魔術とは、隠匿するものである。

誰にも知られず、誰にも理解されず、ただその知恵を己にのみ蓄え、ただ一人にだけ伝える。
血液を水面に垂らすと、それは広がり薄れてしまう。
家督を一人にだけ継いで行く事で魔術師としての血を濃くするだけでなく、神秘を世俗に広めず独占する事で“濃く”してゆく。
それはつまり誰に知識を得られる事もなく、ただ己の道筋だけに得るものがある孤高の道。



魔術とは、逆行である。

世界が如何に科学という宗教を成そうとも、ただ過去に戻り歴史という墓を暴く。
多様化し、複雑化、量産化されていく科学に対し、一意化し、ただ事象の大本を求める事で全て識る。
それはつまり現代を否定する事でもあり、突き詰める者は世俗の情報全てを遮断してまで原点を求める。



魔術とは―――



「ああ、その辺でいい」























――――――――<ある昼の安らぎ>――――――――





























「なによアーチャー、まだ魔術師の正しい在り方としては序盤よ」

「いや、君が言いたい事はよく判った。
 だがな、凛。パソコンでメールができないだけで魔術師論を語られてはこの先に何度言われるか判ったものでは無いぞ」

暗く静かな我が家の中で、現代からすれば余りにも場違いな格好をした赤い英霊はため息交じりにそう言った。

「う、うるさいわね。
 わたしは魔術師なんだからそんなもの使えなくてもいいのよ。
 っていうかアンタも魔術師でしょ? なんだってそんなに軽々と使えるのよ」

「ここに『だれでもわかるメールの使い方』という説明書がある。
 そして一ヶ月前に契約した、ADSLのおかげでインターネットも使える。
 これだけあってあれだけの時間があれば、どんな初心者であれそれなりには使いこなせると思うがね」

どうせなら光にしたかったものだが、と言って彼は今日何度目か判らないため息を付く。
なによ、人より機械に詳しいからって調子に乗っちゃって。
『メールっていうのが来たんだけど、どうやって返信するの? 切手みたいのあるの? っていうか一回いくらかかるのよ』
って言っただけで『お前は何を言っているんだ』っていう見下した目をするし。
だいたい光って何よ? 光線? ビーム? 目から出すわけ?

「これだから駄目ねえ、箱入りお嬢様は。世間を知らな過ぎよ。
 現代に生きる魔術師として、表の顔を持つなら両方の技術を両立すべきだわ」

「ジャグラー・・・・・・アンタも生粋の魔術師なら、わたしと似たようなものでしょ!」

「ふん。言っておくけど、わたしを貴方みたいな小娘と一緒にしない事ね!
 ちょっと待ってなさいよ・・・・・・」

軽快な電子音が鳴って、わたしのポケットの中にあるものが震え始める。
慌ててそれを手にし、恐る恐る広げると忌まわしい事に『メールが1件』と表示されていた。

「デフォルトの着信音か。ああ凛、そのボタンを押せ」

「わかってるわよ! ・・・・・・と、こうやって・・・・・・見れた! って!?」

そこには何行かの文字と、カラフルなイラストで一杯の画面が表示されていた。

「わたしにかかればこの程度、簡単に習得できるってものよ!
 どう、これで貴方とわたしの差が理解できたかしら!?」

「くっ、でもこんな大した事でもないくせに携帯電話を使うなんて、お金をドブに捨てるようなものじゃない!」

「うっ、中々言うわね」

「我々は家族割に入ってるし君等が使っているのは○カイメールなんだから無料だ」











「って訳よ!」

我が家に来てお茶を飲み、激昂しながらせんべいをガリガリ食べる遠坂。
ああ、穂群学園のアイドルは死んだ。
随分前に気づいてるんだけど未だ傷つくなー。

「だいたいアーチャーもジャグラーも最近遠慮が無さ過ぎるのよ!
 一応わたしはマスターであっちはサーヴァントよ?
 そりゃあジャグラーとわたしは契約してないけど、家に居候するなら多少の礼儀はあってしかるべきじゃない!
 そう、親しき仲にも礼儀あり、よ!」

