイバーで目覚めかけた新たなる世界の欠片なのだろうか。

「じゃあ、早速お願いを聞いてもらいますよ」

「ええ、もう好きにしなさい……」

「それでは最初のお願いは……
 わたし達が二人っきりの時には、ジャグラーさんは『桜』、わたしは『姉さん』ってお互い呼び合う事です」

……それ、は。

「駄目だって、言いませんよね?
 お願い、聞いてくれるんですよね」

「そう、だけど。
 ねえ桜……それは本当に必要なの?
 貴方にはもう姉がいる。ここにいるわたしは、ソレに似たただの他人に他ならない。
 だというのに、貴方は本当にわたしを姉と呼んでいいの?」

「……何か必要な理由がなければ、呼んじゃ駄目なんですか?」

「そうじゃないけど、わたしは貴方に姉と呼ばれるような事はしてないもの」

「それじゃあ、それじゃあ……
 『遠坂の家』に必要とされず、魔術回路として以外ずっと誰にも認められなかったわたしは―――
 姉さんに『桜』って呼んでもらえる資格はないんでしょうか?」

「違うわ」

それだけは違う。
何もかもが間違っている。

「貴方が必要とされていない筈がない。
 遠坂の家に生まれてから、今日に至るまで、貴方が必要とされなかった日なんて一日もない。
 わたしが保証する。貴方を何年も見ていた、わたしが保証するわ。
 それに、桜と呼ばれる事に資格なんていらないわ。
 わたしが、『わたし』が桜をそう呼びたいから、桜の姉でいたかったから、女々しくも執着しているだけなんだから」

むしろ、親しみを込めた名を呼ぶ行為は、わたしにこそ資格がない。
彼女を他人の様に扱っていたわたしが、まるで姉のような振る舞いを許される訳がない。

「だから――」

「だから、やっぱりわたしがジャグラーさんを姉さん、って呼んでもいい訳ですね。
 だってわたしがそう呼びたいんです。
 ここの姉さんも大好きですけど、ジャグラーさんになった姉さんも大好きなんです。
 それにほら、誰かの呼称なんて『拒絶』はあっても、『資格』なんてものは無いと思いますよ」

「…………」

何も言い返せず、押し黙ってしまう。

参った。
本当に参った。
この娘はとても強く、わたしなんかが心配する様な子供じゃないのだ。
それでも遠慮していたのは、結局の所わたしが姉面をしたいだけだったのだろう。

「だから、姉さん。嫌じゃないのなら、わたしのもう一人の姉さんでいて頂けませんか?」

それを、それを断る理由なんて、理屈なんて、もう欠片も持ち合わせていない。

「――――強情ね、桜。ほんと、わたしの全盛期以上だわ」

「はい、わたし強くなりましたから!」

かわいらしい力こぶを見て、笑みがにじみ出る。

わたしの胸を貫いていた針が、少しだけ、緩んだ様な気がした。











わたしの『あの娘』を、わたしは一生を過ぎても忘れないだろう。
でも、だからこそ、今はここにいるこの娘を見守ろう。

罵られてもいい、貶されて当然だ、独善的であると言われても構わない。

彼女が求める限り、わたしは全力を注いでその体を支えよう。
それが、よいことなのかわるいことなのか、いつか答えられるまで。



























































「あ、でも『お姉ちゃん』! の方がいいですかね、使い分けられますし!」

「ああぅああうぅぁ」






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