突然家に来てお茶と茶菓子を要求した挙句に、騒ぎ倒している現状に礼儀はあるのだろうか。
いや、無い。

「あったまくるわね・・・・・・全く。
 で、セイバーは!?
 せっかく会いにきたのに・・・・・・癒してもらおうと思ったのに!」

「セイバーはキャスターの所だ」

「・・・・・・なんでキャスター?」

「最近よくキャスターの所に行ってるんだ。
 なんでかはよく知らないけど」

ちなみに何をやってるかは本当に知らない。
俺も何度か聞いて見たが、セイバーは頑なに答えないのだ。

「セイバーならお仕事よ」

足をぷらっぷらさせながらイリヤが答える。
こら、本を読みながら寝っ転がってせんべいを食べるんじゃありません。

「シロウうるさーい」

むうう、最近はすっかり行儀悪くなって。
可愛いから許してあげましょう。

「そういやイリヤもよくキャスターの所行ってるよな」

「わたしはわたしの用事で行ってるの。ま、セイバーと同じ仕事もあるんだけど・・・」

「だからその仕事っていうのは何よ?」

遠坂の疑問もごもっとも。
セイバーが一緒なら悪巧みはできないだろうが、気になるものは気になる。

「わたしは言ってもいいけど、セイバーが怒るだろうから教えないわ。
 まあリンがわたしのお願いを聞いてくれるっていうなら話は別だけど」

「・・・・・・ちなみにその願いの内容は?」

「そうねえ。わたし、前からこの辺にもう一件別荘が欲しかったのよね」

「却下。聞いたわたしが馬鹿だったわ」

そういえばセラは俺の家にイリヤが泊まろうとするとひたすら反対するからな。
まあでも聞いた話によると藤村邸には既にイリヤ専用スペースが確保されているらしいし、そっちで寝泊りする分にはなんとかなるそうだけど。
大分前からあの家はイリヤによって陥落済みだ。
一応、表札がアインツベルンにならない事を祈っておこうかな。

「そうよ、アサシンは?
 アイツならなんの遠慮もなくべらべら喋ってくれそうじゃない」

「無駄よ、アサシンは基本的にキャスターのやる事に興味ないもの。
 自分が楽しめる事以外には聞く耳をもたないんだから」

「じゃあやっぱりキャスター・・・・・・は無理ね。っていうかわたしから関わりたくないし。
 となるとセイバー本人からなんだけど・・・・・・御馳走でも用意すれば陥落できないかしら?」

「あんまり豪華すぎるもの食べさせないでくれよ。
 次の日からしばらくの間、セイバー物足りなそうにするんだから」

特に、あの王様が不定期に提供してくれる食材があった日の後なんかは、その落差は見て痛々しいものがある。
いやまあ、そういうのが手に入っちゃうと気合を入れて調理してしまう俺にも原因はあるんだけど。

「というか基本隠し事がなさそうなセイバーの口を割るなんて、どれだけの出費になるか判らないし。
 ま、この事は後で調査しときましょ」

調査て。

「まあまあ姉さん、今日はゆっくりしに来たんでしたら、あんまり思い悩まない方がいいですよ。
 お茶の御代わりいかがですか?」

「―――そうね。ありがと、お願いするわ」

桜が甲斐甲斐しい新妻の様に遠坂へと寄り添い、お茶を淹れる。
一見、この表現はちょっとおかしいように思えるが、

「ね、ねえ桜、なんか近く無い?」

「そうですか? 普通だと思いますよ。ふふ」

嬉しそうに遠坂へとべったりくっつく桜を見ると、案外間違ってないんじゃないかと思う。
うむ、仲良きことは美しきかな。
非常に珍しい事だが、何故だか困ってる遠坂が見れるし、いい事だ。

「あー、うー、そういえば桜、ライダーはどうしたの? 一緒にいないのも珍しいじゃない」

「ライダーなら骨董品屋バイトですよ。
 最近は頼りにされてるみたいで、前よりシフトが増えてるんです」

「そういえばあそこ、ランサーもバイトしてたよな。
 行く度に職の内容が変わってたけど」

二人のサーヴァントが働き、さらに三人が愛用する商店街。
町の人が気づかない間に凄い事へとなっているなあと、今更ながらに思う。

「何だか気づかないうちに皆現代に慣れ切ってるわよね。
 伝説の英霊がスーパーでタイムサービスを狙ってるなんて聞いたら、時計塔のやつら卒倒しそう。
 神秘と伝説と奇跡を無駄遣いしてる気がするわ」

俺、桜、アーチャー、キャスターの四人はマウント深山商店街の常連だからよく顔を合わす。
その中でも特にアーチャーの力は凄まじく、ほうれん草一束10円に群がる主婦の中を平然と通り抜ける程だ。
狙った獲物を逃さない鷹の目は、その名の如く『深山商店街の鷹』として主婦達に一目おかれている。
それに関しては畏敬の念すら覚えているが、何か間違っているとも思う。

キャスターも違った意味で間違ってるけどな。
味噌汁と作ると言って豆板醤に手を出した時には、葛木先生の胃腸を心配したものだが。

「っていうか遠坂、やけにイライラしてないか?
 アーチャーだって遠坂の為に手伝ってくれたんだし、何もそこまで腹を立てることはないだろ」

「ちがうわシロウ。
 リンの怒りが持続してるのはそんな事が原因じゃないわ」

「ちょっとイリヤ、何の」

「リンはね、自分のアーチャーがジャグラーに取られちゃうんじゃないかって気が気じゃないだけ」

「はぁ!? ちょっとイリヤ!」

「ランサーの時にやった契約解除の話か? まだ遠坂は疑ってるのか」

「相変わらずトウヘンボクねえ、シロウ。
 リンはね、大事なだーいじな自分のアーチャーがぁ、ジャグラーといちゃいちゃしてるのが気に入らないのよ。
 とっくにアーチャーはジャグラーのモノなのに、リンったら横恋慕なんていじらしいわねぇー」

「ふッざけた事言ってくれるじゃない―――イリヤアァァァッ!」

「キャー。助けておにいちゃーん」

楽しそうに俺の背中へぶら下がる少女イリヤ。
いやいやいや、俺に頼られても遠坂相手にどうこうできる訳が・・・・・・

「わたしを助けてくれたらー、この家の一ヶ月分の食費、持ってあげるわよ?」

「遠坂、お前とはいずれ決着を着けるべきとは思っていたんだ」

「ちょ、あっさり買収されるんじゃないわよ! しかもそんな小さい事で―――」

「姉さん・・・・・・いくら姉さんの言葉とはいえ、今のはフォローできません」

「これは小さいと片付けられる様な事じゃない。
 衛宮家の生活を賭けた、戦いなんだ―――――!」







あの戦いから数ヶ月。

特に何と言うわけでもない、ごく平凡な一ページのできごとであった。

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【あとがき】

『夜を護る者』の対になる感じのお話です。
世間的に【裏】であるあちらに対して、【表】であるこの話。
逆に物語的にはメインであるあちらに対して、おまけのようなこの話。

どちらもこれから書く(と思う)アフターストーリーの【始まり】として書きました。
何事にも切欠が必要だと思う訳です。
いきなり何もなく短編っぽいのは何か違うなあ、と思っていたので。


そんな訳で、平和なマスター組と、彼等から見たサーヴァントの話題でした。




所で遠坂さんの携帯スキルは一行二行の簡素(必死)な返信が限界だと思うんだ。

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